第二十七話 オーク戦です(一)
「もしかして、逃げたやつらが本体を連れてきた?」
「やべえ、一個小隊以上いるな。小さな狩りグループと思っていたが、かなりの数が山から降りてきていたらしい」
「やだっ、囲まれるとアウトじゃない!」
「捕まったら、足を折られる……の」
オークの先頭も岩場から道へ溢れ出てきた。
連中、敏速過ぎるだろ。
歩けない女性がまだ二人いて、逃げ切るには無理と悟るとマチアスが怒鳴る。
「馬を先に逃がせ」
俺がフィオに目をやると、少女はうなずき騎乗した女性と抱きかかえられている娘に目をやる。
「逃げ……て」
「誰か呼んでくるわ」
ウィリーに乗った女性が言うと、フィオは駄馬に「任せた」と告げる。
馬はまた前脚を上げたあと、勢いよく走り出していった。
マチアスがまた怒鳴った。
「覚悟を決めろ。コゼットは救出者二人を防御魔法で守れ。俺とテオで対峙する」
「防御魔法なら私も使える……の。コゼットの魔法は支援に使うといい……の」
「ありがたい。フィオ任せた。コゼットは支援魔法で、炎を撃ってくれ」
「はっ、はいい」
俺とマチアスは、救出したリディたちを樹木の陰に移動させてフィオに任せた。
「テオ、返り討ち……なの」
「できたらそうしたいが、フィオの防御魔法ってけっこう持のか?」
「この助けた人たちを含めた大きさになると、二十分くらい……かな」
俺は時間が少ないと感じたが、横に立つマチアスは手にした赤月剣を持ち上げて言った。
「それでいい。時間の勝負だ。俺もこれを使うなら時間の勝負になる」
「えっ?」
俺が不審に思ってマチアスからフィオに振り向き、答えを求めた。
「うん? 赤月剣は、持つ人のその人特有の能力をとがらせるもの……なの」
剣技術がスキルアップするってことか?
「でも、その人自身のマァニを活性化するから、それが枯渇すると赤月剣の能力は使えなくなる……の」
使いすぎるとやばいってやつか……。
アナネア村での石化していた赤月大剣を、ヴァルキューレのヒルドは手に余る代物と言ってたことを思い出す。
赤月剣を長時間使えないってことは、それまでに終わらせる?
「短期勝負なのか?」
俺があり得ない風に声を発すると、マチアスは苦笑いして二、三歩前に出る。
「他に何か策でもあるのか?」
「えっ……いや」
「これが覚悟ってやつだろ?」
俺たちに背中を向けて言った。
「マチアスさん、ここでそれ言っても破れかぶれにしか聞こえません」
「ははっ、そうか?」
俺は戦利品でもらい受けた赤月剣を右腰に差し、左の長剣とともに2本差しにする。
少し第三の手で、赤月剣を持つと感触があり剣を鞘から取り出すことが確認できた。
あのアナネア村で、魔族エキドナに行ったやり方は最終手段と決める。
この赤月剣が継承した剣技術がアップするのかわからないが、まずは使ってみよう。
赤月剣を抜き放ち、地響きを立ててやって来る凶悪な顔をした灰色オークたちへ対峙する。
腕に力が入り、足や指先が震えているのを感じだす。
「コゼット撃て」
「はい、マチアスさん!」
彼女の杖の先端の紫月石から炎が現れると、俺たちの上を飛んでオークの一団の外れに落ちて破裂した。
一体が炎に当たりよろけると、後続の何体かがぶつかり重なるように倒れていく。
だか、獣人共はその上を乗り越えて、俺たちの目の前へ殺到する。
フィオは救出した二人を、深紅の赤月指輪で薄い桜色の防御結界を構築し、オークの攻撃に備えた。
赤月剣を持ったマチアスは、目の前のこん棒を振るオークに少し体を動かしたと見ると、半獣人は胸が裂けその場に倒れた。
続けて、隣にいたオークも腹が横に裂けると、傷口を手で抑えたまま倒れ伏す。
剣の動きが目に入らないうちに、三体、四体とオークを倒していく。
秒の殺し屋だ。
マチアスから零れるようにこちらへ駈け込んできたオークを、俺はまだグリップに馴染めない赤月剣を水平の太刀筋で深く振るって斬った。
空を切って肉の斬った感触がないまま、後続の獣人が手にした剣で上段斬りをされる。
それを避けて、赤月剣を返しながら右薙ぎの斬撃。
やはり肉を斬る抵抗がないまま、剣は上手く振れる。
いつも以上に、足腰が安定して身体がよく動いてくれた。
再度、振り下ろしたこん棒を避けながら、片手剣で右斜めに斬り上げるが、感触のないまま空を斬る。
立ち止まって振り向くと、三体のオークが倒れて血を流して身をよじっているのが見えた。
他のオークは突進を止めて、こちらの隙をうかがいだす。
感触がなくなるほど、切れ味がよくなったのか?
