第五十二話 陥落
騎士の助けで一命を得たあと、一緒に近くのサクサン砦へ向かった。
彼はマリユス、都市ソラタの騎士団の一人。
投げナイフの腕は、プーノ共和国一で百発百中とも言われる有名人だった。
サクサン砦は丘陵地の山頂に、五メートルの高さまでレンガで積まれた石の砦として立っていて、中に五百の兵が常駐とのこと。
予想を遥かに超える速度で南下したティラリ王国軍に、プーノ共和国軍は間に合わず、北部の砦や村々が落とされ被害が拡大したそうだ。
主な要因は、ティラリが盗賊を雇って北区ソラタの村々を、背後から夜襲し、殺戮と略奪を繰り返していることだ。
私の襲われた村の野戦病棟は少数兵で、増員ができず守れないとし、この砦に行くよう進められた。
生き残って集められた村人たちと一緒にサクサン砦に入ってから、数日平穏が続いた。
日が西に差し掛かった頃にグレゴワール先生と再会、私の荷物を渡されて薬師としても復活。
大事な二個の深紅の赤月指輪が手に戻ったことに人心地つき、これからは肌に放さないように胸ポケットにしまった。
日々怪我人の治療に当たっていくと、砦のチビ名薬師と言われるようになった。
「チビとか、失礼……なの」
「小さい名薬師で良いのだが、兵士は乱暴な言葉を吐く者が多くて、気にするだけ無駄だよ」
「うーん、どうしようもない……か」
休憩室で、マントの人マリユスを前に一息つく私。
彼は木彫りのナイフを作るのが趣味で、非番の今も目の前で職人芸のように削っていた。
マリユスは紳士だし、助けてもらったことでテオなみに心を許していた。
テオが約束を反故にした不満を聞いてもらい、慰めてもらったり、愚痴を聞いてくれたりして、いい人である。
「どうかな」
彼は人差し指位の大きさの木彫りを、私の前に出して見せた。
「わっ、上手い。可愛……いい」
手に取って見ると薬師服を羽織った女の子で、顔まで細かく彫刻されていて感心する。
「小さい名薬師だよ」
「えっ、私? こんな可愛く……ない。恥か……しい」
「最初見て興味を持ったとき、作ると約束してたね。それプレゼントするよ」
「あっ、これがそう……なの? わっ。嬉し……い」
その木彫りは、マリユスが紐をつけて私の首にかけ、いつでも見れるようにしてくれた。
飼い主が死んだ犬が、避難した村人たちに交じって砦に入ってきていたのを見つける。
その野良犬にテオと名付けて、私に配給された食事を分け与えた。
余裕ができて、強引にキスしてきた少年兵のその後の奇妙な行動を思考し、一つの案を試みることにした。
犬のテオに血の入った余り物をわけてやると、尻尾を振って食べていく。
そして思考していた実験を始める。
――私に従いなさい。右って言ったら右よ。
犬のテオに、最初は指を刺して従わせていくが、すぐに意志だけで動くようになる。
その意思を怠ると身体に痛みがくるようで、酷い鳴き声を上げられて周りから奇異の目で見られた。
でも、その痛みのせいか、犬のテオは三回目には従うようになる。
動物に言葉が伝わらなくとも、考える意思は伝わることがわかったが、相手の生命を手にしたような感触を同時に思った。
少年兵に起こったことの実験は成功し、これを生命の契約……は大仰なので「血の契約」と命名して一人歓喜した。
三日目に敵軍が二つにわかれて、サクサン砦の前面に一万の軍が前進してきた。
もう一方は敵の本陣二万、都市ソラタに向かっているそうで、こちらにプーノの友軍を割く用意がないと言われていた。
日が西に傾きかかった頃、敵軍が砦前へ集結しつつあるのが目に見えると、避難民や兵の逃亡が始まった。
「逃げろー」
兵士の静止を振り切って、避難した村人たちが逃げ出し始める。
「敵は砦兵の三倍以上の数、明日はもう陥落することになる。フィオレッラ、わしに付いて来い」
グレゴワール先生は私にそう言うと、体一つで走って出ていく数台の馬車の一つに飛び乗ってしまう。
もちろん背の低い私には真似などできず、砦門から急いで出ていく最後の馬車群を突っ立ったまま見送った。
「先生……」
