第十五話 広場での戦闘
隊員たちが見守る門の前に、二メートルは超える大きな何者かが大剣と人の首を手に持って立っていた。
黒ずんだ肌の身体に、ちぎれた衣服を張り付いてるようにまとう体は人の物だが、首の根元から上は黒馬の顔に変わっている。
馬の頭と人の体を併せ持った獣人は、荒い呼吸で口から泡を吐きながら広場を見渡していた。
「獣人?」
「そうだけど、あれは違う……の」
俺の疑問にフィオが不安気に言うと、また一歩後退していくので一緒に下がる。
「別の何か……なの」
足を止めたフィオ、俺だけに聞こえるように耳元に背伸びをしてささやいた。
『馬首の中に赤月の結晶体が見える……わ』
俺はすぐ昨夜の赤化呪獣との遭遇戦を思いだす。
「ん。じゃあ、デカくなったタランチュラと同じ突然変異なのか?」
「わからない、あんなの初めて見た……の」
剣に手を置いたトスカンと合流するが、野菜スープのコリンヌは退避してもういない。
「俺は目がおかしいのかな」
今度はトスカンが怯えたように妙なことを口走ったので、怪訝に思いながら彼へ目をやる。
「肩や胸の傷に覚えかある」
「えっ、あの獣人と知り合い?」
フィオと同時に驚き、目を見張った。
「あんなデカい馬ズラに知り合いはいねえ。馬族に似てるが、首が異常に長いから別種だ」
「じゃあ獣人の別種?」
「ただ、あのちぎれた服といい、傷といい、長剣といい、知り合いの冒険者に似ているのが気になってな」
「あっ、幌馬車の護衛の人!?」
彼女もなにか思い出したようだが、元は人だが顔が馬になった?
「人と馬が合成したのか?」
「キメラかも……なの」
「えっ、キメラ?」
俺の質問と同時に、立ち尽くす馬獣人に、両側から隊員が剣を振り下ろした。
と思ったら、警備隊二人は獣人の持つ一本の剣に瞬時にさえぎられ、はじき返される。
よろめいた二人の胸に、馬獣人の長剣が瞬時に二人を刺し貫き、その場に倒された。
「なんてことを」
「早い」
身体の動きが、体型とマッチしていない敏捷性、筋肉の瞬発力が人を超えている。
シモンたち隊員は一斉に腰を低くして、警戒を最大限に上げた。
応援の警備員がまた数名、剣を抜いて駆け寄ってきたが、これはヤバい気しかしない。
黒い槍が獣人の胸に飛びかかっると、前後左右から隊員たちが剣の上段切りを仕掛ける。
だが、馬獣人の剣でシモンの突きは簡単に弾かれ、その黒い槍は右側の攻撃しかけた隊員を止まらせることになった。
左の隊員の剣を叩いて落とすと、胸を簡単に刺し貫いた。
「うああっ」
絶叫が広場に上がる。
その獣人の後ろから一人が上段切りを仕掛けると、背中にヒットし深く切れた。
だが、馬獣人の口から声など漏れない。
「痛みがない!?」
背の肉から血など流れてなく、切れた皮膚から見えるどす黒い血が、凝固している風に見えた。
馬獣人は裂けた背などものともせず、振り返って切り付けた隊員に一、二手、刃を交わらせたあと、胴体を切って捨てた。
それだけでなく、何も支障なくシモンたちと剣を交えて肌を切られても、刺した隊員を屠って返り討ちにしていく。
「どういうことだ」
「赤月獣人では?」
「そうか、獣人の赤月化か。下がれ。下がれ」
シモンが号令を発すると、馬獣人から隊員たちが遠巻きに下がった。
「何人やられた?」
「半死半生九名」
「ちっ、甘く見過ぎた。俺が前面を引き付けるから、グループを組んでうしろから弓矢で攻撃しろ」
「承知」
部下の一人が手で指示すると、数名が弓矢を取りに行き、四名のグループ三組ができると後ろに回った。
シモンの槍は、赤月獣人と判断された相手に鋭く突きを入れるが、それを軽く噛んで力ずくで奪い取ろうと綱引きになる。
「こっ、こいつっ、うあっ」
あっという間にシモンは引きずられて、飛ぶように倒れると激しく転がり門の板にぶつかった。
その倒れたシモンに、馬獣人は奪い取った黒の槍をたたきつけ、剣を構えてゆっくり近づく。
「構え」
シモンの部下が号令を掛けると、息を切らして弓矢を携えた隊員が、弓を引きながら矢に集中する。
その後ろから遅れて来た数名も構えて、弓を強く引き結び、横向きの獣人に照準を定めた。
「放て」
矢が一斉に獣人に飛んで行き、背と頭に次々と命中。
数本の矢が的に深く刺さると、赤月獣人は体を一回身震いさせてから、弓矢組みに向かって突進してきた。
弓を捨てて剣を構えるが、獣人の一振りで鉄のぶつかる音とともに弓矢兵が、一人、二人と後ろへ吹き飛ばされる。
勢いついた獣人は、隊員の輪から抜け出て、こちらに向かってきた。
トスカンが剣を抜いて構えたので、俺も焦りながら剣を抜く。
「シモンさんが簡単に脱落したんですよ。俺たちでは」
「ば、馬鹿言え。ここで逃げられるか。冒険者だぞ」
