第十七話 やばい闘争
赤月半獣人が増えたことに動揺しながら、前方の相手に目を戻してタランチュラと人の合成部分に剣を集中させた。
――こいつの赤い結晶は、胴体部分が一番怪しい。
だが取り巻いて残った隊員は、誰もが軽装の村人で、俺と同じように腰が引けて動けない。
口を上下に動かすだけの半獣人は、体を移動させ、前足で短めのスイングを起こすと固まっている兵を二人続けてなぎ倒した。
「やばっ」
それを見て俺と隣の男が同時に駆け出し、長い脚を抜け、横を向いた状態の人の上半身に剣を突き出し切りつけた。
左肩の肉を斬る嫌な感触が伝わるが、夢中で二太刀目を浴びせる。
切られた半獣人は少し動きが鈍りながらも、自らの腕をこちらへ振るってきたので後退する。
槍を粉砕する腕力は恐ろしい。
だが、隣の男は三太刀目の態勢で、蜘蛛女の腕の強打で弾き飛ばされた。
前面に残っていた隊員が、俺たちの行動の隙に背後から半獣人の頭上に剣を叩きつけた。
蜘蛛女は片手でその剣を振り払うと、俺に背を向け、残った隊員に前足を振るいだす。
向かいの隊員と逆の立場になり、剣ですぐ背中を突き刺そうと前面へ足を出した。
「テオーっ」
背後からフィオの声と同時に、片足に何かが引っ掛かったと思うと強い力で引っ張られた。
世界が急旋回し、地面と空が交互に見えてわけがわからないまま頭や肩に衝撃。
そして浮遊感のあと、身体に息が止まるほどの激しい圧迫。
目の前が真っ白になり、激痛で体が金縛りにあったように動けなくなる。
苦痛を我慢しているとゆっくり痛みが引いていき、徐々に目の焦点が合うと、家のレンガの壁と空を見分けられ、屋根から草木が少量ほど顔面に落ちてきたのを確認できた。
何かに家の屋根まで飛ばされて、地面に落ちて倒れたと自覚した。
ゆっくり起き上がると、壁に立てかけてあった槍が数本倒れて俺の頭に当たる。
地面に槍をどけていると、フィオが革袋を担いでかけてきた。
彼女がぼやけて、別の風景がタプって見えだした。
――あれ、頭打ったせいか?
広場に草原が広がり、そこをかけてくるマントを羽織ってなびかせるフィオ。
状況について行けずに混乱するが、その彼女は首輪をつけてなく、顔から上半身にかけて血だらけだった。
――えっ?
何の情景だ。
「大丈夫?」
その彼女が話しかけてくると、草原が消えて広場に戻り、ポンチョを羽織り革袋を担いだ彼女に戻っていた。
「頭切れてる……の」
「あっ、ああ」
今のは……白昼夢?
痛みのある額に手をやると、ぬるりと赤い液体がついた。
――俺が血だるまじゃねえか。
フィオは革袋から、タオルを取り出して拭くと、前に見た軟膏を縫ってくれる。
「ありがとう」
「これ、痛め止めのポーション」
革袋から取り出した小型の水筒を、俺の口に突っ込んでくる。
「ひゃっい」
「飲んで……よ」
押し込まれるまま飲むと、頭のずきずきする部分が少しずつ引いていき、胸の圧迫感も消えていく。
「おっ、効く!」
「でしょ? 私の腕信じる……の」
俺は目を点にしたあと彼女に聞いた。
「痛め止めもフィオ製作?」
「うん」
この子、有能。
「薬剤師か何かで商売できるぞ」
「してたよ。もともと死んだ母がそうだった……わ。私のはみんな受け売り……なの」
「そうか」
その辺、今度ゆっくり聞いてみよう。
ここから生き残れたらだが。
「……ところで、俺は何でこんなことに?」
「テオ、商人半獣人の鞭に脚を取られて、放り出された……よ」
周りを見ると、戦っていた場所から七、八メートルは飛ばされていた。
草の屋根瓦で命を取り留めた? この身体にも感謝。
「あの商人が、俺の前までフィオと契約してたやつか?」
「んっ、違うよ。あれは雇われてた奴隷調教師……なの。逃げないように何時も鞭を地面に叩いて恫喝していた……奴」
調教師の鞭持ちは、絵にかいたような奴だな。
俺は近くに落ちていた剣を拾って、また参戦しようとしたら声がかかった。
「あっ、ああ……ぐ」
全身燃やされたように肌が黒く焼けた姿の二メートル以上の半獣人が左手を差し出し、右手に大きい短剣を持って近寄っていた。
「うわっ」
東門からも入ってきた半獣人か。
フィオを後ろに下がらせながら剣を握るが、まだ頭痛が引かずにめまいがする。
黒炭男の後ろにも半獣人が歩いていて、東門付近では人が何人も倒れていた。
「そっ、そ……あううっ……けっ」
しきりに口を動かし言葉などになってなく意味不明だが、何かを求めててを差し出しているのはわかる。
「何だ、人としての意思が残っているのか?」
「テオの剣を見てる……の」
俺は右手を持ち上げると、剣のグリップを顔に持ってきて自問する。
「いやっ、俺の剣って……つまるところ、この黒炭男の持ち主か!?」
「そう……なの」
フィオも肯定する。
土に埋めた先輩までも、はい出してきたことに意気消沈する。
その魔獣になっても、生前の気持ちが無意識的に行動させているのか?
