第二十二話 道に迷ってしまった
第2部開始です。
俺とフィオは、アナネア開拓村を出て二日間ほど森で野宿した。
次の日は、暗い森を抜けて日が差す平原の街道に出ると、駄馬のウィリーに乗ったまま晴れやかな気分になった。
街道先に山の岩肌が見えてくると、その一角に人造的に作られた壁と門が見えだす。
「あれが、オリャンタイ砦らしい……ね」
岩場の間に四メートルはある人工の壁に囲まれた剣呑な砦で、俺は異界の雄大な自然の岩場と調和した人口砦に感嘆を覚えながら眺め続ける。
敵軍や赤化呪獣が来たりしたら近くの村人たちは、家を放棄し砦や城砦都市へ避難とのことで、住人や街を守る防衛の壁が作られてきたとか。
イラベ王国のオリャンタイ砦は、フェンリルへの避難場所兼、旅人や商人、兵士たちの宿場になっている話だ。
「また宿のベッドで寝れる……わ」
「ベッドで寝たいのは、やまやまだけどな……お金ないし昼前だし、先を急ごう」
「えっ? お金なら昨日製作したポーションを売れば、少しは資金になる……よ」
前に乗っているフィオの発言に俺は閉口した。
ポーションを売れば、自分たち用のポーションをまた製作することになる。
俺は擬態スライムを捕まえるのに苦労して気分が散々になったので、彼女の提案は聞こえない振りをした。
「ううーっ」
フィオは俺に無視されたので、振り返って頬を膨らまして不満を表現した。
「ポーション制作で昨日は半日ロスしたから。首輪、時間を気にしような」
俺が話をはぐらかすように言ったら、彼女は頭を下げて顔を前に戻した。
「普通の料理も食べたかったけど、仕方ない……ね」
「目的地に着いたら、ゆっくりして、そしてたっぷり食べればいい」
「うん」
俺も野菜料理とか食べたい、だが我慢。
横目にオリャンタイ砦を素通りしたあと、いくつもの別れ道を目標方向と思う方向へ進み、山道に分け入ってから道を間違えたことを知る。
進む先と上空の紫月の位置、山脈の位置が、ずれていることに気が付いたからだ。
基本はイラベ王国の同名首都の近郊まで、一本道と聞いていたのだが不安になってきた。
何度目かの別れ道でウィリーから降りた俺たちは、進むべきか別れ道へそれてみるか、それとも戻るかを道の中央で考えこんでしまう。
「あの宿場砦によって聞くべきだった……の」
「現在地を聞きたいが、人の通行が全くない。戻るにしても夜になるしな」
地図があるといいんだが、この異界では、商人が製作した簡易な物位しか手に入らず、戦略的にも一般には出回っていないらしい。
辺りを見まわしていると、フィオがある変わった背の高い木に指をさした。
目を向けると、雑木に隠れるようにその木の枝から地面へ垂れて、いくつもの実が付いているのが目に入った。
それは赤みがかっていて、柿のような実にも見えた。
「珍しい、あれサラニュ……だよ」
彼女は俺の顔を期待のまなざしで見てきた。
「えっ、何、食えるのか?」
いきなり眉毛にしわを寄せるフィオだが、話してくれた。
「甘い果実……なの。小さい時に食べておいしかったの。皮を向けばすぐ食べれる……よ」
言うなり、目を光り輝かせた。
「そうか、なら」
俺は完全に柿の感触と味を連想しながら、木の根元まで行って剣を抜き、上を見て軽くジャンプする。
すぐ赤みある果物が一房、落ちてきた。
よく見ると周りは赤色した細かいとげにおおわれて、食うのが面倒そうだとわかった。
十分後、とげなどものともせずに果実を口にほおばっていた。
柿ではなくキーウイのような甘い実で、二人で食べていると赤い汁が口の周りに付き、お互いを見て笑い合った。
フィオは食べながら、小枝で地面に簡単な地図を描き、直進は止めて目的の方向に近い脇道へ進むことを話す。
話が決まり、手についたサラニュの赤い汁を近くの葉っぱで拭くが、落ちないことに気付く。
「あっ、この汁、中々落ちないやつだった……の」
