第四十四話 奪還です
俺は追随していたメンバーを呆けさせるくらいに、勢い良く階段を駆け上がっていく。
続いてヴァルキューレ・ヒルドが、追うように付いてくる。
そこに空間に異変がきた。
心臓を掴まれたような苦痛で、目をむいて立ち止まる。
この痛み、キス契約の?
フィオに何か起きたんじゃ!?
だが見渡すと、隣に来たヒルドも後方のマチアスたち、そして敵もひざを突いて胸を押さえているのがわかった。
何が起きているんだ?
痛みが引くと、今度は胸中に高熱が沸いてくるような重い痛みと、息苦しいものを感じだす。
「えっ? もしかして……マァニか」
俺の疑問に、胸を抑えていたヒルドが答える。
「これは……赤月ノームが急上昇してる。大量のマァニが、どこかから湧き出しているようね」
「神殿からだろうな」
――やばい。
彼女に対して、何かが執行されたのでは!?
「フィオー!」
声を上げて見上げると、先ほどまでなかった赤い光が神殿からきらめいていた。
そのおかげか、はっきりと中の信者たちの上半身や、赤い光の物体が目視できた。
――これは?
反射鏡で見ているような、空間がゆがんで神殿内の一部が見えているようだ。
あの赤く光る空中物体のおかげか?
テュポン、そして村長のトマと手にしている赤黒い物体。
――生贄儀式が行われている!?
悪寒が走った。
赤黒い物体は、彼女の? ……嘘だろ。
連中の下にフィオがいるとしたら……。
――よせ!
声を上げて叫んだ。
「フィオーッ!」
ベルトから投げナイフを取り出し、狙い定める。
目視する。
トマの手。
ここから中てるか?
――いや、中てる。
見えるのなら、物体も上手くすれば、空間を湾曲して……いいや、今は思ったことを行動するのみ。
信念を持ち、確信して、投てきした。
それは空間を進み、神殿の中へ飛んでいった。
目標からずれながらも、ヒットした。
投げナイフはトマの手に刺さり、持っていた物を落としていくのを目視。
続けてもう一本を投てきして、駆け上がる。
「フィオーッ!」
走りながら、二本目が村長トマの額に刺さって倒れていくところを確認。
今度は第三の腕を意識し、テュポンに狙いを定めて神殿内へ飛ばした。
村の外から奇異な音が大音量で聞こえだすが、今は眼前の敵。
すぐに、第三の腕が赤化結晶の感触を得ると、少し小さくタイプが違うと一瞬感じたが、速攻で結晶石を握り損壊させた。
――彼女からはなれろーっ!
だが金髪のテュポンでなく、その隣にいた紫のロリータ服を着こんだ少女が胸を押さえて絶叫するさまが、湾曲空間で目視できた。
走っていることで、テュポンと空間距離を間違えて、べつの魔族を無効化したようだ。
ヒルドが言っていた、レッドゴッドの教祖とか言ってた吸血鬼。
何にせよ、二人目の魔族を無効化したことになる。
テュポンは後方へ退き目線から消えてしまうも、代わりに儀式の核らしい、空中に浮かび神殿を赤く染めてる発光体が目についた。
諸悪の根源と確信して、腕を向けると赤化結晶の感触を得るが大きい。
躊躇なく握ると、一部を破損させることができた。
浮遊してた発光体は、光を緩めながらゆるりと落ちていき、目視では見えなくなる。
突然、目視角度が上がりだし、神殿内が見えなくなっていく。
胸を抑える熱の痛みが少しずつ減っていくのを体感しだすと、赤く光っていた神殿もゆっくりと鎮まり、かがり火の灯りだけになっていった。
――儀式を中断させたようだ。
俺はその足で頂上の神殿に踏み入れると、数人の神官が法術の杖をこちらへ一斉に向けてきた。
