第五十一話 治療師
テオがいなくなって一年が過ぎた頃。
――失敗した。
アマル村に噂が広がって、孤児院の子供たちも知ってか、私に奇異の目を向け始めた。
怪我や病気をした村人など見るようになって、数種類の治療ポーションを瞬時に見分けて使い、劇的に直すので目立ったようだ。
ある村人にそのことを問われた。
母に口止めされていた、色の見える赤月眼の話を、私はうっかりと語ってしまったのだ。
「赤月族かよ」
そのときの村人は笑って済ませたが、よく日には村人たちへ瞬く間に広がり、話が大きくなって収拾できなくなっていた。
『赤月族の子供は不良品』
『人の中に紛れてくる赤月族は、厄介者の魔族のみ』
『ハーフ魔族は不幸を招く』
『深紅者!!』
『村の破壊者』
『アマルの疫病神』
三日目には、それらのひどい言葉を投げかけられることになった。
孤児院の管理人であり修道女のバッチャは、気にするなと言ってくれたが、体中から力が抜け落ちた気分だった。
気になっていた深紅者について、バッチャに知っているか聞いてみた。
「深紅者かい」
「はい。私、どういうものなの……か、知らないん……です」
「マァニ、赤月の申し子かな。赤月族と人族の間に生まれた者……」
ただ、生まれるのが珍しいことらしい。
生まれても、ほとんどが数か月で亡くなるという。
赤月の申し子というのは、マァニをいくらでも取り出せるということ。
恐れられるのは、マァニの取り出しが制御できなくなることを意味し、ハーフとしての宿命らしい。
「そうなることを、狂乱媒介者、または深紅者と言われている」
「狂乱?」
「伝えられることでは、赤化狂乱災の頃に深紅者たちが暴走する。そして赤化狂乱災祭が始まると」
私は意味を知り、愕然とし、震えがしばらく止まらなくなり、途方に暮れた。
同時に過去の出来事が、新しく私の前に開示された。
伯爵邸から逃亡しなければいけなかったのは、私が……ハーフ赤月族、いやっ、ハーフ魔族だったから……。
母が死んだのも、私が……深紅者だったから……。
台所の洗い場に行き、静かに嗚咽しながら何度も吐いた。
――私は厄介者?
私がこの孤児院にいては……迷惑がかかる。
かなりの確率で……迷惑がかかる。
子供たちが寝静まってからバッチャに置手紙を書き、早朝になってからアマル村を一人で出た。
私は希少種、それも狂乱媒介者になりうる者。
……その思いが心を暗くし、誰かにすがりたくて胸が苦しくなる。
こんな私に腕を差し伸べてくれる者はいるだろうか?
――テオドール。
テオは一緒になろうと言ってくれた。
その想いを抱き、そして頼りにし、足は首都のタサスへ向いてた。
孤児院では仕舞っておいた深紅の赤化指輪に、何度か助けられつつ、長い旅道程を歩んで首都タサスに着く。
一年ぶりに彼に会いに、聞いていた就職先へ心を弾ませ歩みを進める。
だが、テオはもう仕事を止めてそこにはいなく、行先もわからなかった。
頼りにした相手が不明とわかり、不義と孤独を突き付けられた気分で、身体が冷え倦怠感が体を駆け巡ると倒れそうになる。
タサスの一流職人になるって、二年後に迎えに来るって話はどうなったの?
――やはり、私が深紅者だから?
