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第二十六話 救出します

 先頭にひげ面マチアスに魔法使いの、えっと赤化導士見習いのコゼットと続き、駄馬のウィリーにフィオを乗せて俺が手綱を引いていく。

 三十分ほど歩いたところで、広い空間が開けた。


 その先は岩場になり木々が間に生い茂っていて、その合間から急斜面が広がり崖の地が見えた。

 マチアスは俺たちを留めて、森を抜けた先にある大岩に隠れるようについて、隙間から前方の崖を見渡す。


「いる。四、五体がまとまって談を取っている」


 俺もウィリーの手綱を木の枝に括り付けフィオを下ろしてから、大岩に体を隠して百メートル前方を見る。

 立て割れの岩の前に上半身を出したオークが五体、右の林の境に二体、反対の岩場に一体いて、両サイドのオークは剣を持っていた。

 マチアスの話のとおり八体で、他は見当たらない。


 本当に人の体系だが、灰色の肌に顔が人でない豚面に口からキバを生やした……豚の半獣人だ。

 連中は同じような背丈をしていて、前回の二メートル以上の半獣キメラとは違って俺たちに近い。

 俺が人質はどこと尋ねると、ひげ面マチアスは指を岩場に向けた。


「五体がいる立て割れの岩の隙間、何本かの棒が立てられているだろう? その中だ」


 目を凝らしてみると、暗がりに四人ほどの女性たちが見えた。

 隣にフィオも来ていて、岩場をのぞいていると思ったら道の先の森へ不安な表情を向けて見やっていた。

 不思議に思ったところで、フィオのスキル発動を思い出し聞いてみた。


「赤月眼で何か引っかかった?」

「うん。大きな光を感じる……の。これは嫌な光……」


 フィオが珍しく、顔に恐怖をにじませた表情を表し唇を噛んでいた。


「……でも、もう小さくなった……の」

「こっちへ来ないのか?」

「だいぶ先だと思うけど……今は遠ざかっている……の」

「それならいいが、また嫌な予感がする光だな」

「……うん」


 そこへマチアスが合図を送ってきたので、俺たちとコゼットが岩陰に集まると計画を話しだした。


「ここは奇襲で一気に潰しに行く」


 四人顔を合わせて、最後の段取りを交わす。


一気呵成(いっきかせい)ね。たぎるわ」


 両手で紫月石の杖を持ったコゼットは、やる気の発言からとんがり帽子のつばを持って深く頭に沈めた。


「まずは後衛支援として見習いちゃんが炎弾を中央のオークたちに撃ってくれ、目くらましには十分だろ。続いて俺と半獣殺しが林から飛び出て二体を仕留め、後続の五体を迎え撃つ」

