第五十五話 オリャンタイ砦に到着したが
『第四部 砦』編に入ります。
昼過ぎに警備隊長のエヴラールと会い簡単な挨拶だけ済ませて、俺はオリャンタイ村を早々に引き払った。
譲ってもらったベビーキャリアに、眠ったままのフィーを座らせて紐で固定、背中合わせに背負う。
駄馬のウィリーに乗り、オリャンタイ砦へ歩を進めた。
隣には黒馬に乗った、戦いの女神族ヒルドが付き添ってくれている。
森にかかる道は、いたるところに木々が倒れ、地面に裂け目があったりで、赤化巨大獣が破壊したところは何度も迂回することを余儀なくされた。
赤化呪獣ともよく遭遇して、俺の第三の腕やヒルドの光の剣で速攻殲滅させる。
馬で二時間と聞いていた砦だったが、着く頃には夕方になってしまった上に、思ってもいない事態が発生した。
オリャンタイ砦は、山の岩肌の側面から作られた剣呑な砦だ。
その砦が見える丘に出ると、数十体のベルグリシが咆哮して取り巻いていたことだ。
前面の石壁がいくつも損傷し破壊されてるが、砦の崩壊はなく見張り台に何人の兵士がいるのを視認できる。
岩をくりぬいて造ったと思われる五メートルほどの砦門も、しっかりと扉は閉まっていた。
「砦からちょっかいでも出したのかな?」
「それ以外にないでしょうね」
二十から三十の数が見えて、恐ろしいと感じずにはいられないが、西南に向った本体を考えると身震いが起きてくる。
――槍隊長シモンのアナネア開拓村まで舞い戻るか? いや、目的から外れる。やはり、入るしかないかな……。
「さて、戻るに戻れないし、砦に入るにはベルグリシを突破しないといけなくなる」
「そうね」
「ヒルドなら、砦まで簡単にいける?」
「僕の愛馬なら問題なく。でも、テオはフィオを乗せていて馬には負担ね。だから、僕が門近くの数頭のベルグリシを誘き出す役をするわよ」
「それは危険だ」
「僕はヴァルキューレよ。巨大獣はどれも大きくなったせいか、動きが鈍いからいける。まあ、あれを討てとなると難しいけどね」
彼女は勇ましいことを言っているが、やはり手綱を握る腕に震えが見える。
「うーん」
「行くんでしょ?」
「ああ、そうだな。任せる。だけど、危なかったらすぐに離脱してくれ」
丘を降りて砦付近まで来ると、ベルグリシの巨大な足が見れて、踏みつぶされる恐怖心が身体に流れていく感じがした。
「じゃあ、僕が巨大獣の足を巡って誘き出すから、安全と思ったら砦の門に駆け込んで。僕もあとからすぐ付いて行くよ」
ヒルドは愛馬を勢いよく走らせ、近くのトカゲ風ベルグリシの足の間を駆け巡り、剣を振って打撃を与えていった。
不快そうにしたベルグリシがヒルドと黒馬を視認し追い始めると、門の前にいた三頭の巨大獣も動き回るヒルドに興味を持ち動き出した。
砦の方にも動きが見え、見張り台から人が手を振ったり、声が行きかったりすると、両開き門の扉が少し開くのを確認する。
砦門の前に巨大獣のいない道が出来始めてると、ヒルドが進めと手ぶりで合図を送ってきた。
俺は背中のフィーを振り落とさないように注意しながら手綱を操りウィリーを走らせる。
走りだした平原には、砦に入る前に逃げ遅れた人々の末路である朽ちた馬車が、いくつも散乱していた。
ヒルドを見ると、ベルグリシを砦から上手く引き離せてあり、その数頭が仲たがいの争いまで始めて、彼女が戻るに好都合になる。
そこへ後方から複数の馬のひづめが聞こえてきたので振り返ると、馬に乗った数人の兵士たちと馬の四頭立ての高級馬車がこちらに向かって走って来るのが見えて驚いた。
――あれは、貴族の馬車。地位が高く不愉快な人物が乗りそう。
テオドールの知識と付随した不快感が同時に思い浮かんで認識した。
そいつらが今まで待機していたらしく、俺たちに便乗して砦に入ることを選択したらしい。
その馬車の後方から、馬上した大柄な護衛騎士が剣を携えてついてくると、数十体のフェンリルが森から次々に現れた。
