第六十四話 新たな難問が起きました
――まあいい。
今は目的の奴隷商人ヤニックと会って、指輪を取り返そう。
歩き出すと、他の雇われ傭兵一人が剣を振り回してきた。
「くのーっ、化け物」
風化紫月石剣で軽く弾いて、相手の胴を剣の平で叩き、地面に這いつくばせた。
荷台の上でうずくまっている弓使いに近づくと、俺を恐れてか荷台から落ちて動かなくなる。
その荷台から、投てきナイフを回収。
その後は、誰も手出ししなくなったので、やっと三番倉庫に来ることができた。
中にいた傭兵は、俺を避けて道を開けてくれる。
奥のくり抜き部屋の一つをのぞくと、机にかがみ込む小太りの男が見えた。
部屋に入り近寄ると、ほくそ笑みながら金の計算をしている。
「なんだ、やっと奴を倒したのか?」
俺の足音に、商人ヤニックが振り返ると顔が驚愕にゆがむ。
「貴様が何で?」
驚いて立ち上がり、金貨を抱え込みながら後ずさる。
俺の赤月眼は、奴隷商人の懐に深紅の指環を見出した。
深紅石は値打ち物だと聞いていたし、懐に指輪となるとかなり怪しい。
「ヤニックさん、人の者を盗んじゃいけないですね」
風化紫月石剣を持ち上げて、商人ヤニックの胸に止めた。
目をしばたかせては、首を激しく振る。
「うわっ、止せ」
「動くと刺さるよ」
腕から持っていた金貨を地面に落としながら、身体を縮ませる。
「ぐうっ」
固まったヤニックの胸の部分の服を刃で斬り裂くと、内ポケットの指輪が転げ落ちてきた。
第三の腕を伸ばし、深紅の指環を受け取ると手前に引き寄せる。
ひとりでに指環が宙を飛ぶのを見たヤニックは、首を小刻みに振わせる。
手元に深紅の指環が戻ると、自らの指で持ち確認して安堵した。
近くで見るのは二度目だが、爪付きに〝フラミーニア・テスティーノ〟と名が刻んであるのを知る。
――うん。テスティーノはフィーの苗字、名は母だろう。
「これは相棒のフィオレッラの持ち物ですね」
「何を証拠に、デタラメを言うな! 貴様が泥棒だ!」
「俺の目が証拠。彼女が大事にしているのを、いつも見ていたからな」
「ふっ、ふざけるな! そんなことが証拠になるか!」
いい加減うるさいので、剣で生地の下まで全部斬り裂いてやる。
「わっ、わわっ。おっ、おい、後ろの傭兵ども。この不埒ものを、泥棒を叩きのめしてくれ。もっと金は出すから」
「いや、お前が窃盗で捕まるんだ」
商人ヤニックの頭に、剣の平を叩き落として沈黙させ地面に転がした。
そこへ複数の足音が聞こえ、振り返る。
「エインヘリャル殿、この騒ぎは何ですか? 何があったのです!」
兵隊が動いたようで、ようやく小隊隊長レアンドルたちがやってきた。
「盗みを働いたので、取り戻して気絶させただけ」
俺が深紅の指環を彼に見せ、連れの形見の持ち物で苗字を申告すると、刻まれた文字を眺めてうなずく。
「名前を確認しました。深紅赤月石ですか……なるほど、大体のことはわかりましたが、派手な立ち回りは今後控えてください」
「ああっ」
レアンドルは後ろの兵士に、奴隷商人を事情聴取するので捕獲しておくように命令する。
これで終わったと思っていると、耳に悪意ある声が響いた。
『なんだ、兵士が来たから、剣劇騒ぎは終わったのか? もう少し派手に騒いでくれれば、人が集まり祭りになったのに』
――不穏な声。
相手を特定しようと、兵士や傭兵を見るが違う。
洞窟を出て赤月眼で広場を見るが、攻撃色か、能力者の色合いの者は見られない。
気を緩めたところへ、呪文がかすかに聞こえた。
――んっ、法術?
砦門が爆発。
その轟音が広場に響いた。
門のかんぬきが壊されて、煙が上がりだす。
そして、続けて門の開閉部分から爆発音。
門の片側扉が破壊され、火柱が上がり、内側の広場へ三メートルの木門が倒れてきた。
土煙と振動音が脚に伝わってくる。
――破壊法術!
「門が壊された」
「破壊者はどこだ?」
「至急、倒れた門を建て直せ!」
門番兵が声を上げ、煙が上がる門前は兵士たちが右往左往しだす。
今の爆発音は、砦全体に響いたようで、広場に見物人が押しかけてきた。
俺の後ろにも、小隊隊長レアンドルと兵士たちが駆け付けて聞いてくる。
「エインヘリャル殿、今のは?」
壊された門を見て青ざめる小隊長。
「何者かの破壊法術です」
「なんと。すぐに怪しい赤化術士を探し出せ」
レアンドルの号令で、追随していた兵士たちが駆け出す。
空いた門の外から、妙な音と供に、いくつもの黒い物体が平原をかけてくる。
見張り台の兵が声を上げ、継承音を鳴らしだした。
「フェンリルだ!」
「フェンリルが砦へ入って来る!」
レアンドルは壊れた門を見てから、次々に号令を放った。
「待機の第二小隊を広場へ呼べ。術士隊もだ。傭兵所からも人を出してもらうんだ。他は門の外の魔獣に備えろ」
広場に緊張が走り、見物人が逃げ出し閑散とすると、倒れた門を立ち上げる兵士たちだけになった。
その門が重くて立ち上げることができずに慌てている。
数人の兵士が、赤化法士オディロンを引っ立ててきた。
「おっ、俺じゃ……ねえ」
小声で震えるオディロンを見ながら、俺はレアンドルに説明する。
「こいつじゃない。遠距離から門を破壊するほどの魔力持ち。魔族じゃないかな」
「魔族。あっ、セレスティーヌ様を狙っていた輩?」
――たぶんダミアンとかいう魔族。厄介な事をしてくれた。
そこへ、見張り台から怒号が響く。
「来たぞっ!」
「数体入って来る。気を付けろ!」
二メートルほどのアリ型赤化呪獣が、一体、二体と壊れた門から砦内へ入ってくると、倒れた門を持ち上げていた兵士たちと交戦しだす。
「さらに数体来る」
次々に魔獣が侵入し、広場を眺めて徘徊を始める。
数人の兵でフェンリルの脚を止めるが、増えていくフェンリルに対応できなくなってくる。
レアンドルも走って参戦し、剣を魔獣に振るった。
「俺も手伝います」
風化紫月石剣で、レアンドルたちと対峙した赤化呪獣の脚を斬っていく。
「お願いする。エインヘリャル殿」
簡単に脚が斬れた魔獣は、のたうちながら兵士たちに仕留められ収縮し、赤月石と死骸とに分離した。
――この剣はいける。
切れ味に感触を得て前に歩き出すと、四つ足で地面をはいずって広場から逃げてるジャコたちが目に入る。
全員炎弾で脚を焼かれて、上手く動けなかったらしい。
すぐにフェンリルの餌食になると思い、数体のフェンリルを屠って近づく。
ジャコたちの尻を順番に蹴って、第三倉庫の洞窟まで転がした。
「なっ、貴様」
「死ねよバカヤロー」
「覚えてろ」
お礼を言われずに罵声を浴びせられて、少し後悔。
「集団だ。魔獣の集団がやって来た」
上から来る怒号で振り返ると、壊れた門の外に黒い塊となったフェンリルたちが近づくのが見えた。
誤字脱字修正。