「なんだって?」
「これ、数日時間をかけないと落ちないやつ……なの。やばい感じの色は、二日ぐらいで取れた思い出がある……よ」
「はあ。人がいない場所でよかった。生肉をがっついたような恥ずかしい口回りになってるからな」
フィオが俺に一言。
「吸血鬼に見える。それも大道芸人の……ね」
吸血鬼もこの異界にもいるのかよ。
「その言葉そっくり返すが、フィオだとひょうきん吸血姫だな。人に会うなよ、笑い死んでしまうからな」
「むーっ、馬鹿にして……なの」
水筒の水で落とそうとしたが、言われた通り全然落ちない。
「まったく、何の塗料だよ」
お互い顔を見て噴き出して、また「ポンコツ吸血鬼」「ひょうきん吸血姫」とののしり合いながら、フィオをウィリーに乗せて旅を再開する。
その日は、レスパと言う山の中腹で野宿になった。
昼間、道で遭遇して俺たちを襲ってきた野獣を返り討ちにして、そのさばいた肉を夕食にした。
焚火の前で肉を食い終わると、調味料の瓶をフィオとのキャッチボールで新たに焼いた肉に塩をまぶして、かじりながら彼女に質問した。
「あのアナネア村で、発現した第三の腕だけど」
「うん」
第三の存在しない腕はいまだに使えて、小さい紫月石を使ってお手玉などをやってみせる。
目の前に紫月石が、空中でひとりでに浮かび、飛び跳ねている状態だ。
透明腕は十メートル先へまで伸びて、木々など素通りしてしまう。
「俺のこの腕のようなことが起きることって、多いのかな?」
肉をかじるのを辞め、少し首をかしげるフィオ。
「冒険者の腕としての技の……こと?」
「いや、第三の腕のような奴だよ。普通の人にスキル持ちってあるのかとね?」
フィオは目を見開いて、しばらく黙る。
「あるよ。特殊スキル……私のような赤月眼だよね。ここではいいけど、何に利用されるかわからないから、人に話さないといい。でも、ほとんど特殊な人たちだけだ……よ」
「特殊の人?」
「普通は赤月族の魔族や神族の十八番で武器……なの」
「じゃあ、俺、魔族?」
フィオは唾を飲み込んで、一瞬の間を作ったあと言った。
「違うよ、テオは人族……だから特殊……なの」
魔族エキドナや神族など、恐ろしいスキル持ちが上にいるってことか。
ちなみに、あの僕っ子のヴァルキューレのヒルドとそのメンバーたちは、ディース族と言ってやはり赤月族だという。
「その赤月族は、あの魔族エキドナのように好戦的な武装集団でいいのかな?」
「好戦的なのは、規律が嫌で自由で好き勝手やる赤月族が、魔族の一派を作っている……の。その対極が神族の集団で、黙して対極を見てヒルドのディース族と組んだりして、物事にあたっている感じ……なの」
「多いのか?」
「人族や獣人と比べれば、ほんの一握りが赤月族……なの。だから選ばれし者とも言われている……の」
エキドナのような者は、少ないとわかり安堵した。
夜は二人で見張りを交代しているが、今はウィリーがいて異変があれば知らしてくれるので、見張り慣れしてない俺にとっては最良な馬である。
そしてその夜に、異変があった。
夜になりフィオが寝るとき、人が少し前にこちらの様子をうかがっていたと忠告してくれた。
何も行動を起こさないまま去ったから、また戻ってくる可能性があるから気をつけてと言われている。
彼女の赤月眼で相手が、少し攻撃色を出していたというので、注意しようと暗闇の森を眺めていた。
だが、数分もしないうちに甘い香水のような香りがして、俺は座って腕を組んだまま眠りに落ちてしまう。
駄馬のウィリーの鳴き声で目が覚めたが、頭にもやがかかったようで重い。
木の幹に手綱を括り付けてあったウィリーは、動きを前足だけ上げては唸っていたので、近づいて鎮めていると足元に人が倒れていて仰天する。
濃い水色のマントにつばの広い三角帽子、そこから金色の髪が垂れて水色と白色の上着に、ミニスカートから黒タイツの足をだした少女が仰向けで寝ていた。
