第三十五話 魔獣強し
俺は焦りながら、第三の腕に集中し直す。
マチアスたちに近づく四つ足キメラに、マチアスが剣を抜き、コゼットが悲鳴を漏らす。
「ひっ」
見えない腕を体感すると、もう一度キメラの足元へ飛ばす。
第三の腕は、今度はがっちりとキメラの脚の赤月石を捕らえることができた。
「よし、握りつぶす」
結晶体が砕けた感触を得ると、四つ足キメラはその場に倒れ、ゆっくりと小さくなり分裂しだす。
コゼットたちは、何が起きたのかわからずに、口を開けて呆けた。
「たっ、助かったのか?」
「そうね」
すぐ二体目の二つ足歩行のキメラが俺目がけて突進して来ると、その後ろから三、四体のキメラが顔をのぞかせてこちらへやって来る。
「開きました」
人が何とか入れる隙間から、エヴラールが中に入っていくのが見えた。
俺は追撃のキメラを見ては、斜め後ろとなった扉を見る。
――少し距離ができてしまった。まずいな……。
背中を見せてドアの隙間に滑り込む間に、やられるのが目に映った。
その扉の隙間からコゼットが入ると、マチアスも入りながら言った。
「テオ。ドアが開けた。戻れるか?」
「いやいや、無理。そっちは任せた」
牛の顔のキメラが迫ったので、剣を振るって牛キメラから距離を取ると、さらに扉から遠ざかることになる。
仕方なく指先で先に行くように指示を送って、また後退する。
「幸運を」
最後にエヴラールの声のあと、ドアの隙間が閉じる音が聞こえた。
その閉まった扉にキメラ何体が駆け寄り、ドアや周りの石を叩くがすぐには破壊はできないと思ったか、こちらへ顔を向けて歩きだした。
――分断された?
前回を思い起こして、牛キメラの首元に向かって第三の腕を送ると感触があり、強く握りつぶす。
奇妙な声を上げると、キメラはその場で倒れ伏した。
その後ろから続々とキメラがやってきて、大きさと数に圧倒される。
別の通路からも、数体のキメラがこちらに向かってくる。
「なんだよ、この数は」
キメラ全てが、俺のところへ集中しだした感じじゃないか?
「誰かが操作しているのか?」
そう独り言を言いながら、眼前の一体の結合部分に第三の腕を当てる。
キメラが咆哮を上げて倒れ伏した。
次のキメラの結合部分は空振りで、足元に腕を伸ばすとヒットして潰す。
すぐ倒れて動かなくなる。
また足元の石を握りつぶして、キメラを眠らせた。
そしてまた一体。
上続けて手く仕留めることができた。
製作者が同じようで、赤月石の場所がパターン化している。
「わかってしまえば、何とかなりそうな気がしてきたぞ」
近づくキメラを片っ端から、潰して眠らせると死骸の山ができてくる。
さらにもう一体仕留めると、後続が切れて打ち止めかと安堵するが、まだ数体周りに動いていた。
「はあ、はあ」
さすがに二十体以上も相手をすると、神経が擦り切れてくる。
そこへピラミッド神殿の上から何かが駆け下りてくる音が聞こえると、上空をジャンプした。
キメラの死骸側へ、その大きな塊は下りてきた。
唸りをあげるのは四ッ足の怪物。
よくわからんが、あのビッグベアより一回り大きい。
巨大ライオンの顔と胴体に、山羊の前足、そして背中に張り付いて尻尾になっている大蛇で構成された怪物。
今までのキメラとは違う、恐怖の戦慄が背中を通り過ぎる。
「キマイラ!?」
「魔獣キーマよ」
キマイラの背にある人影が地面に着地すると、その上に明るい光が灯った。
――光の魔法か?
その明かりで、貴族スタイルの三十台ほどの長身金髪イケメンとわかる。
そのイケメンが、周りの死骸を見て嘆きだす。
「おおおっ、私のキメラ小隊が……なんてことをしてくれたのですか」
「うん?」
「私の創造物が、おおおっ、せっかく最強な量産型を開発したと思ったのに、あああっ」
もしかして、創作者?