唐突に馬車と馬たちが音を立てて飛び出してきたから 森にいたフェンリルたちの注目の的になったようだ。
砦前のベルグリシがいなくなったので、フェンリルたちも活気づいてエサと認識した馬車一行を追い始める。
ヒルドが駆け込んでくる方向ともぶつかって、遮る魔獣を彼女が剣で蹴散らしている。
だが、量が多く立ち往生してしまいフェンリルたちに分断されてしまった。
俺とウィリーは砦の門にたどり着き、彼女の応援にと踵を返そうとすると、上から兵士の声がかかる。
「ヴァルキューレの一員ですか? どこから来ました?」
「ヴァルキューレ・ヒルドの命によって参じた。オリャンタイ神殿から来た。彼女とともに中に入れてくれ」
ヒルドを指さし声を上げる。
「わかった」
門が大きく開く中、ヒルドに向おうとするが、今度は後ろから高級馬車と馬に乗った護衛たちが押し寄せてきて、衝突しないよう脇へそれることとなる。
最後に入ろうとした大柄な護衛騎士が、大量のアリ型のフェンリルに追いつかれ、体当たりされて馬から転げ落ちた。
倒れても剣を振るって、食いついてくる魔獣を凌ぐが、今までさんざん最後尾で剣を振るってきたのだろう、余力がなく囲まれて脚をつかまれ食われだす。
――ここか。
やっと場所特定に間に合った俺の赤月粉砕の腕が、結晶を握り砕いていく。
どのアリ型のフェンリルも赤月結晶は同じ場所にあり、一気に取り囲んでいた物は倒しきれたが、後続がまだまだやって来る。
俺は騎士がいなくなった馬を、ウィリーで追い立てて倒れた護衛騎士まで進ませる。
その騎士は、攻撃されていた魔獣が突然動きを止めて倒れだしたので、呆気にとられていた。
「乗れますか?」
「おっ? おおっ、すまぬ」
正気を取り戻した護衛騎士は立ち上がり、周りの様子を見てから脚を引きずるも、自らの馬に乗り、門の前の俺のところへかけてくる。
俺の横をすり抜けて「馬を感謝」と言葉をかけた護衛騎士だが、砦の中へ入ると周りにいた砦の兵に声高々に命令を送った。
「門を閉めろ!」
――えっ。
ヒルドを見るとフェンリルを削ってこっちへ向かっていた。
だが、巨大なトカゲのようなフェンリルたちが先に門に到着しそうで、それを見ていた門番兵たちは急ぎ両開き門の扉を閉めだす。
「そこのバルキューレも早く。砦にフェンリルを入れられない! もう一人は無理だ」
俺は焦燥感のままウィリーを走らせ門をくぐる。
「フェンリルが中に入って来るぞ。早く。早く閉めろーっ」
「おおおっ」
門番兵たちが巨大のかんぬきをかけると同時に、外から門に激しくぶつかる音が聞こえ出して、場内の静けさの中に響いて不安を誘った。
――くそっ。まだヒルドが戻ってきていないのに。
「外のヴァルキューレ・ヒルドは、どうなっている?」
俺は近くの兵に聞くと、頭上の見張り台から状況説明が来た。
「ヴァルキューレは、門にフェンリルが群がったのを視認したら、ベルグリシを避けて森の方へ入っていった」
「また彼女が現れて上手く近づいたら、門を開放してくれ」
「承知した」
――これは仕方ないのか。
外のヒルドに対しては心配はないだろうが、切り離されると色々面倒が増えそうだ。
「ヴァルキューレ・ヒルドが来たらすぐ開けよう」
俺の後ろからも声がかかり、振り返ると鎧を着た兵士二名が近づき、背の高い中年男性が名乗った。
「オリャンタイ砦の小隊長レアンドルだ。君は若いが、ヴァルキューレ・ヒルドの従者でいいのかな?」
ここは下手に出ず、ヴァルキューレの名を語って優位についた方がいいだろう。
フィーの安全を確保するのに万全を期したい。
「ええ、俺はテオドール。ヴァルキューレ・ヒルドのエインヘリャルだ」
「おおっ」
「なんと、その若さでエインヘリャルでしたか、これは失礼」
――あれ? 何か、凄く好意的に驚かれてる。……って、腕を胸に置いて頭下げてきたし。




