第四十三話 覚醒します(二)
赤月石と心臓をつぶしたのに、どうして倒れないんだ?
魔獣はまた立ち上がると、俺たちに向って突進してきた。
「もう復活かよ?」
「なんて奴なの」
俺とヒルドは、左右に分かれて、キーマの山羊脚を避けた。
炎が鎮火してきた広場へ戻り、彼女と再度合流した。
「また再生したと見ていいようだね」
「んー。やっぱり足を狙って動かなくさせるべきなのかな」
このキマイラは、他に何を言動力として動かしているんだ?
いやいや、赤月結晶だろ……あっ。
――うかつだった。
当たり前なことに気付かなかった。
すぐそれを検証するべく、第三の腕を現わし、魔獣の胸に飛ばした。
壊した赤月石が元に戻っていることを認識、そのまま見えない腕を魔獣の巨体の身体へ彷徨させる。
石の感触を覚えて、目線で場所を特定すると尻尾の大蛇と分かった。
――やっぱり。
今度は前方に戻して、ライオンの顔部分へ腕をさまよわせると、また結晶石を感じた。
喉の奥辺りと認識するが、この結晶は手に余る大きさだ。
もしかして口から吐く炎は、製作者デュポンが空気を加熱する術式をかけた赤月結晶なのでは?
とにかく合成したフェンリル一体ずつに、赤月石を持っていることは確認した。
――三個もあったのか。
魔獣キマイラの胸中央にしか意識が言ってなかったから、第三の腕は山羊の赤化結晶のみ粉砕していたことになる。
これが不死身アイテムの根源だったか。
相手を三体として見て、その赤化結晶を続けて粉砕していけば、もしや……。
いや、結晶同士で修復しているのであれば、やはり同時に砕かないといけないのでは?
赤月石の同時破壊なら、沈黙させられる?
――でもそんなやり方は……ない。
いやっ、場所がわかったのなら、外部から攻撃を仕掛けるのはどうだ。
すくなくとも、二か所の同時攻撃を仕掛ければ、直りは遅くなるはず。
だが、ヒルド以外で的確な攻撃ができる者はとなると……。
俺が唸っていると、方向転換した魔獣がまた突進してきた。
「ここは、初めの先方に戻すしかないわ」
ヒルドが俺へ声をかけながら、キーマの側面へ移動したので、俺も反対に移動する。
魔獣はヒルドを恐れてか、立ち止まると炎を吹き付けて側面へ入り込ませないようにした。
彼女はキーマの後方へ移動することを余儀なくされたが、大蛇の口が襲い掛かると剣で牙を弾き返した。
同時に山羊の後ろ足がヒルドを襲うが、それを交わした先へライオンの火炎が下りてきて、彼女の身体は火だるまになった。
「ヒルド!」
俺はキーマの前足を潜って燃える彼女へ駆け寄るが、後方の口の大蛇に待ち構えたように飛び掛かられ近寄れない。
魔獣の火炎が終わると、白い靄の中で片足を突いたヒルドがいた。
防御障壁を作ってやり過ごしたようだが、炎を多少食らったようで、左肩から煙を上げて肌が赤く腫れていた。
彼女を退避させるべく、こちらへキーマの意識を向けるため前足に斬りつけるが、軽く跳ね付けられて地面へ転がってしまう。
魔獣はヒルドに向かい、脚で防御障壁ごと蹴りつけると白い半透明な障壁は砕け、彼女は数メートル飛ばされた。
「あああっ」
立ち上がった俺は、ヒルドへ駆けつけようとするが、また大蛇の牙が迫ってきて後ずさることとなる。
倒れたヒルドは動けずにいると、マチアスとコゼットが飛び出てきて、彼女を引きずって家の陰に戻っていく。
ヒルドがやられた。
俺は急いで第三の腕を表して、キーマへ飛ばし三つの赤月結晶を順番に砕いていく。
最後の大きい結晶は、半分ほどしか砕くことができなかった。
だが、今度は明らかに動きは鈍くなり、魔獣の脚は何度もふらついた。
――おっ、今までにない反応だ。
再度、見えない腕で赤月結晶を触るとほとんど修復されているのがわかった。
もう一度、続けて三つの赤月結晶を砕く。
「もしや、やれた?」
魔獣は座り込むと、ライオン顔が左右を見渡して警戒を始める。
先ほどと同じ修復中か?
確認のため、見えない腕を赤月結晶に飛ばしてみると、半分ほどが修正されていた。
もう一太刀の赤月攻撃ができれば、いけたのか?
