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第三十一話 オリャンタイ村に到着

ここから第三部になります。

 ヴァルキューレ・ヒルドを交えた俺たち一行は、オーク遭遇の広場から道を下り森を抜け、午後の日差しを浴びた草原に出た。

 道の途中で、馬に乗った武装集団に出会い少し身構える。


 装備にまとまりがなく山賊の集団にも見えたが、先頭の三人が鎧騎士でコゼットと衣服と似た水色の装丁をしていたことに気付いた。

 その馬の顔にも水色の生地を巻かれている。

 中央にいた青年が馬から下りてヒルドの前に進み出ると、ひざを地面に下ろし頭を下げて名乗った。


「私はオリャンタイ村の警備隊長をやっている、エヴラールです。ヴァルキューレ・ヒルド殿ですな。今回はどんなご用件で?」

「いえ、僕は私用です。オリャンタイ神殿に直接の用があったわけではないので、礼はいらないです。エヴラール殿」

「はっ」


 話が済むと、エヴラールは次にマチアスに向いて話しだす。


「オークに襲われた旅人一行ですな?」 

「ああっ、半分ほど倒したがな」

「ヴァルキューレ・ヒルドならたやすいでしょう。それで残りのオークは?」


 マチアスは少しコケそうになるが、気を取り直して質問に答える。


「二十体以上残っていたオークたちは、親玉を倒したら一斉に森や谷へ逃走したぞ。しばらく残っていた者もいたが、みんないつのまにか消えたな」

「ほうっ。そうですか」


 エヴラールたちが来たのは、駄馬のウィリーがオリャンタイ村にたどり着き、乗っていた母娘が助けを求めたことと知る。

 動ける人を集めて討伐隊として出てきたと告げると、マチアスはオーク集団と遭遇後の顛末を大まかに話した。


「状況はわかりました。では、我々は現場検証と遺体処理に向かうことにします。それで、ぶしつけの申し出ですが、ヴァルキューレ・ヒルド殿もご一緒に現場検証に立ち会っていただけないでしょうか」

「いや、僕は今回大して参加してなかったし、今引き返してもやることはないから、遠慮するよ」

「そこを何とか、お願いを」


 俺が何か感じ取ったら、マチアスも首をひねりながら話しかけようとすると、先に後続の鎧騎士が一人出てきて告げた。


「エヴラール、無駄な要求だ。ヴァルキューレ・ヒルド、私は副官をやっているデジレです。彼はヴァルキューレの信者で、かねてから話をしたがってたもので、無理強いをさせてしまいました」