そこへ突然首元に手が回り、フィオが背中に乗ってきた。
「おい、ここは家の中に避難だろ?」
「近くで見れば、よくわかる……の」
「近くって?」
「後ろ。元奴隷商人の魔獣……なの」
背後へ目を向けると、別の半獣人が家の壁を軽く叩いていた。
首筋に爬虫類の鱗の皮膚をしていたが、他はいたって普通の貴族風の服を着た二メートル以上の大柄中年紳士である。
「すぐ葬って。もう見たくない……の」
肩口で震えるように話すフィオ。
そこへ黒炭半獣人が、短剣を俺の横顔を引き裂くように振ってきて、急いで後退した。
「そうか。だが、先輩の記憶がないから対峙できるが、この先輩半獣人、そう簡単には……」
「ここの背中からなら、赤月結晶の場所をすぐ確認できて、そのままテオに教えられる……よ」
「おいっ。赤月眼使うと周りにばれるぞ」
「そこは、何とかテオの口で誤魔化す……の」
「それ、厳しい注文」
途端に首が絞められた。
「他の半獣人も結晶石、見分ける……の。こんなに人が倒れるなんて思わなかった。もう見てられない。私、間違っていたから……」
この事態は、フィオが気に病むことじゃないと思うが……。
「怪我して大変だけど、手伝って欲しい……の」
「ああっ、わかった」
「うん。テオ、やって」
俺は彼女を背負ったまま先輩半獣人と対峙するが、何かフィオを背負っていると安心感を感じるのは気のせいだろうか。
「見つけた。テオの先輩、右の脇腹に赤月結晶」
それを聞き、速攻で脇腹に剣を向けるが大短剣で弾かれたので、また後退する。
先ほど倒れた場所にあった槍が数本目に入り、すぐ駆け寄って二本を脇に抱えると、黒炭半獣人が迫ってきた。
「どうする……の?」
「見ていればいい」
黒炭半獣人に向かい、剣を地面に突き刺して告げた。
「先輩の剣、返します」
相手が理解しているかわからないが、すぐ反応を示して剣を取りに動き出した。
二本の槍を両手に構えて振り回すと、自分の手のようにうまく使える。
「よし」
黒炭半獣人が地面に刺さった剣の柄に、左手で引き抜いた。
それを見て槍を左脇腹へ突く。
だが、半獣人の大短剣が右側から左へ、俺の槍を弾いていく。
それは一瞬だが、右側が手薄になる隙を見せた。
俺はもう一本の槍を黒い脇腹へ投げつける。
槍は右の黒い腹に上手く突き刺さった。
石の弾けた音を耳にし、手ごたえを感じ取ると、黒炭半獣人が初めて凶暴な声を上げるが、その場でゆっくり座り込むと縮むように倒れた。
「やった」
フィオが背中で喜ぶと俺の首も絞まってきた。
「うっ、次すぐ来るぞ。元奴隷商人半獣人」
「わかった……の」
倒れて剣を手放したまま元の大きさに戻った黒炭半獣人に近づき、その剣を持ち上げ鞘に納めたまま足元を見つめる。
「また、使わせてもらいます」
体が元に戻った先輩に一言言って、二本の槍を両手に持ち速足で進む。
家の窓を壊して、中の住人を恫喝している半獣人を迎え撃つため接近した。
その足で片腕の槍を脇腹に突き立てるが、簡単に腕で払われてしまう。
「くっ、甘くないか」
元奴隷商人の半獣人は、こちらに向き直ると壊した窓枠を引きはがして、それを俺たちに振り回してきた。