くそっ、もう一本腕があれば……。
いやっ、先ほどの心臓への一撃をしたヒルドの剣なら、今度こそいけるんじゃ
俺は急いで、ヒルドが運ばれた場所へ向かった。
コゼットは杖の紫月石をヒルドの肩に当てて光らせながら、切れた生地で胸や顔の血痕を拭き取っていた。
回復魔法か何かのようで、赤く腫れた肩がゆっくりと白い肌に戻っている。
「ヒルドは?」
俺はマチアスに尋ねながら腰を下ろし、横になって動かない彼女を見つめる。
「大丈夫と思うが、気を失ったままだ」
マチアスが答えて、広場に座ったキーマの様子をうかがう。
「あの魔獣どうしたんだ? 大人しくなっているが」
「少し攻撃方法を変えてみたんだが、ヒルドが動けないと……もうひと押しができない」
「私やる。あの化け物に一撃入れたい」
コゼットがヒルドを見ながら怒りを込めて言ってきた。
「いやっ、危険すぎる」
「見習いは、ヴァルキューレ・ヒルドを看護してな。……そのひと押し、俺じゃ無理か?」
マチアスが頭をかきながら申し出てきた。
「先ほどヒルドがやっていた、心の臓の一撃だけど、やってくれる?」
「あれかよ。いや、やるぜ。大体動ける奴が少ないからな」
レンガの家の角には、エヴラールと警備隊の生き残り数人が寝込んでうめいている状態が見えた。
「みんな怪我しているのか?」
「赤化術士の回復法術や持っていたポーションなどで、だいぶ落ち着いてきたけどね」
そこにキーマの咆哮が響いてきた。
振り返って広場を見ると、立ち上がったキーマが夜空の紫月に向って吠えている。
「じゃあ、マチアスさん頼みました。でも危なくなったら逃げてください」
「おう」
「あんな怪物、やっつけてきて」
コゼットに応援されながら、俺とマチアスは広場へ走り出た。
「先ほどのヒルドの攻撃を真似すればいいんだな?」
「声を上げるのが合図ですよ」
「わかった」
命令がないからか、魔獣はこちらに意識が向いていない。
「今がチャンスか」
赤月剣を抜いたマチアスは、夜空をにらんでいる魔獣の足元へ、走り込んでいった。
俺も急いで見えない腕を呼び寄せ、キーマの赤化結晶の場所へ飛ばした。
「うおおおっ」
マチアスが声を上げながら、キーマの側面へ入り込んで剣を向け、刺しつらぬこうとした。
……声が早い。
気が付いた魔獣は、山羊の前足を上げてマチアスの身体を受け止め、地面へ振り投げた。
「あっ」
彼の体は地面を二度、三度と転がるが、そのままの勢いで立ち上がった。
土まみれの顔から唾を吐き、一緒に転がってきた赤月剣を取り上げて魔獣と対峙する。
キーマはライオン顔をマチアスへ向け、口を開き空気を吸いだした。
――あれは!
俺は急いで、第三の腕を口元に移動させて、赤月結晶を握った。
半分を粉砕したと同時に火炎が放射され、逃げるマチアスの足元に火が届き燃え上がる。
同時にキーマの口が爆発した。
火炎が魔獣の顔を焼くが、煙とともに炎は消滅。
「あっちいいっ」
マチアスは赤月剣を手放し転げまわって、脚に絡み付いた炎を消していく。
俺は走り寄り、腕で、炎を消そうと躍起になる。
魔獣は盲目的に広場を走り回り、近くの家々にぶつかり壊しては駆け出して、こちらへ向かってきた。
「テオ、逃げろ」
立ち上がれないマチアスを両腕を持って引っ張っていたが、間に合わない。
潰されないようにマチアスを前方へ放り投げて、俺は逆へ飛ぶがスローになってやってくる山羊の脚に、身体がぶつかって弾かれ宙へ飛ばされた。
広場が逆さになり、そのまま地面が上から迫って来ると激しい衝撃、そして息が一瞬止まる。
山羊の足音の喧騒が消えて、周り風景が真っ白に変わる。
「げほっ、げほっ」
のどの奥が苦しくなり、激しく咳込むと音が戻ってくるが、涙で回りが見えなくなっていく。
「テオ、前よ。逃げて!」
向かいからのコゼットの声に反応して、俺は身体を横へ転がせると、山羊の脚と騒音と振動が通り過ぎていく。
――あぶねえ。
目をこすりながら遠ざかるキーマを見つつ、身体を起す。
くそっ、あと、もうひと押しだったのに……。
「げほっ……」
一本腕があれば……。
――もう一本。
うん?
