第二十九話 オーク戦です(三)
四ッ足の大型野獣に乗ったオークキングは、浮遊剣をこん棒で止めた後、腕を振るって剣を弾き返した。
不安定に浮遊する剣へ振りかざしたこん棒を返しながら叩き込み、また振るわれて叩かれ、俺の赤月剣は防戦一方になる。
野獣が前足を上げて飛び上がり、落ちてくる勢いでこん棒が浮遊剣に振るわれ、受け止めるがそのまま地面に叩き落とされてしまう。
「くっ」
また第三の腕に痺れが起きて、左手で胸を押さえてしまう。
浮遊剣が地に落ちると、周りのオークたちが一斉に叫び声を上げて野獣乗りの勝者をはやし立てると、オークキングは咆哮を上げて何か二言、三言わからない言葉を話した。
するとオークたちは、オークキングと俺たちから少しづつ距離を取りだした。
その隙に浮遊剣を持ち上げるが、四ッ足野獣は唸りを上げて俺たちに向かい突進をしてきた。
オークに囲まれて退路がなく、フィオとリディをかばうためにも退けない。
こん棒を振り上げたオークキングが迫り、振り下ろされた一撃を剣で受けると両腕に衝撃が起き片足を突くと、圧力が消えてキングと四ッ足の野獣は前をすり抜けていった。
その野獣の後ろ脚に弾かれた俺は、フィオたちの樹木へ飛ばされ背中を打って倒れてしまう。
「くあっ……」
勢い余った四ッ足野獣は、避けるオークの一団に入り込み、何体かのオークを踏み付けていく。
フィオを抱えて震えるリディを横目に立ち上がり、剣を持ち直すが左手に感触がなくなっているのを覚えた。
四ッ足野獣がオークの一団からゆっくりと戻ってきて、俺と対峙する。
凶悪でよだれを垂らす野獣の顔と、それに乗る灰色オークの巨体に身震いを覚えた。
こん棒を振るわれて、それを避けながら側面に回り込み、マンイーターの後ろ足に片手剣を刺して肉を切る。
振りかざしたこん棒を再度避けて、野獣の足に斬りつけながら離れると、俺から離れだす野獣の上からオークキングはこちらを人睨みして飛び降りてきた。
地面へ立った時の隙を突くように、後ろから浮遊剣を背中へ刺す。
オークキングは一瞬体を止めただけで、すぐ片手を背中へ持っていき赤月剣の柄を掴む。
――突きが浅く、効き目は薄かったか。
俺をひとにらみして、剣を背から引き抜いて吠えると、周りのオークたちがその声で下がりだす。
こちらからの赤月剣の操作が不能になるが、オークキングも抜いた剣が生き物のように動き、意識が浮遊剣に向った。
俺の命令で上空に上がろうとしている中空浮遊だが、腕力から抜け出せない。
――いや、これはチャンス。
自らの剣を突きの姿勢で、オークキングの腹に向けて飛び出した。
オークキングも気付いて、片手でこん棒を振るうが、身体は簡単に避けて難なく剣の刃を腹に刺し突き入れる。
はずだった。
身体が回転して地面へ激しく転倒していた。
持っていた剣も手放し、一瞬で目の前が真っ白の状態になる。
オークキングの片足で、俺の足はすくわれていた。
こん棒ばかりに気を取られて仕損じた。
相手は対戦慣れしたキング、同じパターンにはすぐ対抗手段を持ってくると警戒すべきだった。
そして、真っ白の世界から現実が見えだし始めると、何かが破損する音とともに、目の前に刃が落下し、柄と赤月結晶の砕けた赤い石も地面へ落ちていた。
――掴んでいた赤月剣の柄を粉砕した?