「なるほど。こちらにもいますのでわかります」


 俺がコゼットへ目をやると、頬を膨らませていた。


「ヴァルキューレ・ヒルドは戦いで疲れている様子、ここは初めのメンバーで行くべきでは?」

「……分かった。ヴァルキューレ・ヒルド殿、いっ、いらぬ迷惑をかけた」


 顔にしわの混じる副官のデジレに、エヴラールは元気なくうなずく。


「失礼しました。ヴァルキューレ・ヒルド殿」

「いや、あの森の広場にはもうオークの群れなど来ないだろうから、安心していくといいです」

「はっ、それでは」


 鎧姿の一人が報告に引き返し、割って入ったデジレが俺たちに同行、他はエヴラールとともに現場検証と遺体処理に広場へ向かった。

 エヴラールに何か引っかかるものを感じたが、鎧騎士の同行で話題にするのもはばかられた。





 その警備団一行と別れてから、一時間ほど歩いたところにオリャンタイ村が見えた。

 村の背後にレスパ山の崖がそびえていて、オリャンタイ砦と似た構成だが、こちらは森の中にあった。

 村自体はカストル村と同じで、砦のように木の杭と板で囲って森と対峙している。


 村の入口にある馬装所(ぱそうじょ)の木の杭に、手綱をかけられたウィリーがいた。

 俺たちに気付くといなないて暴れだし、馬装所にいた老人を慌てさせる。


 フィオが近づくと老人が「危険だ」と声をかけるが、「大丈夫」と言ってウィリーの身体に彼女の手が触れると落ち着き、顔を撫でるといななくのを止んだ。

 呆けた老人に同行者の騎士デジレが声をかけた。


「オークと戦った一行だ。怪我人を頼む」

「ああっ、あいよ。おーい来たぞ」


 その声で馬装所の裏の家から、歳のいった二人の女性が出てきた。

 黒馬に乗ったリディたちに話しかけることもなく、黒馬から無言で下ろす。

 足の不自由な二人だったが、肩を貸してもらうぐらいで、独自に立って歩けるまでに回復していた。


 リディたちはこちらに挨拶してから、裏家へゆっくり歩いて行った。

 ヒルドは「僕も少し滞在する」と言って黒馬を老人に預けた。


「あんたらがオークの集団を返り討ちにした旅人ってのは? 話は聞いているので村長のところへ行くといい」


 同行者の騎士が馬を降りて、老人に目配せすると手綱を渡した。


「村長宅へ案内する」


 そう言って同行者のデジレは先に歩き出して、俺たちもそちらに向かった。





 村の中はひっそりとしていて、人の気配があまりしない場所だと思いながら進む。

 その村の中心に五十メートルほどの幅で石で造られたピラミッド神殿があり、中央にある階段は最上段まで続いている。

 高さはビルの五、六階の高さで屋根付きの祭壇が見え、ユカタン半島の古代遺跡に近い感じがした。


「なんの祭壇かな?」


 隣を歩くフィオに聞くと、ピラミッド神殿を見上げながら言った。


「赤月の霊性が強い場所に立っている……の。赤月祭を行うため……なの」

「マァニの濃い場所ってことか?」

「そう。でも、このイラベ王国は相対的に少ない……の。昔は濃かったので立ってた代物……なの」

「ちょっとテオ。そんなことも知らないの?」


 後ろからコゼットが、口を挟んできた。


「はいはい、今知ったぞ」

「信じらんない」

「ラグナ教に興味ない奴は、みんなテオみたいなもんだぜ」


 マチアスが、コゼットの帽子を軽く小突きながら言った。


「だからコゼットは否定しないで、教えて広めていくのよ」

「あっ、はい、ヴァルキューレ・ヒルド。まったくその通りでした」


 ヒルドにたしなめられたコゼットは、俺に向いて言い放った。


「ラグナ教のことは、私に聞きなさい。なんでも答えるから」

「そうか、うん、期待している」


 俺は頭をかきながら小さい声で答えた。


 

***



「ようこそ。わしがオリャンタイ村の村長、神殿の神官を兼ねているトマじゃ」


 集会所のような大部屋に通された俺たち一行は、水色と白を基準としたラグナ教の制服を着て出迎えたのは小太りの壮年な男であった。


「あれ、聞いてた人とちが……」


 コゼットが小さく言うが、途中で口を閉じた。

 後ろに冒険者風の体格のいい色黒の斧を足に置いてる男が控えていて、動くと腰にぶら下げた鎖を鳴らしている。

 俺たち一行に目を向けてきて、殺伐としたものを感じ背筋が寒くなった。


「ヴァルキューレ・ヒルドもようこそ。別室を用意しますから、存分にくつろいでください」

「済まぬ。だが、僕もこの一行と同じ扱いでいいよ」

「そうですか、わかりました、そのように。では、オークについて報告してくれる方は?」

「では、私が」


 マチアスが救出した女性たちとオークの一戦を、簡単な報告で伝えると、後処置と助けた女性たちの保護は村長として受け持つとトマが確約した。


「あのーっ」


 トマとマチアスの会話が済んだところで、三角帽子を脱いだコゼットが寄っていき、胸に腕を置き頭を下げた。


「ん? 何だね。赤化術士」

「イラベのラグナ教教団赤化導士見習いコゼット・フロワサールです。都市イラベからの調査依頼を受けて来た者です」

「都市イベラから……ですか? 何ゆえの依頼ですかな、見習いコゼット」

「ヴァルキューレ・ヒルドには、会ってすぐにお話はしましたが、ここへは報告に上がりました」

「んっ? 報告とは」

「内密に……」


 コゼットの話で、神官長トマは彼女を部屋の隅に連れて行って話を聞いた。


「赤月ノーム? そうか、威力が……うむっ、上がってるのか、ほほうっ、わかった」


 しかし、あまり内密になっていないんだが、これは神官長がイベラの教団やコゼットを大した風に見てないってことかな。

 神官長と戻ってきたコゼットは、大事な仕事を終えて安堵した顔になっていた。

 次に俺が前に出る。


「あの、神官長。お聞きしたいことがあります」


 俺は声をかけながら、フィオの手を引っ張って彼女を前に出させた。


「んっ? 奴隷がどうしたのだ」

「いえ、元奴隷です。それで、この首輪を外せるのか、お聞きしたかったのです」


 神官長トマは、腕を腰に置いて渋い顔をした。

 あれっ? コゼットが言ってた奴隷にやさしい神官とは違うのか。

 言葉が少なかったと思い話を続ける。


「俺は奴隷商人一行を護衛していた冒険者ですが、ビッグベア二頭に襲われ壊滅しました。その生き残りなのですが、首輪の魔法が発動する期日がせまっているので、発動前に何とか首輪の解除をしたく思いまして、声をかけさせてもらいました」


 神官長トマは面倒そうな顔をしたあと、ヒルドに向いて聞いた。


「未承諾の奴隷の首輪ですが、ヴァルキューレ・ヒルドは承知なのですかな?」

「はい。聞いた話では奴隷商も死んでますし、彼女の生死にかかわることなので、僕が試してみましたが無理でした」

「おやっ、外せなかったのですかな?」


 嫌そうな顔をしていた神官長は、急に興味を持って腕組みしだした。


「でも、赤化導士の神官長ならお出来になられるのでは?」

「うむ。確かめてみますかな」


 急に生き生きしだした小太りのトマは、フィオに向かって腰を下ろし首輪をチェックしだした。


「おや、奴隷首輪にしては、やけに複雑の術式が組まれてますな。今どきの首輪は……うーん、なるほど、厄介な。……いやっ、これは……はずせるかもしれません」

「本当ですか?」

「この首輪専用の解除呪文を構築しておかないといけませんから、少し時間をいただきますよ」

「はい。よろしくお願いします」


 俺がフィオの肩を叩いて喜ぶと、彼女も微笑んだ。

読んでいただきありがとうございます。

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