第十二話 アナネア開拓村で休憩
目が覚めると、フィオの顔があった。
彼女が俺をのぞき込んでいて、急いで飛び起きて叩かれた頭や切られた左肩に手を置くが治っていた。
「元気そう……なの」
俺の無事にフィオは、不安顔から笑顔に変わっていく。
周りを見ると広場の隅に寝ていたことがわかり、あの戦った森から移動されている。
後ろの森と広場には、人の高さ以上の杭と板が打ち付けられて、防波堤のように仕切られ周りを囲っていることを知る。
この村が簡素な砦にもなっていることを感じたが、森中でゆっくり寝ようとするなら必要不可欠だよな。
広場の先にはいくつもの平屋の石組みで作った家々が立ち並び、区切られた仕切り板の奥はまた森の木々が鬱そうと茂っているのが見えた。
「ここは目的の?」
「アナネア村……だよ」
ジャコがアナネア開拓村の警備隊と言ってた、目的の村に着いてたようだ。
村人も老人、女子、子供と行き来してにぎやかだ。
大勢の異界人族だが、もう前世の人間とほぼ変わりないのを再確認するも、逆にケモノ族やエルフなどは見当たらず、その辺の期待は外れた。
近くで焚き火に薪を入れていた背の小さなトスカンが、こちらを向く。
「テオ、起きたか? 肩は嬢ちゃんが手際よく直してくれたぞ」
「そう、なのか?」
振り返りフィオに聞くと、軽くうなづいた。
「ポーション。皮膚外用剤で綺麗になった……よ」
「ああっ、あのクリーム状の軟膏剤か。ありがとう」
「うん」
可愛らしい笑顔を向けられて、少しドキリとした。
代わりに生前の俺に近い、むさいおっさんの冒険者トスカンが聞いてきた。
「しかし、あんな槍使いとは知らなかったぞ」
「はあ、ちょっと、えっと、隠してました。はははっ」
たぶん、昨日のテオと今のテオでは違うから、何言っても誤魔化せないよな。
「隠してた? がはははっ、全然威張っていい腕だった。うん」
「威張るなど……槍や剣を合わせているときは必死でしたよ。相手の動きがゆっくりに見えたり、音が飛んだりして、緊張で目や頭がおかしくなるレベルですよ」
「うん? それは冒険者の証じゃねえか。生死を潜ると発生する世界だろ? 瞬間的な時間延長や相手武器の鮮明化、気が散る音の抑制とかな。俺も何度かあるぜ。一瞬だけだがな」
「ああ、そういうことなんですか」
――納得した。
人としての生死を分ける危機に、抗うために身体や脳が垣間見せていたことだったのか。
「テオはもう、ベテラン冒険者の仲間入りだな」
「そう……なの?」
聞いていたフィオが目を丸くして俺たちを見る。
「おう。それはそうと嬢ちゃんのあの深紅の赤月指輪。本当にテオが与えたモノか?」
トスカンの目はフィオの手に向いたが、そこには指輪はされてなかった。
「あれフィオ、指輪は? まさか連中に取られたのか」
首を振って胸のポケットに手を当てた。
「人多い、だから今は外している……の。これ母の形見。ビッグベアに幌馬車が襲われてからお守り代わりにはめてた……わ」
「そういうことか」
「もともと嬢ちゃんの物だったのか? よく商人にばれなかったな」
トスカンが納得すると、フィオは俺に人差し指と中指を唇に当てて微笑んだ。
キス……血の契約は秘密でってサインだろう。
「いや、指輪はビッグベアに幌馬車が襲われたあと、死んだ商人から取り返したってことか」
トスカンの独自解釈に、フィオは「ちょっと違う」と頭をうつむかせた。
「おおっ、坊主お目覚めか」
声のする方に目をやると、広場の反対側で多くの村人たちがいくつかのテーブルを囲み、大きな肉を解体していた。
テーブルの先には森に続く道があり、肉を積んだ荷馬車が数台、こちらに向かっているのも見える。
シモンが近くの隊員に槍先を動かして指示をすると、足をこちらに向けてやってきた。
俺は何をされるかわからないので、急いで立ち上がるとフィオも立って俺の腕にしがみつく。
「いっとき前の戦闘は有意義でよかった」
「はあっ……」
近づくシモンに、俺の手が剣の柄にいく。
隊長のうしろにあのジャコもついてきて、緊張が高まる。
「待て待て、もう止めだ」
「えっ?」
「改めて名を告げる。俺はイラベの南方派遣警備隊長のシモン・ラクルテル。アナネア開拓村やこの辺一帯を仕切ってる」
