第六十二話 憑依法術なるもの
宿舎へ戻ると護衛のラカムと副隊長のコラリーに、岩山に魔族を見たことを報告する。
赤月眼は伏せて、人が下りえない岩山下りていたから、話に聞いていた魔族じゃないかと適当に説明した。
ラカムはすぐに小隊長や砦長に通達し、付近へ兵士を派遣する号令が出た。
しばらく砦の道に兵士たちが走り回ることになるが、成果は上がらなかった。
俺にもコラリーから、嫌な報告を受ける。
「昼頃、ヤニックさんが傭兵数人を引き連れて、フィオレッラさんを訪ねに来ました」
――フィーに?
「ヤニックって誰ですか?」
「昨日赤化法士に会いに行くって言ってた、あの三番倉庫の奴隷商人ヤニックさんです」
「うーん」
俺がレイミアたちと昼食してたときに、入れ違いで来てたのか。
「商会から逃げ出した奴隷の可能性があるって、首輪を調べに来たんです。一緒に同席して見ていましたが、傭兵たちもヤニックさんと一緒に見ていたのが印象的でしたね。結局、違うようだと言って謝って帰っていきましたよ」
何だろう……俺に圧力でもかけに来たのか?
それとも嫌がらせの一環か?
「そうですか。たぶん、何かの行き違いがあったかと思います」
――んっ……気になるな。
そんな思いから部屋へ戻り、フィーをのぞき込むと、相変わらず呼吸は正常に行われ、すぐにも寝返りを打ちそうに思えてくる気さえする。
その日の夜は、魔族確認を詳しく報告することで、辺境伯夫人たちの部屋へ夕食として呼ばれた。
セレスティーヌ嬢は、最初にあった以上に暗く落ち込んでいるように見えた。
砦長の仕切りで、話が進み、昼間見つけられなかったが、血を飛ばす魔族を見たという数人の証言を報告。
それを聞いて、俺は食べてた物が口から出そうになった。
その後は、俺がなぜ魔族を追わなかったかと遠回しに言われ、「見失った」と弁明するも居心地が悪くなり早々に退場した。
その夜、寝静まってから、辺境伯夫人たちの部屋へ定期巡回をするように任されてたので、廊下を歩いて副隊長コラリーと確認の話をしていた。
「こらっ」
叱咤されて振り向くと、階段を上がって来た砦長だった。
「無駄口して警備を怠るな。たまにわしが巡回するとこうだ。全くなっとらんな」
この背の低いねずみ男は、確認の会話も無駄口らしい。
「どうだ。不審な奴は見かけたか?」
「何も」
コラリーが短く答えた。
「うむ。魔族が来たらしっかり捕獲してくれよ」
「はあっ」
「発注していた魔族専用の赤月の錠前と結界の張った牢が、先ほど出来上がったからな。いいか、絶対に捕まえろ! イラベに引き渡して都の貴族を驚かしてやろうぞ。ふははっ」
砦長エルネストはひとりで盛り上がって豪語し、そのまま出ていった。
聞いていた、コラリーと俺はため息をする。
「そんな簡単に魔族が捕まれば、苦労しませんよね」
「ええっ、魔族ってのをまるでわかってない役人だな」
朝が来て砦の兵士が増えたらお役御免になり、フィーの眠るベットから離れた床で、俺は眠りについた。
***
昼になり、ソフィとナティフアが部屋に訪ねてきて起こされる。
「楽師として、辺境伯夫人と娘に呼ばれて来たのよ」
「私たち、隣にテオがいるって眼鏡の副長さんに聞いて、寄らしてもらったわけ」
ナティフアが言うと、ソフィが続けて話したあと、フィーの眠るベッドの横へ来た。
「フィオレッラね。別れた頃と比べて、少しは成長しているみたいね」
「この子が死に戻りを……。今にも起きそうな感じだけどね」
「そうだ。二人は、死に戻りから目覚める法術とか、何か知りませんかね? 今は手詰まりで……」
俺が彼女たちに質問すると、ソフィが目を丸くした。
「痛ましい話を聞いて不憫だと思っていたが、目覚めのことまで気が回らなかった。知っているぞ」
「えっ? 本当ですか」
ソフィは思い出すように、話し出した。
「深紅の指輪だわ。それがあれば、憑依法術で生き返らせることはできる。実際に見たから……」
「おおっ――!」
この目で見たとまで言って驚くが、憑依法術なるものがあることにも驚いた。
その後、蘇った者や唱えた者は、何かあるようで話してくれなかった。
「憑依ってのは、誰かを呼び込むことと思うけど?」
「術の名前の通り、本人が蘇るわけではない。……ないのだけど、のちに戻るような話だったな」
「うん? 戻る……」
――ああっ! それ知っている。
――俺じゃん!
