第七十話 フィーの新しい能力?
「フィーが暴走?」
「まさか狂乱媒介者に?」
俺とソフィが不穏な言葉を続けると、ヒルドが否定する。
「それはない。対媒介者の首輪は有効のはず」
口で呪文を唱えたヒルドは、剣を振り抜くと光が上がり、増える赤化呪獣の幼獣たちを殲滅させた。
レイミアが気絶したフィーを見つめながら言う。
「生贄の時の術式が、まだ埋め込まれたままよ。だから首輪は無効状態」
「そうだったわ。終わった案件と思ってたのに……これは、まずい」
ヒルドは、フィーの問題が先送りのままだったことにショックを受けて、剣を地面に向けたまま仁王立ちする。
「心の臓から祠を無理やり開けて、中止状態のまま放置だったってことね。今までは意識が霧散していて開放への刺激がなかったけど、意識が戻った今、心が不安定になると解放されやすくなっている感じかしら?」
――応急処置が、ツケとなってきたのか……。
ナティフアがハープで曲を奏でだした。
新たに出てきた幼獣たちの成長が鈍り、弦を弾く部分が光りだし、細かな赤石が続けざまに足元に落ちていく。
彼女の隠れた能力らしい。
「まずは、マァニの垂れ流しを止めないと」
彼女のハープを奏でながらの発言に、レイミアが答えた。
「本人に発散の自覚がないまま意識を失っている……なら、彼女との契約よ」
――契約? 血液と唾液のキス契約か。
「マァニが契約相手に流れて使わなければ、それが制御となり流れは止まるはず」
言った先からレイミアは頭をかき、ヒルドが彼女をにらむ。
「テオ、試しよ。彼女の唇を吸っちゃえ」
ナティフアの発言に、レイミアとヒルドが同時にため息をつく。
「そうか」
俺はすぐに倒れたフィーに寄り添い、上半身を抱き上げた。
気を失ったフィーに顔を近づけるが、傷付つけることに動揺してしまう。
「躊躇しないの」
「また赤化巨大獣が大量発生します」
「これは目覚めさせたテオの責任ですよ」
「そっ、そうだよな」
三人の赤月族に諭された俺は、すぐ動揺を払拭しフィーの唇を強く噛んだ。
小さな身体は、痛みで波打ち彼女の瞳が開き、意識が戻る。
そのまま俺は小さく切れた唇を吸って、流れ出た血を吸い込む。
「ふううっ、ぶわぁ」
フィーが驚き手足をばたつかせたので唇を離すと、困惑顔を俺に向けてくる。
一瞬の内に彼女の顔が赤く染まると、また咳込みだした。
少し焦ったが、息の石化は起きなかった。
レイミアが後ろから、フィーの身体状況を説明する。
「ああっ、無秩序に出ていた深紅の発光色が、テオの身体に吸い上げられてるわ」
「それでどう? 止まった?」
「本人からは、もう出てないわ」
その一言で全員安堵した。
「レイミアはマァニが見えるのか?」
「赤月眼を訓練すれば見えるようになるけど、テオはもうしもべじゃなくなったね。残念」
レイミアは腰に手を当て、疲れたポーズを取る。
「別に接吻など、しなくてもよくなかったんじゃ?」
ヒルドが小声でつぶやくと、レイミアが補足した。
「ああっ、テオは知ってたようだな。ハーフ魔族だと契約に、血液だでなく唾液成分も必要だってこと」
「うーん」
それでも苦虫をかみしめるヒルドに、ナティフアがお道化て独自説を言う。
「フィーちゃんを目覚めさせて、同時に癒すための必要な儀式なのよ。テオからの心のマッサージだね。うふふっ」
それを耳にして、俺は赤面しだす。
――女性陣の前で粗削りなキスをしてしまった……恥ずかしい。
俺の腕の中に納まったままのフィーは、「説明……する!」と顔を真っ赤にしたまま言ってきた。
死からの蘇生、怪獣に、息が赤月石になったり、痛みからくる失神、そして唇を噛まれてのキスと目まぐるしかったフィーだが、その後の俺の説明を聞き、落ち着いて精神を安定させた。
異界を信じ、フィー自身の周りの状況を受け入れてくれたようだ。
――まあっ、夢でないと思えば、信じるしかないんだが……。
「それで……なぜ、キスを?」
乙女として、割り切れないところは、恥ずかしそうに聞いてきた。
一緒になる約束を交わしたこと、何度かキスしていたことを話すと、うつむきながら受け入れてくれたが、付随する契約能力に関しては、首をひねること、しきりだった。
問題の狂乱媒介者関係の話は、首輪同様に後回しにした。
***
その夜は、彼女の死に戻り生還を祝う会合になった。
ナティフアが楽師として演奏し、ソフィが彼女の昔を懐かしんで話し、ヒルドも意識を取り戻した彼女の笑顔に「肩の荷が下りた」と喜ぶ。
レイミアは目を細めてフィーを観察していると思ったら、寝てた。
俺は目を覚ましたフィーの笑顔に、気持ちがほぐれ癒されていることに幸福を覚える。
ちなみに、彼女は記憶喪失で昔がわからないことにしたが、レイミアとソフィはその辺を理解しているようで、他の二人は過去や別世界とか気にしてないようだ。
「マァニが止まったのは、テオの契約だけかしら?」
寝ていたと思ったレイミアだが、思考していたらしく、話しを振ってきた。
「そうじゃないのか? レイミア自身が言ったことだろ」
「私が上げたのは、解決策の一つでしかないわ。だから、契約だけで止まったことかしら、と思ったわけ」
俺とヒルドが首をかしげる。
「彼女の苦痛や不安で解放が始まり、キスで驚いてマァニが閉じたと考えるのも、一つの答えであるわ」
――確かにそんな風にも見えた。
「なら今の状態は、彼女の意思でマァニを開閉できることでは?」
レイミアの発言に、聞いていた三人がうなづき、フィーだけ眼を丸くした。
「マァニ・リニコイスチカニラミと唱えて見て」
レイミアがフィーに言う。
――マァニの解放呪文か?