「二人で五体?」

「片側は崖だ。囲まれることもなく一体ずつ倒せていける」

「わかった」


 俺が返事をすると、全員無言になって岩場のオークを見やる。

 気付かれずにそれぞれが静かに岩場に近づき、位置についてひげ男マチアスの開始合図を全員待つ。


後方のコゼットに向けてマチアスは手を上げると、彼女は杖を高く掲げて何かを唱えた。

 紫月石が突然スパークし、その中心から炎の球が燃え上がり、彼女のさらなる掛け声のような呪文で炎弾が岩場に打ち出された。


「トクラーカ!」


 オークに向かったが、外れて岩場に炸裂して消え失せた。


「あいつ、やっぱ見習いちゃんだった」


 マチアスは一言漏らすと林から飛び出ていったので、俺も後続として飛び出し、炎弾を見ていた後姿からこちらに向きなおるオークへ斬りつけた。

 緊張しながらも、剣をオークの背へ深く突き入れる。


 重い肉を斬り裂く感触がして震えた。

 突き刺したままオークは、体を丸めたように前に飛ぶが、そのまま倒れて動かなくなる。

 震えから、変な高揚感が生まれて困惑する。


 隣のマチアスは、一体を倒してもう先に走り出していた。

 俺は剣を抜くと、オークの傷口から赤い血があふれ出てくるのを見つめて、身震いが起きつつ歯を噛みしめる。


 ――人型を斬るって、慣れるものじゃなさそうだ。


 キメラの時は、人型だったが死体のようなもので血も出なく、死骸の解体作業で切っている感覚だったが……。

 先ほどの高揚感が消えて、罪悪感が心を満たしだす。


 だが、こいつらを狩らねば、犠牲者が増えるし討伐対象の悪い獣人でもある。

 そう自分に言い聞かせ、機械戦士になりきると割り切ろう。

 右手の剣を前に向け、腕も振れていると自覚。


 ――痛みもない、やれる。


 オークの持っていた剣の柄に、赤い石が埋め込まれているのを飛び越しながら確認して駆け出す。

 マチアスはもうオークたちの中へ入り、乱戦を始めていて一体を切り伏せたところへ、俺も剣を振るって参入した。


 こちらのオークは棘の出た木のこん棒と盾を持ち、俺の剣をその鉄の盾で受けて弾き返す。

 二、三歩後退したところへ、こん棒が振り下ろされてきた。

 身体がスムーズにそれを避けながら、剣を思い切り引き上げていく。


 オークのこん棒を持ったままの腕が弾けて、宙を舞い、切断したことを知る。

 唸り声をあげながらオークは背後に下がり、代わりに別の大柄なオークがこちらへこん棒を力任せに振るってきた。


 その場を飛びのくと、こん棒が岩を粉砕。

 岩の小石がこちらに飛びちって凶器と化す。


「いっ」


 いくつもの木の破片と小石の弾丸が顔に当たって怯んだところへ、またこん棒が振るわれる。

 鉄槌こん棒が、スローになりながら横殴りに近づいてくる。


「やばっ」


 上半身を反らすと、目の前を血痕や砂の付いたこん棒の先がはっきりと見えながら、風圧音もなくゆっくりと通過していった。

 足の体制を整えて、逆袈裟で剣を振るう。


 再度こん棒を振り上げていたオークの上半身へ、剣が赤い線を引くように斬り上がる。

 こん棒がこちらへ降りてくるが、俺の身体は切り上げた剣の勢いで、回転するように横移動でかわした。

 切られたオークは、こん棒を地面まで振り下ろすとひっくり返り、体を丸めながら立ち上がりかけるがそのまま倒れて沈黙。


 次のオークへと前に進んで剣を振り上げると、顔に冷たいものが掛かり目の前に血で濡れた剣があった。

 俺が挑もうとしたオークは、その剣で斬られて倒れ伏した。


 ――いつの間に。


 それはマチアスの長剣で、刃はすぐに地面に下ろされ血のりを飛ばした。


「やるねーっ。キメラ殺しの戦士」


 どうやらマチアスの剣は、瞬時に止めることができるようで、剣裁きの一旦を見たような気がした。

 俺への出会いの剣は、パフォーマンスだったんじゃないかと今になって知る。


「あれ? もう倒したんですか」

「三体やったら、残りは逃げていったな。だが、キメラ殺しも中々じゃねえか」

「その名、いい加減にやめてくれませんかね」

「本当のことなんだろ? だったら誇っていい名だ。謙遜は自分を貶めるだけだぜ」


 うっ、逆に説教されちまった。

 マチアスはオークが消えた方向を見やったあと、岩の切れ目のくぼみに向いて歩を進めた。


「ここで警戒してくれ、俺は中を見てくる」  

「ああっ、わかった」

「おい! 生きてるか?」


 ひげ男は返事はないが動く気配がしたので先へ入っていき、俺は入り口で回りを警戒する。

 奇襲で飛び出した林から、赤化術士コゼットと大きな革袋を担いだフィオが顔を出していたので腕を振って呼んだ。

