第五十七話 砦にはゆかいな仲間たちが集合してました
コラリー副隊長から、先ほどの二人のことを歩きながら聞いた。
西のティラリ王国から来た二人連れで、一人は砦の剣客、もう一人は楽師として滞在しているという。
褐色少女は、やはりダークエルフでこの辺では珍しいと言う。
広場に戻ると、商人風の太った中年男が、俺を無遠慮に見ていて気になったので、振り向くと退散していった。
「人員だ!」
高級貴族馬車の周りに護衛騎士が取り巻き、巨漢の護衛隊長がでかい声で小隊隊長に話をしていた。
「もっと安全を確保するための兵士が欲しい! 我々の手数だけでは心もとないと言ってるんだ!」
「そう言われましても、砦兵も魔獣との戦闘で消耗して、限りがありまして……傭兵に」
「傭兵にこの護衛は、任せられない」
「うーん」
「君ねえ、貴族を守るための兵士でしょ? みんな回しなさい。ベルグリシなど、この砦に居れば問題ないのですから、見張りの兵とか回すとかしなさい」
「場内のフェンリルも完全に相当されてないのですけど……」
困っている砦小隊長レアンドルに、貴族の護衛隊長と砦長エルネストが無理を言っている構図らしい。
「小隊長殿は、魔族を甘く見ているんじゃないのか」
護衛隊長の一言に意識が集中した。
――魔族?
また嫌な予感が……。
護衛隊長の不穏な一言で俺はすぐに反応するが、口出しする場でもないので状況を探るべく、彼らに近づく副隊長コラリーに付いて行く。
「魔族とは、どういうことですか?」
コラリーも同じ意見だったようで、質問してくれた。
俺を見た砦の小隊長レアンドルは、思い出したかのように護衛隊長へ声をかけた。
「貴公たちにはエインヘリャルやヴァルキューレ・ヒルド殿がいるではないか」
「何? おおっ、そうだった」
全員が俺に注目しだし一歩退いてしまうと、巨漢の護衛隊長が前に出て頭を下げた。
「先ほどベルグリシを引き付けたお方は、やはりヴァルキューレの方々だったか! 助かりましたぞ。お礼を言う」
「いや、お礼はヴァルキューレ・ヒルドがこの砦に入って来てから、お願いします」
「おおっ、先ほどの方はヴァルキューレ・ヒルド殿か。では、あなたがエインヘリャルでしたか。申し遅れたが、私は護衛騎士ラカムです」
「おっ、俺はエインヘリャル・テオドール。テオドールと言ってくれ」
「テオドール殿か」
砦側のレアンドたちは混乱しだした。
「あれ、エインヘリャル・テオドールは、ルクレール辺境伯夫人の護衛では?」
「ああっ、そうじゃないんですな。避難先にしていたオリャンタイ砦に入れずに、森で足踏みしてフェンリルに囲まれだしてまずいと思っていたときに、突然現れたヴァルキューレ殿が道を作ってくれたので助かったのです」
「そうでしたか」
「それで魔族というのは穏やかでないですが?」
砦小隊長が納得して、コラリー小隊副長が聞き返した。
「魔族の小僧にセレスティーヌお嬢様が目を付けられまして、前日部屋に侵入してきたのを撃退したのです。ですが、この災害でルクレール辺境伯は兵とともに近くの村々を救援して回っていますが、館も巨大獣に半壊させられていましたので伯爵夫人とお嬢様を安全な場所となる砦に移動してたのですか、魔族があきらめてないようで追跡、撃退を繰り返している次第です」
間男か……魔族ならぬストーカー魔男。
「では、馬車には……セレスティーヌ・ルクレール様……が?」
ネズミ顔の砦長エルネストがあからさまに失望した風に言うと、副隊長コラリーが少し下がった眼鏡を手で上げてまとめた。
「それで魔族から守るための場所と護衛が必要なのですね」
「ぜひとも、エインヘリャル・テオドールに頼みたい。フェンリルに何人もやられてしまって、今の我々の護衛人数ではもう守り切れないのだ。護衛援助願う」
「わかりました。俺も背中の病人の護衛中なので、一緒になら受けます」
「互助力賜る」
護衛騎士ラカムが、俺に腕を胸に当て礼をした。
