第五十話 ティワナのアマル村
走った先は、草むらが開けて台地が見える草原に変わって走りやすくなる。
飛び掛かるグラスランズ・キャットに、少年はクワを振り回して応戦し互角に渡り合っていた。
子供たちは少年の後ろへひと固まりになり、クワを持ち寄って攻撃に備えた。
――慣れている?
少年に近寄れないグラスランズ・キャットは、子供たちの方へ向かうが、こちらもクワに阻まれて囲みを壊せない。
私が対戦中の中へ近寄ると、マンイーターが突然こちらへ向きを変えて跳躍した。
「馬鹿、逃げろ!」
少年の声とともに、目の前にグラスランズ・キャットが飛び掛かってきたが、眼前で半透明な白い何かに阻まれて地面へ着地する。
再度私に飛び掛かるが、同じことを繰り返した。
しまいに後ろから少年と子供たちのクワに叩かれだして、グラスランズ・キャットは声を上げて草むらへ逃げて行った。
胸をなで下ろして防御法術を解くと、目の前に立った少年たちが私の顔を見て、ショックを受けたように口を開けたままでいた。
「なぜ驚いている……の?」
「だって、その顔。……ケガしてるのか?」
赤目男の惨殺で、飛び散った血痕が顔に付着したままだったことを思い出す。
「これは浴びたの。えっと、マンイーター同士の戦いで飛んできた血痕……よ。私じゃ……ない」
「そうなのか?」
本当のことは言えない、ここは話題を変えよう。
「危なかったね。みんな助かってよかった……わ」
これに子供たちが食いついた。
「当たり前だよ。グラキャごときに遅れは取らないから」
「そうよ、捕まえて鍋にできなかったことが悔やまれるね、兄ちゃん」
「ああっ、もっとちゃんとした武器があればな」
クワを肩に担ぐと少年は、もったいなかったとつぶやいた。
「えっと、ここはどこ? ティワナって聞いてた……けど」
「うん? ああ、そうだぜ。この先に俺の住むアマル村があるんだ。それより、お前のさっきの壁みたいなもので、グラキャを寄せ付けなかったが、あれ防御法術か?」
「ええっ、そうだ……よ」
私は左手を出して指環を見せると、少年が感心する。
「へーっ、初めて見たよ。すげー綺麗だな」
子供たちも一斉に視線を向けてきて、私は少し慌てる。
「ええっと。そう……それで、マンイーター同士の戦いも怪我しなかった……の」
「すげーな、法術って。じゃあ、その指輪があの半透明な壁作ったのか?」
全員が興味津々で、私の指環を眺めだした。
「私の母の形見……なの」
私の中で母は死んだのだから、これは正しい。
「えっと、ごめん。じゃあ、大事なものだね」
「うん、すご……く」
私は深紅の指輪を胸に置いて抱しめた。
少年は少し罰が悪そうにしたが、すぐに気を持ち直した。
「声をかけて助けてもらったから、お礼したいな。なーっ、家によって行かないか?」
「えっと……私、そんな大そうなことしてない……よ」
「うちのバッチャは、そういう礼節は大切だと言ってたからな。来いよ。いや、ぜひ来てくれ」
「そうだよ、来なよ」
「御馳走するぞ」
他の小さい子たちも、好意を持って私を誘ってくれた。
「はっ、はい。ありが……とう。じゃあ、お邪魔します。……実は、旅の途中で、持ち物を全部落としてしまって困ってた……の」
「ああ、マンイーターに遭遇したんだったな」
「姉ちゃん、災難だったな」
「そうだ、私。フィオ。フィオレッラ・テスティーノ……です」
「苗字あるのか、へーっ。俺はテオ。ただのテオドールだ。よろしく」
「苗字? ただ……の?」
「みんな孤児院のメンバーだよ」
「ああっ、ごめんな……さい」
「別に謝ることでないけど。まずは、その顔洗わないとな」
「はははっ、夜会うと腰抜かしそうな顔してる」
テオたちの優しさに安堵してついて行くが、話しているうちに私の言葉遣いが、いつの間にかおかしくなっていたことに気付いた。
でも、そのうち治るだろうと思い、言葉は通じるから今は良しとしておこう。
