第四十話 フィオレッラ(二)
ティポンは私を見ながら腕を組むと、小太りの神官長に命令した。
「まずは、素材の首にある邪魔な物体を外しなさい」
「わかりました」
神官長トマは、後ろの神官に合図を送り小さな経典本を受け取り、ページをめくる。
私の首輪に手をかけると、解除呪文を唱える。
かなり長い呪文だったが、空間に円状の術式陣が浮き上がり発光する。
だが変化が起きず、トマは首輪の厚みとなる側面を見て唸る。
「おやっ、これは……うむ」
再度解除呪文を唱えて、長い呪文を繰り返したが、変化は起きなかった。
儀式の準備をしていたティポンが顔を上げ眉をひそめる。
「トマ君、首輪のひとつも解除できないのかな」
「いや、その、これは……」
苛立ったティポンが、トマと交代して首輪を初めてよく見だした。
「まったくもって、どう……おやっ?」
「ティポン様?」
「おおっ、これは驚いた。なんと言うか……高度な設定術式が書き込まれていますな。ふん、これではトマ君には無理だったな」
「何と?」
「これは、ただの奴隷首輪でない。身体に目が行っていて、赤月の素材が組み込まれた首輪とは思わなかった。それに術式も低俗なものでない。高度の術式が組まれていて……」
「どうしましたティポン様?」
首輪を見ながら考え込む金髪貴族。
「……これはマァニを留める術式。それも思いっきり性質の悪い設定術式だ。解除など本人でもわかるか疑わしいぐらいだ」
「おおっ、マァニを留めるとな? ティポン様に性質の悪い術式と言わすとは、こんな悪質な物を作った赤化法士は誰でしょう?」
「解除できないって、どういうことよ?」
いつの間にか教祖レイミアがティポンの隣に立っていて、興味深そうに私の首輪を眺めている。
「こんな悪質で複雑怪奇な術式を書く馬鹿には、心当たりがあります」
「うんっ?」
「ほう、誰でしょう?」
「ノッポのヴェルザンディ。それを指示したのはデブのウルズでしょうな」
「ああ、女キツネノルン三姉妹ね。でもなんで?」
「ディース族ですと? だから、この娘にヴァルキューレ・ヒルドが付いていたわけですか」
一歩後ろに控えた神官長トマが驚く。
無言で聞き耳を立てていた私も驚いた。
「小娘。この首輪はわざと付けていたのか?」
「私は戦争の被害者……なの。奴隷にされ、無理やり首輪をはめられただけ……よ」
「知らないのか?」
神官長トマがいぶかし気に問う。
「何も聞いてない……わ」
「ではノルン三姉妹は、この娘がハーフ赤月族であることを知っていたことになる」
「じゃあ女ギツネウルズは、この小娘がここに来ることまでわかっていて、首輪を取り付けたってことかしら?」
「ウルズ・ノルンの未來視ですか?」
二人の魔族に神官長トマが聞いた。
「首輪を付けたということは、可能性はあるのかしら?」
「未來視は万能ではない話。どこまで我々の行動を認識しているのやら……」
ティポンの思案顔に、腕組みした少女レイミアが見上げて退屈そうに言う。
「それでやれるの? 無理なら私、寝ようと思うけど」
「もちろん、中止などないですよ。すぐにでも私の力を誇示させ、ノルン三姉妹を驚かしてやります」
「解除が無理なら、どうやって?」
神官長トマがティポンに問うた。
「赤月を使って体内からマァニを取り出すと、首輪の術式が流れを制御してストップがかかるようになっている。……解除が無理なら、直接取り出すだけ」
「直接とは? 深紅の赤月石術式は中止ですか」
「赤月石術式でマァニを取り出すことには違いない。その全段階に工夫が生じる」
「いつもの生贄儀式ですね」
「基本はそうだが少し違う。手で取り出した赤化した肝に直接術式を埋め込む。そうすれば首輪の術式は無効化されるはず。そうなれば赤月石術式の呪文で、マァニの祠が開くはずだね」
「ほう、さすがティポン様です」
――赤化した肝を……手で直接取り出す?
それを聞いた私は、身体が総毛だち手足を動かす。
「お願い……です。そんなこと、止めてくだ……さい」
「小娘。最高の身体を提供できるのだ。喜べ」
トマがこちらを向き、せせら笑いながら言うが、喜べるわけがない。
「やっ、止め……て。止め……て」
「静かにしろ」
急にトマは豹変して、拳を私のみぞおちに強く落としてきた。
「うぐっ」
痛みで咳と涙が出てきた。
「ぐほっ……ううっ……ごほっ……うっ」
「この栄えあるオリャンタイ神殿に身体を捧げるのだ。名誉だと思いなさい」
私は身体を揺らして、抗議し続けた。
「生贄……など。絶対、嫌な……の。絶対、絶対嫌……」
「まだ言うか!」
小太りのトマがまた拳を上げると、ティポンが手で制する。
「口に何か噛ませておけばいい」
「はっ」
後ろに控えていた神官にトマが目配せすると、一人が何かの細長い生地を持ってきて、私の口に噛ませると生地を後ろへ回し縛った。
ティポンは布であつらえた小箱を持ち出し、私が横たわる石の台座に置くと中から赤月石の付いた短剣、そして濃い赤色の深紅石を一つ取り出した。
「では、開始するとしますか。ふふっ」
「はいはい。ようやく見せてくれるのね、テュポン」
「では、ここの責任者トマ君に儀式を任せる」
「はっ」
「やることは簡単、この赤化石で娘の胸を開き、心の臓を素手で取り出し持ち上げる」
トマはティポンから赤月短剣を受け取る。
「私は、マァニを開く詠唱をする。それがこの深紅石だ。私の『詠唱マァニ』に合わせて、後ろの神官たちは『詠唱リニコイス-チカニラミ』を重ねて唱えるように。引き出す力が増えますからね」
「ははっ」
控えていた水色と白の装丁をした神官たちが、一斉に答える。
金髪男が呪文を唱えると、持っていた手のひらサイズの深紅石を私の胸の上にもっていく。
そのまま手を戻すと、深紅石は空中に浮遊していた。
「ではトマ君、始めてくださいな」
「それでは」
私の上着が切り取られ、乳房の間に赤月短剣を横に置かれる。
聖水瓶を持ってきたトマは、私の上半身へ聖水を撒きだすと、神官たちが片腕を組んで祈りを捧げた。
そこにティポンの詠唱が始まると、周りの神官たちも別の詠唱を始めていく。
私は体が震えだし、頭が真っ白になっていくのを感じる。
神官トマは、胸に置いてあった短剣を持って肌の上に立てると、おもむろに落とし胸を上下に引いた。
「ふぐああーっ」
肉を裂かれる痛みで絶叫した。
苦痛。
苦痛。
苦痛。
周りに見える全ての物が意味をなくし、痛みのみが全てになった。
震撼トマは赤月短剣を黙々と動かし、私の胸を十字に切り裂く。
「ううがああっ」
さらに短剣が深く刺さり、私は痛みで台座の上でのたうち回り、さるぐつわされた口から絶叫を上げつづける。
私のくぐもった悲鳴は、神殿の石に反響して外に出ていく。
空気が濁ったように歪み、胸上の浮遊石が赤く発光しだした。




