第三十九話 フィオレッラ(一)
今回から3話分は、フィオレッラ目線での進行になります。
右腕の痛みで目が覚めた。
あの白の魔族エキドナが持っていたレイピアの剣、それが刺さった場所だ。
石の天井が見えて寝ていることに気付き起き上がろうとするが、身体が動かせない。
両腕は頭の上に置かれ、その手首は紐で縛られ、足首も同じく縛られ拘束されていることを知る。
石の台座に横にされ、手足がくくり付けられてることがわかった。
エキドナに捕まったんだと認識すると、天井を見ながら歯ぎしりをする。
首を上へ動かし右腕を見ると、剣の傷跡は消えているが、痛みがまだ残っていることを知る。
誰かが簡単な修復をしたようだけど、下手なの……あっ、それより。
――テオたちはどうなったのだろう? 大丈夫なのだろうか? わからない……。
動揺しながら、首を横へ動かす。
柱と柱の間から暗くなった森林が小さく見え、風が入ってくる。
柱の前には、3本の立てた木に支えられた上に、細長い鉄を編んだ容器に燃えた割り木が入っていて暗闇を薄く照らしている。
そのかがり火の足元に私の革袋とポンチョが置かれてあり、その革袋は開かれ、ポーションが入った皮袋水筒がいくつか床に転がっていた。
左手の深紅指輪がないことに気付く。
――エキドナに回収された?
そこに複数の会話が聞こえてくる。
「南のプーノ共和国北区の領土ソラタを、西のティラリ王国の軍が全て押さえたようですね」
「プーノ共和国は首都の防衛で、敗退した軍の再構築と臨時の兵を集めているようです」
「そうなの……」
少女の退屈そうな声が反応した。
「そこで偉大なる世紀の赤月法術士デュポン様が構築する術で、赤化呪獣を創り出すのですね」
「うむ。なるべくなら赤化巨大獣を創り上げたいね」
「おおーっ」
「完成したなら、ある一点を目指させる」
「おおっ」
首を傾けて声の主たちを確認すると、オリャンタイ村長を兼任していた神殿の神官長トマと神官数名が声を上げていた。
その対面に派手な彫刻が彫り込まれた石造りの椅子に、金髪の長い髪で目の赤い少女が座っていた。
頭にハーフボンネットの帽子をかぶり、スカートにひらひらフリルが付き、レースが幾重にも施された紫色生地の小悪魔的な服を着ていて目を奪われる。
少女の脇に貴族スタイルの長身金髪の男と、白服白髪のエキドナが立っていた。
たぶん、長身金髪男はティポンなのだろう。
では、石椅子に座っているのが、美しく凶暴の赤目と言われる魔族崇拝組織の教祖レイミア。
「そうなれば西のティラリ王国軍と占領地ソラタは、殲滅の憂き目に遭いますね」
「そう。村人だけでは心もとなかったが、それ以上の余りあるものを手に入れたからね。エキドナには感謝ですよ」
「そうよ、面倒だったんだから。私に感謝して」
「続き……」
少女レイミアはティポンとエキドナの会話をつまらなそうに聞きながら、神官トマをせかす。
「そして東からの魔物進行を受けたティラリ軍は、東のイラベ王国を疑うわけですよ。プーノ共和国と同盟を結んだと」
耳にしていた私は震撼した。
これはまさしく、戦乱拡大の行方が話されている。
――なんてことを。
「そうなるとベルグリシ解放が重要になるね。本当に作れるのかしら?」
椅子に座る赤目少女の声が冷たく言い放つ。
「ふむ。レイミアは心配せずに見ていてください。私こと、ティポン様の絶大な能力をね」
「まあ、そうね。期待しないで見てるわ。……続き」
「ティラリの首都で、イラベ国の参戦と触れ回ることはお任せください」
「そこまで細かいことは言わなくていいよ。つまんないから覚えないし、適当に頑張って」
「はっ」
少女レイミアは神官トマに片手を振ったあと、私の方へ赤い目は向けてきた。
ティポンたちもこちらに向いた。
「それでは、レイミアの期待される面白いこと。これから起こしますよ」
「ティポン様、儀式を始めるのですね?」
「そうしましょう」