呼びかけるがもう返事はなく、途方に暮れてると門が急いで閉められた。
何か置いて行かれたような、誰にもすがれない強い疑似感が脳裏を駆け抜ける。
同時に怒号があちらこちらから上がり、空から矢がいくつも飛来してきたことに気付く。
急いで物陰に隠れる。
空気を斬るような不気味な音とともに、矢の雨が砦中へ降り注ぎ何人かが倒れていく。
もう戦闘が開始されたことを知って、顔が蒼白になる。
敵軍と対峙している側面から、何度も大きな爆発音とともに、煙と兵士、石など飛び散るのが見えた。
「高度な……破壊法……術」
恐怖で手で耳をふさぎ、目を閉じるが、続けて何回も爆発音が聞こえ、兵士たちが飛ぶのを頭に浮かべてしまう。
大音響の怒号が、砦外からひっきりなしに聞こえてきては、矢や火の矢が降り注ぎ、爆発音が何度となく繰り返された。
目の前の広場を兵士がひっきりなしに走り回り、怪我人や動けなくなったものはその場に置き去りになる。
それを見て恐怖から目が覚め、怪我人の兵士を見て回り、肩に掛けた革袋からポーションを出して治療した。
日が沈みかけた頃、なぜか門が開きだしているを見かけ、不審に思うと、門の番人同士で斬り合いが始まった。
途中で止まった門だが、外側から無理に押し開かれて解放されていった。
すると敵の兵士が何人も特攻してきて、兵同士の剣の打ち合いが始まるが、すぐに広場は敵兵であふれかえった。
治療中だった兵士から「逃げろ」と言われ、足を震えさせながら建物の中に避難する。
場内までもが戦場になったことで、明日どころか今夜中にも、この砦は落ちると思った。
――じゃあ、私は?
その後どうなるのか考えると、恐怖心で頭がいっぱいになってくる。
小さな鳴き声が聞こえ、足元を見ると犬のテオがきていた。
頭を撫でると尻尾を振って付いてくる。
窓から外を見ると、かがり火が倒され、木材の建物が燃え、その前を敵兵と劣勢な砦兵の打ち合いが見えた。
建物の中にも、争う音が聞こえ始め、音が近づいてきた。
避けるため反対に向うと、剣を持った敵兵が突然現れて驚く。
「わっ」
「おっ、女?」
逃げようとするが、肩を掴まれて反動で壁にぶつかる。
「いった」
痛みとともに犬のテオが、私を守るように吠えだした。
「なっ、なんだ?」
兵士の注意がそれて、私は一目散に近くの窓へ飛び込み、裏通りの地面に倒れ込むと肩に掛けた革袋が頭に落ちてきた。
目を回しながら起き上がるが、周りに誰もいない。
「うるせえ」
次の瞬間、敵兵の声と剣が振るわれる音、続いて何かにぶい音と異常な速さで地面をこする音が聞こえた。
私は飛び出た窓をゆっくりのぞくと、犬のテオが頭から血を流して動かない状態が目に入ると、兵隊の顔が現れ、こちらへ手を伸ばしてきた。
速攻で後ろへ跳躍、跳ねるように通路を走った。
また剣の打ち合う音が前から聞こえ、物陰に潜みやり過ごすが、数人の敵兵が一人の砦兵を斬り倒すのが見えて、狼狽しながらその場を離れる。
目の前がゆがみだし、犬のテオの死なのか、恐怖なのか、自分でさえよくわからないうちに涙があふれだし、自然と言葉を紡ぎだしていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
大通りはいくつかの建物が燃え、怒声、剣の乱立音が響き渡り、憂いながらも成り行きを見守るしかなかった。
壁に背をあづけ呆然としていると、剣を持ち返り血を浴びた鎧姿のマリユスが見えた。
私に気付いたマリユスが、こちらへ近づいてきたので安堵した。
――助かった?
しかし、逆の路地から兵の駆け足が聞こえ出す。
私が壁から離れると、後ろの路地から敵の兵士二分隊、二十人ほどが槍を持って走りこんできた。
「おっ」
「女じゃねえか?」
返り血を浴びた屈強の男たちが笑って、こちらへ近寄ってきた。
私は連中から離れて、前のマリユスに守ってもらおうと走りだそうとした。
「あっ」
さきに走って遠ざかったのはマリユスだった。
私を置いて逃げ出した後姿は、鮮明にゆっくりと走る姿に変わり、眼に焼き付いた。
――また私から離れていく。私が深紅者だから?
