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第三十話 赤化無効しました

 俺はゆっくりと黒馬から降りて周りを見ると、残ったオークは岩場の方へ移動していなくなっている。

 森の方で座っているマチアスと倒れているコゼットがいたが、二人ともこちらに軽く手を振っているので、あの二体の巨体オークを倒したようだ。

 フィオは先ほどの樹木のそばに立ちこちらを見ていたが、動けないリディたちがいるので、防御結界を張ったまま警戒を続けている。

 俺はゆっくり剣を鞘に納めているヒルドのところへ歩いていくと、黒馬も付いてきた。


「助かったよ」

「何よりです」 


 近づくと兜の羽の片側が破損して、口は切れ、マントも破け、腕や足が切り傷だらけであった。


「ここへ来る前に一戦やっていたようですね」

「……ええっ、苦戦しましたが……何とか追っ払うことができました」


 そう言う彼女は、森から飛び出してきた方向へ顔を向け、表情を険しくした。


「ヒルドさんが苦戦するって、よほどの多人数でしたか?」

「いえ……一人でしたが、強大な魔族です」


 俺はアナネア開拓村の、白色のエキドナを思い出した。


「ああ、探していた魔族ですか」

「エキドナでなく、その格上魔族と遭遇して、ご覧の有様ですよ。僕の力不足です」


 そう言ったヒルドは、オークの屍の先に立ちすくむフィオを見つめる。


「彼女……フィオレッラも無事のようですね」


 俺も彼女を見つめて、失敗した魔法発動時のことを聞かねばと思った。

 そこにヒルドの腕が俺の前に置かれた。


「気を付けて」


 彼女が注意した方向に、倒したと思ったオークキングが立ち上がっていた。


「えっ? 死んでなかったのか」 


 心臓部の赤月石を砕いただけじゃ、駄目だった?

 オークキングは失った指の左手を身体に抱えて、右手にこん棒を持ち上げ咆哮を上げながら迫ってきた。

 俺たちへ打撃武器を重そうに振ってきたので、その場を退く。


 速攻で側面に回ったヒルドは、オークキングの同体に剣を振るうと、光の線が灰色肌に引かれた。

 オークキングは咆哮を上げたあと、脇腹を抑えながら体を二つ折りにし、前のめりに倒れて動かなくなる。


「今度こそ絶命してくれたか?」


 ヒルドが倒れたオークキングを調べだして、俺も近づくと彼女は剣を収めた。


「歯応えがない……大きいだけのオークだわ」


 そこへマチアスが背負っていたコゼットをフィオのところに置くと、俺たちの場所にやってきた。


「オークキング、やったな。最後は一撃とは」

「これはただのオークですよ?」


 マチアスが称えると、ヒルドは首をひねった。


「いえいえ、今まで四十体以上のオーク集団を束ねていましたから」

「それなら、おかしいわね」


 ヒルドはオークキングの前に立ち、再び剣を抜き空に十字を切りながら何かを唱えると、縦に一本光の線が浮かびあがった。

 持っている剣を振り、その光の線は鞭のように動きだす。

 倒れたままのオークキングの胸に、その光の線が当たって消えると淡く赤く光りだした。


「おやっ……これは、微弱な赤化の印……」


 ヒルドは赤い微弱な光が消えると、剣を鞘に納め周囲の状況を見渡して思考した。

 その横顔は憂いにも似た表情で、見入ってしまう。

 そんな俺をよそに、ヒルドはこちらに向き直る。


「言われたとおり、元キングだったようね」

「このオークキング一行が出てきたときは、俺は正直終わったと思ったぜ」


 腕を組んで倒れたオークを見入るマチアスに、ヒルドが聞く。


「このオークと対峙していた人はあなたですか?」

「いいや、キメラ殺しの戦士ですよ」


 ヒルドは一瞬何のことかわからなかったが、すぐ思い出して俺に向いた。


「このオークは僕が対峙したときは、ただのオークで力もなく、統率力などあろうはずがない獣人です。オークキングは赤化した獣人。オークどころか、普通の人族でも対応できない強さを持つ獣人。テオドール。赤化をどうやって無効化したの?」

「うっ」


 いきなり確信をついてきた。

 さっきの光の線はフィオの赤月眼のような、赤化を見分ける魔法のようなものだったようだ。

 しかしマチアスもいるし、第三の腕で倒したなど言えない。

 いや信じてさえもらえないかも。


「いやぁ……どうしてかな。あれだ、ほら、足の攻撃してたら、相手が倒れて、そしたら動かなくなりまして……倒したと思ってたんだけど。えーっと、それだけですよ」

「ないですね」

「おい、それはないぞ」


 ヒルドどころか、マチアスにも否定された。

 俺は少し焦って、ことばを強めた。


「いや、ほんとだって。幸運の賜物ってやつ」

「僕は赤化の無効化の場に、初めて遭遇したわ。……震撼ものよ」

「……キングクラスは赤月族と対峙することだから、レベルAの冒険者か、王国の一流騎士並みだぞ。……まあ、冒険者だからな。手の内はさらさないのはわかるが、もうちっとな……」