どうやらヴァルキューレの名のせいか、エインヘリャルもかなり信頼されているようで、小僧として舐められずに済んだが、護衛依頼を受けてしまった。
フィーと一緒に守れるからいいけど。
「ではその魔族について話しを聞きたいんですが?」
「それは私がいたします」
馬車から声がして、護衛兵士が扉が開いた。
中から落ち着いたドレスを着た貴婦人が、扇子を持って降り立つ。
その後ろからは、真っ赤なドレスを身にまとった金髪碧眼の美少女が立っていたが、元気なく青ざめている。
それを見た周囲の兵や住人がざわめきだす。
華やかな二人が降り立つと、護衛騎士ラカムがルクレール辺境伯夫人とその娘を俺たちに紹介した。
「辺境伯夫人、ここは騒がしいので応接室へどうぞ」
「そうね。案内頼むわ、エルネスト砦長」
すぐに一団は、岩場につながる石造りの建物に向った。
俺も砦小隊長のあとについて行く。
途中に小さい礼拝堂らしい建物があり、子供たちが入り口から出て、こちらを見ていた。
そこから鋭い視線を感じて立ち止まり剣に手をかけて見返すと、記憶も新しい紫色生地のゴスロリ服の少女が目に入った。
「レイミア」
小声でつぶやくと、相手は人差し指を口に当ててから、愛らしく笑ってきた。
――何でこいつが……いや、さすがに巨大獣に踏みつぶされないように逃げて来たってことか。
護衛隊長に魔族はもう来てましたって、話したら驚くだろうな。
あれ、そういえば吸血姫の目が赤くなかったが、色を変えられるってことか?
「テオドール殿、どうしました?」
後ろからついてきた副長コラリーが、眼鏡を指で上げながら子供たちと俺を交互に見だした。
「いや、宿場砦と聞いてたから、子供たちがやけに多いと思ってね」
「ああ、近くの村の避難民の子供ですよ」
「ああっ、なるほど」
背中のフィーを担ぎ直して、再び歩き出して振り返るとレイミアは笑顔で俺に手を振っていた。
――何もしないだろうな? いや、油断してはいけない相手だ。
辺境伯の一団から少し遅れて講堂に入ると、中には人が大勢床に座ったり寝ていたりしていた。
「村人や旅人などの避難民です」
隣のコラリーが俺に説明してくれる。
「昨日はここも大変だったんですね」
「はい」
講堂を見ながら抜けて通路を歩きだすと、避難民の中から一人の男が立ち上がると、複数の男たちも立ち上がり俺たちを追いかけてきた。
「何でテメーがここにいる!」
噛みつくように威嚇して、俺の前を立ちふさがるのはジャコ。
――げっ。
アナネア開拓村のジャコとその仲間たちだ。
俺が無言で笑うと、ジャコは目の前まで顔を寄せてきた。
「あのとき、紫月石に何しやがった」
――うっ。ここは、すっとぼけよう。
「はっ、いや……皆さんもここに来てるなんて、足早いですね」
「馬鹿が、乗合馬車に決まっているだろ。じゃなくて、お前、取り返しに来たのか?」
「えっと、何の話です?」
「テメー」
憤慨したジャコは、胸ぐらをつかんで殴り掛かってきた。
無意識に首がそれると、拳は空を切り、同時に胸倉の手を両手で持ち、相手の脚を軽く蹴る。
ジャコは一人、床へ大の字に倒れた。
「ぐはっ」
すぐに剣の鞘に手をかけた副隊長コラリーが割って入り、倒れたジャコとうしろの仲間たちに詰問する。
「無礼者。何者?」
「あっ、いいんです副長さん。ちょっとした知り合いです。久しぶりの再会で喜んでただけですよ」
俺が片手でストップをかけると、コラリーは不審に思いながらも剣から手を外して、座り込んだジャコを見る。
「テオドール殿が、そういうなら不問にします」
コラリーのきつい視線に、ジャコの仲間が次々に俺に同調してきた。
「そっ、そうなんですよ」
「彼の言うとおりです」
「はははっ」
連中は笑いながら、不機嫌にそっぽを向いて座り込むジャコを引きずって、俺たちから離れていった。
あいつらも砦にいたのか。
――いやーっ、楽しくなってきた(棒)。
読んでいただきありがとうございました。




