第四十八話 十四歳の悪夢
フィオレッラの過去編で、7話ほど予定しています。
本篇で回収しない伏線などが読めると思います。
海が見え潮の香がするアクリャ王国の伯爵邸、その上空を海鳥がよく飛び交う。
私はフィオレッラ、十四歳。
母はフラミーニア・テスティーノで、腕利き薬師として王宮に出入りしていた。
王族四男リベラート伯爵の愛人関係となり、表向きは伯爵の専属薬師として、物心つく頃から一緒に暮らしている。
だが、私は公妾の子として王宮内で認知され迎え入れられた当初、宮廷内の大人や子供から売女の子と下げずまれ、いじめられ、泣いて控室に戻ることがよくあった。
そんな私を母は頭をやさしくなでてくれながら、有意義な話をしてくれる。
「薬師としての能力を上げることで、下に見られることはなくなります。私が教えるから、真面目にお手伝いしながら勤しむといいわ」
「うん、習う。母さん、よろしく」
「ふふっ、フィオは私が怪我人の治療してても、怖がらず見てられる子だからね。あの人の子なのよ。楽しみが増えたわ」
母は左手の深紅の指輪を見て、大事そうに触れると私へ微笑んだ。
薬師としての教えと支援を母からしてもらい、ポーションの知識と技術を付けてくると嫌がらせは止み、子供ながらに重宝されだした。
母から決して口外したら駄目と言われている、人が色で見分けられる眼。
これで人の強さや元気さ、病気持ちがわかるので、薬の使い分けを的確にできたのが良かったらしい。
その母は手が回る範囲なら、伯爵邸の外に住む貧しい人でも治療に当たって、人にとらわれない仕事に私は影響を受けた。
アクリャ王国と魔族の一グループとの戦いで、大勢の深手を負った兵士たちが場内に運ばれてきたときに私も駆り出された。
最初、怪我した兵士たちは私など相手にせず、母や他の宮廷薬師たちへ治療を求めた。
子供の私では、人手が足りなくても患者から避けられてしまい、ポーションの入った籠を持って壁の前に棒立ちになってしまう。
そこにリベラート伯爵が招き入れたお気に入りの若き女剣客、長い赤髪のソフィ・パチーノが、私を見つけると招き寄せて治療を頼んでくれた。
「へーっ、このポーション、お前の母の作った物でなかったのか? 伯爵邸で薬師ごっこをやっていると思っていたが、もう痛みがなくなったぞ。ちっこいのにスゲー効き目あるポーション作れるな。気に入った」
「本当か?」
「俺にも頼む」
女剣客ソフィの一声で、私も兵士たちの傷の治療に回れるようになった。
それ以降、傷が直った兵士たちと親し気に交わす私を見た子供たちは、驚愕のまなざしを向けるようになり、尊敬するものまででた。
剣客ソフィは伯爵邸でよく暇をしていたので、傷の完治後は親しくしてもらい、今まで戦った魔族や赤化呪獣の話を色々聞いて知識をもらうこととなる。
そんな中ラグナ教の使者がアクリャの王宮に来たことで、伯爵邸にいた私たちは一変する。
使者がヴァルキューレ・スクルド・ノルン一行で王族と会談があった。
ほとんどは、ウルズ・ノルンの未來視から南の魔族についての今後の課題だったが、ついでのように言われた話が王族たちに震撼を与えた。
「王宮にいるハーフ赤月の子供とは上手くやっているか?」
「何と」
「それは初耳だ」
「誰かお知りか? ヴァルキューレ・スクルド殿」
「薬師とうかがっております」
「おおおーっ」
「リベラートよ、どういうことか?」
「父上、私も存じ上げていなかったこと。同じ立場であります」
「すぐに見つけて監禁せねば」
「王よ、それは生ぬるい」
「そうですぞ。ハーフ赤月族は不良品。深紅者になれば被害は甚大」
「国のためにも、すぐにも処刑せねば」
「……うむ」
リベラート伯爵は王族関係者へ知らぬことと突っぱねたが、裏で従者を使いに出し、私たちを逃がしてくれた。
***
女剣客ソフィが手引きを引き受けて、私たちと一緒に海のアクリャ王国を急きょ出奔。
そのとき母が大事にしていた深紅の指輪を、私の左の薬指にはまるように調整してくれた。
「これは、身を守ってくれる赤月のアイテムよ。フィオが使いなさい」
「……いいの?」
「何か危険を感じたら使うのよ」
私は深紅の指輪の綺麗さにドキドキしながら、母から使い方を聞いた。
人の目を盗んで、一昼夜歩き通し西の山を越え、国境まで逃げ延びた。