唐突に腹に痛みが起こると、世界が逆さまになり宙を舞っていた。
続けて落下して身体に衝撃。
蹴り上げられたと自覚したところへ、こん棒のアップが目に映り、すぐに胸部分に激痛が走り息が止まる。
女性の泣き叫びが聞こえる。
一瞬時間が止まったようだったが、咳込みで意識が戻り吐血する。
近くに樹木の太い根が地面から出ていて、大きく削れていた。
どうやら崩れている根の後が、俺との緩和材になって助かったらしい。
胸の激痛が続くが、体を起こす余力はあり、横を見るとフィオたちがいる方向にオークキングが向かっていた。
手の届くところに剣が落ちているので、柄を握り手元に引き寄せて片足を立てる。
周りのオークが騒ぎ立て始めて、オークキングもこちらに振り向く。
見ると灰色オークの左手に、フィオのポンチョを掴んで持ち上げていた。
その足元にリディが震えて体を丸めている。
まただ、また俺が守り切れずに……抜かれてしまった。
もう立っているのがやっとの状態だったが、フィオたちを助けるために巨体に向かい、剣を構え声を上げる。
「手を放せーっ」
オークキングが振り向きざまに横殴りに腕を振ってきて、俺のフラフラの足では避けようもなく、一撃を左側に食らい横っ飛びして地面を滑る。
「ううっ……また剣を落とした……もう駄目か」
横に倒れたままひじ立てしてオークキングを見ると、立てずに地面に座っていたリディも右腕に持ち抱えられていて、近くのオークに命令をしていた。
もう一人の捕まった女性を抱えたオークが出てきて、彼女たちを合流させる。
今度こそ連れ去られる。
何か俺にできないのか……フィオが覚めて防御魔法でもできれば……。
あっ。
いや、もしかして……。
俺は第三の手をフィオの垂れ下がったままの左手へ、意識を持って行く。
その途中で、第三の腕に物に当る感触を一瞬受けた。
――うん?
感覚だと、まだフィオへの身体距離には……おっ。
距離的に彼女の赤月指輪に触れた感触を掴めた。
――俺でも使えるのか疑問だが、やってみる。
「トセイニート」
これが呪文で、設定を先ほど大雑把にやって失敗したが……今度はしっかりとイメージする。
――フィオの周り1メートルほどに防御結界を。
赤月指輪を第三の腕がさすりながら、設定と防御文を。
「トイカーニミキ・シイハイミトイ」
唱えてオークキングを見ると、フィオの左腕の指環が小さく光っていた。
「やったか?」
やはり声の響きの詠唱で発動するんでなく、その感触から伝わる心のイメージ、エネルギーで着火するものだった。
そのとき、物も人も素通りする見えない手だったが、また空間認知である部分に違和感を感じ取り閃きが起こった。
――これは、もしや。
「ウオッ? オオオオッ」
オークキングの驚いたような声で意識が灰色の巨体に目が行くと、白色の靄がフィオの周りを包み込みだしていた。
すぐ靄の周りに血しぶきが上がり、オークキングの回避し遅れた指が何本もレーザーメスのように切断され、防御結界に守られたフィオと一緒に落下した。
「ガッ、ガッ、ガアアッ」
オークキングが切れた左指の腕を高らかに上げて、右手のこん棒を地面に叩きつけだした。
近くに来ていたオークたちは、一斉に逃げ出す。
地面に座っていたリディたちも、慌てて地面をはって足を引きずりながら、倒れたフィオのところへ移動する。
そのフィオは、目を覚まし両手で体を押さえ苦痛をこらえていた。
「フィオ! 結界魔法の中へ彼女たちを」
俺が叫ぶと、彼女は状況が変わったことに驚きながら、痛みをこらえつつリディたちまでの結界を瞬時に再構築した。
そこへオークキングのこん棒が飛んできて彼女たちを叩き潰そうとしたが、結界に阻まれて命拾いする。
痛みと怒りが収まらない灰色キングは、怒号を上げながら指を切った犯人を捜そうと周りを見渡しだす。
そして、俺へ向くと目が合わせてきた。
俺と焦点が合うとこん棒を振り上げて、怒りの形相で突進してきた。
「まずっ」
「テオッ! 逃げてーっ」
フィオの悲鳴に似た声を聴きながら、転がるように脇へよける。
今いた場所に鉄槌こん棒が叩き落とされ、土煙を上げながらすぐ持ち上がると、こちらへ振り下ろしてきた。
だが、こん棒は力を緩めて地面に落とした。
俺は土煙をもらいながら、脇へすり抜ける。
そのオークキングは足を止めて胸を押さえていた。
――やっぱりか。
先ほどの第三の腕に感じた違和感や感触。
このオークキングは、胸中央部の心臓に赤月石を持っていた。
今、俺の第三の腕は、その赤月石を掴み圧力を与えている最中。
赤月石と心臓がツインなら……いける。
第三の腕に、オークキングの生命を握りつぶす意思をはっきりさせた。
「ウググッ」
オークキングはひざを折ってその場で絶叫した。
見えない腕から俺の意識に、何かが砕けた感触が伝わってきた。
灰色キングはその場に仰向けに倒れて動かなくなると、目を閉じ口から泡を吹きだしてきた。
――もう立ち上がらないでくれ。
こころで願いながら、俺はゆっくり立ち上がり、手放した剣を取り上げてオークキングに近づき様子を見るが、目をあけて襲いかかることはなかった。
もともとこの体系だったのか、巨体である肉体はそのままで、キメラのように小さくなることはなかった。
あの第三の手で、筋肉の塊みたいな獣人を殺した?