いくつもの炎が生成され、神殿の柱に俺とヒルドは身を寄せる。
すぐに見えない腕を二本呼び出して、神官たちの杖に取り付けてる紫月石、赤月石に飛ばす。
柱の角にいくつもの炎弾が炸裂し始めるが、根源の杖の結晶を第三、第四の腕が速攻で破壊していく。
攻撃は程なく止み、神官たちがうろたえ始める。
ヒルドが特攻して、杖から剣に変えた神官と剣を交えるが、一撃で敵は倒れていく。
俺も神殿の中へ入ると、石の台座上にフィオが血だらけのまま横たわっているのが目に入り硬直する。
「すぐに処置を」
ヒルドが俺に向けて声を上げる。
俺は驚きから怒りをにじませて、彼女の上に転がっている深紅のかけた赤月石を横から叩き床へ落とした。
頭がおかしくなりそうなときに、眼前に神官の剣が迫って来る。
混乱している頭と関係なく身体はすぐ剣を避けてくれ、手にした武器が相手へ袈裟切りを入れる。
柱の陰に隠れていたテュポンは、俺たちの前に詠唱を唱えながら出てくると、空中が立てに裂け、ひずみができて暗がりが横に広がった。
「気を付けて」
ヒルドの声に俺は剣を構える。
唐突に空中のひずみから、人の顔ほどの黒い凶悪な犬顔が二つ現れた。
暗がりから四つ足の魔獣として飛び出て、俺たちに襲いかかってきた。
「ケルベロス!」
俺が叫ぶと同時に、ヒルドが剣を盾にすると光りだし白い幕が前面に構築。
四つ足魔獣は障壁に衝突して、弾かれるように神殿から外へ転げ落ちた。
テュポンは背中を向けて、神殿から出て降りようとしている。
それに俺は気付き、第三の腕を素早く飛ばした。
ヒルドは、ケルベロスを追って神殿の外へ出ていく。
第三の腕は、テュポンの内部の赤月結晶を認識した。
急いで階段を降りていくテュポンだが、結晶石は握ったので逃がさない。
――砕けろ。
損壊する感触を得ると、悲痛な声が外から聞こえた。
俺は、すぐフィオの横たわる台座に向かった。
胸に十字に裂けた傷から鮮血して、乳房は真っ赤に染まりかなりの量が流れている。
その中に心臓らしき物体が引っぱり出されていたが、まだ鼓動をしていた。
――なんて悲惨なことを!
台座を叩いて「くそーっ」と叫ぶ。
歯に力を込めて悔しさをにじませると、もっと早くこれなかったのかと頭の中を後悔で一杯にした。
フィオの頬に手を乗せて、彼女の肌を感じ取る。
すると、眼前に映像が見えだす……瞬時に彼女から見た俺の行動が現れ出ていた。
エキドナの剣に俺が刺されそうになって飛び込んでいく映像が再現され、次に宿部屋での俺との会話。
残留思念の手続き記憶としてでなく、彼女本人の走馬燈を見ているようだ。
過ぎ去る心像を呆然と眺めていると、俺とフィオの過去ばかりが流れていて、個人枠で記憶の糸を遡っていることに気が付いた。
とんだ残留思念能力だ。
閃光がほとばしると記憶にない場面が映し出され始めた。
***
ビッグベアに飛ばされて目の前で倒れていく俺……いや、憑依前の俺だ。
彼女の前に立って野獣から守ろうとするテオドール。
他の奴隷たちを遠目に楽しげな二人の会話。焚火を囲っての夕食時の会話。
幌馬車の中で二人きりの状態で、テオドールがフィオの前に来て、腕を出し抱き寄せる。
それからは抱擁。続いてキス。また抱擁からキス。
馬に乗って怒って、悲しんで、涙する、テオドールを幌馬車から見ている映像。
***
最近会ったばかりとは思えない信頼関係が見て取れた。
――前からフィオとテオドールは知り合いだった……のか?