「ここでやるの?」
ナティフアの眉間にしわが寄る。
「いいから言って」
フィーはレイミアを見てから、俺を見た。
「知っておいた方がいい」
「うん。わかった……マァニ・リニコイスチカニラミ?」
レイミアが立って腰に手を当てていると、部屋の空気に重くなり、胸に暖かいような感触が湧き出した。
「また解放が始まったわよ」
「スッ、ストップ」
俺が慌てると、レイミアは焦らず彼女に終わりの呪文を教える。
「閉鎖呪文はソリラトナスイよ」
「ソッ……ソリラトナスイね」
フィーが簡単に唱えたら、重苦しい空気が消え、すんなりと元に戻った。
「うん、止まったわ」
部屋にため息が漏れる。
彼女は悲しんでいいのか、喜んでいいのかわからないで、そわそわしだす。
「フィーはよくやってるよ」
俺が椅子から立って彼女の後ろへ周り、頭を撫でてやると、小さい身体を椅子の背にゆっくり預けて目を細めた。
「では、また意思が不安定になると、発現するってことよね」
ヒルドが腕組みして不信感を表明。
「なら開閉術式を取り入れた深紅石を持たせれば、手助けになるわ。不安定な時も確実に閉まったままじゃない?」
「そんな術式あるのか?」
俺が聞くとレイミアは簡単に答えた。
「私が作ってやるよ。あの爪付きある?」
「えっ?」
憑依法術で使って砕けた深紅指環の爪付き部分と言われ、回収した者を渡すと興味深げに見ていた。
「ちょっと借りるよ」
「ああっ、頼む」
「レイミアなのに、ずいぶんと気が利くわね」
ヒルドが驚くと、頬を膨らますレイミア。
「ヴァル女は一言多いのよ。万が一に備えての準備ね」
「贖罪と違うの?」
「そんな面倒な気持ちはとうに捨ててるわ。それで、狂乱媒介者は首輪の術式で仮止めするより、意外と媒介者に使えるんじゃない?」
「心臓取り出して術式を埋め込むと?」
俺が嫌そうに言うと、ソフィも続けた。
「誰もかれも、首輪にしたがるわよ」
「ふむ。それもそうね」
両手を広げて納得するレイミア。
フィーの生還とマァニ問題の解決で、俺はつかの間の幸せを味わうが、すぐ水を差す物が現れた。
ナティフアの使い魔バードの一羽が、戻って窓に降り立った。
カラスのような容姿と大きさの獣で、数十のバードを飛ばして、情報交換をしているらしい。
ソフィがナティフアに耳打ちするが、「この間の返信だからいいのよ。聞いてもらいましょう」と簡単に密談は終了した。
戻って来たのはティラリ王国に行っていたバードで、部屋の上部を舞うと声が下りてきた。
一分ほどの音を固定した魔法らしく、録音装置として占領地ソラタの情報を男の声が語りだした。
『情報のベルグリシ軍団は、急いでティラリ軍が迎え撃ったが、攻防の末軍隊は後退を決断、ソラタを破棄』
元プーノ共和国のソラタの街は蹂躙され、そのベルグリシの一部は離反したが、本体の半分が引き返したことと、その日付が告げられた。
「それはまずいんじゃないかしら?」
聞いていたヒルドが、うなるように言う。
「ふふっ、そうかもね。あのテュポンのバカは、蹂躙後のことまでは命令に入れてなかったようね。つまるところ、回帰本能ってことかしら」
レイミアか嘲けながら首を振る。
「どういうことだよ」
俺が聞くと、隣のフィーが不安そうにする。
ナティフアが、バードを消滅させてから、手を合わせて笑顔で言った。
「巨大獣の軍団さんが、明日にはここに来るのでしょうね」
――えっ?
キス契約の部分で、わかりやすい流れにするため、文章を一部追加。




