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第二十五話 狩りです

「よっ、導士見習い。また会えたな」

「あーっ、マチアスさん! 私を置いてどこ行ってたんですか」


 コゼットが戻ってきて、昨日の残りの肉を軽く焼いて食べていると、俺たちを見張っていた男は簡単に姿を現して気軽に声をかけてきた。

 俺たちを見張っていた男は、冴えないひげ面に髪の短い茶髪のほっそりした軽装の冒険者で、前世の俺と同年代のおっさんだが、この若い身体のせいか年上に感じる。

 そのひげ男がこちらに歩いてくると、うすら寒いものを感じた。


「すまんな、見習いちゃん。一人で先を行くから見失っちまって、こっちは焦って飯も食わずに走り回ってたんだ」

 口に肉をほおばって立ち上がったコゼットは、笑顔で男に近づくと頭を軽く叩かれた。

「美味そうなもの口に入れちゃってさ。まーっ、こちらの苦労は何だったのかと、おじさん今悲しいんだけど」

「ごめんなさい。でもほら、まだ肉焼いてあるから、食べましょう」


 このコゼットは街育ちでも、けっこうな屋敷のお嬢様クラスなのだろうか。

 まるで、俺たちはメイドか料理人とでも思っているような振る舞いである。

 俺が立ち上がると、腕組みしていた男の手が剣の柄についたと思うと、目の前に長剣の刃が飛び出ていた。


 鉄の弾ける音と火花が宙を舞う。

 男の秒殺の抜刀剣に、俺は意識せず長剣のしのぎ部分で受け止めていた。


「えっ?」


 コゼットは口を開けたままになり肉を落としてしまい、フィオも目を丸くして座ったまま固まっている。


「ほうっ。剣は使えるようだが、うちの見習いを食って自分の女にしたのは許せん!」

「くっ、食った?」


 こいつ、何言ってやがる。

 いや、そこじゃなくて、今まぎれもなく俺の首を本気で取りに来てたぞ。


「おまけに先ほどまで腕を縛り上げていたのは、どんなプレイをさせているんだ。おいっ」

「意味が分からん。あんたこそ突然剣で語り合うって、どんな了見だ」

「何抜かす。その口の周りの血が物語っている。この貪欲吸血鬼が!」

「あっ」

「あっ」

「あっ」

「えっ?」


 俺と二人の女子からため息が漏れると、ひげ男は何かを悟って剣から力が抜けた。


「マッ、マチアスさん、剣、下ろして。彼の顔の赤色はサラニュだよ」


 動きを止めていたコゼットが、急ぎ俺たちの間に割って入ると、マチアスはゆっくりと剣の先端を地面へ向けた。


「サラニュだと?」

「そうです」


 俺を見てフィオの方を見やってから、困惑顔になりコゼットに向き直る。


「何もされてないのかい?」

「いやっ、その、はははっ」

「コゼットは馬泥棒……なの」


 フィオが後ろから一言、低いトーンでつぶやくように言った。


「えっ、馬泥棒? ……って、マジか。そんなことしたのか?」


 マチアスは両手を真下に下げて、本気で驚いたしぐさをする。


「てへっ」

「あちゃあ……」


 顔面に手を当てて首を垂らした抜刀男は、剣を鞘に納めて俺に顔を向けると、腕を胸に当てて頭を下ろした。


「大変に失礼した。見習いが迷惑をかけていたようだ。それと知らずに剣を向けてしまった。謝罪する」

「いや、わかったならいいんだが、先ほどの剣は冗談だよな?」

「えっ、ああっ……そう、単なる冗談ですよ。はははっ」

「嘘だ」


 否定したコゼットは、マチアスの足に軽いローキックを入れるがびくともしない。

 その彼女の肩を叩いてなだめながら、俺に質問をした。


「それで前に座っている奴隷は、あなたの専属か?」


 焚火の前の彼女に指をさすマチアス。


「ああ、元奴隷でフィオ。今は相棒だ。それで俺はテオ」

「俺はマチアス、すまんかった。そっちの嬢ちゃんも見習いが迷惑かけた。でだ、その顔のままってことは、ティティの葉の汁で落とせるってのも知らないってことかな?」

「ティティの葉?」


 俺が呆けてオウム返しをしたあと、フィオとコゼットに向くが二人とも首を傾けた。





「あんまり知られてないもんだな」

「この辺では、サラニュはあまり見かけませんし、食べずらいですからね」


 ひげ男と魔法使いが話している横で、フィオが林から笹の葉に似たティティの葉をちぎり、こすり合わせて顔に汁をつけて試しているのを見る。


「テオ……どうっ?」


 見ると擦った場所の赤い汁は、綺麗に取り除けていた。


「落ちているぞ」


 俺はフィオの手にしていたティティの葉を持って、まだ付いている部分を拭くと簡単に取れた。


「テオも綺麗になるよ」


 フィオも俺の顔に手を上げて、ティティの葉をつけて拭き落とす。