俺自身が体験してきたこと。
憑依法術でいったん蘇らせて、その助けで本来の本人の記憶も引き出て融合することなのだろう。
同一人物ではないが、限りなく本人に近い混ざり者になれる。
それが、憑依法術を考えた人の本懐なのかもしれない。
俺、証明しているかな?
……じゃあ、俺は、偶然に異界に来たのでなく、憑依法術でやって来たことになる。
――誰に? 決まっているフィーだ。
他に誰がいると言うんだ。
彼女が俺を呼び出した。
初めて異界に来たこと、こちらの知識が皆無なこと、記憶喪失として隠していたことは、彼女にはみんなわかっていたことになる。
――何か、力が抜けた。
俺は寝ているフィーに目を向ける。
じゃあ、彼女はなぜ憑依法術を実行したことを、打ち明けてくれなかったのか?
禁断の匂いのする異界召喚をおこなっていたから……罪の意識があったからだろうか。
あるいは話したら、俺が怒って離れていく可能性だってあった。
今の俺はテオドールと融合して、そして知ってしまったから、もうどうでもよいことで、今更である。
フィーが憑依法術の不安を一人で抱えていたと思うと、愛しくさえ思えてくる。
「ソフィは、その憑依法術を知っている?」
俺が期待を込めて聞くと、剣士の女は首を振った。
「呪文内容は聞いていたが覚えてない。赤化術士でないからな。……ナティフアは?」
「ごめんなさい。私、治癒士だけど、憑依法術の内容までは知らないわ」
「そうか」
二人の会話に落胆した俺は目を閉じる。
――またつながる糸が切れた。
「ですが、赤目の魔族なら知っているんじゃないかしら?」
タークエルフ少女が片手を頬に当て、天井へ目を向けながら言った。
「なに、本当?」
「ソフィが知っている憑依法術の使い手は、赤目の赤月族じゃなかったの?」
「えっ……そっ、そうだけど」
言葉を濁して目をそらす剣士ソフィ。
「赤目は長生きの証明だから……あっ、私はいいのよ。それで赤月につながる法術は、赤目の者が知っている可能性は十分にあるわ」
要するに、ナティフア以外の年寄りに聞けと言うことらしい。
「じゃあ、レイミアが?」
「知ってる……かもね」
ナティフアは笑顔で俺にうなずく。
そう言えば、昨日レイミアに聞いたときは、知ってるとも、知らないとも言ってなかったな。
――憑依法術がわかれば、彼女は蘇る。
フィーを見て、深紅の指輪に目をやる。
左手を見ると、はめているはずの指環が無くなっているのに気付いた。
「えっ?」
深紅の指環がないことに、二人の女性も困惑。
すぐにベッドの中、そして周りを探すがない。
ひとりでに外れるはずがない。
――誰かが奪った?
「この部屋に出入りしているのは、副隊長のコラリーさんだけだが、彼女が?」
「いやいや、こんなすぐばれるようなこと、彼女でなくても誰もしないだろう」
「あとは初めにメイドが出入りしていたが、その時は付けていたと思う」
「他に出入りしたのは、いないの?」
「そう言えば昨日、奴隷商人たちが俺の留守中に来ていた。……やられたか?」
俺の言葉に二人も反応した。
「奴隷商人を深紅の指環がある、ここに入れたの? それ、盗んでくれって言ってるようなものよ」
「十分あり得る話ね。深紅の赤月石は、奴隷商人なら目の色を変えるわ」
女性二人は奴隷商人にほぼ間違いないと断定して、盗人に怒りをにじませた。
そこへ部屋の扉を叩く音のあと、副隊長コラリーが入ってきた。
「砦長が、楽師を呼んでいるわ」
「あっ、忘れていたわ。……指輪の行方は心配だけど、私は呼れたから行くね」
コラリーに連れられて、ナティフアは弓型ハープを持って隣の辺境伯夫人の部屋に向った。
見送った俺は、仁王立ちしたまま怒りを抑えていた。
「フィオレッラのあの指輪を盗んでいくとは、許しがたい」
残ったソフィも何かを思い出したかのように怒りながら、俺に手助けを申し出てくれた。
「フィーの護衛を頼んでいい?」
「それでよければ務めるぞ。フィオレッラは任せよ。で、テオは?」
「俺は、もちろん、指輪を取り戻しに行く」
文章読みやすくなるように一部書き足し。