マリユスを見送った私は、足の力が抜けてその場にしゃがみこんでしまう。
走り去るマリユスだったが、横から騎兵が通り過ぎると彼の首は飛んでいって、体はすぐ倒れた。
私は兵士たちの下卑た笑いの中で、マリユスだった塊を眺めていると、何本もの槍の石突で身体を突きまわされた挙句、髪の毛を引っ張り上げられる。
「なんだガキかよ」
その言葉を最後に、恐怖から意識を失った。
気が付くと両手に紐が巻かれていたが、同じ場所に放置されていた。
昨日掛けたままのポーションが入った革袋が、肩に残っている。
忙しかったのか、子供だと思ったからか、手を抜いてくれたようだ。
日が上っていて、今更ながら胸ポケットに入れていた深紅の赤月指輪を思い出すが、使う場所を逸したと周りの敵兵の数を見て思った。
兵士の会話から早朝にサクサン砦は落ちたことを知る。
私の横に何人もの子供が、同じように手を紐で巻かれて一塊になっていることを知る。
迎えには、砦兵士とみられる死体が山になって積み重なっている。
手前には、見覚えのあるマントと首のない亡骸。
「マリユス……」
眺めているうちに涙が溢れていた。
赤目のベリアルの使った、時間を巻きもどして欠損修復する収拾法術が頭をかすめる。
私はポーションでそれに近い疑似薬は作れたが、首の離れた彼には無理。
マントの下からベルトが見えて、あの茜色の投げナイフの背が見えた。
私は敵兵士に気付かれないようにマチアスの亡骸に移動して、ベルトをゆっくり外し丸めてから胸元に隠し、元の場所へ戻る。
ベルトに装備したナイフがあれば、逃げるチャンスはある。
いく人かの捕まった子供たちの奇異の目を向けられたが、誰も何も言わなかった。
一日立つと場所を移動して、選別された女、子供、老人たちが広場に集められて、数日過ごすこととなる。
敵だらけでもう逃げ切ることは無理と悟り、マリユスの投てきナイフが遺品に代わってしまった。
三日後、都市ソラタが降伏し、無血開城の報告が敵兵の会話に流れてきた。
このサクサン砦とはえらい違いだけど。
西のティラリ王国の交渉官は優れ者らしい。
それから三日たった後、奴隷商人たちがやって来て、私たちの身の振り分けが決まる。
タワン民主国の都市スージュから来た奴隷商会が、一番に捕虜を選別して選んで買い取っていった。
私はすぐ買われ、スージュ商会の簡用のテントの中へ回される。
一人ひとり個別にチェックを受けて奴隷首輪を取り付けていた。
私の番になり、受け持ち物の革袋を取り上げられると、服を脱がされ身体検査をされる。
「傷なし」
こげ茶色のタンクトップ、白革のミニスカートを渡され、その場で着替えを要求されて従った。
脱いだ上着の胸ポケットに入れていた深紅の指環二個を、検査員が見つけて酷く驚かれてしまう。
周りが見に来て少し騒ぎになるが、責任者らしい紳士風な商人の一括で静かになったあと、私の持ち物全てはその商人に没収されてしまった。
「この小娘ですね、ノルン様」
その奴隷商人の隣に、無言で立っていた女性赤化法士が、私を見てうなずく。
一歩前に出てきた女性法士は、水色と白のラグナ教信者が着る服をしていて、首輪をはめる作業をしていた黒服の赤化法士と交代した。
赤月眼で一瞬、その女性法士が赤月族なる色を発したのだが、すぐ消えていた。
何で? と私は首を傾げる。
その赤化法士は背の高く髪の短い女性で、少し寒気を感じた。
商会の召使いが、別の場所から持ってきた奴隷首輪をその女に手渡した。
女赤化法士はいくつか呪文を唱えながら、私の首に奴隷首輪を巻き付け閉じた。
ついに奴隷首輪をはめられ、暗闇を歩いているような不安な気分で、スージュ商会の数台の馬車の一つに言われるまま乗り込む。
奴隷として売られ、幌馬車に二十人の同じ服を来た女が詰め込まれたとき、陽気な声が聞こえた。
「そろったな。よう、今日から十日ほどだが、お前らを護衛する冒険者のリーダー・モイーズだ。よろしくな」
好意的にこちらに笑いかける大人の男は、安心させてくれるものだった。
だが、そのモイーズの後ろに数人の男が待機していて、その一人に見覚えがあった。
「あっ、ああ……あ」
向こうも私が慌てたことで意識が向き、すぐに顔を驚愕にさせた。
「フィー?」
「テ……オ?」
お互いに最悪な状態での再開になった。
わかりづらい文章の修正をしました。