「イラベ国の警備隊長?」
長い肩書きなので、中身を飛ばして覚えた。
何でもシモンの部下は隊員十一名、一人死亡だが、軽微な鎧姿でわかる。
他の鎧なしの山賊スタイルがこの村の自営警備隊だそうで、兵としての基礎を教えているらしい。
「いい勝負をしたから、開放してやる」
「……え?」
「槍で俺と渡り合えたが負けた。そうだな?」
「まあ……そうですね」
「だから、今日からお前は、俺の槍術の弟子だ」
シモンがご機嫌なので、安心して剣から手を離した。
「弟子? はあっ。……いいですが、それが解放の条件ですか?」
死んだという副隊長の槍技能を受け継いでるようだから、その通りだけど、さっぱりしている人だ。
「条件? 違う。弟子になるんだ、めでたいことだ。んんっ、そうだな。記念に何か送ろう。ビッグベアを一人で倒したことも、聞きだしている。その対価もあるし……うむ、では馬を新調しよう」
思いついたシモンは、笑みを浮かべて言った。
「馬、ですか?」
「えっ? やるんっすか」
シモンの後ろにいたジャコが驚く。
「そうだ。あの駄馬だがな」
「用なし駄馬?」
シモンの発言に、ビッグベアを解体していた男たちの耳に入ったようで、笑いが起こる。
「また、隊長の遊びが始まった」
「今度は弟子を暴れ馬に競わせるんですか?」
その会話でまた笑いが起き、暴れ馬の話がいろいろ出てきた。
どうやら総合すると、気性が荒い馬で村の者たちも手を焼いていたらしい。
「お前らはうるさいんだよ。ビックベアの対価だ、悪くないだろ?」
「暴れ馬? それはちょっと……」
うーん。
――俺がそんな馬乗れるか!
心の中で毒づく。
大体馬なんか乗ったことないんだが……。
フィオが腕を引くので見ると、うなずいていた。
「馬あると便利……なの」
「いや、暴れ馬だって言ってるが」
「大丈夫……なの。スージュにもすぐ行けるし、野獣を追っ払いながら歩くこともなくなる……よ」
「おっ、おう、そうだよな」
ここはフィオの大丈夫な意見に乗ってみることにした。
俺はシオンに向いて首を縦に振ると、彼は笑いながら言った。
「だがな、いいか。乗れたらの話だぞ。がははっ」
「わかりました。乗れなければもらっても意味ないですから」
「よし、誰か暇な奴。連れてきてくれ」
シオンは後ろへ向くと指示を出して、肉の解体現場に戻っていった。
ここはひとつ、手続き記憶を試してみようと思い立つ。
何頭もの馬の手綱が、広場の一角にある大樹の枝に巻きつけてあるのを見て、目についた一頭の馬に足を向ける。
「はやるな小僧。ここには駄馬はいないからな」
討伐部隊の男たちに笑われるが、目的は手綱を触ってみること。
手綱を握ってみるが、何も起こらない。
首をかしげていると、奥に頭をたれている馬が目に付いた。
近づくとあちらこちらに傷があった。
「それは死んだ副隊長の馬だ。治れば早馬に戻るから、目をつけても駄目だぞ」
「ああっ、亡くなった副隊長の?」
ビッグベアの口から吐き捨てられた腕を思い出して、もしかしてと思った。
何気に手綱に触ってみる。
すると、手、腕へとしびれが来た。
――やはり。
歩を進めると、また頭痛と記憶映像が目に瞬時に通り過ぎて言った。
そして手足の筋肉の痛みが起こるが、槍を持ったときほどでない。
今回は倒れるほどでなかったから、慣れてきた?
でも、これで少しわかった。
残留思念能力、その手続き記憶版だな。
視覚として見えないが、抽出すると体が覚えていることだ。
正確には脳か。
そして、抽出したものは何度でも使えていた。
この世界の魔法の一環だろうか?
これで乗馬への手続き記憶をゲットできたことになるのかな?
まだ少し不安だが……。
どうやら興味を抱いた物から、手続き記憶を取得できるらしい。
ただ、受け継げるのにも死者からの持ち物限定みたいな感じで、何か法則がありそうだ。
――これってあれだ……俺はスキル持ちってやつなのか?
死者からのノウハウの継承。
ジャコたちとの槍合わせで、奴らがスキルを持っているように思えなかったから……そうなのだろう。
今日から一話投稿です。




