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第四十二話 覚醒します(一)

今回からテオ編で、時間が少し戻ります。

 魔獣に頼みの聖生弓を無残にかみ砕かれたことで、広場に立つ決起した警備隊員に敗因の空気が流れた。 

 その魔獣キーマがゆっくりと広場に戻ってくると、鎧騎士や赤化術士たちは後ずさる。


「まずいな。テオ、ほかに打つ手は?」


 走り寄ってきたマチアスが俺に聞いてきたが、そんなものはない。


「今はまず、魔獣を指示していると思われるエキドナを無効化することが先決かと」

「あれ、魔族だぞ。簡単に言うな、俺は無理だ」


 魔族が赤化した者なら、あのオークキングと同じく、心臓の赤化を握りつぶせば、普通の人に戻るのでは?


「一つ、試してみたいことがある」

「おう、打つ手があるなら頼むぞ」


 そう言ったマチアスは、コゼットを立ち上がらせて、先ほどの失態について小言を言う。

 俺は第三の腕を呼び出して、目に映るエキドナに向って見えない腕を飛ばした。


 ――これか。


 すぐ石の感触を得るが、それは細かく沢山の感触だ。

 小石程度の大きさと認識。

 エキドナの移動アイテムじゃないかと勘繰るが、今はこれではない。


 腕を移動すると、こんどは手が囲める大きさの感触。

 心臓を壊さないように握ってみる。

 突然、眼下のエキドナが消え、代わりに赤月の杖が現れて倒れ伏す。


 ――しまった。また移動された!


