第二話 憑依かよ
RPGゲーム世界の夢でも見ているのか?
だが、先ほどの胸の痛みとか、夢ならすぐ目が覚めていたレベル。
――異界へ転移? いや、憑依? アバター?
そんなイメージが沸いてきたが、また笑って却下する。
どちらも現実的じゃないだろう。
だが、腕や胸の痛みは、まぎれもなく現実だと教えてくれている。
夢ではないと。
――そうなのか?
座っている少女が、俺を見て首を傾げていた。
俺の顔芸を見られたか、見世物じゃねえ。
とにかく、保留だ。
まずは、この長剣。
俺は使ったことないし、包丁のでかいの振り回すなんて怖くてできないぞ。
「なあ、この剣を持っていなければ、いけないのか?」
「武器の装備なしで、この深い森から出るのは難しい。夜になるし野獣に殺される……よ」
「ああっ、クマとかいたな」
「クマ違う。ビッグベア。立つと四メートル以上……なの」
「四メートル以上って、逃げるしかねえ」
そんなのと対峙したくないが、何にせよ武器は必要か。
握っている長剣を上手く使う方法を思案して、グリップに力を入れながら、切れそうな木の枝の前に移動するため、足を前に出した。
すると、剣を持っていた腕にしびれるような感覚が起きて、驚いて立ち止まる。
いや、これは……つっている?
「うっく」
体の神経と筋肉がひっくり返ったような感覚に襲われ、腕を中心に四肢の筋肉がけいれんを起し、激しい激痛に剣を落としてしまった。
それを見た貫頭衣少女は、驚いて固まる。
「んんっ……」
焦り出したら、その傷みはすぐ引いてくれた。
「あれ……なんだ、今のは?」
二,三回屈伸運動したあと、けいれんした腕の筋肉を揉むが、痛んだ痕跡を感じない。
ただ、妙に体が動きやすくなり、目も遠くまでよく見える気がして、そんないい意味でのリセットした違和感を持った。
落とした剣を指で二,三回突いたあと、拾い上げる。
この長剣のせいでもないか。
剣を握って腕を振るが何もなく、しびれも消えていた。
「大丈夫?」
「よくわからんが……そうらしい」
しばらく考えてもらちが明かないので、最初の行動のまま、木の枝を剣で軽く引き払ってみた。
小枝のつもりだったが、奥の二十センチほどの太い幹まで見事に切り裂くと地面へ落下する。
「えっ?」
俺が驚くと、ついてきて見ていた少女も驚いていた。
もう一度、長剣を軽く下へ振って払うと、落ちた枝が地面に刺さった。
「枝が地面から綺麗に咲いたな」
「さっきのビッグベアの戦闘では、今の一振りの動きとは全然ちがう。何て言うか、すごいポンコツ冒険者? 大根ハンター? だった……の」
ちっちゃい割りに辛口だな、おい。
「具体的にどう違ったんだ?」
「えっと、ビッグベアに立ち向かって剣を上段に構えて振り下ろしたら、木の幹に刃を突き刺して手ぶらになったところを、野獣の腕に払われるように強打され、さっきの寝ていた草場へ飛ばされた……の」
俺の知らない俺を聞き、なぜか親近感が沸いて同士に思えた。
「逆に飛ばされたから、五体満足のまま食い散らかされることもなかったから、腹が破けて内臓飛び出てたけど幸運だった……の」
「幸運じゃねえ」
それ重症、いや重体だろう。
俺いいのか、立っているけど?
でも、もう痛みはないと胸から腹をさすってみながら、この少女に遊ばれているんじゃないかとも思った。
ポーションで直ったって、どこの魔法の世界だよ。
少女はしゃがんで、切った枝や幹の断面を見ていた。
「綺麗に両断している……よ」
「俺がポンコツなら、この長剣が有能なんじゃないか?」
「テオが先輩と慕ってた冒険者が持っていた剣よ。だけど、そんな名剣には見えない……の」
「テオって俺のことか?」
少女が目を細めたあと、口を小さく開けるが無言のまま閉じた。
テオの……この身体の先輩か?
覚えはないし、そんな設定のオンラインRPGをやったこともない。
また異界憑依が頭を巡ってきたが、もう無視しづらい現状だ。
でも雷に撃たれてたなら、最悪の死亡憑依をしたってことじゃないのか?
一番近い納得方法か。
いやいや、これで納得していいのか?
それなら、この俺はなぜ体は別人なんだ?
仮に魂か、意識とかの転移なら、この体の持ち主である魂か意識はどこへ?
初めに目が覚めたとき、少女は助からないとか言ってたのを思い出す。
死んで魂が抜けたところへ俺が入ってきた、とか?
言葉を話せているってのは、持ち主の記憶があるってことだし……そこに俺という意識だけ入った?
いや、融合したとも考えられる。
だからってそんなこと、ありえないだろう……冷静になろう。
鍵になるのは、俺の世界もこの世界も雷が関係しているってことか。
とにかく、状況を見ながら納得いくものを見定めていこう。
「その先輩は?」
「倒れたテオを私が治療していて、それをかばおうとビッグベアの前に立ちはだかった……ところに、えっと、雷が落ちて、死んじゃった……わ」
「雷? 目の前でか」
「ええっと……この辺一体に何度か続けて落ちて、光の世界に変わったと思ったら、光の玉が空中で回転していて小さくなって消えるという綺麗なショーを観れた。おかげで、テオを食べようとしたビッグベアも驚いて去っていってくれた……よ」
ああ、前にTVで聞いたことがある。
たしか、落雷でたまに起こる光の玉現象のボールライトニングってやつじゃないか?
近くに立っていた先輩に落雷して、俺も電気エネルギーが通った可能性があるかも。
先ほど目が覚めたとき、しびれがあって身動きが取れなかったのは感電してたのかもしれない。
壊れた指輪を思い出して指の爪付きだけの輪をのぞき、その感電で宝石が割れてなくなった?
いやいや、石は電気通さないだろう。
そうなると純度の高い金に匹敵する通電石で、雷電の臨界越えで砕けた?
魔法石か?
とりあえず、それは取り外してベルトについている巾着に潜り込ませた。
身近に横たわっている黒い塊が、身体の俺をかばった先輩だったのか……合唱。
「そうなると、これは先輩の遺品なのか? それから、俺はどうやら記憶喪失らしい、先輩のことが思い出せない」
「そう……あっ、しまった」
少女は答えながら前方を見て立ち上がり、ポンチョの中から短剣を引き出して構えた。
「ワイルドボア……よ」