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第十六話 はいよる混沌

 広場の混乱が収まった頃、シモンに先を急ぐのですぐ発つことを告げて頭をさげた。


「森に不確定の赤月獣人がいるかもしれないが、それでも行くか?」

「安全を確保するまでに時間がかかりそうじゃないですか。馬に乗っていれば、大丈夫かと」

「わかった」


 シモンは了解すると近くの部下に、旅に必要な鞍や軽微品を渡すようにと嬉しい指示をしてくれた。

 二十分ほどで旅の支度が整うと、トスカン、シモンと数人の部員に礼を言って、持ち物を鞍にくくり付けた駄馬にまたがる。


 フィオが馬の上に乗れずに、中に浮いた足を動かして焦っているので、腰を下げて両手で彼女の腕の下を取り、持ち上げたまま俺の前に乗せた。


「あっ、後ろがよかったかな」

「ううん。ここで……いい」


 木々の間から差し込んだ光が、笑顔で振り返るフィオへ照らし出した。


「気が向いたらまた来るんだ。いいな」

「ええっと、そのときはぜひに。……いろいろありがとうございました」


 前世なら似た年齢の人たちだが、違和感なく年長者への言葉遣いができている。

 この肉体の年相応な意識に変化しているようだ。

 馬の二人乗りで、左手でフィオを抱き寄せ、右手で手綱を握る。


 フィオに気を使って軽く抱いていると落としそうなので、しっかりと抱しめる形にするが、彼女は何も言わずに体を預けてくる。

 役得と言いそうだが、もちろんそんな余裕などなく責任感と緊張感が織り交ぜ状態である。

 もう一度、シモンたちに頭を下げてから、馬をゆっくり歩かせ村の西門を抜けた。


「よし、駄馬行こう」


 出てから馬を走らせたのだが、駄馬と言うのも味気ないので、フィオに案を出すとすぐ受諾され命名された。

 彼女にゴロがいいと気に入ってもらった名は、ウィリーである。


「早くスージュ商会の本店へ行って、フィオの首輪を外そう」


 俺がフィオに言うと実感のこもった返事をした。


「うん。お願い」


 前世の記憶とこの身体一つで、何とかやって行こうという気になった。

 だが、そんな俺のささやかな思いは、すぐかき消されることとなる。



 ◆◆◆



 しばらく走ったところで、暗い道の前方から人が数人歩いてくるのが見えた。

 だが、大きさや形状に違和感を感じて、急ぎ駄馬のウィリーの綱を引く。


 俺のつたない腕でも、ウィリーはゆっくり止まってくれたので、すぐ前方をはっきり確認できた。

 先頭の太った大柄な男がふらつくように、こちらへやってくる。

 その後ろに女性と思われる人でない者が三人、森の方にも二人ほど動いて見えるのだが……。


「人の顔……今度は半獣人」


 俺もフィオも眉をしかめて見つめた。

 昨日のタランチュラ並みの胴体を持つ者に、四つ足歩行している者、両腕と肩を通して一本の蛇になっている者と、千差万別に合成されていて禍々しい。


 そして全員が、二メートル以上の大きさで重みを感じ、ちぎれた衣服をまとっていた。

 森を歩く一人は、体の半分が鱗に覆われトカゲのような腕を持っていて、その手には軽装鎧の男の首が握られ身体を引きずっていた。


「潜行してた村の隊員か?」

「死んでる……の」

「もう助けられないのか……」


 生きていても、赤月獣人一体でも手に余るんんだ。

 同じ目に合うのが見える。


「先頭の男、奴隷商人だわ。後ろの女性は……幌馬車に一緒に乗っていた……人たち……だよ」


 フィオが俺に振り向いて悲しそうに言った。

 顔のある女性には奴隷首輪をしてないことに思い当たり、二メートル以上の大柄化で壊れたんだと推測する。


「これは、幌馬車隊の死亡者が、半獣人に代わったってことか?」

「全員赤月半獣人となっている……の」

「赤月結晶が見える?」

「うん。でもそれぞれ場所が違う……わ」


 厄介な。


「フィオ悪い。これは村に戻って知らせないといけない」

「もちろん。当たり前なの……よ」





 ウィリーをアナネア村へ方向転換させて、もと来た道を走った。

 アナネア村に逆戻りをして広場に出ると、すぐトスカンが気づいてやってきた。


「どうした、忘れ物か?」

「さっきの獣人と同じものが六体。それを目撃しました。この西門の道をこちらへ向かって歩いてきています」

「何!」


 それを聞いた回りにいた村人たちが、駄馬のウイリー周辺に集まりだす。


「本当なのか?」

「さっきのが六体って、冗談だろ」

「何でこの村に来ようとしているんだ。よせよ」


 騒ぎが広がりだしたところで、シモンが部下を引き連れ駆けつけると、矢継ぎ早に質問してきた。


「どの辺まで来ている? どんな風体だった? 武器は何だ?」


 ウィリーから降りて、見たままの状況をシモンたちに話し、一人殺されていたことを伝えると全員憂い顔になる。

 だがシモンは、門番の警備員に大声で怒鳴った。


「西門を閉じて封鎖しろ。今すぐにだ。何でもいい、赤月獣人を入れないように物を置いて積み上げろ。すぐ取り掛かれ」

「俺たちも手伝う」


 近くの村人の男たちも、西門へ加勢に行くとすぐ二メートルほどの簡易な板門が閉じた。

 広場に立つ巨木の枝に手綱をかけてあった馬たちも指示で厩舎へ移動させられ、俺はその馬番の年配者にウィリーを預けてフィオとシオンたちのところへ戻った。


「悪いが、お前にも手伝ってもらいたい。いいか?」


 シオンに問われうなずく。


「では西門が破られることがあったら、入ってきた奴を順次討伐だ。シンプルでわかりやすいだろ?」

「ええっ、まあ」


 村の周りは、杭と板の防波堤になっていてるので、門以外から入ってくるには破壊用具がないと難しい。

 簡易な西門に近づくと、村付近の森から男たちが枯れた巨木を手分けして持ちより、ハイペースで門の入り口は大木で積み上げられていく。


 先ほどの半獣人をかなりの人々が家や隅から見ていて、脅威に感じているのが伝わってくる。

 次々と木材が運ばれ山積みにしている。


「フィオは近くの家に入れてもらい、隠れているといい」

「うん」


 彼女の魔眼……赤月眼は欲しいが、その能力を隠したがっているから無理強いはさせたくない。   

 レアな能力なのはわかってきたから、興味を持たれ利用されたり、捕まったりする可能性が十分あるだろう。


 フィオに頼る事態になる前に討伐させればいいが、いかんせん数が多いのが難点。

 半獣人が身体を避ける場所を狙う、それだけだ。


 