フィオをかばおうと横を向くと、彼女は後ろへ下がり続けて、首元をしきりに指で叩いている。
身振り手まねは、首の中に内蔵されている赤月結晶のことだろう。
またあのロリ、俺にやれといってるよ。
獣人は強靭な腕を振り上げて、トスカンの剣を弾き飛ばす。
その隙に俺は奴の首元へ剣を特攻させるが、大きく肩へ付く位に首を曲げて避けていた。
「なーっ」
二メートル以上の赤月獣人の剣が振り上がり、俺の剣が叩き上げられて身体が無防備になってしまう。
斬られると思ったら、俺へ向かってくる馬獣人の鋭い刃が鮮明にはっきりしだし、全てがスローモーションのようにゆっくりな動作に見えた。
「やばい」
何も防御姿勢ができず、刃だけがゆっくり大きくなって俺に向かってきた。
――刺される。
そこへ、横から別の剣がぎりぎりに入り、俺の眼前で盾になった。
トスカンの剣だと思ったら、時間が元に戻る。
そのトスカンは、赤月獣人の剣をそらしてくれたが俺とぶつかり、一緒に横へ流れるように倒れた。
すぐ立ち上がりかけるが、仁王立ちした馬獣人が剣を持ち上げ、俺たちへ向けて刃を下す。
危険と思ったら、獣人はジャンプして俺たちの上を越えて地面に倒れ込む。
赤月獣人がいたところにシモンがよろめき立っており、体当たりを交わし獣人を押し倒したようだ。
「渾身の突撃も悪くないな」
「ありがとう」
俺とトスカンが立ち上がると、シモンの部下が黒の槍を彼に投げ渡した。
「シモンさん、あいつ首を避けた」
「ほほっ、弱点だな」
馬獣人も立ち上がりかけたところへ、シモンが黒い槍をその合成物の喉に一撃を加えた。
剣を落とし首元を抑えた赤月獣人は、苦しみだして卒倒、そのまま硬直して動かなくなった。
首の切り口には、赤月結晶の割れた欠片がむきだして、赤から紫に変色しだしていた。
「死んだ?」
トスカンとシモンがそれぞれの剣で、獣人を刺したり、叩いたりして調べて生死の確認を取っていると、身体が縮小して行き、馬の顔と人の身体が別れていった。
「赤月獣人討伐」
侵入者の活動停止で、シモンが討伐完了の発言をした。
部下が号令を発し周りに伝わると、人々が家から出て広場はざわつき始めた。
倒れている怪我人の周りに人が付き治療、村人が走り始めて騒然となる。
「最後はあっけなかったな」
首元から見える紫の石をシモンが手に取って人にらみすると、部下に投げ渡して告げた。
「だが、甚大な被害を出した。ビッグベアといい、災難な日だ」
「そうですな」
トスカンはそう言葉を返しながら、ひざを折り曲げて死体を見る。
首なしの身体からベルトに結んでいた巾着袋をのぞきこみ、そこからギルドカードを見つけて取り出す。
「トスカンさん、それは?」
俺が聞くと彼は立ち上がり、死者に向かって胸に手の平を当てゆっくり頭をさげた。
こちらの死者への供養の仕方らしい。
「やはり俺の知っている冒険者だ」
一緒に仕事をしていた幌馬車の護衛人なのか。
「……何でまたこんなことに」
「俺もさっぱりだ。ビッグベアの腕に頭を叩きつけられて、動かなくなったところは目撃していたんだがな」
「幌馬車の馬が頭に使われたってことですかね」
会話中のトスカンと俺の胸に黒の槍が軽く叩いてきて、持ち主の顔に注目した。
「それは何のことだ。赤月の結晶石が近くの死体を結合して、うろつき回ってたってのか?」
シモンの嫌そうな質問に、トスカンは肩をすくめながら答えた。
「状況だとそうなりますね。初めての案件ですし、わからないことだらけで……」
結晶体が意思でも持っているのか?
隣にいつの間にかフィオが並んでいて、話を聞いていたのか、首をかしげているが口は出さなかった。
「そうなると、幌馬車が襲われた付近に赤月の結晶石が落ちていた。いや、昨日のうちに誰かが捨てた?」
「うーん。幌馬車の商人が隠し持っていたと、そう考えるのが妥当かと」
「俺も昨日の野宿で、人ほどの大きな蜘蛛獣に、危うくやられそうになりましたよ」
「何?」
「赤月結晶石を叩き割り、何とか難を逃れました」
シモン、トスカンが驚いて、二人はうなるように考え出した。
「じゃあ、まだ徘徊している魔獣がいるかもしれない」
そう結論付けたシモンは、怪我人を見ている部下のところへ行き、指示を出し始めた。
「赤月結晶石が死体を動かすなんて、聞いたことない……の」
馬獣人のなれの果てを見ていたフィオが、俺に顔を向けて言った。
フィオは先ほど獣人をキメラって語っていたが、俺の世界と同じなら誰かの創作物になる。
それも道徳心のかけらもない、異界マッドサイエンティストってことか。
「おかしな第三者がいるってことになるのか?」
彼女は言葉にせずに、頭を前後にゆっくり動かした。
「?」を「噛」に変更。コピーペーストで文字化けしてたようです。




