第七十四話 異界に君臨する席が回ってきたので逃げることにします(二)
赤月霊体剣を片手に持ってウィリーへ騎乗し、ソフィとフィーが乗った馬とで見張り兵の前を通り洞窟の外へ出る。
いつの間にか太い縄のような白い糸が、頭上の岩山から民家へ何本も張り巡らされて、巣が形成されだしていた。
蜘蛛型赤化巨大獣は張り付いた岩山から下りていて、民間の家付近に糸に絡まって死んで動かない兵士たちをついばみ食している。
――失敗すると、次は俺たちがああなるのか。
ソフィの前に騎乗したフィーが、震え上がっている。
静かに馬を進めさせ、前を見ると少し先で黄金虫型のベルグリシが、もう一体のトカゲ型ベルグリシに食べられていた。
――同士討ちは、どんどんやって欲しいね。
大洞窟から離れると、遠目で兵士倉庫に兵が集まっているのが目視でき、大隊長や砦長たちも出てきているのを確認できた。
また兵を動かして攻撃するのだろうが、その前に霊体剣を試してみよう。
大洞窟から離れた場所の通路で、ソフィたちに止まってもらい、俺は馬から下り蜘蛛型に剣を向けてイメージしてみた。
まずは第三の腕とその剣……。
すぐに腕の感触を得て、剣も同時に握りしめたまま現れ、重さもなく、しっかりと振れた。
――成功だ。
次にマァニ補給のため、フィーの祠を開けてもらうべく指示を送る。
フィーはうなずくと、左手の指環をさすりながら、解放の呪文を唱える。
それに合わせて、俺が第四、五の腕と剣をイメージした。
胸が急激に熱くなり、苦しくなって足がよろめいた。
――量が多く出てるんだ。
「ストップ」
俺が手で制すると、彼女は閉鎖呪文を唱えた。
唐突に胸の痛みと熱は引いて行くが、彼女の心配だけでなく、俺の方も問題があるように思えた。
「体はどう?」
俺がフィーに聞くと、正常だと親指を立てサムズアップを送って来た。
――彼女は、いけるか。
見えない腕に違和感を覚えると、多くが動く感触を得た。
それは二、三本でなく、数十本の剣付きの腕が出ている印象である。
「うおっ?」
おまけにそれぞれが意識すると、独自に動いてくる。
手の5本指を動かす感じにそっくりである。
――これは凄い、驚きだ。五十本は現出しているな。
すぐに霊体剣を持つ腕たちに、前面で食事している蜘蛛型ベルグリシの討伐命令を出す。
「目標は、あの巨大獣の赤月結晶」
距離は前に測っているので、ここからは問題ない。
あるいはもっと飛距離は伸びるかもしれない。
五十本もの霊体の腕と剣が一斉に飛んでいった。
すぐに何本かの剣が、結晶を貫いていくが、柔らかい果実を刺していくような感触である。
腕だけではびくともしなかった巨大獣の赤月結晶に、霊体の刃が突き刺さる。
蜘蛛型が巨大な身体を振るわせだした。
数回では効果がない?
では、それぞれが十本グループになり、続けて突き刺す命を下す。
一回目、二回目とぶつけていくと、物の割れる感触が霊体腕から伝わってきた。
金属音を響かせて蜘蛛型ベルグリシが雄叫びを上げだす。
四肢全体を激しく痙攣させると、突然止まり腹の部分が真っ逆さまに地面に落ちて動かなくなった。
同時に表した霊体腕と剣も、どんどん数を減らし消失していく。
――おっ、おっ、やったのか?
兵士が集まっていた倉庫と大洞窟から、ざわめきが広がりだす。
「やったの?」
「凄い、ここまで上手く行くとは!」
後ろで馬に乗った二人の観客は、驚きながら動かなくなった巨大獣を監視する。
「これは、いけるぞ。よし次に行こう」
続いて、黄金虫型を食っていたトカゲ型ベルグリシに照準を合わせ、馬に乗って近くまで移動する。
眼前に小山のように盛り上がったトカゲ型に向け、フィーの祠解放を合図に、再度赤月粉砕の腕と剣を現出。
数十本の腕を飛ばして、胸の赤月結晶をつらぬくと、トカゲ型は前足を上げて苦しみだして横転した。
轟音と土煙が上がる中、俺は急いで馬に乗りフィーたちとその場を離脱し、路地を側面に移動。
後ろから人々の歓声が上がり始めたので振り返ると、先ほど倒した蜘蛛型ベルグリシがゆっくりと解けるように収縮していくところだった。
道を曲がると、ヒルドとその愛馬にすれ違った。
「おおっ、ヒルド、無事か?」
「あのトカゲ型倒したのテオでしょ? 一体何をしたの」
「秘密兵器」
そう言って、右手に持つ赤月霊体剣を空に掲げた。
「赤月粉砕の……霊体剣ね」
「バックアップがあったこそだよ」
俺はフィーに手を差し出して、もう一人の功労者を褒めた。
「じゃあ、正門付近の数体のベルグリシもやれる?」
「ああっ。フィーもいける?」
「うん。いける」
「よし、じゃあ僕に続いて、残りを討伐だ」
ヒルドに続き、砦の正門広場へ来て俺たちが馬から下りると、小隊隊長レアンドルと部下二人がやってきて状況を説明した。
右側面の壁が破壊され蜂型ベルグリシが取り付いて、捕まえたフェンリルたちを一体づつ食べている。
その先にも大型のトカゲが一体入って、建物を壊しうろついている状態。
「よし、やってみよう」
「頑張る」
フィーも俺に左腕を上げて、深紅の指環を見せ手を握った。
今度は彼女の祠解放に、俺が少し我慢して霊体剣の量を増やしてみる。
その分、見えない腕と剣が八十本ほどに膨れ上がった。
蜂型にその半分の霊体剣を向け、後続の大型ベルグリシに残りの剣を放ち、結晶への同時攻撃をやる。
そして、二体とも呆気なく同時に倒れていった。
門を防衛していた隊長とその部下たちは、しばらく呆然としていたが、レアンドルが口を開けた。
「凄いっ、やったんだ。あのベルグリシを……」
その言葉で、驚きから我に返った二人の部下は喜び勇んだ。
巨大獣が収縮しだして、初めて討伐されたと実感したら、他の兵士たちからも歓声が上がった。
目に見えて疲労困憊状態の隊員たちだが、暗がりに隠れていた者が次々に飛び出てきて熱狂しだす。
「ヴァルキューレ・ヒルド。ヴァルキューレ・ヒルド。ヒルド。ヒルド」
「すげーっ、やったー。やったぞーっ」
「従者のエインヘリャルも、やったーっ」
――うん。まーっ、これでいいのかもしれない。
次回で第四部終了です。
読んで頂きありかとうございました。
わかりずらい文章を修正。




