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第四十六話 ベルグリシは歩く災害

 フィーを抱きかかえて、マチアスたちと一緒に神殿を出るとレイミアも付いてきた。

 ヒルドがまた立ちはだかり、赤目の女魔族から俺たちをガードする。


「テオ、何もしないから、ついて行くのはいいでしょ?」


 レイミアはヒルドを無視して、ハーフボンネット帽子のつばを手で押さえて俺に笑いかける。

 振り返り彼女を見て俺は少し考える。

 レイミアと争うことがあれば、赤化結晶がわからないままでは勝てない。

 だがフィーがこんな状態の今、敵とも味方ともつかない魔族が近くにいて欲しくない。


「俺はレイミアがまだ信じられない。中立と言われても無理だ。今は干渉されたくない」

「僕も反対。平気で味方を裏切る魔族などごめんです」

「ふむ、不成立か。仕方ないな」


 レイミアは肩をすくめ、あっさり引き下がり、神殿から下りる俺たちを見送る。

 少し戦いもあるかと身構えもしたが、拍子抜けした。

 何段か降りたところで、神殿に立ったままのレイミアに聞く。


「神殿に残るのか?」

「私は自由が好き、気分で退散するまで。……そうそう一つ教えておくわ。その娘の持っていた深紅の指輪だがな……」





 中段まで降りると、警備隊長のエヴラールと村人の一部が松明を持って待機していた。

 レッドゴッドは制圧し、武器を捨てた者はすべて捕まえたとのこと。

 近くの村人たちグループが騒いでいたので、そちらへ目をやると足元にテュポンとエキドナが血まみれのまま、折り重なるように倒れていた。


 その周りを数人の兵士が、狂ったように喜んで飛び跳ねている。

 逃げきれず村人たちにつかまり、報いを受けたようだ。

 俺はそこに向うと、ヒルドやマチアスたちも同行する。


「これはヴァルキューレ・ヒルド様」


 浮かれていた村人たちは、彼女を見て道を開けた。

 俺はフィーを抱いたままテュポンとエキドナを見ると、マチアスとコゼットが腰をかがめて死体を検証しだした。


「こっちはないな」

「あったわ」


 エキドナの指を見ていたコゼットが指輪を抜いて立ち上がり、俺が抱き上げているフィーの左指にその深紅の赤月指輪をはめた。


「これで盗人から戻せた」

「彼女の親の形見なんでしょ? テオがしばらく責任を持って管理すること」

「ああっ、しっかりとな。二人ともありがとう」 


 レイミアから、フィーの持ち物である指輪の場所を聞いたとおりに見つけられた。

 血流の女魔族はまだまだ信じられないが、正直者ではあるらしい。

 エヴラールのところへ戻り、赤目のレイミアには手を出さず逃げることを忠告する。

 フィーの休める場所を申告すると「場所はすぐ提供する」と言って、俺たち五人をピラミッドの中へ招き入れた。





 森から土煙が風に乗り村に舞いこんできて、広場のかがり火を暗くさせていく。

 村の中から発生したベルグリシ数体が、民家を破壊しこちらへやってくる。

 どいつも身長が七から八メートルはあり、でかい魔獣ばかりである。


 その中で頭一つ出ている、全長十メートルはあるカマキリに似た赤化巨大獣が、手の鎌でレンガ造りの家を切断していく。

 トカゲ系の巨大獣も家々のレンガや石をなぎ払っては、地面に倒れている兵士の死体を長い舌で巻き付け口に飲み込む。


 それをビラミッド中段で見ていた村人たちが戦慄する。

 ヒルドは村人たちに、ピラミッドはベルグリシを想定した作りで内部にいるなら安全と説き、巨大獣が行き過ぎるのを待つこととなった。


 その後ほどなくして、数えきれないベルグリシが次々に森の木々をなぎ倒して村に入ってきた。

 家々を壊して歩きまわり、広場を抜けて前進する。

 ピラミッドへ上ってくる物もいて、警戒に当たっていた警備兵たちは中断の石扉を閉めるに至った。


 激しい振動と衝撃音、ベルグリシの雄叫びを聞きながら、恐怖の一夜をピラミッド内で過ごした。

