第二十三話 魔女っ娘コゼットです
フィオが魔女っ娘コゼットから奪った紫月石の杖を向けると、彼女はまた懇願の姿勢になった。
「それ、紫月杖はお爺様から頂いた大事な杖なの。だから返して、ねえ返して」
正座から飛び跳ねるように、フィオの前に飛び出したコゼットに、俺は止めようと思ったら無意識に剣を引き抜いていた。
「アウッ……」
手にした剣の刃を、コゼットの首元に突き付けて動きを封じた。
「あっははは。ごっ、ご冗談を」
魔女っ娘はゆっくり一歩下がったので剣をひっこめると、とんがり帽子を取って金髪の長い巻き髪をさらしながら頭を下げた。
顔の全体像から美少女と認識して、ちょっと目を奪われる。
同時にとんがり帽子の唾が勢いよく前に倒れて、フィオの持ってた杖を叩き落とすと、コゼットの手に杖の先の紫月石部分が握られていた。
「あっ」
フィオの驚ぎ声に合わせるかのように、コゼットは杖を半回転させてグリップを手に取り、とんがり帽子も回転させて頭にかぶせると一歩二歩と後ろへ下がった。
「謝っているじゃないですか、それなのにその顔で食べるとか、恐怖がぶり返しそうですよ」
言っている間から杖を振り何か口にすると、杖の先端が突然スパークしたかのように光り、その中心から炎の球が浮き上がっていた。
「テオ止めて」
「ええっ?」
これ本物の魔法使いじゃね? どうするんだーっ。
わからずに剣を盾にしてフィオの前に立つと、目の前に炎が飛んできた。
焦りながら剣で火の玉を叩くと、打撃の振動が腕に伝わり、炎の塊は刃にまとわるようにして消失した。
「ほっ」
身体が燃えるかと思ったが、あっさりと消えてくれて助かった。
あの杖の紫月石が、空気を加熱でもしたのか?
「テオ。森で炎系使われるとまずい……わ。例のあれを使って止めるといい……の」
後ろからフィオが助言をくれた。
「ああっ、そっか」
俺がフィオの方に向いてコゼットから目を離すと、彼女は脱兎のごとく後方へ走り出した。
だが、持っている杖が急に宙に止まり、握っていたコゼットはブレーキがかかり前のめりに草むらに倒れていく。
「うぎゅう」
宙に止まった紫月石の杖は、ゆっくり俺の前面へ移動してきて右手に収まった。
「おおっ、上手くいった。うん、けっこう重みがあるな」
起き上がったコゼットは、杖を取られたことに訳が分からず口を開けて呆けて俺を見ている。
「おーい、忘れ物だぞ。置いていって良いのか?」
「いいの……か」
俺とフィオがそれぞれ、彼女の杖と短剣を手の先にぶら下げて、もう片方の手でこっちへ来るように指示する。
「いっ、いい訳ないです。どうして私の杖を持っているんですか? おかしいです。何をしたんです」
彼女はしょぼくれて、俺たちのところへゆっくりと戻ってきた。
「さーっ、そこへもう一度座って……なの」
「は……い」
さすがに逃げるのはあきらめたようで、大人しく草むらに座って帽子を脱いだ。
そこで杖を持つ俺の右腕がしびれ、頭痛とともに目の前に映像の羅列が始まった。
あれっ、この杖は彼女の物ではと思ったが、お爺様から頂いたとか言ってたことに行きつく。
目の前の暗闇に液晶画面のように明るい風景と人々の動く画像が次々に早送りされていく。
これってもしかして、技術系残留思念能力が発動?
