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第二十四話 魔法の杖を握って

 ひと段落着いたので、先ほどから気になっていた手に持つ杖を意識した。

 この杖で俺は、魔法を使えるものか聞いてみた。


「これって一般の人間でも使える?」


 紫月石の杖を横に振って見せると、コゼットが笑顔になって話しだした。


「赤化術士は、簡単になれるものじゃないんですよ? まず、自らがマァニを沸きたてられる人でないと無駄に終わります。これがかなりレアな人材になってて、使えていた者の血族などが大事にされているんですよ。私みたいに、ふふふっ」

「そうなのか?」


 マァニってのは自然エネルギーだったから、魔法のエネルギー源でもあるのかな。

 自慢げにしているコゼットをよそに、フィオは首をひねり一呼吸置いてから俺を見つめてきた。


「やってみるのが一番。その紫月の杖は炎術式の他は何が組み込まれている……の?」

「風属性は網羅していますよ」


 コゼットは鼻高らかに言った。


「防御も?」

「えっと、回復系と一緒に、その……ですね……はい、入ってます」

「んっ?」


 言葉に間があったのは、苦手なものか、使い込んでない証拠か?


「じゃあさ、テオ。私の知っている防御呪文、言ってみると……いい」

「ほう、試しとかできるのか。どんな呪文?」


 杖を横に振って見せると、フィオが小声で言う。


「簡単なものだと……ね。トセイニート……よ」

「えっ? トセイニート?」

「うん、そして、トイカーニミキ・シイハイミトイ……なの」

「トイカーニ……ミトイ?」


 小声で復唱したら、手にした杖の先端の石が発光する。


「うおっ、発動した?」


 手にした人物の音声認識で軽く起動するとか、至れり尽くせりなハードプログラムな杖だ。

 しかし見た限り森に何も起こらない。

 その代わり自らの身体に熱を感じてきたと同時に、フィオの身体が薄く赤色発光しだしては消えているのに驚く。

 アナネア開拓村の広場で、彼女が狼半獣に引きずり回されていた時の、赤の発光だ。

 だが、今回は光は弱々しい内に消失し、俺の胸痛はこなかったが心地よい暖かさが残った。


「フィオ、大丈夫か?」

「うん? 何もないよ」

「そうか……そう言えば、森から音が消えてないか?」

「ええっ、騒がしい虫の音が消えてる……の」

「あれ、本当だわ。まさか術式が張れたの?」


 三人は耳をそばだてると、虫や野鳥、空気感の音が小さくなって、何かに遮断されているのに気付く。

 フィオが森の暗がりに歩いていき、草むらから小さい枝木を取って腕を上げ空を切る。

 枝を横へ振ると宙に弾かれて戻ってきた。


「ここの空間全部、結界が張られている。凄い……の」


 頬に手を置いたフィオが驚きながら言ったので、近くに行くと暗闇でもあの白色が透けたような防御網が見えるようだ。


「ただちょっと網目が荒い……かしら。まあ、それは紫月石に刻まれた呪文構築練度の問題……なの」


 そういえば、若干だが、ドライアイスのような煙も空間に見えだした。

 コゼットもフィオに近づき、腕を空中へ振り回すと何かにぶつかり戻ってきた。


「いたっ」

「直接触るから……」


 フィオの忠告を無視して、彼女は驚愕のまなざしを俺に向けると、走り寄りいきなり肩を叩きだす。


「なっ、なんでできちゃうのよ。テッ、テオさんも、赤化術士なの?」

「いや、俺は普通の冒険者だし」

「あり得ない。私だってこんな大きな防御など作れないのに。だいたい、どこからこの大量のマァニを持ってきているわけなの?」

「よくわからんが、このお爺様の杖が優秀なんかじゃないのか?」

「そんなことない……と思うけど」


 首をひねるコゼットは、突然声を上げた。


「魔族なのね!」

「ちげーよ」


 俺が否定するも、両手を口に当て恐れて後退するコゼットだが、後ろにいたフィオとぶつかる。


「彼はポンコツ冒険者、魔族にポンコツはいない……の」

「フォローになってねーっ」


 コゼットは残念そうな顔になって言った。


「奴隷にヘッポコ呼ばわりされる魔族なんていないか。そうね。わかったわ」

「変な納得の仕方するな」


 二人が焚火に戻ると、フィオが少し足をふらつかせて倒れるように座る。


「なんか疲れた……わ。眠くなったから、また少し横になる……の」

「ああっ、ごめん。寝ているところを起こしたんだったな。いいよ寝てくれ。疲れているんだ」


 横になったフィオは、すぐ寝息を立て始めた。

 俺はしばらくコゼットから質問を受けたが、どれも知らない物で答えられずにいた。

 彼女は不満を抱えながらも大人しく寝たあと、俺は焚火の番をするが居眠りをしては目を覚まして、火に枝をくべてその夜を過ごす。


 ちなみに周りの結界は、防御解除呪文ですぐ解けていた。

 フィオの身体の赤化現象と、疲れだしたことで心配になり消したのだが、まさかマァニとやらを彼女から吸い取ったわけではないだろうと思うが、念のためである。