 だが、赤月結晶の握った感触はある。

 これは放さないでいるべきだ。

 そう確信めいたことを思って、赤月結晶を砕いた。


「うぐうあああっ」


 突然エキドナの声が、神殿ピラミッドの石段の三段付近から聞こえた。


「きさまあああっ」


 消失移動から現れたエキドナを確認するが、その場にひざを折り倒れて動かなくなった。

 赤月族がオークキングと同じなら、女魔族を失神させたことになる。


「成功か?」

 マチアスたちが一斉に神殿ピラミッドの中段に転がった魔族エキドナを見やり、動かないでいることに驚いている。


「おい。もう何かしたのか?」

「上手く行ったようだ」

「本当か……それなら嬉しいんだがな」

「まだどうなるかわからないから、縛り上げた方がいい」

「おおっ、そうだ。だれか、上って拘束してくれ。今すぐ行ってくれ」


 警備隊長のエヴラールが声をかけると、二人の鎧騎士と一人の術士が、神殿ピラミッドの石段を登り始めた。

 キーマを見やると、目標を失ったかのようにその場に立ち止まり、大人しくなっていた。

 ばらけていた警備隊員たちも、エヴラールのもとに集まってきた。

 だが、魔獣は首を振って俺たちを見渡すと、また闘争本能が沸いてきたのか、雄叫びを上げた。


「何?」


 突進してきたキーマに、警備隊員の一人が逃げ遅れて踏みつぶされてしまう。


「散開!」


 通り過ぎた魔獣を見やりながら、また指令をだすエヴラール。


「足へ攻撃」


 広場に散らばった警備隊員たちと俺たちは、魔獣の足に打撃を与えだす。

 攻撃を受けたキーマは、今度は縦横無尽に動き回り、周りの鎧騎士を翻弄する。

 炎を吐き、飛び回り、一人また一人と警備隊たちが再起不能に陥った。


 俺は焦りながら、第三の腕を魔獣の赤月結晶へ飛ばした。

 再度、手が獲得した赤月石を粉砕する。

 しかし、キーマは一瞬立ち止まっただけで、また炎を噴き出し暴れだす。


 目の前に火炎放射を浴びせられたように、炎が飛び交い広場は瞬く間に高熱に上がり、それぞれが身近な家々の隅に散らばった。

 エキドナを捕らえに行った三人の兵も、途中で引き返して逃げ隠れた。


「げっ、指令がいなくなって、かえってやりずらくなったぞ」

「テオさん、何とかする」


 マチアスとコゼットが少し離れた家の角から俺へ声をかけてくるが、対策などあろうはずがない。


「俺に手段はもうない」


 そう返すと、広場からこちらへ火炎が吹き込んできて、すぐピラミッド石段の隅にへばり付き高熱をやり過ごす。





「僕のエインヘリャルは、そう簡単にあきらめない」

「えっ?」


 火炎が収まった通路に、羽飾りの黒兜もマントもなくなった黒髪ロングの少女が剣を携えて立っていた。


「疾風のヴァルキューレ・ヒルド!」


 マチアスの一声で、周りに隠れていたエヴラールと残った隊員たち二人も黒髪少女に注目し、歓喜を上げだす。


「ヴァルキューレ!」

「ヴァルキューレ・ヒルド!」


 彼女の衣服や肌に血痕が付いたままだが、力強く俺を見据えてきた。

 前以上にボロボロなのに、やる気に満ちている。


「ヒルド。怪我は……まだ十分でないはずだけど?」

「ありがとう、おかげで大体いえたわ。それに激しい振動が届いてきて、寝ていられないとも思ったのよ。村人たちが心配だしね」

「ヴァルキューレ・ヒルド。村人たちは何とか、同胞が神殿内に保護している」

「そう、よかった。じゃあ、フィオレッラね」


 ――フィオ。



「俺も心配だけど、でも相手は、あの魔獣キーマ。難しい局面だよ」

「テオ。フィオレッラ救出に難しいなど思ってはいけないわ。問題なく救出できると信念を持って。だから、相手を叩くのみ!」


 彼女は俺の不安を払しょくしてくれた。


 ――問題なく救出できる。


「そっ、そうだ」


 ヒルドは俺を見たあと、広場の炎の中で吠えている魔獣を見やる。

 俺は弓を思い出して、彼女へ謝罪をする。


「あっと、すまん……すいません。借りてた聖生弓を壊されてしまった」


 ヒルドは俺に向き直り、にこりと笑って答えた。


「僕に敬語はいらない。弓が壊れたなら、僕の弓になって。それがエインヘリャルよ」

「わっ、わかった。代わりを務める」

「複数攻撃をしましょう。二方向から前足へ切りつけるわ」


 俺は彼女と一緒に燃える広場に向かうと、後ろからエヴラールたちの声援を聞くが、反応するほど余裕はなかった。

 ひと暴れした魔獣は、ゆっくりと広場を歩き回っている。


 ヒルドはその動きを見ながら、炎の燃えかすを飛び越え、魔獣へ駆け出し、剣を構えると光を発しだす。

 俺も側面から走りだし、キーマの前足へ剣を振るう。

 ヒルドが斬った足からは、血が激しく噴き出てキーマは後ずさる。


 彼女の剣が特殊なようで、魔獣はしばらく傷付いた足をかばいながらヒルドをにらむ。

 だが、見ているうちに、血が収まりゆっくりだが自動修復していく。

 ヒルドと合流して、少し会話して離れる。


「次は連続攻撃よ。それを繰り返して修復を遅らして弱らせる」

「わかった」


 キーマはまた攻撃が来るとみると、雄叫びを上げて口から火炎を放射する。

 それをヒルドは円を描くように軽く避けながら、突き進んで魔獣の足を切りつける。

 俺も続けて山羊の足に斬りつけるが、見てる先から元に戻ってしまい、彼女の付けた傷が残るだけである。


「もう一度」


 ヒルドと交差して、再度同じ場所を斬り付けるが、彼女が付けた足への傷は直りは遅いのだが、俺の付けたダメージはあいかわらずすぐに完治されていく。


「はあっ、はあっ」


 緊張感からか、息切れが早く焦りも出て、冷静さがなくなってきている。

 これでは、俺が足手まといになっていて、ヒルドとの同時攻撃で前足を弱らせるのは難しく感じた。


 ――何か他に策はないか。


 大きく深呼吸を繰り替えすと、落ち着いてきた。

 ヒルドも立ち止まって、呼吸を整える俺を見守る。


 このキマイラは出血する。

 心臓がしっかりと鼓動してること。

 死体から作られたキメラは、心臓は止まり血液は凝固して流れ落ちてこないまま動いていた。


 このキマイラ、オークキングのような赤月化した魔獣を、生きたまま改良したものでは?

 なら心臓に物理的にダメージを与えて、赤月石もそのとき同時に第三の腕で破壊したならば……。


「テオ。もう一度やるわ」

「待って。このやり方は俺が足を引っ張っている。だから外側の連続攻撃より、俺の一撃ができる内面への同時攻撃なら勝算があるかもしれない」

「うん? どういうことかしら……あっ、もしかして、オークキングの赤月無効化?」


 立ち止まったヒルドは、俺の言葉に注目する。


「今までもそれを何度も試したけど、すぐ赤月石は再生するようで無意味だったんだが、同時に心の臓をつらぬけば、もしかしたら弱らせることができるかもしれない」


 話している途中に、キーマの火炎放射がこちら目がけて吹き上がってきた。

 急いでレンガの家の陰まで後退しながら、ヒルドは興味を示す。


「それ、面白そう。攻略できそうじゃない?」

「上手く行けばだけど。……同時攻撃は剣でつらぬく瞬間、声を上げてくれ。それに合わせて俺もここから攻撃する」

「動かなくても、能力発動はできるってわけね。凄い赤化能力だわ。今度カラクリ教えてよ」

「内緒だよ。それよりキーマの心の臓をつらぬける?」

「ふーん、いいんだ。僕に秘密とか、剣の実力あおるとか、そんなこと言って……まあ、いいわ。見てなさいテオ」


 俺を少しにらんだあと、彼女は飛び出していった。


「えっ、もう?」


 ――フットワーク軽すぎ。


 俺もすぐ第三の腕を呼び込み、キーマの胸部分へ飛ばして結晶石の感触を得る。

 広場を見ると、炎を上手く避けながらヒルドはキーマの顔面へ剣を振り、光が飛んで炸裂すると魔獣は硬直した。


「光の煙幕効果?」


 魔獣が顔を振っている間に、ヒルドは側面から四ッ足の下へ、体ごとスライディングしていった。


「エィヤーッ!」


 彼女のかけ声が聞こえ、俺は待機していた腕で赤月石を握りつぶした。

 次の瞬間、魔獣は雄叫びを上げる。

 飛び上がるように跳ねたかと思うと、地面へ転がって立ち上がると座り込んでしまった。


 ――いけたか?


 俺は広場へ出て距離を置きながらキーマの状態を観察し、ヒルドも後退して俺と合流した。

 巨体を丸めたキーマは、ライオンの顔を左右に向けてにらみを利かし、こちらの攻撃に対処しようとしている。


「あれは胴体に支障をきたしたようだわ」

「でも、討伐まではいかないか」

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