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第四十七話 不穏な朝に焦ります

 村の女性たちがピラミッド内の備蓄食から朝食を分けて配っていた。

 俺たちはそれを受け取るとき、村人から奇異の目で見られているのに気付く。


『あいつ、儀式に使われた狂乱媒介者の仲間だ』

『解放者たちといいながら、村の崩壊を増長しただけだろ?』

『飯なんか与えなくっていい』


 小さい会話だが、俺の耳には十分に聞こえた。

 俺が振り返ると、会話していた者はその場を離れていった。


 ――なんだあれは?


「個室に戻ろう」


 ヒルドがせかすように先を進むので、フィーの分の干し肉をもらってから戻ると、途中で呼び止められた。


「どうも、ヴァルキューレ殿、テオさん」

「あっ、リディさん」


 オークたちから助けた四人の一人リディが、怪我した足の代わりに木の杖を持って立っていた。


「足はもう大丈夫ですか?」

「はい、ありがとうございます。おかげで順調に回復してます。そのフィオさんが神殿に捧げられたとかで大変だったとお聞きしたもので……どうなのでしょうか」


 俺が口をつぐむとヒルドが話し出してくれた。


「彼女はテオが助け出して、治療もして、今は寝ていますよ。大丈夫」

「そうですか。よかった。では、この村に入るとき話していた首輪も……」


 ――あっ。


 俺は大事なことをすっかり忘れていたことに気付いて、愕然とした。


「首輪はまだ……外れてないです」

「あっ、それなら、いい話があります」

「なんです?」


 俺が聞くとリディは杖を一歩出して力強く言った。


「この村に二日前、奴隷商会の幌馬車が立ち寄っていたそうです。その中に高名な赤化法士が乗っていた話を、門番の老人の方にお聞きしていました」


 その奴隷商会はオリャンタイ砦で情報収集してから、戦争地区へ入り奴隷調達する話だと聞いて、まだ追いかければ捕まえることができるんじゃないかと聞かされ、俺は喜んだ。


「ありがとう」


 リディに感謝の握手をして、フィーの寝ている個室へ戻るとヒルドも遅れて入ってきた。


「何か言うことあるだろ?」


 俺はフィーを見て寝たままの状態を確認して、椅子に腰かけてからヒルドに言った。


「んっ、それは……ううん……」


 ヒルドは入り口で立ち止まり、言葉を探しているように黙った。


「このフィーの首にはまっている奴隷首輪、今回のレッドゴッドとテュポンが行っていた儀式と関係あるんだろ? ベルグリシが大量発生したんだ、物を知らない俺でもわかるぞ」


 ――彼女が深紅者だったと。


「そうね……」

「そもそも深紅者って赤月族じゃないのか?」

「いや、少し違う。ハーフ赤月族になるわ」

「そうなのか」

「あの奴隷首輪は、そのマァニの流出が制御不能に陥らないための鍵。能力を制御する首輪であって、ただの逃亡防止の物ではないわ」

「じゃあ、奴隷首輪とは全くの別物か?」

「そうね。フィオを深紅者にさせない首輪になるわ」


 俺は大きくため息をはいて、忘れていた案件だがそれが消えて安堵した。


「じゃあ、逆に外せないものに変わったな」

「だけど、心の臓を摘出するなど、考えもつかないことで、一時的にせよ膨大なマァニを解放してしまったわ。僕のミスね」


 ヒルドは剣の柄を握りしめ、上を向き唇を噛んだ。


「だが、彼女は生きている」

「そうなんだけど……フィオが目を覚まさなかったら、テオはどうする?」

「はあっ……もうちょっとしたら、きっと、覚める。何もなかったようにフィーは起きだして、お腹減ったとか言い出す」


 俺は不安になってきたのを覚ますために、あえて肯定的な言葉を上げて伝えた。


「……一度死んだ状態から生きを吹き返しても……目を覚まさないことがほとんどと聞くよ」

「よせ。不吉な」


 フィーの寝顔を見ながら、また植物人間の単語が浮かび、不安な気分が湧き出てくるのを止められる言葉を探した。


「……仮に目覚めなかったら、目を覚まさせる方法を見つけるだけだ」

「そうよね。それしかないよね」

「……たとえば、目を覚まさせる術とかな」

「僕はそちらに詳しくないけど、赤化法士なら、最新の術とか含めて、知っている法術があるかもね」

「それだ。エヴラールに聞けば、法術士の部下とかから情報が取れるだろう」

 




