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第三話 ポンコツ冒険者はつらい

「何?」

「食われる。逃げる……の」

「くっ、食われる?」


 後ろへ駆け出していく少女に驚きながら、前方の草むらが激しく動き出して何かが俺に向かって近づいてくる。

 下がりながら持っていた剣を前方に向けると、森の中から黒い塊が飛び出してきた。

 そのまま俺へ体当たりをしてきた物を、体が瞬間に避けて持っていた剣を動かして肉を斬る。


 重いものを裂いた感触が伝わって身震いした。

 のけ反って倒れたのは、樽のように大きなイノシシもどきだ。


 背中の深い刀傷から血が湧き出して動けなくなっているが、獰猛な雄たけびを上げだす。

 その血を吐き出したでかい口から見える歯は鋭く、はみ出た異常に大きい二本の牙が寒気を誘う。


「きゃっ」


 悲鳴で顔を上げると、逃げた少女がこっちへ戻ってくるが、うしろに同じタイプのワイルドボアが追っかけてきた。

 これは挟み撃ちだったのか?


 駆け寄ってくる少女は、なぜか右手で左手の指輪を触って足が遅くなり、ワイルドボアに追いつかれる一歩手前だ。


 助けたいと思ったら無意識に体が動き、腰のベルト上に刺してあった元の持ち主の小型ナイフ、二本を引き抜いて続けて投げていた。

 ナイフはワイルドボアの側面に当るが、跳ねて二本とも地面に落ちてしまった。


「失敗」


 彼女は俺の投てきナイフに驚いて足が弱まり、ワイルドボアに追いつかれ後ろから跳ね飛ばされた。

 俺は無我夢中で横っ飛びし、飛んだ少女を片手で受け止めてから、イノシシもどきの突進をかわす。


 通り過ぎ際に、闘牛の剣士のように、樽イノシシの背中へ片手剣で深く刺していた。

 深手を負わせたワイルドボアは、動きを緩めたので我を忘れて二度、三度と頭部を刺し貫くと、その場に倒れ動かなくなった。


「後ろ」


 抱き上げてた少女が声を上げることで、もう一匹の手負いに気付き、後方からの突進をかわしつつ、同じく背中を刺し貫く。

 そのイノシシもどきも、地面に血を滴らせてその場で絶命。


「テオ、上出来」

「おっ……おう」


 二匹のワイルドボアの周りに、どす黒い血が流れ、いたるところに血痕が見受けられる。

 気がつくと俺は心拍数が上がっていて、大きく呼吸していた。

 辺りの血の惨状に恐ろしさと、後悔のような気持ちにさいなまれ、同時に剣を持った手が震えだす。

 

 自分の手で命を奪ったことに、嫌な気分になっていた。

 今まで蚊か、ゴキブリぐらいだったから、こんな大きな生き物の命をほふる(・・・)なんて初めての経験に動揺している。


 だが、俺たちを狙って攻撃してきたワイルドボアは、彼女の話では肉食系だと言う。

 俺が行動しなければ体当たりされて、ただじゃすまないどころか、食われてたって話になる。

 この森には、肉食系が多く徘徊してるってことか。


 先ほど見た森と違って、今は暗くよどんだ雰囲気に見え空気も重苦しく感じるようになった。

 あと、腕に抱いた少女には怪我とかされたら困る。

 今は訳のわからない俺の状況と異界に対して、光を与えている最重要人物なんだしな。


 手にした長剣をどうしようと考える間もなく、無意識に腕が一振り動いて刃先についた血を散らせた。

 この腕の動作は俺の知らない、そこそこ鍛錬した人の行動ではないかと思い始める。


 少女を下ろすと、うしろの太ももに怪我を負っていたが、軽症の切り傷らしい。

 すぐ彼女はしゃがみ、ポンチョの内側から円状の小瓶を取り出し上部のふたを開けると、中からクリーム状のものを手の平に乗せ傷口に摩って塗り始める。


「皮膚用ポーション……」


 俺が興味深く見ているのに気付いた少女が、首をかしげたあと言った。


「へーっ、それがポーションか」

「これ簡単な傷治療薬……なの」


 塗って立ち上がった少女の、その胸にかけてた木彫りの首飾りが切れているのが目についた。


「首飾り、紐が切れて外れそうだぞ。直そうか?」


 本人も胸元を見て気付くが、革袋とポーションで両手がふさがっている。

 俺を見上げた少女は、そのまま無言で首飾りのある胸を差し出してきた。


「大事なもの?」

「……そう、でもない……かな」

「でもお気に入りなんだろ?」


 首を立てに振る少女。

 俺はひざを曲げ姿勢を落として、彼女から渡された首飾りの紐を結び直した。

 木彫りの首飾りを見るとポンチョを着た人型だとわかる。


 彼女が誰かに作ってもらった奴か?

 立ち上がって首飾りを少女の首に掛けてやり、治ったと親指を立ててジェスチャーを送る。


「ありが……と」


 俺は彼女から離れて、近くに落ちていたナイフを見つけて拾い上げてみる。

 投てきに使った二本のナイフだったが、ワイルドボアに踏まれたのか、刃が欠けて曲がっていた。


「これはもう使えないか。ないと、いろいろ不安だな」

「それ、駄目……なの? じゃあ、これ使……う?」


 彼女の持っていた大きな革袋から、生地に包まれた二本の茜色ナイフを一緒に出した。

 投てきナイフの木柄の部分は、茜色塗料が施されていて目立つ物だった。


「私、使わないから、やる……よ」

「それは幌馬車の死んだ者のか?」

「違う。その前に関わった人」

「そっか……いいのであれば、使わせてもらうけど」

「いい……持ち主もういないから」

「んっ、知り合いの形見?」


 少女は首を捻って考える。


「そうだけど……使ってくれれば、私も持ち主も……本望」

「……ん」


 遺品だな。

 幌馬車に乗る前にも、死に別れた人がいるのか。

 本当に物騒なところへ来たものだ。


 手に取って見たあと、何となしに地面に投げてみると、しびれが腕に来て頭痛も起きた。

 目の前の空間に兵隊や動物らしき物の映像が羅列され始め、またかと唸る。


 先ほどは、人を刺し貫く恐ろしい映像があったので、今度は意識して見ないように目線を地面に下ろす。

 数歩歩いて投げたナイフを手にして眺めていると映像は消失するが、代わりに腕に筋肉の引きつりが起きて顔をしかめた。


「どうした……の?」

「わからん。が、急にまた腕と足に痛みが……」


 痛みは、あせる前にすぐ収束していった。


「ああっ、直った」

「んーっ。まだ体調が戻ってないんだと……思う」


 身体を動かしてチェックするが、何事も痛みは起きず一安心。

 だが、周りの状態を見て……少し気が重くなる。


 少女は草むらに倒れた死骸を見に行く。

 慣れているな、この世界の住人ということか。


 動かないワイルドボアの傷口を見て、一人でうんうんと頭を前後に動かして何かに納得している。

 彼女に近づくと、俺が話しかけてから表情のなかった少女の顔に少し笑顔が浮かんだ。


「ありがとう、ポンコツ冒険者は取り下げる。でも先ほどから顔色悪い……よ。まだ痛む?」

「いや、そうじゃない……その、殺すことになって、ちょっとな」

「何で? 野獣だし食料でお肉食べれるよ。それとも、血が駄目……なの?」

「それもそうだが、命を取るってのがな」


 目を丸くしたポンチョ少女だが、俺に顔を向けたあと一人うなずくと、表情を緩めて満面の笑顔になっていった。


「やっぱり、ポンコツ冒険者……だ」

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