そう思ったが、後方から馬のひずめの音。
両側は岩場で、私たちは前に走って逃げるしかなく、すぐ騎士団に追いつかれ囲まれてしまう。
「フラミー、止まれーっ! フラミー! 伯爵専属薬師フラミーニア・テスティーノよ、止まれ!」
「うっ」
母や私の知り合いの騎士団長ルジェーロが、私たちの前に馬を出して立ちはだかった。
すぐに女剣客ソフィが私と母を下がらせ、剣の柄に手を構えた。
「ソフィ・パチーノよ。ここで我々が争うことではない。抜くなよ」
「そちら次第だ。私は伯爵の命令をこなすだけ」
「んっ。仕方なしか……私も同じ。それにフラミー。残念だか、君たちに私は手助けはできない。これは王命である。今すぐ薬師テスティーノは子供のフィオレッラと一緒に王宮に出頭せよ」
母は私を抱きしめて否定した。
「嫌です。戻れば死罪あるのみ。ここで見逃してください、騎士団長」
「命令に違反すれば、斬り捨ててよいとも、命を受けていることを伝えておく」
馬に乗った大柄な騎士の男は、静かに言った。
「……嫌。娘は、フィオは渡さない」
「下がってテスティーノ」
女剣客ソフィが剣を鞘から引き抜いたことで、騎士たちも一斉に剣を抜いた。
「待てソフィ。我々はきさまと剣を交えるつもりはない。それに深紅者をかくまうことは、王国への反逆になる」
「なんと……深紅者だって?」
「そう。そこの娘フィオレッラは、狂乱媒介者」
「母さん、深紅者って何? 私が深紅者?」
母は私から顔を背けて黙り込む。
「それはどこからの情報だよ。にわかには信じられないんだが?」
剣客ソフィは、長剣を右手に持ち前に突き出したまま聞いた。
「来客のスクルド・ノルン様からでた言葉だ」
「ヴァルキューレ・スクルドが王宮に来ていたのは、そう言うこと? ……そうなると……信憑性はある……のね」
「なんでもウルズ・ノルンの未來視から出た話だとのこと」
「未來視とな……」
剣を地面に下ろして考え込みだすソフィに、私は怖くなってきた。
「ソフィ……さん?」
「テスティーノ。……すまん。……私もウルズ教の一人。……これ以上の手助けは…………できない」
ソフィは静かに剣を鞘に納め、声を詰まらせながら言った。
裏切られた痛みが私の胸に強烈に刻み込まれていき、足から力が抜けそうになる。
「……嘘」
私が抗議したかった言葉は、小さく声を発するだけだった。
母は私の肩を掴んで『壁を上って逃げなさい』と、小声で言ってきた。
『生き延びるのよ。さっ、行って』
そう言われて、私は真っ白になった頭で前方を走り、岩場へ飛び乗った。
「待て!」
何人かの騎兵が馬から下りて私に向ってくるが、その彼らの前に母が出た。
「あの子は渡さない」
「深紅者を逃がすな」
母を振り切った二名の騎士が、崖を上り始めた私に飛びつき引き釣り下ろす。
「やーっ」
私を抑えた騎士に、母が体当たりして鎧男と揉み合いになる。
立ち上がって一歩後退する私。
もう一人の騎士が手にした剣で、立ち上がった母へ袈裟斬りをはなった。
私の服に母の血が飛んで、目の前のあってはならない惨劇に棒立ちになる。
「あっ……あっ……ベリ……アル……」
母は血まみれのまま、わからない言葉をつぶやき、地面へ倒れた。
「ばかやろーっ」
剣客ソフィが、母を斬った騎士を怒鳴って近づく。
それを騎士団長が馬上から、「止まれ」と制して岩場に指さす。
状況が変わりだして、誰もが緊張しだした。
私の横の空間がゆがみ、黒い球上になるといきなり人の形に変わりだして、軽装剣士の中年の男が現出した。
周りは呆気にとられる中、私は男の赤い目に驚き、そして髪の毛に注目する。
この辺では珍しい紫がかった白髪の長髪に跳ねた毛……私と同じ。
その剣士は地面に倒れて絶命している母をのぞき込んだ。
「死に際でやっと呼びよるか……」
母に独り言を言ったあと、私を見て、そして、騎士団を見る。
手前にいた母を斬った騎士の首が、頭上高く飛んでいくのが見えた。
いつの間にか剣士の手には、三つの赤月石がついた剣の柄が握られて、刃から血がしたたり落ちている。
「……魔族」
剣客ソフィが嫌そうにつぶやいた。
「赤目のベリアル」
騎士団長が声を上げると、周りは驚き狼狽し始めた。
わかりづらい文章を修正。変換ミス修正しました。