 すぐに腰を上げエヴラールに話を聞きにいくと、彼はピラミッドの地下に行っているという。

 ヒルドと連れ立って降りると、いくつもの牢屋の前で大勢の村人たちとエヴラールたちが揉めている現場に出くわした。


「だから駄目です」

「いいや、今すぐに引き出せ」

「生き残ったレッドゴッドを全員引き出すんだ!」

「表に連れ出して、みんなの前で公開処刑しかない」

「全員出して、首を跳ねてしまえ」

「感情のままで、行動を起こしてはいけません。事件の把握するにも、一人一人調書が必要で、イベラからの許可が必要なのです。わかってください」

「だめだー。許せるか」

「そうだ、そうだ」


 様子を見ていて、事情が呑み込めて来ると、ヒルドが前に出て行った。


「皆さん。気持ちはわかります。お怒りは最もなことです。こちらの警備隊長エヴラール殿の言う、事態の全貌がわからないうちは、手出しは無用なのも理解して欲しい。ここで独断に公開処刑などが行われれば、関わった全員がイベラ本国から処罰されてしまいます。ここは我慢をして欲しい」

「何で俺たちが処分されるんだ」

「そうだ」

「待て、外ならぬヴァルキューレ・ヒルドの言葉だ、ここはいったん引こう」

「でもよーっ」

「ヴァルキューレまでも敵にしてどうする」

「ああっ、わかったよ」


 一人がまとめると渋々と引き返し始めるが、俺を見つけた幾人かがツバを吐いて文句を言ってきた。


「お前、狂乱媒介者の仲間だな。今すぐ出ていけ」

「何でノウノウとここにいやがるんだ?」

「深紅者も処刑しろ」

「馬鹿、また赤化狂乱災でベルグリシが生まれるだろ」

「厄介な」

「深紅者連れて、すぐ出て行け」

「そうだ。出て行け」


 俺が無言で我慢していたが、限度を感じた。


「お前ら、さっさっと戻れ!」


 先ほどの男の怒声が聞こえると、また止めた脚を動き出して、俺へフィーの文句を言いながら階段を上がっていった。

 残ったのは、俺たちとエヴラールに数人の兵のみとなった。


「ヴァルキューレ・ヒルド殿助かりました。テオ殿も村人たちの発言は申し訳ないと思ってます」


 エヴラールは、腕を胸にくみゆっくり俺たちに頭を下げた。


「いや、エヴラールが謝ることじゃないよ」

「僕も大したことしてませんが、難しい話になって来てますね」

「ええっ、そうです。でも、警備隊長として何とか納めてみます」

「次から次と大変だけど、頑張ってください」

「有難うございます。……この村を解放するためにご尽力してくれたのに、こちらの力不足で申し訳ないですが、少し不穏なので、テオ殿たちの部屋には兵を配置させることにします」


 俺とヒルドは目を合わせて顔を渋くした。


「ここを早めに旅立った方がよさそうだね」

「そうだな」

「申し訳ない、村の崩壊で怒りのぶつけようがない人たちの間に、儀式に使われたフィオさんのことは広がっていて、レッドゴッドと同じくらいに憎しみを抱きだしています」


 俺は腕を組んでヒルドを見て聞いた。


「フィオの傷は塞がってるけど、動かして大丈夫かな?」

「一昼夜安静が必要だけど、傷口に負担な運動や衝撃を与えなければね」

「うん。早めに立つようにする」


 エヴラールに伝えてから、初めの目的だったフィーの目覚まし方法を聞くが、法術の部下からはそれらしい答えは引き出せなかった。

 

 個室に戻ってフィーの目覚めを期待するが、眼を閉じたままで俺は肩を落とした。

 すぐにも着替えを済ませて、このオリャンタイ村を出ることに決めた。


「行先は?」


 ヒルドが聞く。


「オリャンタイ砦」


 次の目標は、リディが話してくれた奴隷商会の赤化法士に、目覚めの方法を聞きに行くことと定めた。

 





 --- 第三部 狂乱編 終了 ---

これで第三部終了です。

読んでいただきありがとうございます。

次からはフィーの番外編になります。


一部わかりづらい文章を修正。変換ミス修正。

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