「こっ、これが俺流の……赤月剣ってことか」
自ら発した言葉が、震えていることに驚く。
俺のよそ見で、すきを見たオークが二体こん棒を振り下ろしてきた。
その場を飛ぶように後退しながら、赤月剣を右へ斬り上げて二体合わせて振り斬る。
二体のオークの腹から胸にかけて赤い線を刻むが、こん棒を落としながら向かってくるので、袈裟斬りをして横へそれる。
倒れた三体の上にその二体も加わった。
次のオークは来ずに遠巻きになったので、マチアスの戦況が見えた。
マチアスの後ろにコゼットがいて、お互いを援護し合っている感じだか、その周りに一桁を超えそうなオークが倒れ伏していた。
「わっ、すげーっ」
驚いていると、後ろからフィオに呼ばれた。
振り向くとオークに囲まれた隙間から、防御結界を張ったフィオの顔が見えた。
「テオーっ、追っ払って……なの。みんな怯えてる……から」
フィオの足元に、救出したリディともう一人の女性が抱き合って怯えているのが見えた。
足を前に出すと、遠巻きの剣を持ったオークが一体上段から打ち下ろしてきた。
赤月剣で受け流すと、相手のオークは勢いを反らされて剣を地面へ突き刺していく。
フィオたちを囲って防御膜をこん棒で叩いているオークたちを、俺はそのまま後ろから斬り伏せる。
すぐ隣のオークがこん棒を振るってくるが、体を沈めて避けながら腹めがけて刺突を入れた。
周りにいたオークたちが、二体瞬時にやられたのを見て、一斉に防御膜から離れていった。
「やったね。テオッ」
フィオが一人喜んでいるが、マチアスの一声で状況に変化が起きる。
「ちっ、もう駄目だな」
その声で俺は振り返ると、赤月剣を重そうに持ったままのマチアスが肩で息をしていた。
「トクラーカ!」
背後のコゼットも息切れを起こしながら、炎弾をオークに浴びせて遠ざけている。
「私も炎弾撃つのが、しんどくなってきました」
「お前の場合は精神だろ。しっかりしていれば、いつまでも炎弾打てるだろーが」
「精神疲労は、体内のマァニも減るんですよーっ」
二人がマァニの枯渇でへばりだしているようだが、俺はまだ疲れもなく赤月剣を振れてる。
コゼットは肩下げバッグから、小型の瓶を二本取り出して蓋を開けて飲み、オークを一体斬り伏せたマチアスにもう一本を渡した。
体力回復薬か何からしい。
「トクラーカ!」
コゼットの攻撃の間にマチアスはそれを飲み干すと、赤月剣を鞘に納めて慣れ親しんだ長剣を抜いた。
「仕切り直しだ」
「でも結構いますよ」
「二個小隊はいるようだが、まだやれる」
俺もフィオたちの周りのオークを追い払いながら状況を見ると、数の減らないオーク集団の奥に一体大きなオークが何かの動物に乗っているのが見えた。
その隣に服を来たオークが、周りに指をさして指示をしているのも目視した。
集団を束ねているグループ?
でかいのがオークキング?
