第七話 相棒はちっこいナビゲータ
よく朝、いつ雨が降ってもおかしくない雲行き。
暑くも寒くもなく、地球と似た気候で似た太陽らしいが、雲の合間から淡い紫色の月が大きく見えることで異界なのだと実感させられる。
フィオたちの幌馬車が最後に立ち寄ったアナネア開拓村が、ここから一番近くなので道を戻ることにした。
木の幹に干していたワイルドボアの肉が、見事になくなっていたのはご愛嬌。
気付けず襲われなかったと安堵するべきだろうが、飯がないと困る。
昨夜の焼き残りの肉が持ち去られずあるのでそれを食べるが、予定のアナネア村までは歩いて半日以上かかりそうで昼抜きと思った。
そんなことを考えながら硬い肉を口で噛んでいると、向かえに座る彼女は素早く何切れも食べていてその食欲っぷりは凄い。
夕食の俺もそうだったが、怪我した対価で腹が空くらしく血が足りないのだろう。
野獣がいなくなった壊れた幌馬車に二人で向かうが、人や馬などの死体などまったく見当たらず、こちらも野獣に持ち去られたらしい。
俺の裂けた上着は、幌馬車に残っていた商人の上着を拝借して着替えると、フィオも裂けたタンクトップの替えを見つけて着替え別のポンチョを手にした。
彼女の噛まれた傷跡をタンクトップの肩部分から見せてもらうが、俺の時と同じく損傷なく元に戻っていて、手術いらぬのポーションの驚嘆さをこの目で確認させられた。
フィオは使えそうな小道具を持ち出し手荷物の大きな革袋に詰めると、俺たちは幌馬車が通ってきた森の細道を歩き出した。
彼女の手荷物は俺が担いで、本人は獣の索敵で俺の前を歩いていく。
その少女の首にかかっている首輪が重そうなので、気になって聞いてみた。
「その首輪ってアクセサリーじゃないよな」
フィオは首輪の中に指を突っ込んで引っ張ってみせる。
「これ移動中の奴隷の……証」
「ああ、そっか。もう奴隷主もいないんだし、外せないのか?」
「赤化法の呪文かかっているし、外すには解除呪文が必要……なの」
やはり魔法はここでも健在らしい。
「解除呪文って、魔術師か何か?」
「設定呪文を作った赤化法士で解除呪文も……同じ。商会によって違って、これはスージュ商会……なの」
スージュ商会の赤化法士ってことは、アプリケーションを作った企業のプログラマーってことだよな。
「んんっ……首輪を外せる商会関係者のいる場所は?」
「みんな死んだから……あとは送られる予定だった、タワン民主国のスージュの商会本店……なの」
「見た目は窮屈そうで、外してやりたいんだが、他に方法はないのか?」
「知らないし、無理に外すと魔法が発動して首がもげる……よ」
この子、しらっと怖い発言をする。
じゃあ、奴隷商会まで行って外すしかないのか。
「ちなみに、外さないと三十日でやっぱり魔法が発動して首がもげる……の」
「おい」
俺は驚いてしばらく固まった。
「一番重要なことをなぜ言わなかっ……まてまて、取り付けてからどのくらい立つんだ?」
「んんっ、七日くらい……かな。まだ時間あるし、それにこれ、もう慣れた……から」
「慣れの問題じゃない。すぐスージュって街に行って、外さないといけないだろ」
「連れてってくれる……の?」
「ん? ……そうなるのかな」
「ふふっ。一緒に同行してもらうために、個人契約済ませたわけ……なの」
「何っ? 昨日のキス契約か? 魔物に中断されて聞いてなかったが、どう関係するんだ?」
立ち止まりもじもじしだすフィオ。
「私、戦闘能力ない……から守って、スージュへ連れて行って欲しい……の」
「ああっ、護衛か? ビッグベアの襲撃で生き残っているから、今のところ助け合い、持ちつ持たれつだと思うぞ。俺も記憶飛んでるし」
フィオがいて、逆に俺は助かっているんだが。
「口だけじゃ信用できないから契約した……よ。ごめんなさい」
裏切られた経験でもあるのか?
しかし契約がわからん。
「あのキスは、俺が護衛を投げ出さない呪文でもかかっているのか?」
「……そうでもある」
――えっ?