肩下げバッグをかけ、手には短い杖を持ち、その先端にこぶし大の研磨された紫色石が付いている。
「うん。どう見ても魔女っ娘だ」
近づき腰をかがめて見ると、気を失っているようで頬を軽く叩くと、息継ぎのような喘ぎ声を出した。
「何、賊……なの?」
後ろからフィオが、眠そうに歩いてきて俺の隣に立って倒れている少女を見つめる。
「赤化術士……なの」
ん? 魔法使いとは言わないのか。
「どうも、ウィリーに何かして、逆にやられたようだ」
フィオは首をひねったあと、手を叩いた。
「これは馬泥棒……よ」
そう言うが早いか、彼女は倒れている魔女っ娘の手から短めな杖を引きはがし、腰の短剣をも取り外して後ろへ下がった。
一瞬のうちに取り上げたので、俺は目を丸くして二人の少女を交互に見る。
「テオ、危ないから下がる……の」
「そっ、そうなのか?」
俺が立ち上がり一歩後退すると、その魔女っ娘は体を揺すられ意識を取り戻したようで、頭を抑えつつ上半身を起こした。
「……いったぁ、ヘマしちゃった……ん?」
「馬泥棒! 砦の兵に突き出す……の」
フィオが持っていた杖を手にして、彼女に宣告した。
周りを見渡して、状況を把握した魔女っ娘は引きずった笑いをしだす。
「あっ……あは、あははは。えっと、はははっ……うん? ギ、ギギギャ、ギャーッ」
魔女っ娘は突然悲鳴を上げて、座ったまま後ろへ勢い良く下がり、背中を木の幹に預けて震えだす。
「えええっ?」
彼女のうろたえぶりに、俺もフィオも戦慄する。
「しししし、しょ、食人族!」
「はいっ?」
「たっ、食べないでーっ」
「何言ってんの……あっ」
俺とフィオは顔を見合わせて、お互いの顔に指をさす。
「サラニュの汁」
「怖い……の?」
「どう見てもひょうきん吸血姫。ここは笑うとこだが……イって」
フィオの持った杖が俺の胸を強打した。
それでも恐怖で引きつる魔女っ娘に、フィオがサラニュを食べたことを説明すると、納得したようだが俺を見るとまた怯えだす。
「では改めて、馬泥棒は砦の兵に突き出す……の」
フィオは持っていた杖をその魔女っ娘に向けると、彼女は震えながらも正座を始め、胸に両手を合わせ勢いよく頭をさげた。
「私はコゼット・フロワサール。はい、イラベのラグナ教教団赤化導士見習いで、事情があってこのオリャンタイの地に派遣された者なのですよ。だけど、調べものの鑑定に夢中になって森の深部へ入っていき、同行者とはぐれてしまったのです。でも、おかげで大変な情報を収集しましたので、急いで近くのオリャンタイの神殿に報告に上がらないといけなくなりまして、いえ、その内容は超秘密物でお話はできないのですが、それで、それを報告しなければいけないのに、大切な報告なのにと思いましたが、道が分からずに夜になってしまい、焦りながら森をさまよっていたら、なんと古道にやっと出れました。おまけに近くにあなた方様御一行の焚火を見つけて、その灯りで馬が目に入ると、これですぐ戻れると頭に閃光が走ったのですが、でも、深夜だし頭を下げて話しても馬は貸してくれないだろうなと思い込みまして、ここは強引に極秘に馬を貸してもらおうと、ひそかに安眠香を焚き睡眠して頂いてたら、お借りして必ず、必ず、あとでお返しにうかがうつもりだったのです。本当ですよ。でも、馬に乗るまではそう思っていましたが、振り落とされることになるなどとは、とんでもない馬でした。はい、いえ、あの、私が悪いんです。はい」
「何その理由、ふざけてるなら食べる……わよ」
「まっ、真面目ですーっ。食べないでーっ!」
俺は魔女っ娘コゼットの早口の長話に圧倒されて呆けていたが、その長話を簡単に切り捨てたフィオは、吸血姫に見えた。
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