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第七十三話 異界に君臨する席が回ってきたので逃げることにします(一)

 砦内に三、四体のベルグリシが侵入して、宿舎や民家を破壊しながら仲間割れして争ったりしている。

 時折、頭上が揺れて砂埃が落ち、巨大蜘蛛ベルグリシが動いているのがわかった。

 蜘蛛の糸を砦のいたるところへ飛ばし、巣を作り出しテリトリーに変えようとしていた。

 散発的に兵からの攻撃を受けるが、物ともしない。


 ジャコのあとに俺がやって来たと洞窟の住人に知られると、ベルグリシを引き寄せた濡れ衣は晴れて安堵した。

 逆に引き寄せた張本人のジャコたちは、住民の白い目に遭い洞窟の隅に隠れるように小さくなる。

 もうおとりの役割が途絶えたので、馬から下りて一息ついているとレイミアに呼ばれた。

 彼女は、背負った赤月霊体剣(せきげつれいたいけん)のベルトを外して、俺に手渡した。


「なに?」

「私に考えがあるんだ。その赤月霊体剣をテオが使って見ないか?」

「この剣を?」

「元々はベルグリシの赤月結晶石を砕く剣として、作らせたもの。特徴は霊体に分裂可能なことね」


 ――あっ。


「私の言っていることが、もうわかったかな?」

「おうっ」


 俺は改めて赤月霊体剣を持ち上げて、回してみた。


「剣が霊体化するんだな?」

「そう。霊体使いに特化した剣ね。十の霊体腕を持てば十の霊体剣を持つことになる」


 俺は手にした剣に目を見張った。


「霊体腕を十、二十出せれば、霊体剣も十、二十に増える。もちろん霊体として。そして、その霊体剣の斬れるのは赤月結晶のみ」


 ゴスロリ少女が笑顔で続けた。


「それで、ベルグリシなど粉砕よ」

「だが相手は大型獣の赤月石だぞ」

「霊体はマァニの流れを斬る。石を斬るわけでない」

「ほうっ、いけるのか?」


 剣を見たあと、洞窟の外に見えるベルグリシに目をやる。


「要はその霊体剣に、多くのマァニを必要とするわ」


 そう言って、ゴスロリ少女はフィーを眺めた。


「ここに膨大なマァニを出し入れできる(ほこら)持ちがいる」

「私?」


 小さい少女が俺とレイミアを交互に見る。

 レイミアは左腕を上げて、中指にはまっている指輪を抜いて俺に渡した。

 それは深紅の結晶石が、指輪の爪に収められていた。


「あっ、深紅石を、これどこから?」

「私の持ち物からよ。その石に術式組み込んで置いたから」

「それに、この指輪の爪はフィーの……母の形見」


 ――開閉術式を取り込んだ深紅石の指環? 作ってたのか。


 俺が驚いてレイミアを見ると、得意げに胸を張りながら話しを続けた。


「その深紅指輪をはめて、解放と閉鎖の呪文を唱えれば(ほこら)を扱えるわよ。突発的な時も、その深紅指輪と意思があれば保たれるね」

「フィーがはめるんだ」


 俺が彼女に指輪を差し出すと、顔を近づけてじっくりと深紅の結晶石を眺める。


「私に? いいの?」

「ああっ」


 左手の薬指を俺に差し出してきたので、手に取って指輪をはめた。

 レイミアが下卑た笑いをして、顔を近づけてきた。


「テオ、代金は貸しよ」

「うおっ、金取る? ……まっ、そうだよな、わかった。まずは指輪、ありがとう」

「そのうちに、しっかり利子まで返してもらうからね」


 それを聞いた俺は、乾いた笑いが口から洩れた。


 フィーは指輪をはめた左手を眺めて、嬉しそうにしている。


 ――あとは彼女と血の契約をするだけか。


 契約のことは、前回無理やりキスしたときに、説明させられていたので、あっさり承諾された。


「あんなでかい怪獣がうろついて、緊急状態でしょ? それの対策に私なんかが必要とされているなら、どんどん使って。手伝うわよ」

「ありがとう、フィー」


 フィーは自ら、腰の短剣を取り出し、刃で手の指に傷を付けて血を出し口で吸った。

 前に見ていたフィーの行動とそっくりだったので、少し感動を覚える。

 彼女は俺の前に直立になり、目を閉じてあごを上げてきた。


「うむ、血のキス契約するよ」

「うん」


 フィーの背に腕を回して抱き寄せ、唇を合わせた。

 ゆっくり吸い、舌を入れると彼女の身体が小さく跳ねる。

 レイミアが速攻で、俺の肩を叩き、フィーから引き離して、キス契約を終了させた。


 ――もう少ししたかったけど……仕方ない。


 フィーを見ると赤面していた顔を、すぐにそらされた。


「あと契約者同士、なるべく近くにいることが原則ね。離れててもいいけど、万が一には対処が取れるでしょ。特にどのくらいマァニが出ていくのか、それに対処できるのか未知数のことが一杯あるからサポートがいた方がいいかもね」

「私がやろう」


 すぐにソフィが名乗りを上げて、副隊長コラリーが馬の調達を兵に指示した。


「問題は彼女が危険な場所に行くかだけど?」


 ――肝心な事を聞いてなかった。


「フィーは……」

「ついて行くよ。さっきも言ったけど、何か手伝いたいわ」

「そうだった。じゃあ、一緒に来てくれ。無茶はさせない」


 即決で、俺とフィー、ソフィの三人が出ることに決まる。





「ありがたいんだけど、レイミアはなんでそんなに肩入れするんだ?」

「まだ理解できてないの? この剣を発注したのが、私だって言った段階で気付きなさいよ」


 頬を膨らませて、にらまれてしまった。

 この風化紫月石剣(ふうかしげつせきけん)から、俺は粉砕能力を得た。

 その剣の所有者は紋章持ちのレイミア。

 赤月霊体剣を使える持ち主は……昔、異界を騒がした赤月狩人(ハンター)と推測。


 ――この霊体剣に、他の使い道ないしな。


 そいつとレイミアは仲間? いや、貴族が紋章入りの剣を渡すというのは、ヒルドと交わす騎士契約、以上のもの。

 そこに粉砕能力を持った俺が現れ……邂逅の念で、肩入れをしたくなったとか? 少し弱いか。


 ――何にしろ、ありがたいことだ。能力に対してわからないことが知れてくる。




 そこに地響きが脚に伝わり、ベルグリシの咆哮が聞こえた。

 空気が緊張していくのがわかると、すぐに洞窟の入り口が騒がしくなる。

 状況を副隊長コラリーが教えてくれた。


「ベルグリシ同士の抗争です、砦内で暴れてくれてます」


 憎々し気に外を見て言う。


「暴れられるのはまずいですね」

「テオ、行くか?」


 馬を借りたソフィがやってきて、フィーを乗せ始めた。


「ああっ、そうだな」

「私たちは高みの見物だわ」

「あの毛むくじゃらで鳥肌が立つ化け物は、早く仕留めてね」


 レイミアとナティフアの、のん気な言葉に励まされて、馬を前に歩かせた。

誤字修正。

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