第三十八話 キマイラのおでまし
エンゾとの一騎打ちに決着が付くと、俺はマチアスたちの集団へ向かう。
人数が均衡して、打ち合いからにらみ合いに代わっていた広場へ、レッドゴッドたちの囲みを破って鎧兵士騎士たちの中へ入っていく。
「テオ。さっきは助かったぜ」
マチアスが疲労した顔で言う。
「その聖生弓……凄いわ。一気に形勢逆転……よ」
俺の背についた弓を撫でてくるコゼットだが、かなり消耗している様子。
「これはヴァルキューレ・ヒルドからの借り物」
「使えるってのは……契約でもしたの?」
「ああっ、エイン何とかとかの仮契約? をしてみたよ」
「えーっ、本当? エインヘリャルでしょ? 凄い。私もなりたい」
「エインヘリャルはヴァルキューレの男だろ。お前は性別的に無理だし、能力的にも当分無理。精進しろ」
「そんなーっ」
何か、耳に引っかかる単語があったような……。
「テオは十分その力はあるって、今さっき証明して見せたな。……それでヴァルキューレ・ヒルドは? 契約したなら途中で合流したんだろ」
「ああっ、でも魔族との戦いで大怪我して、しばらくは動けないよ」
「えっ? 大変」
「そうか、手詰まりか」
警備隊長エヴラールは脚と肩を負傷していたが、それを押して赤化術士の一人に肩を貸してもらい俺のところへ来た。
「えっと、テオ……殿」
「ああっ、警備隊長、さっきは声をかけてくれて助かったよ。あの斧で危うく致命打を受けるところだった」
「いえいえ、お礼は我々が言うことです。それにエインヘリャルになられた方に、ご尽力していただいたことは感謝にたえません」
「人数が増えているけど?」
俺は味方として睨みを聞かせる鎧騎士たちを見て、エヴラールに聞いた。
「魔族たちが来る前の警備隊です。ヴァルキューレ・ヒルドの到来と、大量のキメラが倒されたことを目撃して、レッドゴッドの下で作業していた警備隊が決起しました。残りのメンバーが、ピラミッドの中のレッドゴッドを一掃して村人たちを守って立てこもっています。ただ村人は 憔悴しきって、立って歩けるものが少ない状態でした」
向こうは魔族が三人もいる……脱出するには、やはりヒルドがいないと痛いよな。
「そうか、脱出はまだ無理か……それでフィオは、その中には?」
「フィオ? 一緒にいた、背の低い女の子ですか……見なかったです」
俺はマチアスとコゼットにも目を向けると、二人とも首を振る。
「あの四人の女性たちは、いたけどね」
「ああ、村人と一緒に牢屋に入れられていたが、いたって元気だったぞ」
コゼットとマチアスが別の明るい話題を振るが、俺の肩は下がってしまう。
「また、儀式を始めるようです」
エヴラールがピラミッド神殿を見上げ苦痛そうに話したので、つられて神殿を見ると最上階に光が灯っていて人が動くのが見えた。
「おい!」
前方の鎧騎士がこちらへ声を出したので、前を見ると残りのレッドゴッドたちが一斉に下がりだしていた。
連中はピラミッドの中央にある階段を上っていき、中断から横に広がり神殿を守る隊形に変わった。
すると、あの倒したエンゾもいなくなって広場に空間ができると、奥の暗がりから大きな生き物が飛び込んで着地した。
その姿を見て、警備隊の誰もが声を震え上がらせた。
「ああっ」
「やべえ」
こちらを鋭い眼光で見据えてくるのは、四つ足の魔獣キマイラ。
その背中に白い人物が乗っていて、片手を振ると振った先の地面に瞬時に移動していた。
「エキドナ!」
俺が前を出て駆け寄ろうとすると、キマイラがゆっくりと前足を出して威嚇してきた。
「あら坊や、まだ生きてたの?」
魔族エキドナは口に手を当てて微笑むと、少し眉をひそめた。
「ん、その弓……ヴァルキューレ・ヒルドの? この騒ぎの元凶はヒルドでなく、あんたなのかしら? あれ、もしかしてキメラ兵を倒したのもあんただった? どうやって倒したのかしら、興味あるんだけど」
エキドナは言葉と裏腹に、何歩が後退して俺から距離を取る。
「知るか。そんなことよりフィオをどうした。どこへやった!」
俺が怒鳴るとエキドナは首をかしげて言う。
