第七十二話 俺におとりをやらせるから
俺とヒルドは馬に乗り、砦の路地を走っている。
慣れた馬なら俊敏性や逃げ足が上がるとして、俺は駄馬のウィリーを、そして彼女はいつもの愛馬に乗っている。
赤化呪獣を見つけては屠り、路地から路地へ派手に走り回る。
「テオには悪い」
「いいよ」
「誘き出したあとの、援護が欲しかったの」
「逃げられない砦では、もう一蓮托生だからな。付き合うさ」
お互いに言葉を返していると、目的の蜘蛛型のベルグリシが、俺たちを捕食するために追ってきた。
「おおっ、気付いたぞ」
「上手く行ったわ」
振動音が後ろから迫りくるのを感じながら、馬のスピードを上げて目的の広場に向かう。
通路から広場が小さく見え始めた。
「じゃあ、一気に外に出るよ」
「ああっ」
あらかじめ小隊隊長レアンドルに、俺たちが来たら正門の片門を開けてもらう手はず。
もちろん兵は、赤化巨大獣に見られないように隠れてもらってる。
そのはずだったのだが……。
人のいないはずの、通路に人が現れた。
「なっ?」
目の前を五人の男たちが、剣やら防具を両手一杯に持ったまま横切った。
「うわっ、あぶねえ」
「気をつけ……」
「馬鹿。しゃべるな」
――ジャコか?
俺たちは、ジャコたちと交差して広場にでた。
馬を止めて振り返るが、ベルグリシは止まってしまい、さっきの連中が走り去った路地に向いだす。
先ほどの店は、俺が剣を打ってもらったドワーフのマルセル防具屋。
連中は避難しないで、火事場泥棒をやっていたようだ。
――まったくあいつら、ロクなことしかしねえ。
ヒルドは口を噛んで、馬を岩山側へ戻した。
「追うわよ。もう一度おとりをやり直す」
「おう」
再度、路地を走りだそうとしたら、壁沿いから轟音と土煙。
新たなトカゲ型巨大獣が壁を損壊して、侵入してきた。
「うわっ……終わった?」
「まだよ、あきらめないで。僕は、新たなベルグリシのおとりとなる。テオは戻っていく蜘蛛型のおとりになって外へ」
「ああっ、そうだな。やってみる」
すぐにヒルドは馬を、新たに侵入した巨大獣に向かわせた。
俺も蜘蛛型ベルグリシを追った。
路地を走って蜘蛛型の方向を確認していると、また数体のフェンリルが出てきて馬の勢いを止められてしまう。
剣で次々に撃退し見上げながら馬を走らせると、蜘蛛型が大洞窟の方向へ向っていることに気が付いた。
――もしかして、ジャコたちが逃げてる先って……。
「追いつかないと」
そこで後ろから、扉門の壁沿いに轟音。
ここからでもトカゲ型ベルグリシが、外側に出ていくのが見えた。
ヒルドは素早く、もうやってのけたらしい。
馬に乗った俺が蜘蛛型の脚に追いつくと、前に赤化呪獣数体と一緒にジャコたちが走っていた。
魔獣とジャコたちは、けん制しながらも前へ駆けていく。
――フェンリルと逃げるなど、シュールな連中だ。
その先はすぐ大洞窟で、暗がりから小隊副長コラリーが剣を抜き出てきた。
ジャコたちと一緒に逃げてきたフェンリルと、すぐに交戦。
兵士たちも出てきて回り込み、魔獣たちの動きを止めたところでコラリーが一体仕留めた。
残りの魔獣は、俺が馬を止めながら第三の腕をだして倒していく。
兵士たちを抜けて大洞窟に入った、最後のフェンリルを何とか仕留める。
逃げてきたジャコたちは地面に転がり込むが、途中で盗品はほとんどかなぐり捨ててきたようで、全員手ぶらになっていた。
馬の上からジャコを歯噛みしながらにらむと、一人減っていたのに気付いてしまう。
「一人やられたのか?」
「うるせー。貴様に関係ねえ話だ」
そこへ巨大獣の影が全員を覆った。
馬のウィリーの前足を上げてジャコたちを洞窟へ追っ払い、ウィリーを引き戻した。
ベルグリシの脚が、俺の前を横切って、近くの兵士を引っ掛け空中へ上げる。
悲鳴と一緒に兵士の身体が、蜘蛛型の口に飲み込まれていく。
すぐにウィリーを蜘蛛型ベルグリシの前に出して、目につくように脚元で動き回っていると号令が響いた。
対ベルグリシ用の巨大投石器三台が、二、三人がかりで持ち上げる岩を順繰りに飛ばしてきた。
巨大獣の体部に次々に当たって砕けるが、岩が小さくてあまり効果が見られない。
蜘蛛型の脚が伸びて、うるさい物を軽く避けるように、投石器三台が弾き飛ばされた。
「撃てーっ」
続いて近くの民家からいくつも炎弾が放たれ、ベルグリシの足や体に破裂。
間髪置かずに矢が大量に一か所へ飛んでいき、眼球に集中的に突き刺さった。
さすがに後ろへ下がる蜘蛛型だが、前脚を洞窟の頭上の岩場を叩きだして上りだした。
大洞窟入り口付近の岩が落ちてきて、付近の人々は逃げまどう。
巨大獣は矢と炎弾を飛ばした方へ、尻を向けると大量の糸が噴出され、民家は瞬く間に白くなり、人の怒号と悲鳴が聞こえだす。
「退避、退避」
人の唯一の対抗策がつぶれてしまった瞬間である。
蜘蛛のベルグリシは、岩山に取りついたまま機械的な声を発した。
それに答えるかのように、平原を行進していた何体ものベルグリシが、壊れた砦壁から侵入し始めた。
駄馬のウィリーに乗ったまま洞窟にしかたなく避難した俺に、中にいたレイミアが気付いて崩れた岩石の合間から出てきた。
「おっ、テオ、危なかったな。ヒルドは一緒じゃないのか?」
「彼女はおとりで外へ出た」
避難していた副隊長コラリーがやってきて、眉をひそめて聞いてくる。
「テオドール殿は、おとり役だったはず、なのになぜ?」
「ああっ、途中で邪魔が入ったんだ……」
だが、俺がジャコたちと一緒に来た経緯を見ていた兵士が、白い目で言った。
「ベルグリシを連れてきた」
――おおっ、本当に俺が連れてきたと思っている?
「何、あの巨大蜘蛛、呼び寄せたの?」
レイミアが目を三角眼にして言い放つ。
「ちっ、違うぞ。俺はちゃんとやってたわい」
続いてフィーと楽師が、恐る恐る隠れたまま声をかけてくる。
「テオ、ポンコツだった」
「でかい虫、嫌い。すぐ責任取って片付けてよ」
――二人ともそれはない。
最後に剣客ソフィが出てきて言い放つ。
「赤化巨大獣討伐剣が欲しい」
彼女はぶれなかった。