「ふっ、微笑ましい」

「ですね」


 二人の招かざる客に、生暖かい目で見られていることに気付いて赤面する。

 俺の顔を拭いているフィオを、そのまま腰へ手を回し持ち上げ移動して焚火場所へ下ろした。


「朝食はどうです?」


 すぐ話題を変えるために食事を勧めた。

 フィオは、拭いてる途中で持ち上げられたことに頬を膨らませるが、焼きあがった肉を与えると食べることに夢中になる。





 食事をしながら、俺たちと彼らの状況を話し合った。


「それで、テオたちの状況はわかった。首輪のお嬢ちゃんは、薬師でいいんだな?」

「そうだけど?」


 何か算段するひげ面のマチアスに、俺とフィオは首をかしげる。


「そこで相談なんだが、狩りをしないか?」

「えーっ、マチアスさん。狩りって何言ってるんですか。これから私たちは、すぐオリャンタイ村の神殿に向かう話になっているんですから」


 横からコゼットが、水筒の水を飲みながら抗議してきた。


「いいですか、すぐ出発して神殿に行く義務が私にはあるんですよ」

「まあ待て、これは人助けだ」


 俺とフィオが顔を見合わせると、ひげ面男はコゼットのとんがり帽子のプリムツバを指で叩いて話を続けた。


「この見習いを探していて、今朝になって見つけたんだ。この先の岩場だ」

「なんですか?」

「豚人族。オークを八体確認した。それに捕まった人が四人はいた。全員女子供だ。近くの民家か、旅人が襲われたんだろう」


 聞いていた全員が驚いて口を閉じた。

 俺はすぐ鼻がつぶれたような豚顔に、口からキバを生やした灰色の戦闘的な生き物を想像するが、彼の口調からして間違っていないらしい。


「至急に討伐対象の獣人と認定される案件だ。だが、今から討伐隊を呼びにオリャンタイ砦に行っては、人質共々移動されてしまい、このレスパ山を捜索することになる。オークたちが先の岩場に留まっている今が、救出時だ」

「えーと、オークって、この辺には住んでないと聞いてましたけど?」

「たぶん、山から狩りをしに下りてきた奴らだろう。人質と戦利品を偶然、目にしちまったわけだ」


 マチアスの戦利品の口調に、楽し気な抑揚を感じた。


「イリマニ山脈から降りてきたのは、あれのせいかしら?」


 コゼットが山の方を見てつぶやく。


「うん? 狂乱が近いから連中もそれをやり過ごす準備で、冬支度のように狩りに来ているんじゃないか?」


 マチアスは肩をすくめて、口に入れた焼き肉を噛み切る。


「森で遭遇したビッグベアとも関係あるかな?」

「ああ、山の野獣も降りてきているのよね。不安だわ」


 俺が聞くとコゼットは、身体を両手で囲って身震いする。


「いい話もある。オークたちは、お宝も持っていた。赤月剣だ。何体かが持っていて、どこかの商人か盗賊を襲って奪ったものだろう。それをいただこうぜ」


 助けるために動かなければいけないと思うが、俺はオークの力量が分からずフィオに目を向けると、彼女は笑顔で見返してくる。


「やっちゃいな、キメラ殺しの戦士……テオ。人助けでお宝ゲット……なの」


 こいつはこういうやつだった。


「赤月剣は役に立つ……よ」

「いや、剣は元の持ち主に返すの筋じゃね?」


 小声でフィオに話したら目を見開かれて、俺の腕を取ると持ち物の講釈を始めた。

 この異界の法則で、奪われたものは持ち主自身が取り返さなければ、手に取った第三者の物となる。

 当たり前なことだが、前任者が証明ができないからで、お返しする正直者はこの世界では貴重な存在だという。

 だいたい力尽くで取り返すらしい。


 ついでにオークの戦闘力だが、剣の達人などいず、全て力ずくの打撃が主で、それを注意すれば俺でもひとひねりと言う。

 また捕まった女たちは、前世の情報どおり苗床か食料にされる。

 オークには女もいるが数が少なく、人族の女からだと利口なハイオークが生まれる確率があって狙われやすい。


「話はついたかい?」

「ああっ、救出するよ」

「ふっ、キメラ殺しの戦士。頼りにしているぜ」


 アナネア村でのキメラ騒動は話してあったので、変な風に期待されてる?

 俺は苦笑いすると、ひげ面は俺の肩を叩いてから方針を告げた。


「俺が三、四体ほど倒す、テオと見習いちゃんで、何とか二体倒せれば、残りは恐れて逃亡するだろう。首輪ちゃんは人質治療ってことで、オッケー!?」


 俺とフィオがうなずくと、紫月石の杖を持ったコゼットが元気よく立ち上がって宣言した。


「わかりました。ここはサクッとオークを倒して人質救出と行きましょう!」

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