 杖を使える赤化術士は、一般では無理で血族だとコゼットは言っていた。

 その杖を俺が使えたのは、やはり前者の杖の持ち主の身体能力の継承だろうな。

 杖を使えるのは特殊な人で、マァニに対して普通の人の体は絶縁体で通したり貯めたりできないのだろう。

 杖の持ち主はマァニを発現しやすい身体か、バッテリーの役目のような身体を作りこんでいたのかもしれない。





 浅い眠りに落ちかけていると、また駄馬のウィリーのなき声で目を覚ます。

 今度は何か違う。

 虫の音が一方方向からしてこない。


 ――いやな予兆だ。


 ゆっくりと剣の柄に手を付けて立ち上がり、周りを見渡す。

 二人の女子は寝たままだ。


「起きろ。何か来た」


 俺の声で、フィオはゆっくりと起き上がり手で目を擦るが、コゼットは微動だにせず寝たままだ。

 左手で焚き木の枝を一本取り、火の灯りで前方を照らす。


 目を凝らすが暗がりからは何も見えないと思ったら、鈍く草の揺れる音が聞こえてきた。

 片手で鞘から剣を引き出して、音の方向へ向ける。

 数歩前に出て枝の灯りをかざすと、数メートル先の地面に爬虫類の鱗が見えた。


「うわっ、大トカゲか、何かか?」

「フェンリル……なの」


 俺の後ろから、眠そうな声が答えた。


「何っ!」


 タランチュラを思い起こし、一瞬で緊張感が跳ね上がった。


「これ、使って」


 振り返ると、フィオが睡眠場所から立ったまま、コゼットの杖を投げてよこした。


「おおおっと」


 紫月杖を身体と両腕で捕らえてから地面へ下ろした。


「風属性はできるって言ってたから、炎弾でなく、氷弾で攻撃してみると……いいの。赤化ポイントは背中当たり……なの。危なくなったら、防御よろ……しく」

「おおっ?」

「ああ、そうだった……の。氷弾の呪文は、なんだっけ……ニソイ。そうそう、ニソイ。そして数……唱える。簡単……なの」


 そう言うと、フィオは座って横になった。


 ――おい。


 前衛より危険が少ない後衛を任されたと思って、剣を収めてから杖を持つ。

 暗がりからまた動く音が聞こえて、身体を戻す。

 今度は顔全体が見えて焦る。


 まるでイグアナみたいな奴だったぞ。

 そいつの狙いは駄馬のようで、フィリーへ近づいていく。

 ウィリーは忙しなく木の下を前後に動き出している。


 ――まずい。早く追っ払うか、仕留めないと。


「えっと、最初の発動が、トセイニートで……設定と氷弾の呪文トイカーニミキ・ニソイだ。あと数は……三つほど。スリーって言えばいいのかな」


 すぐ手にしていた杖の紫月石が光輝いた。


 ――おおっ。


 紫月石の周りがひんやりしだすと、空間に小さな棒状の尖った三本の氷が湧き出した。

 すげえ、空気を瞬間に冷却したのか?


「あれ?」


 空間に浮かんだままで発射しない。


 ――ああ、まだ呪文が完成してないんだ。確か狙う場所を指定してイメージ、指定先の……背中だったか……へ撃つ。


 えっと、たしか撃つは……トクラーカか。

 唐突に杖に力がかかり、三つの氷が一斉に前方へ飛んでいった。


「えっ?」


 飛んだ先から野獣の雄叫びが上がり、のたくる音が響いてきた。


 ――当たったのか?


 イグアナの動く音は聞こえなくなったが、しばらく静観する。

 また全方位から、潜んでた虫たちの声が戻り始めた。


 状況がつかめないので杖を置いて、剣を持ってイグアナのようなフェンリルの状態を見にいく。

 草の上をはってきた跡が途中まであるのを見つけ、切れているところに枝木の炎を近づけてみる。

 そこには、手のひらサイズのトカゲらしい死骸と小さい赤月結晶の石が転がっていた。


 ――一撃だったようだな。


 赤月石を手のひらに乗せると、少しひびが入っているのがわかった。

 それを持ち帰り焚火の前に座ると、フィオが眠そうな声で聴いてきた。


「やっつけた……の?」

「ああっ、だから安心して寝ていいぞ」

「うん」


 数分後、俺も眠りに落ちていた。





「紐ほどいて、早く早く」


 早朝まもなく居眠りしていた俺はコゼットに叩き起こされ、彼女の腕を巻いた紐を解いた。

 脱兎のごとく走り出したコゼットは、奥の草木に隠れていった。


「何? 騒がしい……の」


 眠そうにフィオが起きだすと周りを見てあくびをしたあと、急に眼が鋭くなる。


「テオ、また寝てたで……しょ?」

「げっ、なぜバレた」


 俺を手招きして彼女は小声で言った。


「見張られている……の。道端の方……一人こちらをうかがっている……わ」

「また、厄介な」


 何気なくその方向を見るがわからない。

 たぶん起きてても見張られているのはわからないだろうと、フィオの赤月眼の便利さを再認識した。

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