 彼女たちが、倒れたオークの上を駆け抜けてやってくると、中からマチアスの声がした。


「来てくれ。オークはいねえ。彼女たちは生きているが動けない」


 暗がりに進むと、三人の女性と一人の少女が倒れたままこちらを向いていた。

 それぞれが体や顔に裂傷跡があり、かなり弱っている。


「私が見る……の」

「手伝うわよ。指示して」


 フィオが倒れている女性を見て回り、コゼットは呪文を唱え紫月杖の先端に青白い光が灯り暗闇を照らした。


「酷い。みんな両足が打撲……なの。あっ、骨が折れてる子もいる……の」

「逃げられないように、両足を痛めつけてたようね」


 フィオは革袋から小型の水筒を取り出して、コゼットに渡した。


「痛め止めのポーション。そっちの二人に飲ませて」

「応急処置でいいぞ。各自が一人ずつ担いで、すぐこの場所から撤収する」


 それぞれにポーションを飲ませた後、フィオが足の折れた少女を担ぎ、その彼女の革袋と女性を俺が担いだ。


「ありがとう……ございます」


 俺が背負った女性はリディと言い、少し痩せぎすの二十歳だ。

 他の女子たちと同じ乗合馬車に乗っていたところ、オークの群れに襲われたことを話してくれた。

 護衛を含めた男たちは全員殺され、残った彼女たちは足を痛めつけられて、ここへ連れてこられたらしい。


 リディを背負ってくぼみから外へ出ると、先に出たマチアスが林に入って一人を置き、戻りながら俺を呼び止める。

 俺が使っている長剣と同じタイプの赤月剣を、二体のオークから鞘共々取り上げ、俺に投げてきた。


「戦利品だ」

「ああっ、完全に忘れていた。ありがとう」


 手にした剣の柄に組み込まれた光る赤月石を眺めながら、オークが持ったこの赤月剣とやり合わずにすんで良かったと安堵した。

 リディを背負った俺は、岩場から林に入り先ほどの広場に向かっている途中で、目に火花が起きた。


「しまっ……」


 突然の映像惨劇が、目の前に繰り広がる。

 オークの灰色の腕が赤月剣を振り回して、武器を持っていない人々の背、また背と切り裂き倒れていく。

 目をつぶり首を振ると、今度は心の目に火花が飛んだ感触を受けて目を開けると、別の映像が眼前の空中に映し出された。


 数十というオークが、目の前に引き締め合って、こちらに雪崩れるようにこん棒や、剣を降り注いできた。

 もう一度目を閉じ首を振って開けると、映像は見えなくなっていた。

 歩を進めて林に入って道に出ると、全身の筋肉が震えだした。


 ――ここで発動かよ。


 俺がひざを付いて、痛みが去るのをこらえていると、リディが心配そうに聞いてきた。


「私重いでしょうか?」

「いや……そんなことはない」


 俺たちに気付いたコゼットが、振り向いて立ち止まる。


「えっ、テオさん、どうしました?」


 少女を背負って先に進んでいたフィオも、よろめきながら振り向いて一言言う。


「ああっ、赤月剣の話してたから、やっぱり……なの。それテオの持病……よ。すぐ直る……の」


 ――おい。少しは心配してくれ。


「へーっ、そうか。半獣殺しの戦士も持病には、為す術もないか。大変だな」

「あっ!?」

「何、これは?」


 先ほどいた岩場の方から、走り寄る数十の足音が聞こえ大きくなっている。


「決まっている。オークの本体だ」


 ――ちょっと待った。オークの本体って、さっきのグループじゃなかったのか?


「早く。逃げるぞ」


 駄馬のところへ駆け戻り、救出した女性を全員下ろして、馬に乗れる女性にウィリーに乗ってもらう。


「サンドリーヌもいいかしら?」


 乗馬した女性が少女を指さして、フィオがうなずく。


「二人乗りなら彼女でいいと思う……よ。足の回復一番遅い……から」

「サンドリーヌは、乗馬したクリスティーヌさんの娘さんです」


 俺が背負ってきたリディが、地面に座ったまま補足した。

 足の折れてるサンドリーヌを、マチアスがすぐウィリーに乗せた。


「馬を走らせられる?」

「足の痛みが取れたから、大丈夫、あっ」


 馬が少し暴れたが、俺とフィオがウィリーをなだめると関係者として受け入れたのか、大人しくなる。


「この馬やばくない?」 


 たづなを握った女性が不安そうに言うが、フィオが大丈夫と言って彼女と会話を始めたのであとを任せた。

 俺とマチアスは、二人の女性をそれぞれ背負い、ウィリーやフィオたちと来た道を駆ける。


 近くで鳥が羽ばたく音がして振り返ると、先ほどの岩場にオークがあふれだしているのが見えた。

 軽く二十体以上が目に入り、絶望感が駆け巡った。

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