***
修道院のおばあさんが、孤児院を管理していて、私を快く迎え入れてくれた。
食事をわけてもらい、食べながら身の上を聞かれ、旅の途中で野盗に遭い親が殺され天涯孤独と言ったが、でまかせというわけでもないだろう。
修道院のおばあさん、みんなからバッチャとよばれる老夫人は、私にいたく心を痛めて孤児院に住むことを提案した。
その日は女の子たちの寝室に泊めてもらい、そのときにしばらく厄介になることを決めた。
最初の数日は、よく一人で隅にいるとテオがやってきて隣に座った。
「フィーの白紫色の髪、綺麗だな」
そう言うと、よく頭を撫でてくれて、この場所にいて良いという安心感をもらった。
何度か彼とやり取りをしていると、他の子たちもやってきて話すようになった。
孤児院に慣れてくると、いろんな仕事を任されるようになり、忙しいことに驚く。
地主から孤児院が借りた畑を耕して栽培をし、取れた野菜は近くの街に売りに出て小銭を稼ぐ。
また、他の村人の手が足りないと、応援で畑の手伝いをしに行く。
いつもテオに連れ出されて、畑を手伝ううちに孤児院のみんなと打ち解けることができた。
年上のテオたちから、要領がいいと褒められ、年下の子からは姉ちゃんと慕われるようになる。
村人の狩の手伝いにテオと同年の少年二人が行くことがあり、そのときの獲物を分けてもらい孤児院でパーティを開くこととなる。
そうなると、狩人から血抜きや腹割りの解体などを教わり、年長者が肉切りをおこなう。
テオが下手な切り方をするので、私がうっかり「ポンコツ」と口走ると、子供たちも「ポンコツ」とはやし立ててきた。
「お前やってみろ」
半眼のテオに言われ、狩人がやったことを思い出して私がナイフを使うと、彼より上手く綺麗にさばけていた。
子供たちを喜ばせ、テオをへこませてしまうこととなる。
大勢の子たちと笑って食べるのは初めてで、最高に楽しい時間を過ごせ、夜になり留まって良かったと実感した。
寝る前、テオにポンコツ発言を謝ると、また頭を撫でてくれ機嫌を直してくれた。
ポンコツの由縁は、テオはたまにミスをする。いえ、よくミスをするからだ。
村によった冒険者がフェンリルを倒すところをテオが目撃し、それにあこがれだしたときだ。
剣に見立てた真っ直ぐな太い枝の棒を作り、裏庭の大木へ叩き付けて練習を始めた。
「俺、冒険者になるぞ」
大木を叩きながら、通りかかった私にそう宣言した。
「へーっ、そう……なの」
興味ない私は、それを聞いて抑揚なく発した。
彼は私の返しに腹を立てたようで、枝の棒に力を入れて叩きだす。
続けて、すぐ破損音を聞く。
折れた枝木の破片が、後ろで見ていた私の額に直撃した。
びっくりした私は、へたり込んで涙を出すと、テオが「ごめん」と言って走って逃げて行った。
「えっ」
何で逃げる……の? と呆然と見ていたら涙が止まる。
そこへ小さなポーションの瓶を持って、テオが戻ってきた。
私の前まで来ると、焦ってたのか転んでポーションの中身を私の顔に全部ぶちまけてくれた。
私の額の傷はそれですぐ治ったけど、孤児院の貴重な薬を空にしたとして、バッチャからお叱りを受けた。
肩を落として院長室から出たテオを見て、ポーション作ろうかと思案しだすが、数日後に修道院からもらい受けていたポーションが届いていて、その考えは消えた。
数か月が過ぎた頃、マンイーターと遭遇して子供が一人深手を負ってしまうが、ポーションの控えで事なき得た。
村には医師はいず、年老いた薬剤師がいるだけなのがわかり、孤児院のポーションもあと一回分になっていた。
街の修道院から届くポーションは、寄付からの物で修道院の替えがない時は、こちらに回ってこないことを知る。
私が怪我のポーションを作ると宣言すると、孤児院の全員に「さすがにそれはできないだろう」と突っ込まれた。
