第三十六話 今度は騎士契約
ヒルドの弱弱しい忠告を耳にしながら、死体付近がうごめいているのを目にする。
「なんだ?」
そう思ったら、槍状の細く赤黒い何かが何本も浮き上がり、唐突にこちらへ伸びできた。
避けると二手、三手と細い尖った赤い棒が襲ってきた。
それも避けるため横へジャンプするが、勢い余って地面へダイブしてしまう。
その真上を何本もの槍状の棒が、壁まで飛んで突き刺さっていく。
冷汗をかきながら立ち上がり、ダッシュして出てきた暗がりの道まで戻ると、伸縮自由な槍は襲ってこなくなった。
――何かいるのか?
しばらく様子をうかがうが、何も起こらず静寂に包まれる。
らちが明かないので、剣を抜いて跳ね返せるように構えながら、もう一度ヒルドのところへ戻る。
先ほどの壁に突き刺さったいくつもの棒は消えていたが、問題の死体の山がまた液体が流れ落ちる音と供に動めきだす。
――死体の血液か何かか?
また動き出して赤黒い尖った棒をいくつも生成させては、レイピアの剣を彷彿するようにこちらへ襲いかかってきた。
服を突き刺してきて、液体が刃物に変わったことを実感した。
剣で弾くとちぎれて血液に戻っていく。
死体廃棄場がさらに騒がしくなり液状の塊が生き物のように変化し、矢のごとく飛ばしだしてきたので防戦もままならず退散する。
再度暗がりまで遠ざかると攻撃は止んだ。
あの血液体は、吊り下げられたヒルドに近づかないと襲ってこないってことか?
魔法陣の仕掛け罠か何かのようだ。
キメラが動いたときは反応してなかったから、そんな魔法のプログラムでも組んでたのか?
あるいは、キメラが停止したら発動するとかだろうかと、正常に戻ったキメラの残骸を見て思う。
では何で発動するんだ?
音?
こっちへも攻撃していそうなものだが、別の場所へ石を投げて音を出すが変化はない。
体温か熱源?
なら、ヒルドやキメラにも当てはまるし、今の俺への攻撃もないし、センサーの精度が低くなければ却下か。
光に照らされた影か?
ランプの光の動きに反応して、動く影を狙っている?
少し前進して、もう一度光で影が強く出るランプ付近へ、石を投げてみた。
死体の山が動き出し石の放物線へ何本かの矢が飛んでいき、石が音を立てて落ちたところへは反応しなかった。
――影を追っているか。
なら光源を消せばいいが、そうなると彼女を救うための光がなくなるし、状態も見ないといけない。
ランプ消さないで近づけないのか。
この仕掛けの魔法陣は、これも赤月術法の一種だろう。
――そうだ。
赤月術法なら、マァニの供給元や術式を行う赤月石が設置されているはず。
第三の腕へ集中し、赤月石がありそうな場所へ飛ばして探し出す。
死体の山、上り階段口、キメラの残骸と探すが見当たらない。
ああっ、肝心のランプはまだだったと、第三の手が触れると初めて感触があった。
――これか?
