第十話 戦闘です
「お前の役目は終わった。ギルドに戻って全滅の失敗報告でもしな」
「はははっ、ちげえねえ」
警備隊のジャコが言うと、後ろの男たちも笑い出した。
「ビッグベアを狩ってやった。だが、副隊長がやられてしまったんだ。その奴隷っ子が、家族への見舞金代わりの足しになるか?」
フィオが、近づいた別の男に手を引っ張られ、もう一人の男がポンチョをめくり上げた。
「うわっ、やっ」
「ふん、胸は普通か」
品評会の物のように、嫌がる彼女のあごを上げさせたり、胸を触ったりする。
「体系はほっそり。顔もいい、あと一年寝かせれば、売れる女になりそうだ」
「いやいや、ガキ好きもいるんだ。上玉として買ってもらえるだろ」
「よせ」
俺は瞬間的に彼女に触れている男の手を振り払って、フィオの手を握り引き戻すと、前面の二人の男は鋭い目つきになる。
「奴隷商人は死んだんだ。彼女はもう奴隷じゃないだろう」
俺の話を聞いた周りの連中は、大笑いを始めた。
「おめー、何も知らねーのな」
「首輪してれば、奴隷なんだよ。こっちで適当に書類作れば売れるってもんよ。そんなことも知らねって、おめー貴族様か?」
「いっそのこと、この小僧も奴隷ってことでいいんじゃないか?」
「二人を売るってのもいいな」
一番手前の男が剣の柄に手をかけたまま前に出た。
リーダー格らしいジャコは、周りに目線を配ったあと、こちらに向いて笑みを漏らす。
「冒険者を奴隷にしたらギルドが黙っていない……よ」
俺にしがみついてるフィオが、正論を言うが笑われる。
「戦争が始まってるんだ。もうそんな法則効くかよ」
そのひと声に笑いが起こった。
「むむむ……む」
男たちの一人が剣を抜いて俺に向ける。
「どうせ冒険者は全滅なんだろ? 助けを求めてきた冒険者は、怪我が酷くて助からないって話だしな」
「俺たちでビッグベアを倒し、奴隷も保護。いい報告になるな」
ジャコが最後に締めくくると、残りの男たちも剣を抜いた。
何が村の警備隊だ。
利潤しか求めない、腐った糞兵だよ。
一歩下がって持っていた槍を相手に向けると、他の連中も剣を抜いて俺の後ろに周りだしてきた。
まずい、分が悪過ぎる。
フィオを見ると、泥沼にはまったときの、不安とも懇願ともつかない悲しい顔を俺に向ける。
――やるしかないのか?
すぐ前方の男が、俺の槍を剣で叩き矛先を反らして飛び込んできたが、その動きがスローに変わりだす。
同時に別の男が後ろに回り込み、剣で切りかかってくるが、その刃先は大きく見え、ゆっくりした動きに感じた。
無心に己の剣を引き抜き、胸に来た刃を払いながら、上半身を回転させて片手にした槍の柄を振り回す。
前者、後者の男たちの頭を槍柄で強打。
二人はその場に膝を折ると、倒れて動かなくなる。
――そのまま起き上がらないでくれ。
そんな考えてた隙に、背の高い男が左脇からけさ斬りの構えで剣をゆっくり降り下ろした。
無自覚に自らの剣を盾として受け止め、金属音を響かせて振ってきた男の腕を剣もろとも外側へ払い返す。
再度、左手の槍を振り回し、底の石突をバランスを失った背の高い男の手の甲に一撃。
相手は痛みで剣を落とした。
激しい苦痛だったのか、手を押さえながらうしろへ下がると、座り込んでうずくまる。
彼女が体にしがみついていて、足の動きが散漫になり、相手との間隔を徐々に狭められてきた。
「フィオ。俺の背中に乗れ」
ひと声かけると、しがみつくように飛び乗る。
すぐ脇から、ジャコが剣を上段で振ってきたので、槍で払い返すと、反対の男が飛び込んできた。
けさ斬りの剣を受けて払い、槍を回して二人を追い返す。
足がスムーズに動くようになって的にされなくなったが、今度は腕が上手く動かせない。
ジャコが皮肉気に微笑むと、俺の持つ槍へ剣の上段撃ちを連続で撃ってきて、防戦一方になる。
「うっ」
必要に叩かれて槍を払われてしまい、射程内に肉薄された。
瞬間右手の剣がジャコの叩きにきた剣を反らすと、相手はバランスをくずしてくれる。
すかさず相手に足蹴りを入れた。
ひじをけられて倒れたジャコだが、そのまま剣を俺に斬り上げてきた。
冷汗が出そうになるが、その剣の動きは緩やかで、体をスムーズに動かせて肉薄した刃を槍で軽く反らす。
その流れで槍の石突を、ジャコの頭に一撃浴びせることができた。
うまくヒットしたようで、ジャコが驚愕の顔を向けたあと、仰向けに倒れて動かなくなる。
「うしろ」
フィオの声で、背後のひげ男が剣をすくうように振ってきたので、槍を後ろ向きで突くと見事に相手の胸に当たった。
ひげ男は体を折り曲げて倒れると動かなくなる。
一分ほどの攻防で四人を倒せたお陰か、残った二人は驚いて剣を構えたまま動きを止めた。
座り込んでる男は、手を骨折したのか戦意喪失で動かない。
自分でも驚くような身体反応だ。
――能力の融合化か?