「魔族のマットサイエンティストか!?」
「何を言うか。私は世紀の赤月法術士デュポン様だ」
そう言って、周りの惨劇を見てまた嘆く。
「おおーっ。こんな簡単にやられるものじゃないのに……」
何をするかわからない魔族だ、ヒシヒシと怒りをためているのが感じ取れて不安が募る。
剣を構えたまま息継ぎも忘れて相手に集中した。
「これはもう……お前は。赤月石がわかるのか? ではどうやって無効化など……おおっ、これは恐ろしい」
デュポンは自らの胸を、こちらから隠すようにして離れだす。
本人はこちらに攻撃する気がないのか、防御の姿勢のまま俺をにらみつける。
「キーマ、主人のピンチだ」
控えていた魔獣キーマは、前に出てきて人吠えする。
恐怖を感じながらも、第三の腕に集中する。
飛びかかってきたら、すぐにも赤月石を粉砕する用意を整えた。
場所を特定して、感触を確認しながら剣を構え続ける。
「さあ、キーマ。今回は許可しますから、その者を食いちぎって、全部食べてしまいなさい」
大きく唸りを上げると、怪物は飛びかかってきた。
こちらを見据えているうちに、俺は赤月石の場所を把握。
すぐに第三の腕がキーマの胸元の赤月石を粉砕。
「よし」
――感触を得た。
だが、キーマは一瞬ふらついて着地したが、倒れることもなくこちらへ大きく口を開けると跳躍した。
俺は驚きながら、急いで後方へ飛び去る。
キーマも追うように駈け込んでくる。
前脚が俺を抑えに来たので、剣で受け止めるとそのまま数メートル飛ばされて足から着地する。
すぐ追いつき、口をあけて巨悪な尖った歯を見せて迫る。
俺は剣を振るいながら、左にジャンプ。
ライオン顔に一太刀浴びせ、脇へすり抜けた。
すり抜けの足に剣を突き付けようとしたら、尾である大蛇が独自に口を開け噛みつこうと飛び込んできた。
足を折り身体を反らせると、キーマ本体と一緒に大蛇も地響きと供に通り抜けて行く。
着地すると魔獣の巨体をこちらへ向け直し、首を振り上げて吠えた。
――おかしい。
赤月結晶は潰したはずなのに、倒れていいキーマは咆哮を上げて俺をにらむ。
もう一度第三の腕に集中して、手を飛ばす。
すぐキーマの胸元赤月石が残っている感触を得た。
「あれ?」
先ほどは失敗してたのか?
もう一度、握りつぶして粉々にした感触が伝わる。
今度も、キーマは少し立ち止まって躊躇したが、それっきりだ。
再度、第三の腕を飛ばすが壊したはずの赤月石がある。
いや、これは再生でもしているってのか?
キーマが飛んで、俺にかみつこうと口を開けて迫って来る。
急いで後ろへ数度大きく跳躍し、建物に身を隠す。
だが、後ろに人型のキメラがいて、拳が飛んできた。
避ける間もなく、脇腹に一撃を食らい剣を落とす。
そのキメラに抑えられた状態になるが、痛みでもうろうとする頭を振って、第三の腕を意識して適応させる。
キメラの赤月石粉砕に成功し、大きい腕から解放されたが、目の前に魔獣キーマの前脚が落ちてきた。
地面へ転がり、鋭い爪に身体が削られるのを避ける。
キーマの前足は、俺が背にした家の石壁を粉砕するも、崩れた石から抜くのに苦労し始めた。
もう一度、キーマに第三の腕を使って結晶粉砕を試みる。
結果は同じで、わずかに停止するだけで、前脚を石壁から引き出すとこちらへ巨体を向けてきた。
俺は床の剣を拾い上げて、痛む腹を抱えて路地をかける。
「やばい」
早速に、第三の腕の能力が効かなくなったのか。
キメラを途中で倒せたから、俺の問題でなく魔獣の能力か?
キマイラの脚爪は、ビッぐベア以上の迫力で油断できない。
地響きが近づき、振り返ると魔獣が飛び掛かって来る。
一太刀浴びせて避けるが、後ろ脚に身体が引っ掛けられ、頭から地面へ倒れ転がり石垣にぶつかる。
身体の痛みなど後回しに、とにかく剣を持って立ち上がるが、目の前にかぎ爪が俺を押さえつけようと迫っていた。
避けることもできずに、背の石垣共々押しつぶされてしまう。
「うわっ」
身動きが取れない、と思ったら浮遊感を感じで暗闇に包まれた。
石が落ちる音と痛みで、気が付いた。
一瞬気を失っていた?
