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第二十一話 二度目の旅立ちです

「私、怪我人治療してくる。テオは体を休めて……るの」


 大きな革袋を背負ったフィオは、横になっている兵士たちのところへかけていった。


「あいつも休むレベルだろうに」


 フィオを見送って広場を見渡すと、トスカンの遺体が目に付き、俺も休んでいる暇をないと歩き出す。

 余裕を持ったせいか、半獣だった女性の死体を見て違和感を覚えた。

 二メートル以上の大柄化で奴隷首輪が壊れたんだと思い込んでいたが、無理に外そうとすれば首がもげる話だったはず。


 遺体の首元を恐る恐る見るが、肌に痛んだ形跡がない。

 まさか、あのエキドナが解除していた? 外せた?


 俺は何を考えている。すべて憶測だ。魔族など相手が悪い。

 素直にスージュへ向かえばいい話だとして、考えを断ち切って遺体から離れた。

 




 村人と混ざった俺は、死者は半獣人と化した者たちと、それに倒されて死んだものとを分けて火葬するのを手伝う。

 雷で(すす)になったモイーズ先輩もその時一緒に燃やされたが、何か胸に来るものが去来し記憶がよみがえってるのか気になりだす。


 そのあとはトスカンの遺体が燃えているのを見て、敵への特攻で彼に怒られたことが今になって身に沁みてくる。


「トスカンもやられたのか……残念だ」


 後ろにシモンが来ていて、遺体に向かって胸に手の平を当てゆっくり頭をさげた。


「俺、トスカンさんに二度も助けてもらったのに、そのトスカンさんは俺の代わりに命を落としてしまいました……お礼や詫びたいのにいないのは辛いです」


 俺もこちら式の供養で、左手を胸に当て頭をさげる。 

 シモンはこうべを上げると火葬を見ながら俺に語った。


「今度はお前がトスカンのように、他者の命を救う義務が生じたってことだ。死者からの指名だからな、引き継ぎは絶対だ。自らの命を落とさずに遂行することだな」

「……はいっ、そうですね」


 シモンの言葉は、トスカンの死で苦しくなりかけた鬱の気分を晴らしてくれた。

 火葬中は静かだったが、ある程度過ぎたら警備隊長としてのシモンが復活して、周りの動く兵士に怒鳴りながら指示を出しお通夜ムードを払拭させる。


 今まで使っていたが自分の腕を切断したモイーズ先輩の長剣は、痛みを誘発しそうで持てないと、シモンへ相談して村に寄付をすることとなった。

 代わりに村長から、使われてない古い剣と取り換えてもらう。 


 その剣に触ると、チクリと腕が痛み、発動したかと身構えるが、映像も見えずに何ごとも起きなかった。

 その剣に宿っている魂と言うか、記憶か何かは時期が立っているせいか、あるいは受け継ぐ技能がないのかわからないが、継承スキルの儀式である映像と痛みが来なく安堵する。


 先輩の受け継いだ技能は健在で、古い剣を振るっても前の剣にくらべて劣った感触はなかった。

 あの風化紫月石から出てきた赤月結晶と赤月大剣は、村の財産として売り払うことになり、死亡した隊員の家族のための資金とするそうだ。





 広場で少し騒がしくなり見に行くと、警備隊員のジャコたち六人グループを村人たちが取り囲み、野菜の煮物を配っていたコリンヌが中心となり怒って罵声を上げていた。


 ジャコたちと対峙するように、草むらに尻餅をついたフィオが驚いて周りを見ており、何となく状況が把握できた。

 俺は村人の輪の中にゆっくり入って、フィオの側に膝をつき怪我はないか確認する。