どうやら残留思念能力で得た別々の手続き記憶の身体操作は、相乗効果を起こしているようだ。
「あっ」
背中でフィオが、落胆の吐息を吐いて新たな危機を知る。
森の離れた道から、馬のひづめ音とともに数頭の馬がこちら側にゆっくりとやってきた。
背の高い兵士風の男が先頭で、それに連なるように軽微な鎧を着た男たちが何人も続いてきている。
やばい、仲間が駆けつけた?
振り返った男たちが、先頭の背の高い男に声をかける。
「ああ、隊長」
「シモンさん。いいところへ」
馬たちは俺たちの前に止まり、乗っているリーダー格が周りを見渡して状況を把握する。
「何遊んでる?」
「いえ、ビッグベアは仕留めましたが、今は逃げた奴隷の生け捕り中です」
「そこに転がっているのは何だ? 剣を持っていないで座っているやつは何だ?」
「あっ、あはは、あれは、ちょっと休んでるようで」
「ばかやろう!! 何人がかりでやられてるんだ!」
シモンの一括で周りは静まり、倒れていたジャコだけ速攻で起き上がっていた。
隊長と言われた男は浅黒い肌で、眼光鋭く俺を見据えてきた。
「そいつが持っている槍は、死んだ副隊長の槍だな。……背中に小娘乗せた小僧一人が自営警備員といえ、六人相手して善戦か。おまけに副隊長と同じ左利き槍使いとは面白い」
シモンが馬から下りると、うしろの隊員たちも馬から下りた。
「俺の槍を」
浅黒い男が呼んだら、後方から黒い槍が届けられ、手にすると素早く回転させ始めた。
このグループのリーダー格らしいが、戦闘狂じゃありませんように。
「テオならやれる……の。やっつけて。そしたら馬を奪って、ここからさよなら……なの」
背負ったロリっ子も、交戦的だった。
霧雨が止んできたが、また一戦始まりそうで暗たんな気分になりかけたとき、声がかかる。
「おめー、テオか? 生きてたんだな」
兵士たちの乗った馬の最後位にいた背の小さい中年の男が、俺の知り合いらしい発言をしているが、もちろん知らない。
「知ってる?」
後ろのフィオに聞くと、奴隷商人の護衛冒険者という。
幌馬車の生き残り冒険者が、近くのアナネア村から討伐部隊を連れて戻ってきたってことか。
それじゃ、先ほどのジャコの助けを求めた冒険者の怪我が酷いっていう発言は、連絡ミスか?
そのジャコ一行も、冒険者を見て青くなっている。
「冒険者の生き残り?」
「そうだ、副隊長から聞いてないのか? お前ら、招集時にまた油売ってたな」
「い、いえ。めっそうも……」
後ろでジャコとシモン隊長の話が聞こえた。
「おいおい、トスカンだ、忘れたのか?」
先ほど声をかけた冒険者が、馬から降りて俺に話しだした。
「すいません、昨日の戦闘から昔の記憶がないんです」
「記憶が? ああっ、突然やられたからな。苦労したな」
いいぞ、これは風向きが変わった?
「狩ったビッグベアとこのフィオを寄こせって、トラブッているんですが、何とかなりません?」
「シモンさん。そこの小僧は一緒にいた同業者ですぜ」
「ほう、一応冒険者なのか……わかった」
そう言って、手にした槍で倒れている男たちの頭を叩いて起こし始めた。
シモンを見ていたら、冒険者のトスカンが聞いてきた。
「フィオってのは肩に担いでいる奴隷か? 他の奴隷たちは?」
「みんなやられたようです」
「お前の先輩のモイーズは? 幌馬車の現場には遺体はなかったが、生きてんのか?」
「落雷で死にました。だから、俺が埋めました」
「何? マジかよ。はあっ……よりによって雷で命落とすなんて、ついてねえな」
両手を挙げて嘆くトスカン。
馬に乗ったまま話を聞いていた討伐部隊の一人が、興味を示して、誰だい? と聞いた。
「Aランクに届く実力者の冒険者だった奴だ。剣の腕が半端なくて、前衛を安心して任せられたんだが、惜しいな」
あっ、先輩って剣豪に近い人だったんだ、納得。
「よーし、坊主。その槍で、俺と続きを始めようじゃないか」
シモンが声を上げたが、その意味することに目が点になった。
「はい?」