 同じ個室にマチアスとコゼットにヒルド、そして俺とベッドに寝かせたフィーが入った。

 俺以外の全員は、疲れのせいか振動をものともせずに寝てしまっている。


 俺は椅子に座りベッドに寝たままのフィーを眺めつつ、起きない彼女に不安を募っていた。

 治療が遅れて脳に異常が起きているのでは……最悪、植物人間とか……考えたくない事案が頭を巡る。

 今は彼女が、眼を覚ますのを待つしかない。


 でも、フィーはなぜ記憶がなかったときの俺に、知り合いだと打ち明けなかったのか?

 もしかして、俺を別人と知っていたからじゃないだろうか。

 思い返せば、俺のことを知ろうとしていた気もする。


 その俺もフィーに記憶がないと言ってたな。

 異世界の別人だと、その時の俺はフィーには言えなかったが、過去を思い出せなかったのは本当。

 その過去であるテオドールのエピソード記憶が開示されて、元俺とテオドールは同期した。


 もともとの性分が似ていて、環境から育った人格が少し違う感じだけなのだろう。

 だから問題なく新たな環境人格が付与され、新しい俺に生まれ変わった気がする。

 今までに感じえない信念や、異界に生きる自信みたいなものが胸中に湧き出している。


 眠るフィーを見ながら、余計なことを頭にリフレインさせつつ、やがて眠りについた。

 朝まで赤月巨大獣が通っていく轟音が、ピラミッドの石造り内部に響き渡っていたが、誰も起きることなく熟睡した。



 ***



 一夜明けて、マチアスやヒルドが起きても、フィーは目を覚まさなかった。

 ピラミッドの外へ出た者たちが騒いでいるので、俺たちも出ていくと村ががれきの山となり崩壊している風景を目の当たりにした。

 ベルグリシは、西南の方に何十頭か見える感じで、近場にはもういなかった。


 村の後方にあった森の木々もほとんど倒され地肌が見え、後方を見ればピラミッドの最上階の神殿も綺麗に無くなっていた。

 生き残った村人たちは、外の惨劇に呆然自失して立ち尽くしたり、座り込んだり、泣き崩れたりし始める。


「あいつらだ。レッドゴッドのせいだ」

「許せねーっ」


 怒り出すものも出ていた。 





 ピラミッドに避難させて生き残った馬たちから、駄馬を見つけるとウィリーも俺を見つけて怒ったように暴れだした。

 俺が近づくと、自然と大人しくなる。

 フィーとのキス契約も切れているから、俺自身に慣れたことかと思案にふけっていると、ヒルドが黒馬を見つけて村人の老人に礼を述べ、荷物から着替えを出している。

 彼女が着替えてくると、普段の崇高なヴァルキューレのスタイルに戻っていた。


 コゼットが村人に馬を借りることを交渉し始めると、警備隊長のエヴラールも加わり交渉が成立する。

 コゼットと護衛のマチアスは、教団に今回の事件と事態を報告するため、王都イラベに戻ることになった。

 エヴラールからもイラベへ援助要請として人を派遣、コゼットと同行が決まる。


「オリャンタイ村が大変なときだけど、私も任務があるから戻ります。フィオが目を覚ましたらよろしくって言ってください」

「短かったけど、いいチームを組ませてもらったぜ。また会おう」 


 残った俺とヒルドに簡単な別れを言って、馬上したマチアスとその背に乗ったコゼットは廃墟の村を出て行った。

 二人を見送ったあと、俺がヒルドを見ると彼女は真面目に見返してきた。


「僕がここに居続けているのは、偶然ではありません」

「何となく思ってたよ」

「僕の任務はフィオに付いて監視することでした。でもテオ。あなたももう僕の監視対象になりました」

「直接本人に言うか……まあ、おかげで色々助けられたし、好きにするといいよ。でもフィーの負担になることはご法度な」

「ええっ、わかってますよ」


 少し微笑んだヒルドは、俺の横に並んで歩きだす。

一部わかりづらい文章を修正。

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