「何かされたのか?」

「ああっ、うん。また指輪を取られそうになって、そこにコリンヌさんが来てくれてこうなった……の」


 コリンヌも俺が来たことに気付いて安堵したようで、怖い顔をひっこめた。


「テオさん、来たのね。良かった」

「怪我人を治療している子に手を上げるとは、とんだ罰当たりだ」

「命の恩人から物を奪おうなんて、どういう魂胆だ」


 俺のあとから加わった村人が、ジャコたちを指さして声を上げた。


「こいつら、俺の家の裏で待機とか言って、みんなが戦っているときに隠れてた連中だぞ」

「本当か?」

「なんて、不抜けた連中だ」

「あれだけ、みんな頑張っていたのに、なんてふがいないことを!」


 コリンヌがまた声を荒げて怒りだした。

 対するジャコたちも罰が悪いと思っているのか黙ってうなだれていたが、さすがにうんざりしたようで、他の連中とアイコンタクトをすると、村人の輪を無理やり退かして奥の古びたレンガの家に入っていった。


「連中は監禁だ」

「前から問題児だったグループなんだ。もう村から追い出した方がいい」

「シモンさんや村長に相談だ」


 村人は口々に文句を言いながら、その場は解散し一部が村長のところへ行った。


「村のごくつぶしたちで、シモンさんの下でだいぶ良くなったと聞いていたんだけど、ごめんね」 


 コリンヌは地面に投げ出されていた革袋を持ち上げて、フィオに渡した。


「ありがとう」

「私の方こそ感謝しているんですよ。フィオちゃんのおかげで、父の様態がよくなったんだもの」


 広場の一角に怪我人が集められていて、彼女はそちらに目を向けてまた戻す。


「でも、治療薬なくなって、直せなかった人もいる……の」

「しかたないわ。酷い人から治療していったことだもの、軽傷者は村医や私たちの役目だしね。それより村医のおじいさんも驚いていたので、あの治療薬ってかなり高額な物だったんでしょ?」

「スライムポーション空になった……けど、また作ればいいだけ……なの」

「ああ、重症の村人に全て分け与えたんだな」


 俺がフィオの頭を軽く撫でると、怒った顔を向けるが、はねのけることはしなかった。


「ごめんなさい。でも、高価なものを惜しげもなく使ってくれてありがとう」


 コリンヌは頭を下げたあと、怪我人の看護をしに広場の一角へ戻っていった。


「しかし、その、スライムポーションないと、この先まずくねえ?」

「うん。じゃあ、すぐ作……る?」

「へっ? すぐ作れるのか? 料理を作るのと訳が違うだろ」

「材料ないと難しい……かも」

「材料ってなんだよ?」

「スライム。それもただの透明スライムだと意味がなくて、擬態スライム。一匹確保するだけでいい……の。テオ、任せるね」

「おっ、俺が捕まえるのかよ」

「テオ、得意でしょ?」

「覚えがない」


 結局、先のことを考えると薬は必要だと思うので、道中でフィオの指示で確保することが決まってしまう。

 スライムとか、また新しい体験が開けそうで、背中に鳥肌が立つ思いである。

 なお、気にしていた赤月眼(せきげつがん)を使って半獣人を倒したことへの村人の反応は、魔族やディース族のヴァルキューレ登場で話題にすらされなかった。


 たぶんシモンが、村の復帰へ多忙なことで忘れているらしく、それ以外まだわかってないようだと悟り、黙ることにする。

 フィオの薬師としての献身的な働きの方に目が向き、コリンヌと同様に村人たちや警備隊に感謝されていた。

 


