第六十八話 赤月粉砕の一撃は重い
正門広場の倒れた門は取り付けられ、砦に侵入したフェンリルも傭兵たちが掃討した。
魔族も捕まり、お嬢様も救出し、辺境伯夫人と砦長は喜んで祝賀会の催しを決めた。
――祝賀会、出ないけど。
俺は護衛がお役御免となり、ナティフアの計らいで、同じ民間宿へフィーと移った。
ヒルドは小隊隊長レアンドルからの宿屋の紹介があったが、俺たちの部屋を希望した。
もちろん、一緒に寝るわけではなく、フィーの世話である。
その部屋にナティフアとソフィとともに椅子に座り、一堂が会しているところに扉のノック。
ゴスロリ冒険者レイミアが、あの赤月霊体剣を革ベルトで巻いて、背負って立っていた。
「よくこの宿が、わかったわね?」
ヒルドが嫌そうに言ってきた。
「ディース族に神族、そしてしもべが一緒にいるのだ。私のこの眼がわからんわけないだろ」
「ふん、まあそうでしょうね」
――うむ、仲良くしよう。と俺は心の中でつぶやく。
「途中で、私の剣を奪おうとした馬鹿な冒険者たちがいてな、 簀巻きにして木に逆さ吊りにしてやったわ」
うん。たぶん、ジャコたちだろう。お悔み申す。
「ふふっ、そんなことして魔族って宣伝してると、砦から討伐されるわよ」
エルフのナティフアが、可笑しそうに言いハープを奏でる。
「もう、かなり目撃されているから、今更だ」
「こう見ると、赤月御三家そろい組じゃない?」
ソフィが少しお道化たように言うが、興奮している。
どうやら珍しいことらしい。
「ナティフアは、もう私と同族よ」
「だから、私は神族ですって」
エルフの楽師に言われるレイミアだが、今度は俺に一言言ってくる。
「テオ、しもべだから、もう同族ね」
ヒルドの目が鋭くなって俺に向く。
「それでテオは、レイミアとどういう経路で しもべになったのかしら?」
「ええっ、ここで聞くのか?」
「ああっ、ヒルドちゃん。レイミアは彼の承諾なしで、首にかぶりついちゃったわよ」
楽師の暴露で、蒼白になるヒルド。
「なんてことを。あとで僕と騎士の再契約しましょう。そうでないと大変なことになるわ」
「ヴァル女の下より、私の下なら問題ないわ」
「なんですって」
二人は立ち上がり、お互いが剣に手をかけた。
俺は頭を抱えながら立ち上がり、二人の間に止めに入る。
「いい加減にしてくれ。だいたい俺は、品物じゃねーって」
「別に品物でも構わないわよ」
「そうよ。それより、僕と再契約するんでしょ?」
「いいえ、現状維持ね」
「再契約です」
――品物で良いって、なんて奴らだ。
「あーっ。それなら俺は、フィーを起こして再契約する」
「はあああーっ? そのちんちくりんと? 止めなさい」
二人とも驚いて、ハモリながらフィーをディスりだした。
俺は疲れて、椅子に座ってしなだれる。
ソフィとナティフアが俺の肩に手を叩いて、「もう交代制しかないね」と言ってきた。
***
貴族を怒らせて捕まった魔族は、処刑確定だが、まずはイラベの都へ連行し裁判することが決まった。
輸送の日取りがわかるまで、砦長の例の魔族のための牢屋に入れられる。
だが、なぜかセレスティーヌお嬢様が、元魔族に食事係を申し出て世話を焼きだし始めた。
周りが奇異の目で見出すが、お構いなしで砦倉庫の牢屋に通いだした。
もともと恋仲だったと従者から聞いた俺は、早まったのでないかと思った。
お嬢様とダミアンは、もしかして俺とフィーのような関係のハード版?
――そうなると俺、恋仲を踏みにじった悪役?
