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第七十一話 ベルグリシが戻ってきた 

 朝方になり、おかしな振動音が砦中に響きだす。

 見張り台が騒がしくなり、警告音と怒声を飛ばした。


「ベルグリシの大群!」

「あの軍団が戻って来た」


 事前にヴァルキューレ・ヒルドの関係筋からとして、赤化巨大獣(ベルグリシ)の大群接近は砦側に報告した。

 それを聞き、今まで重傷で寝込んでいた大隊長アランが、一大事だと怪我を押して指揮に出てきたことで皆が驚いた。


 砦としては通り過ぎるのを見守るだけだが、襲ってきたときに対応するため、大隊長は「防衛枠の兵をそろえるよう」にと指示した。

 それで深夜から朝にかけて砦内は、兵士や傭兵に義勇兵などの移動で騒がしくなる。

 砦民や避難民に病人は、戦時用の大洞窟への避難勧告が出て、フィーにソフィ、楽師、レイミアもならって移動した。


 もともと砦には、千人の一個大隊が駐屯していたが、ティラリ王国軍の移動に伴って、二個中隊が国境線に配置され現在は音信不能。

 兵を大きく欠けた中、ベルグリシ軍との一回目の遭遇で総崩れ、今は一個中隊で砦全てを守っている状態だった。


「平原を歩いてくる集団と、森を突っ切る集団でわかれています」

「合計で三百体はいる」

「前回よりどれも大きい。その中にさらに大きいものも確認」

「十五、十六メートル級。その数、約五十」

「今まで近くを徘徊していたベルグリシが、平原に散っています」


 他の見晴らし台や岩山に上った兵たちから、情報が本部に次々に下りてきて、部屋は緊張に包まれていた。

 俺とヒルドは、真っ先にこの部屋に呼ばれて待機している。


 ――俺は完全におまけである。


 だが、ここへ出向く前に、ヒルドと騎士の再契約をしてエインヘリャルにはなっている。


「また僕のエインヘリャルになってくれて、嬉しいよ」


 契約後すぐ、ヒルドから嬉しさを表した抱擁を受けて幸せな気分だったが、脇で見ていたレイミアとフィーが渋い顔をしていて、恐怖心を同時に感じた一瞬でもあった。

 

 広い部屋には俺たち以外に、砦長と辺境伯夫人の護衛騎士ラカムがいて、他は怪我で包帯のような布をした軍幹部たちが並んでいる。


「六日ぶりに、またあのおぞましい大群を見ることになるとは……」


 腕を三角巾に吊るした大隊長アランが、テーブルの大きな砦周辺地図を見て言った。

 その地図には情報が入るたびに、チェスピースのように作られたベルグリシの駒が、いくつも動かされていく。


「ずいぶん少なくなったな。まあ、それでも大群に違いないが」

「全長は七、八メートルぐらいだったのが、共食いで巨大化し十五、十六メートル級が出ているのも興味深い」 


 怪獣レベルである。


「近くで徘徊していたベルグリシも、大きさに驚いて逃げ出したのだろう」


 ただ、どのベルグリシも西のティラリ王国軍との戦闘か、仲間割れか、移動にかで、疲弊した感じがうかがえるとの報告も来ていた。


 ベルグリシの種類別がまとめられていくのを聞いて、俺が小声で隣のヒルドに質問する。


「昆虫系のベルグリシって飛ばないのか?」

「ん? 羽があっても飛べないよ。ジャンプはするけど」

「十メートル級がジャンプって……それは怖い」


 種類別内容を聞いていたヒルドが、俺に感想を言う。


「やはりトカゲ型ベルグリシは強いようで、多いね。主軸になりつつある感じかしら」


 俺はまだ、そのへんを理解していなかったので聞いた。


「トカゲ型は強いのか?」

「強いよ。だいたい最後に生き残る話。そしたら赤化ドラゴンとして羽根をはやして君臨よ。たまに見かけるでしょ?」


 ――見かけたくねえ。……ドラゴンなど勘弁して欲しい。


 新たなに兵が入ってきて、情報を報告する。


「ベルグリシによって森から追い出された赤化呪獣(フェンリル)の一団が、平原を突っ切り、こちらの砦や近くの岩山に逃げてきています」

「どのくらいだ?」

「まばらだとのこと」

「各監視・警戒区域に通達せよ。侵入してきたら、確実に討伐。数によっては兵の増員を申告せよ」


 ヒルドが頬に手を当ててつぶやく。


「魔族に壊された修復の門が心配ね」

「その分、兵も増員してるだろう?」

「その兵の数が問題よ」

「ああっ……たりてないってことな」


 続いて、焦って入って来た伝令兵に部屋がざわつく。


「どうした?」

「はっ、砦方向へ逃げてきたフェンリルたちに、平原を進んでいたベルグリシの一団が追いかけ始めました」

「なんと」

「数分で砦付近に到達かと」


 大隊長アランがため息をすると、部屋が静まり返った。



 *** 



 砦の壊れた門の隅から、逃げるために無理に入ってきたフェンリルが、警備兵士の剣に刺し貫かれた。

 砦外では、逃げるフェンリルたちを腕ですくっては、舌に巻いて口に入れてるトカゲ型ベルクリシ、その巨大獣が歩くと砦内に振動が響き、兵士たちに緊張が広がる。

 砦の外に何十体もの巨大獣の一部が壁先に見えて、洞窟の入り口から様子見していた砦民たちは震え上がる。


 トカゲ型ベルクリシが、砦の石壁に張り付いてたフェンリルを尻尾で仕留めると、壁の一部が音を立てて崩れ落ち砂埃を上げると、谷間ができてしまう。

 ベルクリシの足元で逃げられずにうろうろしていたフェンリルたちが、その開いた谷間から砦内へ侵入していく。

 太陽光を覆う土煙の中から、フェンリルが湧き出してきて、近くの兵士がのみ込まれる。

 トカゲ型の後ろにいた蜘蛛型ベルグリシが、砦内へ逃げた魔獣を追って崩れた壁に脚を入れて破壊しだす。


 砦内の兵たちは、侵入してきたフェンリルと剣を交えながら広場へ後退する。

 追うようにして蜘蛛型ベルグリシの長く細い脚が、砦の中へ一脚、二脚と踏み始めた。

 正門前担当の小隊隊長レアンドルが兵士に告げる。


「本部に伝令。正門近くの壁より、蜘蛛型ベルグリシが侵入」

 




「僕がおとり役として、ベルグリシを砦外に出しましょう」


 レアンドルからの報告で、攻撃準備を促した大隊長に、ヒルドが申し出た。

 俺は驚くも、ヒルドなら妥当な答えだろうと思った。


「おおっ、さすがヴァルキューレ・ヒルド殿」

「動いてくれること感謝します」


 砦長が待っていたように告げて、護衛騎士ラカムも喜び、部屋の重苦しさが抜けた。


「わかった、お任せする。だが、砦内で暴れたり、避難民の大洞窟に迫れば攻撃は開始しますので、その時は離脱してください」


 大隊長アランが腕組みの後、許可を出すも忠告をした。


「そうならないよう努力しましょう。それと、我々おとり組み以外は、兵士でもベルグリシから隠すよう通達してください」


 ――おとりは、俺も込みだった。

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