 ため息を吐くマチアスと対照的に、ヒルドは顔に手を置いて深刻な顔をしていたが表情が変わった。


「うん、そうだ。テオドールの足攻撃が効いてたんだ。そうね」

「うん?」

「それで倒れてキングは普通のオークに戻った。僕もそう思うよ。たぶんそういうこともあるんだろうね」

「えっ、ええっ、納得してくれてよかった。俺はそんなたいそうな剣士じゃないから、はははっ」


 ヒルドがあからさまに態度を変えて、いぶかしんでしまったが、話さずに済んだので安堵する。





 その後に、俺とマチアスはフィオからスライムポーション治療を施してもらい、しばらく休憩した。

 フィオにオリャンタイ村についたら、一日安静と確約させられる。

 コゼットと救出したリディたちもフィオの治療を受けて、ヒルドもフィオの回復ポーションを飲んで、復調が早いと驚いていた。


 フィオの薬師能力は、一般薬師よりかなり精度が良いらしい。

 全員揃ったところで、近くにあるオリャンタイ村へ行くこととなった。

 マチアスは戦利品として持ち帰るべく、死んだオークが持っていた赤月剣を探して、刃がかけてないことを調べては取得した。


 俺も赤月剣は粉砕されたので、二十体以上のオークの屍の間を探すが、凄惨さは尽くしがたい。

 自分や救出者を守るために手を下したものだが、いい気分ではなかった。

 この遺骸処置は、野獣(マンイーター)がやってくれるだろうが、赤月獣に変化することもありうるので村に行ったら処分をお願いする予定になっている。


 結局、目当ての赤月剣は見当たらず、マチアスからまた一本譲り受けることになった。

 それを遠目で見ていたヒルドは、アナネア村で注意したことを、今回は何も言わなかった。

 戦利品としてだけか、使えると思ってまではわからない。

 その赤月剣やあのコゼットの紫月杖の問題点であるマァニの身体容量で、フィオに確認を取ることを思い出した。



 


 俺は一人樹木の陰で大きな革袋の中を整理していたフィオに近づき、そのことを訪ねてみた。

 彼女が気を失ってからのことは、二人の女性から話は聞き、どんなことが起きてたのかは理解してた。


「私が気を失ったのは、マァニを吸収されたから……だよ。なぜ私だけに集中したかは、例の契約だと……思う」


 フィオとの契約は、キス契約。


「ああっ、そうか。そう言う力もあるのか。そうなると紫月の杖は、持たない方がいいのかな」

「時と場合だと……思う。ただ今回のように、意味のない使い方はご法度……なの」

「うん、今回はごめん」

「あの時は私が言い出したことで、テオだけのせいじゃ……ないの」

「ありがとう。そう言ってくれると気が楽になる……でも、あると便利だよな」

「失敗しないためにはコントロールが……必要。イメージ練習をやること……よ」


 今回のコゼットの杖の元の持ち主が、マァニを近場から吸収するスキルに長けていた。

 それを俺が継承して体現したってことなんだろう。

 スキル継承の悪い点だか、知ってしまえば、あとはコントロールを目指せばいいだけか。


「それでさっき、ヒルドたちと何話していた……の?」


 フィオは窮屈そうに首輪の位置を手でずらしてから腕を組み、剣呑な声で俺に聞いてきた。


「ああっ」


 俺は振り返り、黒馬にリディを乗せているマチアスの横に立つヒルドを見た。

 ヒルドの前にコゼットがひざまずいていたと思うと、なぜか立ち上がりはしゃいでいた。


「ヒルドには例の第三の腕を勘繰られた。いや、見破られたんたけど……話さなかった」

「うん。懸命……なの」

「今回、オークキングと対峙したときに、あの見えない腕が直接役に立ったからな」

「あれはやっぱり、直接キングの赤月を粉砕した……の?」


 俺がオークキングを倒すところを見ていたから、状況から理解していたようだ。


「そうなんだ」

「それ、第三の腕同様に話さない方がいい……の。魔族も神族も胸に赤月の核を持っているから……知られると、よくない……の」

「やっぱりか……まあ、第三の腕自体よくわからず、使ってもいるしな」


 今回も第三の腕は、俺の意思に忠実に動いてくれた。

 普通、俺たちの無意識は、「よく朝何時に絶対起きる」と心に言い聞かせ信じて寝れば、その時間ぴったりに目を覚めさせてくれる。


 意識の命令は何でも遂行してくれる無意識のようなもの?

