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第四十一話 フィオレッラ(三)

 私の中に走馬燈のごとく、過去が瞬時に駆け巡りだした。

 


***



 小さい時に世話になった剣客ソフィが頭を下げた映像が浮かぶ。

 王国の騎士に囲まれている私と母をかばって、剣を騎士に向けて対峙しているのは剣客ソフィだった。


「テスティーノ。……すまん。……私もウルズ教の一人。……これ以上の手助けは…………できない」


 ソフィは静かに剣を鞘に納め、声を詰まらせながら言った。

 裏切られた痛みが私の胸に強烈に刻み込まれていき、足から力が抜けそうになる。



***



 私は深紅者の意味を知り、愕然とし、震えがしばらく止まらなくなり、途方に暮れた。

 台所の洗い場に行き、静かに嗚咽しながら何度も吐いた。


 ――私は厄介者?



***



 一人旅をして首都タサスへ着いたときの体験に切り替わる。


 一年ぶりの再会を期待して彼の就職先へ向かうが、もう仕事を止めてそこにはいなかった。

 頼りにした相手が不明とわかり、不義と孤独を突き付けられた気分で、身体が冷え倦怠感が体を駆け巡り倒れそうになるのをこらえる。


 ――やはり私が深紅者だから?


 私に腕を差し伸べてくれる人はいない。



***



 突然の襲撃に遭い殺されそうになった、あの夜の心像に変わっていく。


「ねえ、助け……て」


 私はレイプされかけた相手に懇願すると、若い兵士は立ち上がって声を荒げた。


「化け物」


 その声は怒りより狼狽した声で、すぐ馬に飛び乗り私から離れていく。

 戦場に変わった村に、置き去りにされる恐怖が心を駆け巡る。

 


***



 記憶映像は、兵士や村人が走り回る砦の広場に切り替わっていく。


「……明日はもう陥落することになる。フィオレッラ、わしに付いて来い」


 世話になっていたグレゴワール先生は、体一つで走って出ていく数台の馬車の一つに飛び乗った。

 もちろん背の低い私には真似などできず、砦門から急いで出ていく最後の馬車群を突っ立ったまま見送る。

 先生と呼びかけるがもう返事はなく、途方に暮れてると門が急いで閉められた。

 何か置いて行かれたような、誰にもすがれない強い疑似感が脳裏を駆け抜ける。



***



 その砦が、炎と殺戮者で占拠されつつある風景に変わった。


 返り血を浴びた屈強の男たちが笑って、私に近寄ってくる。

 私は前に助けてもらった騎士マリユスに、走りより守ってもらおうとした。


「あっ」


 だが先に後方へ走ったのは、マリユスだった。

 私を置いて逃げ出した後姿は、鮮明にゆっくりと走る姿に変わり眼に焼き付いた。

 また私から離れていく。


 ――私が深紅者だから?


 その騎士を見送った私は、足の力が抜けてその場にしゃがみこんでしまう。



***



 道の前にビッグベアが現れて、幌馬車の中が騒然としている心像風景に入れ替わる。


 馬に乗って護衛してくれた冒険者たちも、私たちをかばうために死んでいく。

 逃げ出した商人と奴隷たちは、後続から現れたもう一頭のビッグベアに全員叩き伏せられて食われていく。


 私の目の前で、テオもビッグベアに飛ばされて倒れて動かなくなる。

 悲鳴を上げて走り寄るが、腹が裂けて息をしていない。

 嗚咽して目の前が涙でゆがみ、また孤独の恐怖にさいなまれる。



***



 私の前には、いつも差し伸べてくれる手がない。



 ソフィは……いない。


 母さんは……消えた。


 マリユスも……消えた。


 テオも……いない。


 私には、いつも誰もいない……。


 息ができない……苦しい。


「くうああっ」


 今度も誰も来てくれない。

 私の運命は、深紅者の運命はこんなもの。

 こんな苦しくて、痛いのに、誰も助けてくれない世の中は不公平。


 そこへまた胸部を引き裂く、激しい激痛が起きた。


「くうっあああ」


 痛みの合間に低い声の呪文が聞こえ、気が狂いそうになる。


「……生まれたまえ。怒りに満ちた魔物たち、現出し抗うがいい……」


 胸に何度目かのナイフが入り、細胞を引き裂かれ手の指が内部へ入ってくる。


「さあ、一族の有望な(ほこら)を解放します。どうぞ、力を授かりたまえ」


 心の臓が神官の手によって取り出されると、テュポンが手を添えて呪文式を唱え構築していく。

 中空に止まっている浮遊石が、反応してまた赤く発光しだす。

 空気が濁ったように歪むと、低い詠唱の声がやんだ。


 神官たちが呻きだし、胸を押さえてひざをつく。

 神官トマとテュポンたちも、胸を押さえ苦痛をこらえながら、赤く発光した浮遊赤化石を見やる。


「これは放出開始で、全員が同じ状態に陥った現象」

「はっ、始まりましたか?」

「共鳴現象だ!」


 周りがざわめく。





「くふううっ」


 苦しい。

 痛い。

 息が……苦しい。

 涙がでる。


 私の命がもうすぐ消える。

 涙がでる。

 もう生きれない。

 誰も助けてくれない。


 世間に広がるラグナ教も差し伸べてこない。

 この世の羅針も無言を貫く。

 こんな世界。

 こんな人生。

 涙がでる。


 ……目の前が……真っ白になってきた。

 音も……小さくしか……聞こえなく……なった。

 もう……これで……お終い。


 終わり。

 生まれ変わったら……生き良い世界……誰か……私に……ください。

 ……誰か。





 右方向から風の切り裂く音。

 うっすら開けた目には、心臓を握って血を滴らせた神官の手。

 その手にやけにはっきりと、茜色が目に映った。

 次に覚えのある投てきナイフの形とわかる。

 そのナイフは、神官の手の甲へ刺さっていた。


「ぐうっ」


 神官トマが手から心の臓を落とす風景が、うっすらと見えた。  





 風に流れて人のもみ合って争う声。

 聞き覚えのある声が……聞こえる。

 その声は……叫んでいる。

 私の名を……大きく……叫んでいる。

 大きく……大きく……力強く……叫んでいる。


『フィオーッ!』


 それを最後に周りが白に。

 やがて灰色へと変わりだし……。


 そして全てが漆黒へと変貌していった。

読んでいただきありがとうございます。


次回からまたテオ編に戻ります。

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