冗談で言ったことが当たってたらしい。
「もしかして、フィオは魔法使い?」
その言葉に、彼女は頭を傾げて考える。
「赤化術士に属するかも……なの」
この異界では、魔法使いを赤化術士って言うことか?
属するってことは、固有スキルってやつか。
「じゃあ契約不履行をしたらどうなる?」
「私に危険……怪我したら、テオ高熱出てくる……よ」
昨日のフィオが悲鳴を上げたとき、俺の身体が高熱を上げたあれか!?
嫌なことに思い当たって納得したくねぇ。
「私から離れても、私の首がもげれば、テオは高熱が続くと思う。そうなると……死ぬかもしれない……よ」
そう言ってフィオは俺に可愛く微笑んできたが、それは悪魔の微笑みに見えた。
「おい。キス魔法を解除するにはどうするんだ?」
「んんっ、知らない……よ」
何て素敵なキス魔法だよ。
いや……鉄の味がしてたし、彼女の指の切り傷。
「血か? 口に含んでたな」
「わっ」
俺を見て目を丸くして驚いているので、当たりか。
飲み込んだ血液が体に吸収してしまい、遺伝子か何かの操作で彼女が痛みを発すると発動するってところか?
「これって俺が、フィオの奴隷になったんじゃね?」
フィオは目をむいて俺をがん見したあと、手をポンと一つ叩く。
「テオ、そうなる……ね」
今度は俺が目をむく番だった。
そして、彼女をスージュへ連れていく義務が生じた瞬間でもあった。
進んだ道先は、暗い森の右側が苔の生えた岩場になっていき、神々しさに目を奪われていく。
「ああっ、やばい……かも」
フィオが声を上げ、道をそれて左側の森の中へ走りだした。
「何があった?」
草をかき分けて彼女を追いかけていくと、右側から牙をむいた狼の一群が現れこちらへ走り出した。
逃げるがすぐ俺は追いつかれる。
――やべえ。
剣を抜き追撃の狼を必死にほふっていく。
足に噛みつこうとする奴にけさ斬り。
飛びかかってくる奴に突きの一撃。
剣を戻したあと、一匹を斬り上げる。
無我夢中で迫りくる狼を、三匹、四匹と切り伏せると、あきらめたのか追ってこなくなり安堵する。
ワイルドボアのときのように、手が震えてうつになることもなかった。
必死さが、俺の中から余計な考えをすべて吐き出させた結果だろう。
さすがに息切れはするが、この自由自在の運動力の身体に助けられた気がした。
生前の俺だと、昨日から森の野獣たちに十回は食われていたことだろう。
数メートル先の木の陰から、フィオがのん気に手を叩いて出てきた。
「ご苦労さん……なの」
「もう少し早く見つけられないのか?」
剣を鞘に納めながら聞くと、肩をすくめる彼女。
「難しい注文……なの」
「しょうがないか」
「道は狼がうろついてるようだから、しばらく森の中をいく……よ」
「ああ」
「……でも、へん。まがまがしい物が森の奥で光っていぶっている……の」
「なんだろう、また野獣か?」
「もっと危ない……もの。赤色と赤色で……あっ、二つになった」
危険な物……昨日の大型タランチュラみたいな魔物、赤化呪獣ってことか。
「何にせよ。避けるに越したことないな」
「うん。向こうもこっちに気付いてなさそう……なの」
もしかして、さっきの狼はそれを避けて道沿いまででてきたのか?
俺たちは道をそれたまま、奥へは行かず歩き出す。
しばらく歩くと、フィオは片側に目をやり歩きを止めた。
「また何か見えるのか?」
「人。大勢。でもみんな馬に乗って走っているような……の」
「えっ、兵隊か?」
「ここはもうイラベ王国の領地だから。たぶん違うと……思う」
俺の耳にも複数の馬の足音が、地面を響かせているのが聞こえだす。
「そうなのか、じゃあ出ていくか?」
「ううん。もう間に合わない。過ぎて行ってる……の」
「そうか」
俺たちは木々に遮られて姿は見えないが、ひづめの音が遠ざかるのを立ち止まったまま聞いたあと、仕方なくまた森を歩き出す。