「見えたぞ」


 外に出て道先から偵察していた隊員が、声を上げてこちらに知らせた。

 村の外側で作業していた男たちが一斉に駆け戻り、門に盛り上げた大木の壁を焦りながら登ってこちらへ降りてくる。


「あれだ」

「道に三、四人見える」

「森にも影がある、あれもそうか」


 荷台の上から、仕切り板の外の道先を見ていた者たちが告げる。

 偵察員が最後に戻り、西門の障害物を乗り越えて飛び降りてくると、誰もが外へ目を向け耳をそばだてて集中する。


 誰もが口を閉じて動向を見守り、広場は静寂に包まれた。

 そんな中、積み上げた木々の間から見ていたシモンが、俺や他の部下たちに苦笑いを漏らす。


「今度は戦いやすい。ちゃんと人の顔がついてるから異種への恐怖感が少ない」

「でも体が異様に恐ろしいですが」


 外を見ていた部下が答える。

 身体にあった欠陥部分に、何かしらの野獣か爬虫類、昆虫のような生物が溶け込んで一体化したような半獣人、これも魔獣の類なのだろう。


「下半身がタランチュラだぞ」

「隣のは、腕が蛇でおぞましい」


 先頭は商人と聞いてたが、そいつを追い抜いて後ろに従っていた元人間の女性たちが門の前までやってきた。

 木々の壁にそれぞれが手を置いて揺すりだした。


「うわっ」

「ああっ、何て力だ」


 壁にした木々の中断まで足を置いて外をのぞいていた隊員数名が、倒れ落ちてきた。


「くそっ。登ってきやがらねえ」

「門を押し倒しにかかってきている」


 シモンが周りに指示を出すと、三名の槍持ちが出てきて、門の揺れる木壁に登りだした。


「上から槍で突け」


 だが、障害物の古木山の一部が崩れだして、三名は飛び降りて一歩後退する。


「なんて力だ」


 門の周りで待機していた者たちが、剣に手をかけ一部は抜き放った。

 俺も剣をゆっくり抜くと、手が小刻みに震えていて緊張しているのに気付く。


 でも、ビッグベアに対したときのように、気持ちに負けず、無心でいたことを思いだす。 

 恐怖心に取りつかれないためにも、手続き記憶で得た技法を敵から守る能力に還元することだ。

 そうすれば自信がつき、恐怖心も払拭されるはず。


「離れろー」


 西門の木杭が傾き、古木の壁一角部分が倒壊し、大きな音と供に門が押し開けられて土煙が上がる。

 煙の中から、一人の半獣人が障害物にしていた木の短い幹を両手で持って入り込んできた。


 先刻の馬の獣人より背は低いが、タランチュラの足を持って顔の部分に女の上半身が鎮座していた。

 アラクネがいたら、まさにこんな奴だろう。

 口から泡を飛ばし、何か得体のしれない発音をしているところは馬獣人と同じで、浅黒い肌は死人のようなゾンビを連想させる。


「このおーっ」


 一人が槍で侵入者ののど元に突きを入れるが、簡単に槍を片手で捕らえると握った部分を粉砕した。


「あっ、あの握力。人間じゃねえ」

「離れろ」


 弓を持つグループが矢をつがえて的を絞り、余裕な状態で広場を眺めていた半獣人に矢を放った。

 両手で矢を叩き落とすが、二矢、三矢と続けられると肩や胸、タランチュラの腹に深く突き刺さっていく。


 痛みも感じてないように堂々としているが、持っていた木の短い幹を弓矢隊に両手で投げつけてきた。