目を凝らして見ているうちに映像は消失していった。
「テオ、グルグル巻きにする……の」
予備の紐を馬の鞍に括り付けていた物を持ってくるが、そこで痛みが起こった。
「うっ」
――やはり来た。
右腕から、全身に筋肉が波打ちひっくり返るような痛み。
すぐ座って痛みに耐えるが、久しぶりの大型な苦痛だ。
持っていた紫月の杖を落としてしばらく唸る。
俺の異変にフィオと座っていたコゼットが同時に気付き、二人とも一瞬固まる。
「あっ……」
「なっ、何? あっ、あんたのご主人、どっ、どうしたの?」
「ご主人? 違う。私の護衛冒険者のテオ……よ」
「えっ、ええ、護衛ですって? あんた、奴隷じゃない?」
コゼットの指摘にフィオは首輪に手を置く。
「ああっ、これ? うーと、アクセサリー……なの」
「ないわーっ。アクセサリーってこういうのよ」
とんがり帽子をフィオの前に差し出して、帽子の帯についている羽の形をした留め金具を見せる。
「ヴァルキュリーの羽を催した帯留めよ」
「私の方が大きい、勝った……の」
「あっ、あのね」
人が苦しんでいるとき、二人はコントを始めていた。
――おい。
「苦しんでいる奴の心配くらいしろよ」
俺は痛みが引いてきたので、杖をもう一度持って立ち上がり、フィオに近づき頭を強く撫でた。
「あっ、いけね」
無意識にやったことに気付きすぐ止めたが、また涙ぐむかと構える。
だが、フィオはしばらく呆けたあと笑顔になって俺に言った。
「もっと、する……の」
「そっ、そうか?」
「それで、その紫月の杖はどう……なの?」
「さーっ、魔法ってのがわからないからな。剣のように使えるかはなんともな」
フィオには、継承スキルのあらましを話していたので理解が早い。
とんがり帽子を胸に当てたコゼットは、俺たちの行動を不可解に思いながらもまた要求してきた。
「お爺様の大事な杖は、持ち主に返すのがいいと思います」
「また赤化術を使って、逃げるだけで……しょ」
「もう逃げませんので、杖だけは……」
フィオは俺に向いて小声で話してきた。
「まだ信用できないから、縛っておく……の。朝になったら解放する方向でどう……かしら?」
「そうだな。それまでにスージュへの道とか、いろいろ情報を聞いてみては?」
「うん。そう……なの」
朝に開放すると告げ、その時に魔法の杖も返すと約束すると、素直に両腕に縄をかかるのに応じた。
ただ「連絡をしないといけない」とかの小言に、フィオは「馬泥棒は砦へ連行」と言葉を返して黙らせた。
焚き火の前に座らせると、夕食を食べてないとかで目の前の残っていた肉を欲しがり、それを餌にいろいろ質問する。
「コゼットは、スージュへ行く道を知っているかな?」
「あっ、それ、もう少し芯まで焼いて、私ミディアム苦手なの、それで塩ない? あっ、スージュね。はい、はい。うーん、良い匂い。綺麗に焼いてね」
枝に刺して肉を焼いていたフィオが眉毛を寄せると、コゼットの口にいきなり肉をねじ込んでいった。
「アッ、アチュッ、アチ……みっみみ水」
顔を背けて肉から逃れると、斜めに座っていた俺にもたれ掛かり二人とも倒れてしまう。
これ幸いに彼女は、俺の腰の水筒を縛られた両腕の指で蓋を開け始めた。
あたふたした俺は、コゼットの体をまさぐってしまうが、彼女はお構いなしに水筒の水をこぼしながら口に入れる。
「ぶっはーっ、口がヒリヒリする。もー何してくれるのよ、奴隷っ子が」
そう言われたフィオは、静かにその彼女の前に進み出て、焼いている肉をまた口に近づけた。
「テッ、テオさん助けてーっ。この奴隷っ子酷い」
「テオ、いつまでこの女を抱いている……の?」
「おい、誤解だ」
コゼットの遅い夕食も終わり、ひと段落して本題の話を聞くことができた。
「タワン民主国のスージュは、側の道を進んでいけばオリャンタイ神殿に出れるから、そこからすぐイラベ街道に出て道沿いに進めば、あとは標識通りに行くだけよ」
イベラとは東のイベラ王国、首都名でもあり、コゼットもそこから冒険者を一人雇って、このレスパ山周辺の探索鑑定をしていたと言う。
「探索内容は秘密ですよ。……でも、なんで高山都市スージュへ? 高山病で大変よ。それよりイベラに行けばいいのに」
「彼女、フィオの首輪を外すための解除呪文が、スージュのバルツァー商会まで行かないとわからなくてな」
水筒を開けて一口飲むと、コゼットは向かいのフィオを見た後、顔をにやけさせて言った。
「うふっ、テオさん、その奴隷っ子お気に入りで買ったんだ?」
「なっ!? 違う」
「違う……の」
フィオと言葉をハモらせて否定した。
「何? すごく馬が合っているじゃない。……それなら相談なんだけど、奴隷首輪の解除呪文、ラグナ教の神官なら簡単にあけられるよ。公然の秘密なんだけど、一部の劣悪な状態に置かれている奴隷たちの解放のため、神官がひそかに奴隷首や腕の解除呪文を習得しているの」
「ええっ、本当かよ? じゃあ、イベラって都で外せるってこと?」
俺が喜んでいると、フィオが俺の横に移動してきて肩を叩かれた。
「ぬか喜び……よ。上手い話……なの」
「いえいえ、近くのオリャンタイ村の神殿の神官さんは高名な方なはずで、だから奴隷首輪とか簡単に外せますよ。お金なんか取りませんし。奴隷逃亡者もかくまったりするんですよ」
「あなた、コレットは解除できない……の?」
フィオが首を傾けて彼女に聞いた。
「私は……えっと、解除呪文は専門外なんです」
「そう」
「ですから、善は急げで、これから行きません?」
「夜の行動は危険……なの。それなのに馬を盗もうなどと……都会育ち……なの。どれくらい危険なことかわかっていない……の」
「そっ、それはわかってるけど……」
「俺も夜の行動は賛成しない。朝一で動けばいいし、そのオリャンタイ村の神官さんに会ってみる価値もあるかな」
「そうね。コゼットはわかった……かしら?」
「ううっ……仕方ないわ」
しぶしぶうなずくコゼットだが、何気に朗報な情報があったのでフィオと俺は少し安堵した。