場所が街中に変わると、どんよりとした風景に画面がゆがむ。
――泣いてる? どこの街なんだろう。
それから場面が室内に切り替わる。
また途中で俺が出てきたが、今度は少し幼くなったテオドールで驚く。
フィオの出した手にテオドールの手が合わさり、誓いのようなことをしている。
そして、別れると後姿を小さくなるまで眺めている。
これは……フィオとテオは昔からの知り合いだったことになる。
――驚きの事実。
そんな自覚をすると、何かが頭にはまった感じがした。
後頭部に涼しい何かが広がり始めると、その時の映像が頭を飛び出してきた。
***
そこは孤児院。
俺は十六歳になり、就職して出ていくことになっている。
俺はフィオレッラの前に椅子を持ってきて座るが、不安で気持ちが揺らぐ。
「何?」
「その俺は、タサスにいって一流の職人になるつもりなんだ」
「う……ん?」
彼女は少し怒ったような憂いた顔で、俺にまなざしを向けてきた。
「その、フィーもあと二年で出ていくことになるだろ?」
「そうだけど……先は長い……よ」
「その時、俺戻って来る」
その言葉で彼女は目を点にしていた。
ここで続けて言う。
畳みかけて言え。
「この村に……そして、その……フィーを迎えにだ。……一緒になろう」
つっかえながら、何とか言いたいことを言えたかと思ってフィーの様子を見ると、動かないで固まっていた。
不意に立ち上がると俺に背を向ける。
「えっ、フィー?」
俺が驚くと後ろを向いたまま返事をくれた。
「うっ……うん。待っている……テオ」
***
すぐに一斉に記憶が思い出されてきた。
テオドールの記憶が一気に解放されて、次々に思い起こされていく。
フィーとの約束。
その約束を反故にしていたこと。
思い出して涙があふれだす。
孤児院に育ち、妹がいたこと。
仕事が上手く行かずに、止めて冒険者になったこと。
奴隷になったフィーと再会を果たしたこと。
奴隷の幌馬車からフィーと二人脱走する計画などを、次々に思い出していった。
突然、頬に痛みを感じて叩かれたことを知る。
ヒルドが戦いから戻ってきて、呆然自失の俺を見て正気に戻してくれた。
「あきらめない! まだあきらめちゃ駄目よ」
「あっ、そうだ。……もちろん」
俺は頭を左右に振って、目を覚まして、もう一度フィーの状態を確認する。
流れ出た血が多く見える。
血は2リットル弱までなら、流れても助かると聞いたことがある。
口に指を当てるが、呼吸が感じられない。
額に触ると肌はまだ温かく、硬直はない。
血液が脳に行かなくなると、数分で脳細胞が死滅する。
投てきナイフを投げてから三か四分。
ぎりぎりかアウトか?
床に置かれたフィオの革袋から、スライムポーションのこげ茶の革袋水筒を取り出していると、ヒルドが聞いてきた。
「それは?」
ヒルドはフィオの手足に縛られてた紐を剣で断ち切りながら、俺が持ったこげ茶の革袋水筒を聞いてきた。
「スライムポーション。これで何とか直せないかと……」
「じゃあ、それもポーションじゃない?」
彼女は柱の隅に転がっている、小型の赤色水筒を指さした。
その赤の水筒を見て、瞬時にタランチュラのフェンリルを倒したあとの会話が思い起こされた。
『赤のは、強力なのか?』
『ライフポーションは、どうしようもなくなった時の切り札……なの。……ある伝説の法術に、負けない薬を作るために……改良を重ねて作った……やつ。中々作れないから……もしもの時以外は、封印……なの』
俺はすぐ床から取り上げて、躊躇なく彼女の胸の斬り口へ、赤い液体を全て注ぎ込んだ。
「えっ? 大丈夫なの」
素早い行動に、ヒルドを不安にさせてしまった。
「俺自身が、効果証明済みなんだ」
「そう……なんだ」
胸にドロリと乗った液体が、飛び出た心臓を包むように沈み込ませながら、傷口に染み入っていくのを眺める。
心臓の血管とかいろいろ切れていただろうが、直せるのか?
