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第五十六話 砦の中は騒がしい

 馬に乗ったままでは、まずいと思い降りると、背の低い男が兵の後ろからやってきて小隊長を怒鳴りだした。


「おい。あの馬車のルクレール紋章が見えないのか? 先に顔を出すのは領主様からだろ。馬鹿者が!」


 小隊長は嫌な顔をして、隣の眼鏡をかけた女性兵に何か言うと、俺に一礼をして背の低いネズミ顔の男について行った。


「私は小隊副長のコラリーです。先ほどの失礼な者は、この砦長エルネストです。気分を害されたら申し訳ありません」


 二十代中ほどの短髪で小柄なコラリーは、苦笑いして謝ってきた。


「いや、それはいいですが、あの馬車は領主?」

「西区領主ルクレール様でしょう。この災害で逃げてこられたかと。それでエインヘリャル・テオドール殿はオリャンタイ神殿から来られたのなら、あちらはどんな状況なのでしょうか?」

「うん……オリャンタイ村は壊滅したけど、村人は神殿の中に避難してかなりの人が助かってます……詳しいことはヒルドが来てから話します」


 面倒な魔族の話はどこまで話していいかわからないから、余計なことは言わないでおこう。


「あ、それと堅苦しいから、テオでいいよ」

「えっ? それでは周りに示しが付きません、エインヘリャル・テオドール殿」

「んん、エインヘリャルにはなったばかりだし……必要ないかな」

「わかりました、テオドール殿」


 ……んん、背中がかゆい。


「ああ、それで俺と、この背の病人にまだ外にいるヒルドの砦内への滞在を希望したいんだけど?」

「ヴァルキューレ・ヒルド殿一行はこちらからも願ったりです。戻られたら、ぜひ私たちの力沿いになってください」

「はは……彼女が来たらね」


 ――面倒なことは、ヒルドに任せよう。俺の範囲を超えることだ。


 今は背負ってるフィーを何とかすること。


「赤化法士に……ここには奴隷商人が来ていると、聞いていたんだけど?」

「ええっ、三つの商人がこの騒ぎで留まってますけど、赤化法士ですか?」

「背中の病人について相談したくて……」

「そうですか。……たしか、三番倉庫の荷馬車にいると思います」


 副長コラリーの顔が、広場の外れにあるいくつもある洞窟の一角に向いた。

 五,六人の商人風の男たちが、貴族馬車一行をうかがっているのが見える。


 ――あそこか。


「その病気は?」

「死に戻りです」

「まあっ……これは失礼」


 気まずそうにするコラリーだが、一般には植物人間扱いのようだから仕方ないのだろう。





 馬のウィリーを厩舎兵に預けていると、激しく地面が揺れ始め見張り台から声が飛び交い始めた。


「トカゲ型ベルグリシが六体近づいてきた!」

「門に群がっていたフェンリルを食べ始めている」


 激しい咆哮が門の外から聞こえると、広場は緊張して静まり返った。


「ヒルドが心配だから、外が見たい」


 俺は小隊副長コラリーに申告すると、彼女は俺を先導して岩場の細い通路を駆け上がり、高台に行く。

 背に担いだフィーを揺らさないように静かに歩き、砦の外が見れるところまで行くと、ベルグリシ数十体が草原に闊歩しているのが目に入った。

 門の近くでは、近づくベルグリシからフェンリルが散開していくが、巨大獣の口から出た長い舌に、赤化呪獣が何匹も巻き取られ食われていく。


 ――あのフェンリルがあっけない。


 巨大獣は砦には見向きもせずに、フェンリルを追っては捕まえ食べていた。

 森の方を見やるが、ヒルドの姿は視認できない。


「んー、ヒルドの確認は取れないか……」

「あれを」


 副隊長コラリーが迎えの高台に指を指していて、その先を見やる。

 俺たちが今日進んできた道の高台に、馬に乗ってマントをなびかせるヒルドが見えた。


「おっ、あんなところに移動してたか」


 ベルグリシやフェンリルを避けて、近くの森から迂回しあの高台に上ってたのか。


「ヴァルキューレ・ヒルド殿一人では、こちらへ来るのは至難の業かと」


 ――ヒルドはおとりを取ることで、こうなる事態を予想していたのかな……。


「今はそうですが、彼女は大丈夫でしょう。何とかしてやって来ると思います」

「そうですね。ヴァルキューレですもの。早い到着を心待ちにしています」

 

