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第二十八話 オーク戦です(二)

「おい! 奥の指令グループのオークを弾いただけじゃないか? でかく張り過ぎだ」

「テオさん、ポンコツ!」


 マチアスとコゼットに頭を抱えて言われてしまった。


「昨日の今日だぞ。そう、上手く使えるか」


 オークたちの前で、マチアスは剣を一瞬下ろしてしまう。


「力抜けて、剣が持てん」

「私も、はあああっ……」


 俺のミスで二人に休憩の望みを失なわせてしまい、張り詰めた緊張感を切ってしまった。

 再度構築するために、覚えていた解除呪文を唱えて防御壁を消した。


「仕方ねえ。もう少し頑張るか」


 マチアスが、また剣の一撃をオークへ浴びせる。


「テオさん、私に武器。杖を」


 ふらついたままのコゼットに、オークが一体こん棒を振り上げようとしていたので、急ぎ杖を投げ渡す。


「トセイニート・トクラーカ」


 速攻で杖の先から炎弾が飛び出てオークの顔に炸裂すると、こん棒を落として顔をかきむしりだす獣人。

 一時的にせよ防御壁を構築したせいか、弾かれた司令グループが怒ったように前に出てきた。

 膠着状態を一気に押し切るために自ら出てきたってことか。

 周りのオークより一回り大きく二メートル以上のオークが、大型なピューマのような野獣に乗っていた。


「オークキングだ」

「隣のは、ハイオークじゃない?」


 剣を振るっていたマチアスとコゼットが声を上げた。

 オークキングの隣に付き添っているのは、同型のオークで短衣(トゥニカ)を着て、上半身の裸が多いオークの中で目立っている。


「ハイオーク?」


 事前情報では、ハイオークは頭は悪人並みにずる賢く、剣も実力者なみでパワーがある分、厄介な相手だったはず。





 そこへ突然、俺の心臓が誰かに掴まれて握られたような感触が起き、そして身体から熱が上がった。


 ――これは!


「キャッアーッ」


 後ろからの悲鳴で振り返ると、樹木の下で座って動けないリディの発したもので、その前にフィオが地面にうつ伏せに倒れ、全身赤く染まっていた。


 これはキス契約の痛みとその現象。

 もう一人の救出した女性が座ったままで、フィオの背中を揺すっていた。

 彼女の防御結界である薄い赤膜の壁も消えている。


「突破? 解除?」


 フィオがやられたのか!? 

 何があったんだ!?


 つい今しがたにあったことは、俺の魔法発動……なのか?

 あっ……まさか、俺の防御結界の失敗……?

 背中から血の気が引くのを感じだす。


「いや、まさか……」


 だが、防御構築するマァニは俺のどこから来ていた?

 フィオの倒れた原因って……キス魔法のリンクと関係してるんじゃ? マァニと関係がありそうだ。

 わからない……思い込みで決めつけるわけにいかないが、今は彼女たちを守らなければ。


 フィオたちに走って近づこうとすると、オークキングの司令グループが最前面へ出てきて道をふさいだ。

 先頭にいた二体大柄なオークがマチアスたちの前に立ちふさがり、咆哮(ほうこう)を上げてこん棒を振り回し攻撃しだす。


 俺の前には、二メートルはありそうな短衣姿のハイオークが近づいてくる。

 手には俺のロングソードより倍はある、長い広刃剣で赤月石が埋め込んである十字剣を持っている。

 長身の上、あの長剣かよ。


「いやな予感しかしない」


 フィオの防御結界が消えたのを知ったオークたちが、一斉に倒れている彼女や救出したリディたちに群がっていた。

 動けないリディたちは、複数のオークに頭部や身体を抑えられて身動きできなくなったあと、髪や腕を取られて引かれている。

 フィオも一体のオークに乱暴に片足を掴まれて、下半身を中吊りにされ、腕や顔を地面へこすりながら引きずられていた。


「くっそーっ」


 救出した女性たちなのに、フィオまでもが、獣人の集団の中へ連れ戻されていく。

 身体の熱がまた一段と上がってくる。

 何とかしなければと思うが、地団太を踏んでしまう。


 そんなことはお構いなしに、ハイオークの十字剣の刃が俺めがけて飛んできた。

 右手の赤月剣でそのひと突きを弾きながら、身体を横へ移動すると、すぐ追撃の突きが襲ってきて剣で反らす。

 ハイオークの十字剣は奴の身長と相まって、槍兵を相手にしているようで油断がならない。


「お前……弱い。死ね。土になれ」

「おっ、話せるのか」

「オーク、みんな馬鹿ばかり、俺天才……だからお前、死ぬ。俺安泰。ぐへへっ」

「意味わからん」


 話しかけながらも、十字剣の刃は俺を絶えず狙って突きが来る。

 剣で刃先をそらしながら、身体を回転してハイオークの懐へ上手く入っていく。

 そのまま巨体オークへ袈裟斬りを入れる。


「うっ」


 目の前に土が飛び、オークの俊敏な動きに腕をかするだけに終わるが、赤月剣の切れ味が重くなっていた。

 追撃の俺の一手は十字剣に阻まれ、力で後方へ跳ね飛ばされるが倒れないように着地する。


「くっ」


 やはり、ほかのオークと全然違う。

 赤月剣を両手で持ち直し対峙すると、ハイオークが咆哮し、続けて周りのオークたちも咆哮を上げた。

 他にオークたちが手を出してこないのは、このハイオークを信頼しているからか。


 だが、ここに留まっていたら、フィオたちを助けられないし、俺の身体の熱と胸の痛みも止められない。

 突破しなければと焦るところに、ハイオークが突進して十字剣を槍代わりに突きだしてきた。


 その槍のように突いてくる剣をはねのけるが、連続の突き攻撃に防戦になる。

 そこにハイオークは足でまた土砂を蹴り上げ、一瞬それに気を奪われると赤月剣を弾かれ、離れた地面へ飛ばしてしまう。


「いっつ」


 まずいと思い、大きく後退しながら予備の剣を引き抜く。

「次、お前、死」


 俺へ向けて唾を吐いたあと、余裕を持って笑うハイオーク。

 赤月剣を地面に落としてしまったが、返ってそれがいい。

 