――いや、修復してもらわないと駄目だ。
そこへ、マチアス達がやってきて、フィオの凄惨な状態にショックを受ける。
「何てことしやがる」
「わっ、わっ、酷い。最低ーっ」
傷口から熱が出てるのか若干の湯気が出てきていて、心臓は奥へ引っ込んでいった。
修復があまり進まない……あっ、細胞化させるのはスライムポーション。
俺が初めて、眼を覚ました時、彼女は、二つのポーションを使ったと言っていた。
台座に置いたままの、こげ茶の革袋水筒を持ち上げて、蓋を開け傷口に流していく。
焦げる音と匂いがして、かけた液体は傷口を少しずつ修復し始め、不執拗な壊れた細胞が押し出されて脇へ落ちていく。
「凄い、細胞が作られていく」
突然フィーの身体が波打つと、口がゆっくりと開いた。
「息をした?」
続いて小刻みに息継ぎを開始し始めた。
安堵して俺は、フィオの右手を持ったままひざを折ってかがんだ。
「フィオは、助かったの?」
ヒルドの声に俺はゆっくりと答えた。
「まだ予断は許さない……けど、大きな関門は超えたと思う」
「それじゃ、私からも力添えをしようか」
少女の声で振り返ると、いつの間にか奥の石椅子にロリータ服が似合う少女が座っていて、ヒルドが数歩下がった。
「レイミア」
ヒルドの一声で、マチアスは剣の鞘に手を置き、コゼットは緊張しながらも杖を前にかざした。
「美しく凶暴の赤目魔族」
「レッドゴッドの教祖」
俺がテュポンと間違えて攻撃した少女だったが、人に戻って目が覚めたのか?
だが、そうではなかった。
「えっと、かかったのがあったけど、どれだったかな」
レイミアは左側にいくつもの付着した血痕をのぞき、右手の人差し指でその一つに触れる。
倒れて絶命していた村長トマの額の血が動き出して、トマ本人の傷口に吸収されだす。
俺とヒルドがそれを見て、眉をしかめた。
――レイミアの血液を動かす能力健在。
あの少女は無効化したはず……キマイラの再来かと思ったら冷汗が出てきた。
「すまん。間違えた、こっちだった」
生地に付いた別の血痕を触ると、口の中で何か唱える。
すぐに台座に流したフィオの血が動き出し、まだ回復してない傷口に吸い込まれるように戻っていく。
全員が呆気に捕らわれていると、ヒルドが剣を抜いてレイミアに向けた。
「どう言うつもり」
「見てわからないか? 手助けしてやったのだ。そのお返しが剣か? ヴァルキューレ・ヒルド」
「僕には意味がわからない。聞かせて欲しいね。それまでは剣を下げないよ」
肩をすぼめるレイミアは、俺を見て胸を押さえた。
「あなたね、キメラを全滅させたのは? エキドナが戻ってこないのは、キーマもろとも倒したってことかしら?」
「ああっ、そうだ」
「テオ、まともに話などしない方がいい」
「んっ……」
俺はこの紫服の少女が何を言いだすのか、不安を抑えながら構えて聞いた。
「そうっ、あなた、テオっていうの? 驚いたよ。突如胸を鷲掴みにされて、気絶するほどの経験をしたのは久しぶり……三百年ぐらいかな」
「なっ、長生きだな」
さすが異界、少女の下に長寿老婆がひそんでいた。
「これは面白い。いろいろ衝撃だ。面倒なスペクタクル操作より、テオを観測する方が楽しめそうだわ」
「観測? だと」
「私を含めて、魔族が三人続けて倒されたんだ。くくくっ。愉快な事象の幕開けじゃないか?」