 ◆◆◆



 食欲旺盛で夕食をすませるとすぐ寝てしまい、起きると昼になっていた。

 俺のベッドの端で、なぜかフィオが両手を枕にして寝ている。

 頭を撫でていると彼女も目を覚まし、俺に顔を向けながら、よだれを手のこうで拭いて目をそらす。


「起きた……のね」


 すぐに彼女の顔の傷がほとんど治っていたのがわかった。


「おっ、顔の傷、綺麗になったな」

「私の薬、よく効くから……なの」


 にっこりと笑う彼女の髪に、俺はまだ触り足りずに触りたがっている自分に驚く。

 何か彼女に大事なような、高揚なものを感じだして当惑する。


「それで、もう熱くない?」

「うん?」


 昨日、村長から部屋と二つのベッドを借りて眠ったのだが、深夜に俺は右腕を押さえてうなされてて、熱も出したということでフィオが看病していたらしい。


「そうだったのか、悪い。でも、もう今は正常だよ」


 話しながら額に手を当てたり、右手の指を開いたり閉じたりした。


「そう。よかった……の」

「じゃあ、一日遅れたけど出発しよう」

「もう一日いてもいいよ?」

「大丈夫」


 俺は起きて、新調された上着に軽微の用具を身に着ける。

 近くで見ていたフィオに、もう元気だと右手を胸に叩いてアピールするが、右腕は安静にと指示が飛んだ。


 外に出ると、晴れで木々の間から光がもう真上から差し込んでいた。

 俺の破けた革着や、フィオのポンチョは新しく変わっていて、村長からお礼として無料で与えられたものだ。


 シモンとコリンヌや一部の村人と隊員に見送られて、俺たちは二度目の別れをして西門を抜けた。

 乗馬した上で、修正した腕をゆっくり動かすが、まだ痛みながらもしっかり指先まで動くのに安堵する。


「くっつくもんだな」


 俺の声に前面に乗ったフィオが振り返る。


「一晩たてば、全て元通りに再生したと思う……よ」

「なんか、本当に奇跡を見た気がする」


 左手を右肩に置いて右腕を回すが、痛みも薄らいでいる。


「あれはまだある……の?」

「ある。意識すると感じるが、今のところ邪魔にはなってないかな」


 第三の存在しない腕の感覚は、動かせるがものに触れられないので普段は意味がない。


「副作用かな……いままでの治療では聞かなかったこと……なの」

「そうなのか?」

「切断前での、ポーションの取り過ぎからきた副作用なの……かも」

「今のところ問題ないけど、消えるものかな」

「わからない……初めての症状……だよ」


 ポーションなのか、継承スキルで何か得たのか、まだわからない……また消えることもありうるから、様子見な感じかな。





 アナネア開拓村から離れて十分ぐらいの場所で、フィオが俺の上着を握って合図を送る。


「たぶん待ち伏せ……だよ。先ほどまで、道にいた複数の人影が周りに散らばった……の」


 フィオの赤月眼に反応があったようだ。


「先に誰か隠れているのか?」


 道先に目を向けるが、俺の目ではわからなく右手を確かめたあと、剣を鞘から引き抜いて駄馬のウィリーを少し早めに歩かせる。


「あっ。形状から、弓矢らしい物ををこっちに向けてきた……わ」

「矢は面倒だな。……走り抜けれるか?」

「相手の腕次第……なの」

「そうだよな。今の右腕で、弓矢を叩き落とす冒険はしたくないな」

「話す?」

「それで済めばいいが……」

「私の深紅の指輪ある……の。守りは鉄壁……なの」

「また使えるようになった?」

「連続で長く使うと、昨日みたいに熱を帯びて使えなくなるけど、大丈夫……なの」


 小声でやり取りしていると、知っている声がかかった。


「止まりな! 冒険者の小僧」


 木々の中からジャコを含めた三人が出てくると、後ろからも仲間が二人、マントを羽織り剣をぎらつかせて現れた。

 出てこないのが弓矢係か。


「右前方の樹木脇にもう一人……近くの枝に紫月石が多く見える。石の入った袋をひっかけている……のよ」

「紫月石が? それはラッキーだが、村からくすめてきたのか?」


 フィオと小声で話すと、ジャコがゆっくり前に出てきた。


「赤月指輪を置いてきな。そうしたら通してやるから」