 高台から下りると足元にも目が行き、いたるところに虫の死骸と紫月石が転がっているのに気が付く。


「これは砦の中にもフェンリルが?」

「はい、昨夜フェンリルが大量発生して、かなりの負傷者を出しましたが、目につくものは掃討しました。……ただ、まだ潜んでいるのもいて油断ができませんので、場内での一人行動は取らないようにお願いします」

「そうですか。わかりました」


 ――これはフィーを一人で寝かせて、離れることができないか。


「この砦で運がいいのは、ベルグリシ級が出なかったことでしょうか」


 ああ、神殿から離れたところは、ベルグリシでなく、フェンリルまでの進化に終わってたってことかな。





 高台から砦内を見渡すと、そこそこ広い空間に石造りの家が並んでいた。

 千人の一個大隊が駐屯していて、宿場街の側面も持つ砦だとか。

 コラリーに背中のフィーをベットに休ませられる休憩室を聞いていると、建物の一角で怒号が響いていた。


「ん?」

「傭兵所ですね、何でしょう?」


 入り口から中をのぞくと、ロビーの中央で若い女剣士が弓型ハープを手にした一人の黒髪褐色肌の十六歳ほどの耳の長い少女を守って、軽装鎧を着た複数の二十代ほどの男たちと対峙していた。


 ――あの子は、ダークエルフ?


 二人とも上下繋がった密着型の生地の上に短いスカートを装着していて、ヴァルキューレスタイルを連想した。

 男と女が剣を合わせたと思うと、剣音とともに男が一瞬にして壁にぶつかり倒れていく。

 赤髪ロン毛の女剣士が素早く、男たちの剣を弾きながら足蹴りして壁へ飛ばしていた。


 ――あの女剣士、手慣れてる。それに大、小の二本の赤月剣の持ち主だ。


「このアマ」


 男が怒鳴ると剣音も鳴り、また同じパターンで壁に一人が飛んでいった。


「これはよくないわ。テオドール殿も止めるのを手伝っていただけます?」

「わかった」


 立ち止まって見ていたコラリーが話しかけたあと、速足で仲立ちに入った。

 俺も付き添って中へ行くと、遠目で見ていた何人かの傭兵が俺の剣と背中のフィーを指さして「奴隷を背負った二刀剣か?」と笑い合っている。

 倒れた男たちの後部で、女剣士に弓を弾く若い男がいたのを視認。

 すぐベルトの投てきナイフを引き抜き、投げて弓矢の矢に突き刺すと、男は驚いて硬直する。


「やめなさい!」


 コラリーが声を上げると、見物人の間から口笛がいくつも鳴った。


 ――副隊長、人気者?


 対峙していた男たちは白けて両手を上げるが、女剣士は剣を下げない。


「砦内部での問題行動は、すぐ止めていただきたい。緊急時なのですよ」

「わりー、コラリー副隊長。だがこいつが」

「こいつとは何か。先にナティフアを連れ去ろうとしていたのはお前らだ」

「ソフィの話は本当ですか?」


 女剣士ソフィの話を聞いたコラリーが男たちに向く。


「そいつが持っている楽器を弾いて欲しかっただけだ。他意はない」


 見物人の間から、「そうか?」と笑いが起きる。

 ナティフアと言われた少女は、この場を楽しむように薄く笑って弓型ハープの弦を軽く弾き、褐色肌もあってか浮き世離れしたものを感じた。


 俺は女剣士と少女を横目で見ながら、投てきナイフを取りに、話し合いに変わったロビーを突っ切る。

 女剣士ソフィは俺をしばらくガン見して、いぶかしむ顔をする。

 弓矢を持ったままの男の前に行くと、黙ったまま矢からナイフを抜き取りベルトに戻す。

 同時に男の拳が飛んできたが、無意識に身体が動き、相手の腕を取り脚を払い床に軽く転がした。


「小僧ーっ」

「やめなさい。弓矢を向けたこと自体、私も見てました。怪我人や死者を出すなら、誰であろうと即刻砦から出てもらいます」

「今はまずいぞ」

「シャレにならん」


 女剣士と対峙していた男たちが、剣をゆっくりと納めるが、俺に倒された弓の男は抗議する。


「ナイフを投げたその小僧には、文句言わんのか?」

「エインヘリャル・テオドール殿は、私の一存で介入してもらいました」

「なにっ?」

「エインヘリャル……その小僧が?」


 傭兵所がざわついた。

 こんなところでバラさなくても……。

 ナティフアという褐色少女が、初めて俺に気付いたかのように顔を向け微笑んできた。

 隣の女剣士も剣を鞘に収めると、相変わらず俺をガン見してくる。


 ――何なんだ?

読んでいただきありがとうございました。

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