 ――あの第三の腕はどこだ。


 自己に質問すると、意識が見えない腕に集中し感触を俺に伝えてくれる。

 自覚した第三の腕は、離れた地面に落ちている赤月剣の赤い石が組み込まれている柄を瞬時に軽く掴んでリンクした。


 ――使える。


 自信を深めて赤月剣を持ち上げる。

 突如、空中に現れたかのように浮遊しだした剣に、周りのオークたちが驚きその場を下がりだす。

 俺と対峙していたハイオークも突然のことで、浮遊剣を見て呆然としながらも自らの十字剣をそちらに向ける。


 同時攻撃は可能か?

 浮遊剣を持つ自己と、身体を持つ剣の自己が分かれたように無自覚に行動を移した。

 ハイオークの首へ浮遊剣を飛ばして、突き刺しをもくろむが十字剣で反らされる。


 だが叩き落とされることなく、片手剣の要領で繰り返し打ち合いを開始。

 自らの身体も無意識に手足が動き、ハイオークの側面へ上段斬りをかけた。

 ハイオークはこちらに気づくが、浮遊剣を弾き返すことができずに二、三歩下がり、側面からの俺の剣に対応できず上腕部を深く削る。


「くうおっ、このまがい者ーっ」


 怒りで十字剣を振るうが、俺は剣でガードし反らす。

 その隙で浮遊剣がハイオークの無防備になった喉を突き刺した。

 第三の腕から俺の腕へ、硬い肉を刺す感触が伝わってくる。


「うおおっ」


 獣人は浮遊剣の刃を握りながら、うがいをするような歪な声を上げ出す。

 俺はハイオークの胸に剣を突き刺して、倒れてくれと体に体重をかけて押していく。

 短衣(トゥニカ)を着た獣人は、願い通り十字剣を落として倒れていった。


 胸から剣を引き戻し、その場から飛び退る。

 自らの歯ががちがち鳴り、手が震えているのに気付き、恐怖と興奮を鎮めるために深呼吸をした。

 ハイオークが動かなくなるのを確認して、喉に刺さった赤月剣を第三の腕で抜き去り浮遊させる。


 目線まで舞い上がった赤月剣を空中飛行させ、周りのオークたちに近づけると一斉に下がりだす。

 自らの目線での浮遊剣と、片手剣の打ち合いをする感覚からの自己とで、同時戦闘をこなすことができた。

 分裂と称してもいいものかわからないが、もう一人の俺が浮遊剣を使って相手を倒せた。


 状況を理解したうえで、強く思ったことを目的として遂行してくれるもう一人の自己の存在だ。

 バイクや車を運転しいるとき、考え事をしているのに身体は乗り物を運転し続けていく、あの無意識の上位バージョンだろうか?


「でも、今は理由を考えている暇はない」


 そう呟き捕らわれたフィオたちを探すと、あのオークキングの横へ移動していた。

 すぐ浮遊剣を追撃に飛ばす。

 空中を飛翔する赤月剣のパフォーマンスに、オークたちは一斉に避けて何もせずに目で追っていく。


 ハイオークを倒せたことで、向こうの士気が一気に下がったようだ。

 浮遊剣の移動で道ができ、フィオたちを連れ去ったオークたちに焦点が合う。

 俺は走り出し、浮遊剣を一気にフィオを引きずっていたオークの背に突き刺した。


 オークは背中の痛みで眠ったままの少女を手から放し、地面に倒れこみ痛みに打ちひしがれる。

 赤月剣を第三の手で引き抜き、再び浮遊させてリディを抱えたオークを斬り、周りのオークを散らせた。

 解放されたリディは、おののきながら近くの樹木へ背を預けた。


 俺はフィオのところまで駆け寄って、彼女の身体をのぞき込むと、息継ぎはしていたので少し安堵する。

 彼女から赤く染まった状態が取れていて、俺は息切れをしながらも身体の熱がいつの間にか消えていたのに気付く。

 フィオを抱きかかえて、解放されたリディのところへ行き、眠った少女を下ろした。


「彼女を見ててください」

「ええっ」


 震えながらも、返事をしたリディにフィオを預けた。

 振り向いて周りを見渡すと、オークは手出ししてこないので一安心する。

 ほとんどのオークは宙に制止する浮遊剣へ、恐怖の対象として目が釘付けになって動きを止めているようだ。


 奥の方では、小さな爆音と剣の打ち合いが聞こえてきて、コゼットとマチアスが何とか奮戦しているのが耳に入る。

 俺はその場に留まり、残り一人の女性を担いでいったオークから、再度救出させるべく浮遊剣を前進させる。

 だが、俺の第三の手に痺れが起きた。


「いっ……なんだ?」


 浮遊剣が初めて強く叩かれて、前進を阻まれたことを悟る。

 目線を浮かんだ赤月剣に向けると、オークの持つこん棒より一回りは大きい鉄槌棒が浮遊剣の前進を阻んでいた。

 その持ち主の巨体が、浮遊剣の前に立ちふさがっていた。


「オークキング!」

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