握りつぶし粉砕した感触が伝わると、ランプが光を弱めて死体廃棄場が少し暗くなった。
不安ながらも吊り下がるヒルドに近づき、動くものがないか注意する。
これは先ほどの石が当たりだったようだ。
攻撃が止んだ。
テーブル台をヒルドの下へ持っていき、そこへ乗ると、逆さ吊りの身体の肩を抱ける状態になる。
剣で足元に絡みついたロープを切って、彼女が落ちてくるのを胸でキャッチした。
肩に身体が二つ折りになり、担いだままゆっくりとテーブルから下りて彼女を地面へ寝かせる。
ヒルドの身体の傷と出血は、俺を少しうろたえさせた。
「薬師が……フィオがいてくれたら……」
血だらけで弱り切ったヒルドだが、意識はあってたどたどしく話し出す。
「あり……がとう。僕は……大丈夫。赤化治癒力で……傷口はだいぶ……塞がっていると思う」
「赤化治癒力? 本当に?」
「僕の中の……赤月結晶が……傷口を元に修復していくのよ」
「自己治癒できるって……凄いな」
ああっ、これが赤月族の長寿由縁のひとつなのだろう。
「治癒はゆっくりだから……僕はまだ、しばらくは……動けないんだ」
「休んでるといい」
俺は安堵し足をくつろがせて、彼女から食堂へ行ってからの話を聞いた。
集会場の食堂へ行って、神官トマと戦士デジレに剣を交えて迫ったら、レイミアが現れたという。
「レイミア? 女魔族か」
「そう。魔族崇拝組織の教祖レイミア……ね。凶暴な……吸血鬼よ」
「えっ、吸血鬼?」
「異名がね。血液を使って……戦闘をするスタイルだからよ」
「ああっ、ここの仕掛けもそのレイミア製だね」
「ええっ」
彼女がレイミアと乱戦していたら、床が抜けて中刷りにさせられ、そのまましばらく一方的な暴力を受けたという。
「その途中……獲物が手に入ったとかで、レイミアは……僕を放置して出て行ったのよ」
獲物と聴いて、俺はすぐフィオだと直感した。
今度は俺の事の顛末をヒルドに話すと、フィオが捕らわれたと聞き「やはり……」と顔をゆがめてつぶやいた。
魔獣キーマが出たことで、ヒルドは苦虫をかみしめる。
「何度か……スクルド様と組んで対戦したんだけど……あれは駄目」
「ヴァルキューレでも?」
「剣で心の臓を何度つらぬいても駄目。赤月結晶で……自己再生する……半永久的魔獣なのよ」
「えっ? じゃあ不死身に近い……赤月族と同じな生き物?」
「赤月族は長生きするけど、不死身じゃない。キーマは別種な生き物だと思う。……スクルド様と対したときは……複数で斬り裂いて、身体の四肢を弱らせ……戦意不能にするだけだったのよね。……今のところあの魔獣には、身体の切断しか沈黙させられないわ。だけど、僕たちの剣では……全然無理。たぶん赤化巨大獣討伐剣が必要……」
「ベルグリシの討伐剣……」
巨大な剣ってことか?
「それと……その剣を使える所有者もね」
もしかして、勇者?
俺には関係ないが、あの魔獣と対峙したら、また逃げるしか手はないようだ。
「……厄介なのは、魔族が三人も……集まっていること」
「ああっ、奴らフィオに何かするつもりか心配だよ」
「そうね。彼女を早く助け出さないと……いけないわね」
ヒルドは深く深呼吸したあと、言葉を続けた。
「でも、僕はまだしばらく動けない……だから、テオに託したい」
「えっ?」
「僕の力を賦与する……の。そして、フィオレッラを救って……村の人々を助けて欲しい」
「それはもちろんだけど、力の付与とは何?」
ヒルドはしばらく俺を見たあと、一人うなずく。
「テオ。僕の助手として……契約してもらえる?」
「助手の契約とは?」
俺が首を傾けると彼女は説明する。
「それは、僕のエインヘリャルに……なること。あのオークキングを倒した能力を開花させることが……できるかもしれない。でないと……」
力が増せば、フィオを助けられるか?