「フィオ? 誰? うーん。ああ、もしかして、首輪をした生贄の少女のことかしら。ふふふっ」
「なっ……生贄……だと?」
「そうよ。マァニの保有量が大したものだからね。思った通りテュポンが気に入ったから、計画していた儀式を前倒しにやることになったのよ。だから代わりに私がここへ降りてきたんだけどね。くくくっ、これから面白いことが起きるわよ」
「面白いことって……この地の赤月を活性化させることか?」
赤化術士の肩を借りたエヴラールが、後方から不快そうに質問した。
「ええっ? さあ、どうかしらね」
「ちょっと待て、計画していた儀式って、村人たちを生贄にするつもりだったのか?」
「あらっ。全員っての、わかっちゃった?」
エキドナの一言で、エヴラールの後ろにいた警備隊たちが一斉に前に出てきた。
「何ーっ!」
「ふざけたことを!」
「反抗者をキメラにしただけでなく、皆殺しにするつもりだったのか!」
鎧騎士たちやエヴラールが憤怒の声をにじませた。
「安心しなさい。すべてキメラ兵に仕立てて、有効活用するから」
エキドナの宣言に、周りは言葉さえ出なくなった。
「あーっ、もしかして」
氷付いた空気を、コゼットが割るように言った。
「この辺の赤月ノームの上昇は、キメラに使われた生物ね。村人やマァニの強い生物、野獣とかを生贄にしていたってこと?」
「もしかして、紫月や赤月の結晶を自然生成するためか?」
マチアスも驚いて声を上げ、俺は背中がひんやりしだした。
――マァニから、赤月ノームを上げて赤月結晶を作り出すって、朝もやの露のようなものとして作られているってことか?
「うふ。いいとこ突いてきたわね。赤月ノームは正解。この一週間ほど山で野獣狩りして疲れたわね。でも、結晶生成は完全な回答ではないかしら」
「えっ?」
俺はいまいちわからなくなり、エキドナをにらみながらコゼットに聞いた。
「その赤月ノームってのはマァニのことか? それも作り出せるものなのか?」
「法術を使った人身を捧げるやり方があるって話だけど……よくは知らないです」
「それ、聞いたことある。赤月への人身供物だよな」
コゼットの話にマチアスが付け加えた。
「作り出せるとか、人身供物とか、物を知らない言い分ね。法術を使って生きたままで生き物の肝を外気に触れさせれば、マァニの扉がほんの少し開放するのよ。でも、少数では赤月ノームを上昇させるには無理。儀式遂行には大量の肝魂が必要だけどね」
「人身供物とか、悪魔だわ」
「魔族のやりそうなことだ」
「くくくっ、私は普通の赤月族よ」
俺もようやくこの村の状況が理解できてきた。
「そっか……わかってきた。もしかして、あのキメラたちは、おまえらの計画で使った村人やマンイーターのなれの果てなんだな」
「お馬鹿ね、見ればわかるでしょ? テュポンはいらなくなった死体も材料になると言って、最強のキメラ兵団を作ってたのよ。でもそれを台無しにして……はあ」
「なんて奴らだ」
「最低だ」
「ノームの活性化から生まれる赤月生成が、目的でないのなら?」
エヴラールがまた最初の言葉を告げると、マチアスやコゼットはお互いの顔を見合わせ、口々につぶやく。
「……もしかして」
「考えたくないことが、頭に浮かんでくるぞ」
俺には二人の答えがよくわからないが、一つだけはっきりしていた。
――フィオが危ない。
「生贄って……彼女に何をする気だ。上の神殿にフィオがいるのか?」
「見ていればわかると言いたいけど、それが始まるまでに、あんたたちを片付けないといけないのよね。残念ね、儀式に招待できなくて。ふふっ」
エキドナはキマイラのでかい羊の脚に手をかけて、二度軽く叩いた。
「キーマ出番よ」
魔獣はゆっくりと前に出て一声上げると、広場が震えた。
「うわああっ」
後ろの決起した警備兵たちが、恐怖で縮み上がり倒れた。
キーマはゆっくりこちらに歩みだす。
俺はすぐ聖生弓を構えて、矢を連続でキマイラの前足に放った。
――この魔獣を殺せないのなら、やることはヴァルキューレたちと同じ。
キーマの前足に光の矢が命中、魔獣は雄たけびを上げて一歩下がった。
「前足を集中しての攻撃がいい、奴の起動を抑えるんだ!」
数名の鎧騎士が同調した。