右手から現れたのなら、左手からも現れないだろうか。
今まで考えたこともなかったが、この際何でもやってみる。
左腕から力を抜き、第三の手のように左側へ意識を集中。
だが、左側への反応はない。
第三の手を呼び寄せただけだ。
この第三の手がコピーでもできて、何とか増えてくれないか。
……と、思ったら反応を感知。
第三の手が二つに分かれた感触を持った。
「あっ……れ?」
第三の手と新しい第四の手が増えてる?
両手を無意識に動かせるように、第三、四の腕も同時に動かせた。
――おおっ?
近くに落ちてたマチアスの赤月剣へ、第四の腕を持っていき握ってみると感触を得る。
そして持ち上げると、高らかに赤月剣は宙を舞った。
――いける。
エインヘリャルになったせいかわからないが、二本の物理的な腕と、見えない腕を同時に別々に動かせた。
魔獣キーマを見ると、広場の中央で黒焦げの死体を口に入れて咀嚼していた。
俺はその場に座ったまま、第三、四の二本の見えない腕でキーマの赤月結晶石同時攻略を始める。
山羊の心臓部の赤化結晶、大蛇の赤化結晶を同時に感触を得る。
すぐに両手で握りつぶす。
魔獣は動きを止めた。
すぐにライオンの喉付近へ腕を移動し、治りかけていた大きな結晶を確認。
二本の手で圧力粉砕。
魔獣はその場に脚を折り、身体を地面に付けると、ライオンの目はゆっくりと閉じた。
地面へ横倒しになると、そのまま動かなくなる。
俺はゆっくりと立ち上がるが、また咳込んでしまう。
魔獣キーマを見ると、それぞれの身体が三つに分裂していくのがわかった。
「やったのね。……凄いわテオ」
振り向くと、コゼットに片を支えられたヒルドが、ゆっくりこちらへ歩いてくる。
コゼットは口を開けたまま驚き、地面に座っていたマチアスは、腕を握ってこちらへ振って喜んでいる。
俺は、ピラミッドの最上段の儀式を行う神殿を振り仰ぐ。
神殿からのかがり火の灯りが夜空を照らしたまま、石造りの建物は沈黙していた。
――フィオはきっとあそこにいる。
中段には十人ほどの魔族崇拝組織が立って見下ろし、赤月杖や弓矢をこちらへ向けているのが見えた。
「俺はフィオを探しに行く。あとは頼む」
「何を言っているのテオ。僕も行くよ」
「私もヴァルキューレ・ヒルドにお供します」
ヒルドにコゼットが名乗りを上げると、 マチアスとエヴラールも声を上げた。
「脚の火傷も、多少回復したからな」
「我々の村です。取り返すまで戦います」
ピラミッド内部の村人との連絡も言っているようで、剣の使える若者が傷ついた警備隊と交代して、新たな戦力としてついてきた。
また、神殿内の村人たちにキーマを倒したことが伝わり、歓喜に沸き、体力のあるものも剣を持って出てきだして、戦力が多くなっていく。
ピラミッドの中央にある階段へ歩を進めると、炎弾が次々に飛んでくる。
何本もの矢も音を立てて落ちてきた。
ヒルドの剣が宙を舞うと、炎弾は途中で消失する。
コゼットの作り出した防御結界が、矢を弾き落とした。
「お前、そんな防御できたのか? 見習いちゃんの名は引っ込めないといけないな」
マチアスのおどけた驚きに、コゼットは笑って答える。
「ヴァルキューレ・ヒルドの加護です」
「なんだ。マァニをもらったのか」
「ぶーっ、加護ですーっ」
後方からいくつもの炎弾が中段へ飛び次々に着弾すると、立ちどころに炎弾や矢は止んだ。
俺たちが中段に到達すると、劣勢になったレッドゴッドたちと剣の打ち合いが始まる。
人数の違いで、すぐに敵兵たちは後退を余儀なくされる。
俺が前に進むと、暗がりから背の高い男が激しく打ち込んできた。
男の剣を二手、三手と受けたあと左脇へ反らし、側面から薙ぎ払いで相手を斬り倒す。
絶命した男に見覚えがあり、顔をよく見ると氷魔法を放ってきた赤化術士デジレだった。
中段の階段を上ると、神殿から下りてきた最後のレッドゴッド数人とマチアスたちと協力して戦う。
「先に行け」
「そうよ。私たちが追い払うから」
「頼む」
ひとりのレッドゴットの兵を沈黙させて敵がいなくなると、俺の目の前に最上段への道が開けた。
変換ミス。一部読みづらい文章修正しました。