 それを見て後方に足を下げた隊員たちだが、二人の動きが遅く枝木を足元に食らって倒れてしまう。


「うわっ」


 続いて、倒れた二人の上に半獣人が飛びこみタランチュラの胴体が圧し掛かると、弓矢の二人は叫び声とともに口から血を吐き出してもがきだす。

 シモンが二人を助け出すために槍を前に突き出すと、機敏に動いた半獣人の腕で跳ね飛ばされる。


 シモンの隣から俺は走り、長いタランチュラの足を剣で切りつけるが、その足に弾かれた。

 バランスを崩しながら元の位置まで弾き返される。


「硬い」


 昨夜のタランチュラのような皮膚の硬さを彷彿させた。

 その蜘蛛半獣人は、咆哮を上げると長い前歩脚(ぜんほきゃく)を振り回し始め、前面にいた村の警備兵数人が飛ばされる。


「また来たぞ」


 振り返ると、西門の木々の間から頭部がワイルドボアで、四つ足歩行の獣人が新たに一体入ってきた。


「入れるな。入り口で何としても押えろ」


 シモンの一括が響くと、広場の中央で待機していた別動隊八人が、西門へ動き対峙しだす。

 その四つ足獣人は広場に入ると、猪が突進するように走り出した。 


 槍や矢を食らいながらも、激しく突進して当たったものを次々に空中に跳ね飛ばしていく。

 飛ばされて仰向けに倒れた村の兵は、顔面が陥没して赤く染まり動かない。





 アラクネもどきの半獣人と対峙している俺たちの耳に、大きな轟音が響く。

 それは門の残りの古木の山が崩れだし、土煙を上げて完全崩壊していく音だ。


「下がれ。下がれ」


 全員が広場の中央へ後退すると、二体の半獣人は戦闘を中断して煙を眺めだす。

 土煙が消えたころ、門を通って残りの四体の半獣人がゆっくり入ってきた。


「広場で迎えて撃破せよ。赤月結晶がありそうな、のどや胸を上手く突けば討伐完了だ!」

「おーっ」

「もう逃げ場はない。最後の一人になってもアナネア村を守り抜け!」

「おおーっ」


 シモンの怒声で、周りの兵が活気づく。


「練習通りに隊を組み、それぞれの半獣人を撃退しろ。絶対だ!」


 すぐに一つの隊に八人が組み四つに分かれ、広場を徘徊を始めた半獣人を取り囲んで動きを止めた。

 俺も隊の中に加わって剣を持ち対峙するが、その相手は初めに入ってきて前足を振り回す蜘蛛半獣人だ。


「かかれ!」


 赤月半獣人めがけ、前後左右に八本の剣が滅多切りにして、赤い結晶の破壊をめざした。


「おおおっ!」


 俺は一瞬躊躇すると、何人かが前面に出て半獣人に剣を向けるが、前足の一振りで次々と剣が宙を舞い、もう一本の足の一振りで隊員たちが家の壁まで吹き飛んでいった。

 いきなり半数に減ってしまい焦る。


「救援を……」


 門側の隊から悲痛の声がかかって、首を横にして見て驚愕する。

 商人の姿をした半獣人が立っている周りに、囲っていた隊員たちが消えて、周りにそれらしい者が四方に倒れてうめいている姿が目に入った。

 物の数分で八人組が沈黙させられている。 


「おおっい、増援頼む」


 戦闘中の西門の反対門から、木霊すように声が上がった。


「東門からも二体入ってきた!」

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