俺は第三の腕の能力開花に気持ちが集中して、エインヘリャルのことも聞かずに食いついた。
「それ本当なら、ぜひにもお願いしたい」
「本来なら儀式が……必要なんだけど、ここでは寛容式に……済ませることができるわ」
ヒルドは少し微笑んでから説明しだした。
「それは?」
「僕にひざまずき、騎士の誓いを立てて……血の契約をします」
「血の契約?」
フィオとのキス契約を思い起こすが……赤化との関係性で血の契約となるのだろう。
「僕の血を一滴捧げます。それを契約相手が……身体へ吸収することで……完了します」
「えっと……血の契約って複数とか有り?」
「ええっ、問題ありません。複数競合は……新しい方が生きてきますし、時期が来れば……消失するものですから」
再契約も多そうだな。
「じゃあ、すぐにも頼むよ」
「うん。わかったわ。……やりましょう」
彼女を起き上がらせて、指示に従ってテーブルの台へ横抱きしてから座らせる。
「あっ、僕のが……着いちゃったね。ごめん」
俺の上着や首元に血痕が付くが、もう土まみれで汚れまくっているので関係ない。
「じゃあ始めるね。テオは僕にひざまづいて僕に剣を差し出して」
俺は彼女に片膝をついてひざまずき、鞘から抜いた剣をヒルドに差し出す。
彼女は長剣を受け取り、俺の肩に剣を横面に置いた。
「テオの剣は僕の生命を守るための剣であることを……ここに誓うか」
「えっと、誓うよ」
「この時より、テオは僕、ヴァルキューレ・ヒルドの騎士と認める」
ヒルドはいくぶん感情が高ぶりながら、俺の長剣で左の人差し指の先へ刃を当てて血の球を作り出す。
傷つけた人差し指を吸うと、持っている長剣に血の口づけをした。
そして、俺にその人差し指を差し出してくる。
「口で吸って」
言われるまま片手で指を掴み、口づけして血を吸い取った。
「これでテオは、僕のマァニを活用して……能力強化できるようになったわ」
「うん。ありがとう。でも変わりないな」
立ち上がって剣を受け取り鞘に納めたあと、両手を握りしめる。
「戦闘中に強化されていくものなのよ」
「そうか」
「よろしく、エインヘリャル・テオドール」
「うん?」
こんな呼び方、どこかで聞いたな……。
「僕個人の騎士になったんだから、公式ではそう言わせてもらうわ」
「ああっ、そっか。そういうことか」
まあ、べつに問題ないだろう。
「騎士ってのは、冒険者との違いは何か出てくるのかな?」
「テオは、フィオレッラを守りたくて、僕と契約したのでしょ?」
「えっと……それは」
微笑むヒルド。
「冒険者は自らの剣の腕で……生きていくものです。変わり者もいますが……。騎士とは、恨みや怒りの情動で決して剣を振らない者。守る相手を持ち……そのために自分の強い意思で殺戮することをいとわない……と決断したもの。そしてその上に立つのが……エインヘリャルであり、ヴァルキューレです」
「そっか……今の俺に必要な考えだな。教えてくれてありがとう」
俺は自問した。
フィオを助けるために、人を殺せるか?
なるべくなら、したくない。
それでも、邪魔する奴がいたなら……殺戮はいとわない。
これに躊躇したら、フィオを助けるどころか、俺自身も終わってしまう。
今、決断する。
――殺戮はいとわない。
フィオとは数日の付き合いなのだが、長く知っていたような気がして……不思議と決断に躊躇はなかった。
ヒルドを横抱きで壁際に座らせてから、彼女が落とした武器やマントを持ってきて側に置く。
それを見たヒルドは手を伸ばし、弓を持ち上げて俺に渡してきた。
「この聖生弓は、テオに貸します。僕とリンクしてますから問題なく使えます」
俺は受け取った弓を手にして弦を弾くと、腕に脱力感が起き同時に矢が浮き上がってきた。
「おおっ、凄い」
「あとは当てる的をイメージ……することです。簡単で使いやすい弓ですよ、何かを当ててみてください」
俺は弓を前に向けて矢を放った。
「軽い」
イメージした的は、斜め上にぶら下がったままのロープ。
矢は大きく放物線を描いて、ブーメランのごとく戻ってロープに当たり、勢い余って宙を飛んだあと消滅した。
――この弓、残留思念能力も起きず、痺れもこなく使える。
「僕も立てるようになったら、追いかけていくよ。ただ二十、三十分はまだ無理かな」
動けないヒルドを、俺がはい出た裂け目の陰に横抱きで移動させ、そこで隠れてもらうことにした。
彼女が中吊りにされていた場所まで戻ってから、開け放たれたドアの前に立つ。
他に上がる通路はないのを確認して、階段を見上げ覚悟を決める。
俺は剣を抜いて慎重に階段を上がっていく。