私に腕を差し伸べてくれる人はいない。
タサスの街に一人途方に暮れて、広場の隅に座り込む。
だが、苦しんでいる人を見かけ、我を忘れ持っていたポーションで適格の治療を施す。
それを見ていた薬師に誘われて、タサス薬局で働くことになる。
良い人ばかりで、深紅者などと言う生まれを次第に忘れていった。
薬局からすぐにいろんな知り合いができて、そのつてでタサスの高名薬師グレゴワールに気に入られ、見習い弟子として働くこととなった。
赤月眼で病人の病巣を見つけるときに、少しハーフ魔族を自覚するが、考えないように封印した。
宮殿内へ出入りができて、すぐに他の薬師のぐうたらぶりに驚くようになる。
権力者のお抱えでもないのに上位者のみに治療を施し、お金を持ち合わせない患者は無視する者たちだ。
「母と比べて。雲泥の差……だわ」
背が低い私が薬師服を着ていることも許せないと、グレゴワール先生に文句を言いに来る薬師すらいた。
そんなことは恐れずに、私は伝説の収拾法術の薬版を求めて、以前から模索していたライフポーションなるものの製作を始める。
タサスに来て一年目に差し掛かる頃、プーノ共和国の北区ソラタを、西のティラリ王国の軍三万が侵攻したと首都タサスは大騒ぎになった。
戦闘が断続的に行われ、兵の怪我人が増え薬師、法術士も足りなくなり、見習いなども召集された。
私は薬師の卵として、グレゴワール先生と後衛駐屯地の村に赴くこととなる。
二日目、治療師として従事していたところで騎士に呼ばれた。
「この先に小さい家が何件か密集してあり、そこにもう動かせない重病人が数名残っている」
騎士から治療を頼まれた。
見回りの兵士とともに、林の中を十分ほど歩いた先の救護用の家に着き見て回ったが、傷付いた兵が多く、一人で奔走することとなる。
夜になり、しかたなくその家の休憩所で休むこととなるが、寝かせてくれなかった。
「敵兵!」
そんな声が聞こえる先から、斬り合いと怒号、絶叫が家の入り口に広がる。
敵兵は、治療した兵士が寝ている家に侵入して殺戮していく。
お守りの深紅の指輪は前に盗まれそうになり、治療師としても邪魔なので外して革の持ち物袋に入れたままにしていた。
私は幾人かの村人と外へ逃げ出し暗闇を走っていると、エネルギーの塊のオーラを赤月眼で見る。
「待って。前からも、何か……来る」
全員が止まると、ひづめの音と馬に乗った影が複数やってきた。
「味方?」
そう思ったが、見慣れない甲冑の兵で、先頭の村人が剣で身体を刺し貫かれるのを見て総毛立つ。
五,六頭の馬に乗っているのは、盗賊風の若い兵士たちで、私たちはすぐに囲まれた。
若い兵たちは剣で、次々に村人に斬りつけていく。
「こいつ女だぜ」
「こっちにもいる」
私は馬上の少年風の兵に腕を捕まれて、倒されて引きずり回される。
「このチビ、もらった」
降りてきた若い盗賊兵は、私の体をまさぐったあと、腕を取って近くの家に押し入った。
中は誰もいず、暖炉の火がくべられたままになってる。
中央のテーブルに目をやった兵は、片手で乗っている物を綺麗に弾き飛ばし、暴れる私を抱き上げて上に座らせた。
体と腕で抵抗を続けていると、腹にこぶしが入り、痛みで呻いてしまう。
剣を引き抜き、私の頬にゆっくり二度付けると、テーブルに刃を突き立てた。
恐怖に動転し、嫌がっていた身体は萎縮し、頭は思考停止になっていく。
薬師服を引き裂かれ、上着もたくし上げられ胸のふくらみを揉みしだかれる。
「ほうっ、そこそこあるじゃねえか」
少年兵がそう言うと、あごを掴まれて強引に口を吸われ、唇を噛まれ、舌を入れられた。
「うっ、ううっ」
口の中にうっすらと鉄分を感じて、唇が出血しているとぼんやり思った。
身体をテーブルに押し付けられると、男は私の上部へ乗り上がってきて、顔を押さえられ何度も口を吸ってくる。
ほんの少しの時間だろうが、かなりの時間が過ぎたように酷く感じた。
若い盗賊兵は、唇をようやく放すと、テーブルを降りて私のスカートを下ろしだす。
――もう……止めて。
言葉もなく、心で唱えたら、少年兵はしばらく動きを止めてこちらを凝視する。
私はゆっくり上半身を起こし相手の男を見ると、頬に平手打ちをされて目から火花が跳ぶ。
――いたっ。止めてって言ってるのに。
「うっ……何だ?」
また、少年兵は一瞬間を置くと、痛みなのか胸を押さえだした。
何?
何かの力でも発動しているの?
まさか……。
――ハーフ魔族の能力?
私が深紅者なるものと言う自覚が、まざまざと蘇ってきた。
――深紅者。
そんな私に、腕を差し伸べてくれる人はいない。
若い盗賊兵がまた私を見ると「赤くなってる」と言った。
私が赤く見えてるの?
「何かわからないけど、助けてくれ……る?」
「駄目……うっ、熱い……高熱に……胸が……痛む。……あっ、おまっ……毒持ったな」
両ひざをついて、胸をおさえたまま息を荒げる兵士。
あきらかに熱と痛みが発動している。
「毒?」
私とこの兵士との接点は、ついさっき胸を触られたけど……。
それと激しい口づけ……舌?