一歩後退すると、目の前に窓枠と突風がスローモーションしながら通り過ぎていく。
「あぶねーっ」
「奴隷商人は、首……なの」
「首? 鱗の皮膚あたりか」
「そう」
「鱗は硬そうだ。いや、やるしかないよな」
槍を構えながら、円を描いて後ろへ回り込もうとすると、半獣人もこちらの動きを追ってくる。
仕方なく槍を突くと窓枠に弾き返され、その隙にもう一本の槍で首を狙うが避けられる。
「くっ、一人じゃやりづらい。トスカンさんでもいれば、引き付けてもらうんだが」
そうつぶやいて、近くに隊員がいないか見渡すと、フィオが俺の背から降りた。
「私、する……の」
「何?」
小走りで奴隷商人の赤月半獣人の前を横切りだした。
「おいっ、アブねェ」
「狙って!」
赤月半獣人はフィオに意識を切り替えて、付いて行きだした。
広場を蛇行するフィオに、面白がったように付いて行く商人半獣人。
「早く奴を倒さないと」
俺から後ろを見せた赤月半獣人に、首の鱗めがけて槍を片手で突き上げた。
だが、硬い石にあたったように弾かれ、半獣人も止まってこちらに意識が向かう。
まだ大丈夫と首の下の鱗なしの肌へ、槍の先端を突き上げたが体ごと素早くよけられた。
赤月の結晶のせいか、でかいわりに上半身は早い。
そのまま敵の腕が伸びてきて、反対側に避けると、自ら飛び上がって俺をつぶしにきた。
「うっ」
急いで一歩後退すると家の壁にぶつかる。
後がないところで、赤月半獣人の拳が飛んできた。
腰を曲げて避けるのだが左腕をかすめて拳の一撃は、家の壁を破損させ、衝撃で持っていた槍が飛んでいく。
「いっ」
かすったため左腕の苦痛でその場でうずくまってしまう。
――まずい……。
家のレンガの壁が割れた隙間から、女子や子供の悲鳴が耳に入ってきた。
目をそちらに向けると、その家には三人の幼女を抱きかかえている娘と目があった。
「あっ」
野菜の煮物を配っていたコリンヌだ。
歯を震わして、こちらへ恐怖のまなざしを向けている。
――彼女たちのためにも、あきらめずに戦わないといけない。
改めて悟り、前の敵を見る。
半獣人も彼女たちを見ていたあと、こちらを見返す。
追撃を逃れるため、痛みをこらえて右側に転げるように移動した。
そこへ商人赤月獣のもう片方の手が、俺をとらえるように飛んでくる。
瞬間、内側に飛ぶと、腰をかがめた半獣人の懐へ入ってしまう。
目の前に奴隷商人の顔。
相手も、飛び込んできた俺の予期せぬ動きに混乱している。
剣を引き出して、目の前に見えるのど元へ鱗を避けて皮膚を刺し貫く。
肉の重い切れ味のあと、硬い岩盤にあたった感触。
「ヒット」
もうひと押ししたあと、剣を引き戻して壁まで後退した。
商人赤月獣は顔を痙攣させて、後ろ側へひっくり返ると動かなくなり身体が縮んでいく。
俺も地面にへたり込んで、震える身体を深呼吸で押し留める。
「テオ」
フィオに呼ばれて振り向くと、二体の半獣人がこっちへ向ってきているのを確認。
鞭持ちの調教師半獣人と、最初に対戦してた蜘蛛半獣人だ。
「……待ってくれよ」
その奥の西門付近は、四体との乱打戦がまだ繰り広げている。