「ふんふん、本当に作れちゃうなら、世の中が楽しく変わるところ早く見たいわね。始めるといい」
私に関係あることを話しているようで、不安を抱いていると、兵らしきものが駆け上がってきた。
「伝令。一瞬にしてキメラことごとく敗れ、反乱勢に劣勢とのこと」
「おや、下が騒々しくなってきたじゃない。あのキメラを倒すなんて……ふーん、そっちも面白そうね。私が行こうかしら」
教祖レイミアは楽しそうに微笑んで言うと、エキドナが返した。
「いえ、私が行くわ。連中にはちょっとお仕置きが必要らしいから」
「待てエキドナ。キメラを簡単に屠ってた奴が生き残ってたのだろう。相手を侮らない方がいい」
ティポンはあごに手を置いて忠告した。
「ふむ。それ、厄介よね。じゃあ、キーマ借りようかしら?」
「それがいい」
「使者はわかった? キーマをこれから下ろすから全員退去させなさい」
伝令を伝えた男は、それを聞き慌てて降りて行くと、エキドナの気配も消えていた。
「キメラを一度に屠った奴って、どんな奴?」
石椅子に座っていた少女が、テュポンに聞いた。
「どこにもいそうな若い男ですよ。別人でないでしょうから、しぶとく生きてたのですね。……でも再度キーマを送ったから終わりでしょう」
「そいつを生きたまま捕らえられないかしら? 興味があるわ」
「これから大事な儀式を行うんです。じゃまをする不穏分子はすぐにも息の根を止めることですね」
一瞬沈黙があったあと、少女レイミアは神官長トマに向いて質問した。
「おまえ、赤化ハンターは知っているか?」
私は知らない単語だったので、耳をすませた。
「赤化ハンター? いえ、存じませんが、何ですか」
「全ての赤月族を震撼させた男だ」
「何と、そんな人物がいるのですか?」
「私は知ってますが、歴史上の不穏な人物を出されても……」
テュポンが嫌そうにつぶやくと少女が聞き返す。
「キメラの死で、テュポンも頭によぎったんだろ?」
大きくため息をしたテュポンは言い切った。
「赤化ハンターの再来などあり得ません。まして、あんな小僧などが、あってはならないですよ」
「キメラを瞬殺したんだ。私たちにも害を及ぼすと思わんか?」
「レイミア、何が言いたいんですかな?」
微笑むだけで沈黙するレイミア。
テュポンは肩をすくめてから、本題に戻した。
「……では、これから儀式を始めますよ」
「好きにするといい」
レイミアの承認が出ると、テュポンはトマと神官たちに号令を発した。
「では、呼び出しの祭典を着手する」
ティポンの一声で神官たちが動きだした。
いくつもの足音が周りに散っていくと、しばらく静かになった。
そのしばらくが、十分ぐらいだったのか、ものの数分だったのかわからないが、私にとって酷く長く感じた。
かがり火台に割り木をくべる音がすると、周りが一気に明るくなっていく。
天井の石に刻まれた羽を生やしたヴァルキューレの彫刻が、はっきりと見えるようにもなる。
神官長トマとティポンの会話が近づいてきて、自然と緊張が増す。
「今回の素材は、ともすると最高の品質だと言うのは本当ですか?」
「そうだ。私も少しワクワクしてきているのだよ。むふふっ」
二人は私の脇に立って見下ろしてから会話を続ける。
「えっと、この小娘が素材ですか?」
「そうだよ」
「その……ティポン様に意見するのは大変恐縮なのですが……」
「うむ。行ってみなさい」
「その……面倒でも村人で一斉にやった方がよろしいのでは?」
「ああ、ふむ。トマ君には見えないんだね。私にはこの乙女から、マァニの祠を表す因子を確認できるのだよ」
「はぁ、えっ、本当に?」
「この子、ハーフ赤月族だよ」
――えっ、私、知られている?
魔族にはわかるか……。
「おおっ、それは貴重な。では、狂乱媒介因子ですか」
「深紅者……赤化狂乱災を起こせる者」
不愉快な発言に唇を噛む。
読んでいただきありがとうございます。