剣で肉を斬る感触より、質の悪い嫌な後味を感じた。
次第に周りのオークたちが騒ぎ出して、数体が近づき動かない灰色キングをのぞきこむ。
急に声を上げてオークたちが、騒音のようにざわめきが広がり、オークキングの死が伝播されているようだ。
ボスの死で、一部のオークたちは来た道を戻りだした。
――撤退か?
安堵したら身体がボロボロなのに気付き、痛覚遮断でもしてたのか、急に身体に痛みが噴き出し地面にひざをつく。
「テオ、危ない!」
再びフィオの叫びで意識が戻り、状況の変化を見た。
四ッ足野獣が二体のオークを乗せて、剣やこん棒を振り上げて俺に向かっていた。
もしやと思い、第三の腕を野獣たちに使うが空振りに終わり、それが逃げる初動を遅らせた。
「そう上手く行かないか」
片足を引きずり広場から木々へ逃げるが、跳ね飛ばされる射程圏を抜け出せない。
四ッ足野獣の重さを感じさせる地響きが、俺を追尾して目の前まで迫った。
――今度はまずい。
まずい。
まずい。
恐怖が再来し、焦りばかりが募った。
その俺の目の前に、森から黒い何かが飛び出してきて、音を立てて通り過ぎた。
同時に何かに身体を掴まれ浮遊する。
黒い馬の上に引き上げられ、俺はうつ伏せ状態で馬上していた。
しがみつきながら見上げると、軽装兜に黒の長髪とマントをなびかせた少女が、弓に矢を二本つがえていた。
――戦いの女神族ヒルド。
彼女に助けられたのか……しかし、黒兜の羽が折れ、服もマントも擦り傷だらけで、他で一戦やってきたような姿だ。
円を描きながら走る黒馬に、追ってくる四ッ足野獣へヒルドは上半身をひねり矢を二射連続で放った。
四ッ足野獣は矢をよけるが、追尾して脇腹に二射ともヒット。
咆哮をあげて前足を上げた四ッ足野獣から、乗っていた二体のオークは簡単に落下した。
ヒルドは黒馬の手綱を引くとゆっくりと停止させる。
「そこにいて」
俺に一言言ったあと、さっそうと黒馬から飛び降り弓を肩に担ぎ、剣を抜き放つと、暴れている四ッ足野獣に切り込んでいくがよろけた。
――え?
だが、彼女の剣が振るわれると、光が上がり四ッ足野獣の首が切断されていた。
剣を振り切ったヒルドは、またも足をもつれさせる。
落下したオークたちは武器を持って、ヒルドに襲いかかるが見事に返り討ちにされた。
その彼女はやはりふらついていて、激戦でもしたあとのように、フラフラ状態の危なっかしさを感じた。
四ッ足野獣が横倒れになり絶命すると、武器を持って近くにいた数体のオークは、崖の方へ逃走していく。
「助かったのか?」