「そうだ」
「おおっ」
赤化術士たちが、声の代わりに呪文を唱え赤化術を行使した。
「トクラーカ」
三つの炎弾がキーマの前足に飛んでいくが、ジャンプされて不発に終わる。
鎧騎士たちの前に降り立った魔獣の脚へ、彼らは勇敢に剣で斬り付け傷を入れていく。
俺は再度聖生弓を絞り、矢を放ちキーマの山羊の足へ当てる。
効いているようで、また声を上げて数歩下がったあと、俺ににらみを効かせた。
「目障りね」
エキドナが吐き捨てると、キーマが足を跳ねて俺たちの頭上へ一瞬で飛んできた。
巨大な魔獣の足を避けながら、前足に槍を突き離脱。
そこへ赤化術士たちの炎弾が山羊の足に着弾。
魔獣はうるさそうに炎の付いた前足を持ち上げ、左右に振って火を消す。
「やり返しなさい」
エキドナの声とともに、キーマは俺たちに向きながら口に何かをそしゃくした動きを見せると、おもむろに息を吸い込んでいく。
――怪獣映画でよくあるシーンだ。
その行動に悪寒が走った。
「逃げろ! 距離を取るんだ」
俺は周りに告げながら後ろへ全力で走っると、マチアスやコゼットたちもその場から四散した。
次の瞬間、背後で炎の爆音が聞こえた。
振り返ると、キーマが口から炎を吐きだし、広場の土が大量の炎で焼かれていった。
一瞬にして、空気が灼熱に変わる。
――熱い。
「やっぱ本物のキマイラだ」
逃げ遅れた鎧騎士たち数人が、炎に巻かれて地面へ倒れ必死にもがき、火を消している。
その上にキーマの山羊の足が落ちてきて、潰された。
「ぐああっ」
救い出そうと仲間たちが脚や顔へ攻撃をかけるが、また口から吸った空気を吐き出すように火炎を吐かれ騎士たちは退避する。
俺は聖生弓で側面から、顔面の目をイメージして矢を射出。
矢は唸りながらUターンを描いてキマイラの目に吸い込まれた。
同時に魔獣は悲痛な雄叫びが上げると、目をつぶったまま飛び跳ね回る。
脚に潰されないように、鎧兵や術士たちがちりじりに逃げ回った。
キーマが落ち着くと、傷付いた目は緩やかに治りだしていく。
「もう修復している? くっ、赤月のなせる技か」
やはり、同じ場所を連続で攻撃し続けないとダメなのか?
「さーっ、キーマ。遊びは止めて、そろそろ本腰入れなさい」
エキドナは笑いながら魔獣に命令を送ると、それを俺の隣で耳ざとく聞いたコゼットが大声で毒づいた。
「なによ、あのババア! さっきから後ろで好き勝手なことを」
戦況が悪くて焦っているからか、コゼットはエキドナに向って走り出して杖を大きく振るった。
「一発食らえ」
コゼットの紫月石の杖から巨大な炎が沸いて、エキドナに飛んでいく。
だが、魔獣の身体が炎弾のコースへ入り、胴体にかすって消失した。
「ふっ、ババアとか言ったあの女術士を、踏みつぶしなさいキーマ」
一声を吠えたキマイラは、コゼットに一直線に突進してきた。
俺は聖生弓で矢を放ち足に当てるが、少しよろけたものの巨体は止まらず走ってきた。
ぴひって逃げるコゼットだが、杖を足に当てて自ら倒れてしまうとそのまま恐怖に固まり動かなくなる。
「おい」
聖生弓を背に掛けて俺は走り、横から地面を滑るようにたどり着くとコゼットを抱きかかえる。
キーマの四つ足がスローモーションのように、目の前の地面を叩いて通り過ぎていく中を横切った。
魔獣が過ぎ去ると、俺の背中に衝撃が走り身体が地面へ転がる。
なにかに引かれて倒されたと気付きながら、背に痛みと掛けていた聖生弓が飛んでいった。
コゼットの三角帽子も飛んでいて、近くに落ちてきた。
魔獣の構成要素の大蛇に後ろを取られ、噛み食われそうだったことに気付く。
キーマの足以外の別の動きを察知できなかったことで、聖生弓が俺たちの命の盾になったらしい。
「あわわわっ、たっ、たす、たすかったの?」
「奇跡的に、食われることはなかったがな」
その飛んだと思われた聖生弓は大蛇の口に収まっていて、キーマは広場の端で止まりこちらを向き直していた。
大蛇は口にした聖生弓を音を立ててかみ砕き、粉々にして地面へ残骸をまき散らしだす。
「ああっ、ヒルド様の聖生弓が……」
「やべえ」
――また万事休す。