それに奮起した私は、薬草の材料集めを護衛兼荷物持ちの手伝いに、一番笑ったテオを指名した。
カマを担いだテオを横に、草原の野花が咲き乱れる丘陵地で、薬草を探していくと微風が気持ちよく肌を流れゆく。
探し周ると目当ての薬草がすぐ見つかり、摘み取って目的の量を確保すると、ひと段落して座り込む。
「ここ、凄い、綺麗……なの」
「そうだな……いつも見ている場所だけどな。綺麗なところだよ」
テオは周りが見通せる高い位置の岩に座って、私と周りを交互に見渡していたが、気づくと私の顔ばかり見ていた。
「テオ、何……かな?」
「フィーは実はいいとこのお嬢ちゃんで、家出して来たんじゃないかって話があってな」
「家出、私……が?」
テオは岩から飛び下りて、私のところまで来て坐ると、また私の顔を見続けた。
「まずは振る舞いや読み書き、色々博識だし、また食事の仕方に金品のやり取り……そして今度はポーションだぜ。フィーの本当の身の上。……俺は聞きたいな」
「えっと……あの。その……」
「うーん。やっぱいいや。無理強いはよくないよな」
テオはいつも私を気遣ってくれて……この村一番に信用が置けるから、話していいと思った。
「待って、言うわ。ただあまり人には話さないで欲しい……かな」
「うん。話さない」
それで、アクリャ王国の薬師見習いの頃から、出奔、母の死、そしてここへ流れてきたことを大まかに話した。
ラグナ教と魔族のことは、私の中でもわからないことがあるので話さなかった。
「やっぱ、凄いところのお嬢様だったのか」
「うんっ? 私の話、ちゃんと聞いていた……の? 全然お嬢様でない……よ」
テオは私の話を聞いていながら、野花を折っては手で丸めていて、小さな花の輪を作りあげ私の頭に乗せてきた。
「えっ?」
「ふふん、似合ってる。さらに綺麗になった」
「その、ありがとう……なの」
少し戸惑いながら、頭の花を触っては頬に手を当てるを繰り返してしまった。
「なんにせよ、大変だったんだな。……話してくれてありがとう。俺の中だけに留めておくよ」
「うん」
話してよかっただろうかとの考えはどこかへ飛んで、孤児院へ帰るまで頭に掛けたテオの花輪に終始気を取られ続けた。
そのとき採取した薬草で、調合したポーションが効くとわかるとみんなは驚いた。
薬師の力を発揮させだした数か月後には、孤児院どころかアマル村の住人からも薬草先生と言われだすこととなる。
そして、私が来て一年が過ぎたある日。
孤児院では、十六歳になると仕事を見つけて出て行く規定になっていて、テオがその年になっていた。
工房の徒弟として働くため、プーノ共和国の首都タサスへ同年の友達と孤児院を出て行くことを聞く。
それを初めて聞いたとき、なぜかひどく落胆して、何も手が付かなくなっていた自分に驚いた。
何で落胆しているかよくわからない……たぶん、テオが私に一言も話してくれなかったことが面白くないんだと結論付けた。
夕食の跡片付けを終わり、台所の椅子に一人座って窓をのぞいていたら、テオが入ってきた。
「よう、暇そうだな」
「誰のせいだと思っている……の? 年長者が二人もかけて、途方に暮れてる……のよ」
「あの、そのことなんだが……」
テオは私の向かいに椅子を持ってきて座るが、言いづらそうにしている。
「何?」
「その俺は、タサスにいって一流の職人になるつもりなんだ」
「う……ん?」
「その、フィーもあと二年で出ていくことになるだろ?」
「そうたけど……先は長い……よ」
「その時、俺戻って来る。この村に……そして、その……フィーを迎えにだ。……一緒になろう」
頭の中に一緒となろうが、すごい勢いで吸収した感じがしたが、唐突だったのでしばらく固まってしまった。
見る見る内に顔が赤くなるのを感じて、立ち上がると彼に背を向けた。
「えっ? フィー?」
戸惑うテオの声。
「うっ……うん。待っている……テオ」
後ろを向いたまま、うなずく私だった。