唾液?
傷?
唇に手を置くと少し痛みがぶり返して、噛まれて血が出てたのを思い起こす。
「血?」
「血だと……。なら……魔族か?」
「ち、違う……わ」
やはり原因は血?
私の心のイメージが、相手の行動を制限しているのは確か。
助かる?
生命の危機と、深紅者からの呪縛の両方から、私に手を差し伸べて欲しいと思った。
――私を助けて。
口からも言葉を語ってみて、肩に触れた。
「助けて、くれ……ます?」
「できるか、そんなこと……うぐうっ」
私は手を弾かれて、その勢いで床に倒れ、テーブルに背や頭をぶつける。
「いっ」
若い盗賊兵も胸を押さえて苦しみだしたので、私と痛みを共有していることがわかった。
目の前の兵は、しばらくうめいたあと肯定しだす。
「わっ、わかった。……何とか……する」
それを聞いて気色ばむ私だったが、兵士が胸を押さえゆっくり立ち上がると、私を恐怖の目で見たあと、走って外へ出て行った。
一瞬固まったが、これは好機と見て裏口を探して逃げようとするが遅かった。
「動くな」
新たな盗賊兵が入ってきて、部屋をしばらく調べるように見渡したあと、私の腕を掴んで外へ連れ出した。
四人の青年盗賊兵の前に、私は乱暴に放り出された。
「いった」
私の声の後に、奥の草むらからも鈍い声が聞こえた。
そちらへ目をやると、逃げた若い兵が横になってこちらを不安な顔で見ていた。
別の家々からは、女の悲鳴が聞こえてきて、状況を再認識して戦慄する。
「一人怖気づいて脱落したが、他にこいつとやりたい奴は?」
「子供じゃん」
「いらん」
「じゃあ、俺がいただく」
「俺もだ」
一人の盗賊兵が私の前に来て、胸ぐらを掴まれて立たされる。
私は先ほどの少年兵に、心のイメージで助けてと懇願する。
すると先ほどの男は、突然悲鳴を上げて林へ逃げていき、周りの青年兵が笑い合う。
「馬鹿か?」
「どうしたんだ?」
その隙にと少し暴れたら、青年盗賊兵に腹を殴られ、痛みにあえぎ地面へ座り込んだ。
遠くで逃げた若い兵が座り込んで、何か叫んでいるが、周りは私を前に順番を決めていた。
二人の男に腕と脚を押さえつけられて、仰向けに晒され上着をはぎ取られ、胸をあらわにされる。
羞恥心より、この後に起こる恐怖に私の身体は震えだした。
「敵だ!」
外から兵士の声が聞こえると、五人の盗賊兵たちは急いで止めてあった馬に乗り、声の方へ向かった。
上半身をさらした私と、奥に座ったままの若い兵が残った。
あの兵はまだ危険、また組み敷いてくるかも……。
「ねえ、助け……て。私が怪我すれば、あなたも苦しむ……よ」
懇願すると、若い兵士は立ち上がって声を荒げた。
「化け物」
その声は怒りより狼狽した声で、すぐ馬に飛び乗り私から離れていく。
戦場に変貌した村に、置き去りにされる恐怖が心を駆け巡る。
奥の森から鎧姿のプーノ軍兵士たちが現れ、先ほどの盗賊兵たちと広場で乱戦を始めだした。
立ち上がった私は、それを呆然と眺めながら成り行きを見守った。
そこに後方から、馬の足音が聞こえ振り返る。
先ほどの若い盗賊兵の馬が、ゆっくり戻ってきていたが、乗っていた少年兵が目の前で落馬した。
「えっ?」
頭に茜色のナイフが突き刺さり、絶命しているのを知る。
転げるように草むらに入り周りを見渡すと、茜色の投てきナイフを手に携えた騎士が馬をなだめるようにやってきた。
「ここの住人だろ? 安心して出てきなさい」
私が顔を上げると、肩にかけてたマントを外し上半身裸の私にかけてくれた。
「安心したまえ、私はプーノ軍の騎士だ。この辺の敵は逃げ出している」
そう言ってきたので、先ほどの乱戦に目をやると収まっていて、青年兵たちが散在して倒れていたのを知るが、何の情動も起きなかった。
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