その周りのオークたちが、こん棒や剣を頭上に上げて叫びだした。
俺やマチアスたちを遠巻きにしていたオークたちもが、よくわからない奇声を荒げて活気づきだす。
「なんだ?」
すると一斉にこん棒を地面に叩きつけると、遠巻きの輪を崩して俺やマチアスたちへ走り寄ってくる。
「やばっ」
赤月剣を左から右へ薙ぎ払うと、空を切った感覚だが前面の三体が倒れてくるのをかわし、その返り血を浴びる。
後続を逆水平で右薙ぎ斬りをして避け、そのまた後続を再度左薙ぎ斬りをする。
その間にも近くで炎の破裂音が続き、オークが吠える声が森に木霊す。
注意をそらしていたら二体が襲ってきて、初動が遅れた。
すぐ防御で剣を前に出し、こん棒の打撃に耐える。
二歩、三歩と下がって、こん棒を避けながら赤月剣を水平切りする。
オーク二体は、胸に赤い線を受けて左右に崩れ伏す。
そしてまた、後続が前に出てきた数体を、剣を振るい斬り倒す。
それでも次々に死を恐れず襲いかるオークに、次第に疲れと焦りを感じだす。
「リーダーをやらないと、完全な消耗戦になる」
多勢に無勢、このままだと押し切られて追いつめられる。
後続のオークたちが叫び出すと、特攻が止んで、また俺やマチアスたちの周りを囲い直した。
だが、今度は様子見をせずに、オークたちは足元の石を拾いだした。
続いて大小の石が俺たちに飛んできた。
「うっ」
大きいのを避けたら、小さいつぶてを肩に食らう。
「あくっ」
三角帽子を飛ばしたコゼットが、声を上げて頭を押さえる。
オークが投げた石に当部を当てられたようだ。
紫月の杖を地面に落として怯んだところに、一体の大きなオークが輪から飛び出て棍棒を振りだした。
そこへマチアスが、剣を伸ばしてこん棒を受け止めるが、コゼットをかばったままでの体制が悪く、オークに押し込められる。
飛び交う石が止むと、後ろの二体のオークも動き出す。
俺は走って、オークの死骸を飛び越え、後ろへバックアップに向った。
マチアスたちを狙おうとしたオークたちは、向かってくる俺に対象を変えてこん棒を振り上げる。
身体はこん棒を避けて、すり抜けるようにオーク二体の背を赤月剣で斬り裂いた。
オークの背から鮮血が噴き出ると俺の身体は、海老反るように血を回避する。
マチアスも大柄なオークを押し返して、なんとか打ち負かせたところだった。
「助かったぜ」
お礼を言いながらも、再開されたオークの石つぶてを剣で弾き返すが、分がかなり悪くなった。
「コゼット大丈夫か?」
「一瞬、頭が真っ白になったけど、今は……大丈夫」
ふらつくコゼットを支えながら、周りをうかがうマチアス。
後ろからフィオが何度か声をかけているのに気付いて、耳を傾ける。
「なんだ!?」
「ここは……あの防御……壁……構築する……いい……の」
オークの雄たけびで、途切れたが理解した。
「わかった、やってみる」
俺は飛んでくる石を避けつつ、コゼットの落とした紫月杖を足先で蹴り上げ片手でキャッチする。
昨夜のように、俺たちとフィオたちを防御壁で囲むように構築だ。
「えっと、なんだっけ……トセイニート?」
「そうです。続けてトイカーニミキ・シイハイミトイです」
コゼットも俺のやることを理解したようで、呪文を教えてくれた。
「トイカーニミキ……シイハイミトイ?」
片言で復唱したら、手にしている紫月杖の先端が発光する。
森の空間音が一瞬静まった感じがしたが、オークたちの騒がしさは変わりなく続いた。
奴らも何かあった感触を持ったのか、混乱して飛んでくる石が止まった。
「ん? おかしい」
昼間なら見えるあの結界網が、周りにできていない?
「えーっ、あの奥に見える半透明な白色は?」
コゼットが奥を指さす。
獣人集団の後方にいたオークキングとその一行たちが白色の結界の向こうにいて、壁を叩いては腕を押さえている。
一グルーブを弾いただけで、他のほとんどのオークたちが俺たちと一緒に防御壁に入れてしまった形になっていた。
「あれ?」
広範囲に張りすぎた。
……これ、意味なさすぎだろ。