 第三の腕は、あの無意識のような働きをする。

 つまるところ赤月石の元であるマァニは、命令すれば何であれ遂行してくれるエネルギー体。


 意識のない生命エネルギー体にも見えてくる。

 また命令によっては具現化もするエネルギー体で、赤月法術が使え……つまり魔法が使える異界なのだな。

 この第三の腕は、アナネア村の風化紫月石剣からスキル継承をしたと思っていいだろう。

 




 ヴァルキューレ・ヒルドも、黒馬に足を怪我したリディたち二人を乗せてオリャンタイ村までの同行を決めていた。

 前に会ったときの他のメンバーとは、別々の行動になっているそうで余裕があるらしい。

 先頭はマチアスが黒馬の手綱を握って、乗っているリディたちと談話して歩いている。

 その後方を歩きながら、ヒルドにフィオの首輪のことを聞いてみた。


「そういえば、ヒルドさんに聞きたかったことがあるんです」

「はい、僕に応えられることなら、何なりと」

「ヒルドさんは首輪のことで……」

「バッ、罰当たりな。戦いの女神ヒルド様をさん付けで呼ぶなんて!」


 後ろに控えめに歩いていたコレットが、突然大声を上げた。


「えっ?」

「天罰が下りますよ。今すぐ訂正を」

「ええっ?」


 そういえば、ヴァルキューレはラグナ教の騎士だったことを思い出す。

 コレットはボロボロになった帽子のつばを上げながら、ラグナ教団の幹部権限を行使し始める。


「さーっ、さーっ、テオ。戦いの女神ヒルド様、申し訳ありませんと天にむかって懺悔するんです! 今すぐに、早く、三、二、一、はい」


 彼女の剣幕にあおられて、よくわからないうちに謝罪する。


「あっ、えっと……ごめんなさい?」

「あーっ、もー、全然駄目です。そんな気持ちのこもっていないのは駄目、駄目です。もう一度、はい」

「いやいや、もう、いいだろ」

「赤化導士コレット。止めなさい。強制など、もってのほかです」


 ヒルドが立ち止まって、コレットに厳しく言った。


「えっ、ヒルド様?」

「経典に強要など、ないです。一般の方への無理強いも同じですよ」

「はっ、はい、ヒルド様……わかりました」


 その場をヒルドにたしなめられたコレットは、しょぼくれて肩を落とす。

 ついでに俺もヒルドから、様だけでなく、さん付けも禁止された。

 要は公式のヴァルキューレ・ヒルドか、個人のヒルドとして声をかけてくれとのこと。


「でも、かなりの年長と聞いていたのだけど、やっぱり最低でも……」

「ふふっ、僕は新米に入るんですよ」

「ヴァルキューレ・ヒルドさ……は、南のプーノ共和国出身で十六年前に赤化、そして戦いの女神族(ヴァルキューレ)に昇格されたんです」


 コゼットがもう復活して、ファンのように楽しく説明した。

 ヒルドは手で、肩にかかった長い黒髪を後ろへ払いながら笑う。


「僕はまだヴァルキューレ隊長のスクルド・ノルンほど、年月と能力は持ち合わせてないんですよ」


 スクルド・ノルンは、ヒルドと一緒にアナネア村に来ていた背の低い槍持ちの少女か。

 フィオと同じ年だと言って舌を出していたことを思い出し、性格は肉体年齢のままだと唸る。

 十八歳に十六年前とすると実年齢は三十四歳? じゃあ、俺の前世の年齢と同じになる。

 そう考えると年上とも思われないのか。


「あっ、でも今の俺は十八の若僧」

「僕も十八ですよ。精神年齢も、その、止まったままな感じですし、仲良くしましょう。テオ」


 そう言ってヒルドからフレンドリーな両手の握手をされ、ドキリとさせられた。


「おっ、おう」


 だが、コゼットは女神騎士への信仰は揺るいでないようで、俺に不満顔を向けてきた。

 おまけにフィオもコゼットの隣に来ていて、俺に剣呑な目線を飛ばしていて、背筋に悪寒が走った。


「それでテオから話を聞きそびれたけど、僕に聞きたかったことは何?」

「ああっ、そうそう。フィオの首輪を外すのは無理だって言ってたけど、これから行くオリャンタイ村にある神殿の神官さんはどうなのかと」 

「僕たちヴァルキューレは戦闘特化の赤月術に長けているけど、人にもよるけど苦手なのよ。だから、赤化法術に詳しい神官ならあるいは、外せるかもしれないね」

「わかった。着いたら聞いてみるよ」


 俺は、近づいたフィオの背を軽く叩いて、外せるかもしれないと喜ばせた。


「うん。だと……いいね」


 彼女は笑顔で言うと、首輪の隙間に指を入れて動かした。





 --- 第二部 救助討伐編 終了 ---

ここで第二部終了です。

読んでいただきありがとうございました。

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