「そんな雰囲気でないようだけど?」

「大丈夫だって、渡せばもうお前らに用はない」

「アナネア村に引き返して、通報しても?」

「利口なら、このまま立ち去ることだな」


 後ろの二人もこちらに迫ってきたところで、前方の森から重い物が落ちる音。そして何かが破裂する音。


「なんだ?」

「うわっ」


 続いてジャコの後ろの林から声が漏れた。

 同時にジャコたちの足元に一本の矢が突き刺さった。


「わっ」


 飛び上がる二人に、森から別の何かが飛んできた。


「いって、小石だ……紫の」 

「紫月石か?」


 いくつもの石つぶてが森から空中に上がり、ジャコたちに落下してきた。


「いてっ」

「うわっ、止めっ、いて」


 ジャコたちは頭を押さえてうずくまると、俺たちのうしろに出てきた連中にも石が空中に上がり落下した。


「うわっ」

「いってーっ」

「おやーっ、紫月石が空から降ってきた。面白いことがあるもんだな」


 俺は台詞を抑揚なく話しながら、ウィリーを前に進ませる。


「くっふふ」


 フィオもわかって笑い出す。


「なんだ? どうして紫月石が……」


 ジャコたち全員が呆気に取られているうちに、横を素通りして駄馬ウィリーを走らせた。


「あっ。小僧、待てーっ」

「それより、拾え」

「森に誰かいるんだ。気をつけ……」


 後ろからジャコたちの声が聞こえたが、すぐ小さくなって聞こえなくなった。


「はははっ。第三の手を使ったの……ね」

「そう。見えなかったけど、感覚的にある場所がすぐわかったよ。空間認識しながら透明な腕を伸ばしたら、枝に引っ掛けていた革袋を素通りして中の紫月石を握れてね。それで革袋が地面に落ちて紫月石が取り出せるようになった。ただ、強く意識したら最初に握った石は砕けたみたいで、触り方を軽くに変えてみたけどね」

「砕けた……の?」

「そうらしいんだ」


 少し考えたフィオだったが、話をうながした。


「それから紫月石を投げ上げてた……の?」

「まずは弓者のボディへ投げつけてから、すぐに紫月石を道端のジャコへ向けて一つ一つ投げ出したってわけ」

「くっふふっ、ジャコたちの呆けた顔、見ものだった……の」

「こんなに上手く行くとは思わなかった」


 追ってこれないほど走ってから、ウィリーの歩を緩めた。


「連中はマントを羽織ってたし、紫月石を革袋に詰めてたってことは、アナネア村から追い出されたってことかな?」

「うん。私もそう思った……よ」

「それで、フィオの指輪狙いで待ち伏せして、取り上げる算段だったってことか」

「もうジャコたちは、盗賊の仲間入り……なの」

「でも、もうここまで走れば連中とはおさらばだ。あとは、スージュに急ぐだけ」

「うん。お願い」


 俺に振り向き笑顔を向けるフィオ。

 森の道を進むと二台の幌馬車の残骸が現れ、坂を上ると初めて目を覚ました場所に行きついた。


 その場所は見晴らしがよく、遠くの山脈までよく見えた。

 あの紫の巨大月全体も、今日はよく見渡せた。


「あいかわらずでかい月で、おまけに綺麗だ」

「うん、そうだね。……でも狂乱を呼ぶ月は、恐ろしくもある……の」

「狂乱?」


 フィオは首をかしげたあと、顔を正面に向けて静かに語りだした。


「……百年に一回、あの紫色の月が大きくなり深紅に染まる年が来るって言われているわ。それを赤化狂乱災っていう……の」

「わざわい? 何か起こるんだな?」

「全ての赤月結晶の威力が上がるって、だから、赤化呪獣(フェンリル)は凶暴になり、その時に発生するフェンリルは赤化巨大獣(ベルグリシ)になり世界を破壊に駆り立てるらしい……の」


 この異界の大地に紫色衛星が、最接近してくることで起こる現象らしい。


「巨大化って、嫌なフレーズだな。でもまだ先なんだろ?」


 俺に振り向いたフィオは、うつろな目で悲しそうに言った。


「もうすぐ来る……よ」





 --- 第一部 首輪少女編 終了 ---

第一部終了です。

読んでいただきありがとうございました。


誤字修正。

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