上空で激しい地響きがして、見上げると巨大な紫月の一部が見えている。
――なんだ?
ここは枯れ井戸の底?
大きな地響きで、上からまた小石が沢山落ちてきた。
周りの崩れた石垣から体を起こすが、周りは暗くて見えない。
助かったが、逃げ場がない……これは万事休すか?
とにかく状況把握で、ポケットから紫月石を取り出して強く握ると、紫の光が輝きだした。
それで周りをかざすとやはり井戸の底とわかるが、一か所に亀裂があって暗闇が続いていた。
「これは?」
暗闇に紫月石を持っていくと、中は人がかがんで入れるスペースがあったが、行き止まりの可能性もある。
だが、ここにいても生き埋めにされるだけだ。
とにかく潜ってみる。
剣を鞘に納め伏せて横穴に潜っていくと、腐った匂いと微風を感じた。
――どこかにつながっているかも。でも地下だからか、土と嫌な臭いが酷い。
希望が持てたので、ほふく前進で二、三分ほど進むと、人が立てるくらいの空間に頭が出た。
紫月石をかざすと、淡い明かりを提供してくれて天然の広い地下空洞とわかった。
――微風はこの先から来ている。
狭い空洞で身体を休ませていると、胸の痛みがなくなっているのに気付いた。
――フィオの怪我が治ったってことか?
実際はわからないことだが、何となく安堵のため息が漏れる。
あのキーマの地響きも聞こえてこなくなっていたが、この場にいても始まらない。
足場の悪い地形を縫って先へ進むと、また道が狭まっていく。
人の進めない裂けめになり、その隙間から風が入ってきていた。
裂け目を剣の刃で削っていくと、人の作った空洞の横道に出れるのが分かった。
抜け出る穴を広げていくと、横道の奥から弱いランプの光が灯っているのに気付く。
――誰かいるのか? 魔族崇拝者だとまずいが、ただランプが置いてあるだけかもしれないし……進むしかないよな。
今度は音を小さくするように、土をゆっくり砕いて裂け目を大きくしていく。
時間をかけて広げた穴から、身体を通して横道へはい出した。
前後を確認しながらランプの方へ静かに足を向けると、広い空間が開けた。
岩影に身をひそめて状況確認すると、ランプのそばに大男が一人動かず地面に座っているのがわかった。
その者をよく見ると、顔部分に角らしきものを認識し、他にも鱗とかが身体に見える。
「キメラか?」
半獣人の前にちょっとした山ができていて、ところどころ赤黒い色があり人の足や腕のようなものが飛び出ていた。
「……死体廃棄場?」
匂うわけだ。
その死体廃棄場であのキメラは何をしているんだ?
周辺を目で追うと、他に誰も見えず、動くものも見えない……いや、空中になにかある?
よく見ると上からロープらしい物が下りていて、血だらけの人が逆さまに吊り下がっていることがわかった。
――あっ?
見覚えのある密着型の薄い水色とブラウン色生地に、血が付着している黒髪の長髪女性……。
「ヒルド!」
思わず声を出して前に乗り出したためか、地面に座っていたキメラが侵入者の俺に気付き、ゆっくりと立ち上がった。
こちらに向かってきたので、第三の手を取り出し伸ばす。
首部分に結晶の感触を得て、握りつぶして無効化する。
その場で卒倒するキメラは、徐々に小さくなり分解していった。
二メートル以上のキメラが座っていた場所の壁は、入り口が大きく壊れていたが、上へ階段が続いている通路であることがわかった。
あのキメラが入って来るのに壊したようだな。
しかし、ここから抜け出れるが、敵陣突破になりそうだな。
彼女の下へ駆けつけると、わずかに首とか動いているので、まだ生きている。
ヒルドの下の地面には、あの矢を生成する弓と長剣に水色マントが落ちていた。
「ヒルド、今助ける」
「……えっ……テ……オ?」
周りを見渡して、テーブルのような台があるので、移動しかけたところで急に肌や背中に寒気を感じた。
「にっ……げて……危険」