セレスティーヌ嬢の若い専属メイドから、事の成り立ちを聞いた。
従者見習いとして伯爵の館に入ったダミアンは、すぐにセレスティーヌ嬢と仲が良くなったそうだ。
そしてルクレール領主が、セレスティーヌとダミアンが深夜に密会していたのを知って激怒。
セレスティーヌには、結婚相手が決まっていたので、従者見習いのダミアンと庭師の父は離職させられた。
その後、闇に紛れてダミアンの父、母が惨殺されたとの噂をメイドは聞く。
ダミアンは逃げて、赤月化を隠していたが魔族として領主と敵対を始めたとのこと。
捕まったダミアンに、「自ら兵士は一人も殺しはしてこなかった」とお嬢様が弁護。
「生かしてほしい」と懇願するが、辺境伯夫人と砦長は却下。
砦門を半壊させて、兵士がフェンリルに殺されているのも事実でもある。
だが俺は、その被害は二次的な災害と考えをまとめ、ひそかにダミアンを逃がすことを決めた。
赤月粉砕の一撃は俺には重く、何か行動しなければいけない、ほんの少しの手助けなら、と思ったからだ。
――セレスティーヌ嬢に会ってみよう。
風評を気にした伯爵夫人は、娘を食事係から下ろさせて、宿舎の部屋から出ないように閉じ込めたらしい。
俺は忘れ物と称して貴族宿舎に戻り、専属メイドから取り次いで、セレスティーヌが一人の時に会ってみた。
砦長が自らが捕らえたかのようにして、砦倉庫の特別製の赤化錠牢屋にダミアンは大人しく入っている。
魔族ダミアンの赤化を粉砕し、赤化術士の能力も霧散して、ただの人なのだが……今回は好都合だった。
夜になってから俺は、赤月眼を使い、倉庫内の兵に見つからないように、隠れて牢屋に近づく。
特別牢の監視室に、魔族を捕らえホクホクした砦長が酒を飲んで寝ていたので、近くまで侵入できた。
牢番に緊急で雇われた傭兵も船を漕いでいる。
俺は小さな紫月石を折りたたんだ洋紙を、第三の腕で牢内で寝ているダミアンに投げ与えた。
胸に物が当たったことで目が覚めたダミアンは、周囲を鋭く観察したあと、床に落ちていた洋紙を開いて内容を読む。
それはセレスティーヌの自筆で書かれた、『一人で逃げて生きてください』との懇願だった。
彼女と面談して、気持ちを確認して、メモした洋紙を預かって来たものだ。
そこで、また第三の腕を使い牢の赤化錠を開けた。
外れた音を聞き、いぶかしみながらもダミアンは自ら牢を抜け出ると、浅い眠りに落ちていた牢番に気付かれ、立ち上がったところに顔面へ拳を突き入れ、もう一度眠らせた。
人が倒れた音で砦長が目を覚まし、ふらつきながら監視室から顔を出すと、ダミアンの手に首元を叩かれ昏倒させられる。
隅でうかがう俺の助けを必要とせずに、彼は一人夜の岩山へ脱出した。
見逃した俺の前に、レイミアが顔をのぞかせた。
俺の深夜の不審な行動に、面白がって後ろから見ていたそうな。
「何するかと思えば。暇な事するわね」
「いいんだよ。……テュポンやエキドナの最後を見ているんで。そういうのは、もうあまり見たくないんだよ」
「ふーん」
それ以上レイミアは何も言わなかった。
よく日、ダミアンに逃げられた砦長が、青くなって伯爵夫人とセレスティーヌ嬢に頭を下げて謝罪したと、専属メイドから聞いた。
それを聞いたセレスティーヌが、この砦に来て初めて明るい顔を見せたという。
「謝罪受け入れます」
砦長に答えた彼女は、力強く元気なものだったそうだ。
読んでいただきありがとうございます。
一部文章を修正。




