■孝編 その4
20XX年7月15日 日本・大阪 08:15
孝は眼を覚ました。
『……騒々しいな』
人の怒声、悲鳴、車のクラクションが鳴る音etc。
まるで祭りのような騒ぎには、眼を覚まさずにはおれなかった。
『いったい何の騒ぎだ?』
昨晩遅く大阪に着き、眠りについたのは朝の2時。
眠くもあったが、けだるい体を無理に起こして、窓のカーテンを開いた。
窓外に広がる光景は、まさにパニックそのものだった。
交差点では大事故が発生しており、騒ぎ、逃げ惑う人々の姿が。
『うわ! すげー事故! にしても、どうすればあんな大事故が起こるんだ?』
博士の薬が効力を発揮するまでには、数分ほどの昏睡状態が訪れる。
それが災いしての交通事故だった。
この程度の事故は序の口で、世界規模でみれば、飛行機事故や海難事故のほか、さまざまな人災があちこちで起きていた。
『ん? なんか変だな』
間もなく異変に気がつく孝。
『なんで外人ばっかなんだ? 顔もなんだか似ているような……』
わけがわからない。
『なんだ? 一体何が起こっているんだ!』
なんとなく、ただならぬ事態が起こっているのではないかという、いやな予感が孝の脳裏をよぎった。
ある予感が、孝を洗面台へと向かわせた。
そして、鏡に映った自分の顔を見た瞬間!
「!」
絶句。
「うわ! なんだこれは! どういうことなんだ、一体!」
自分の顔も外で見た外人と同じ顔になっていることに気がついたのだ。
思わず顔をさする孝。
感触がある。
自分の顔だ。
間違いなく。
「そ、そんなバカな!」
そうもしているうちに、マンション内外での騒ぎは大きくなる一方だ。
思考が停止する。
「……どういうことだ?」
もう一度外を見ると、同じ顔をした連中が逃げ惑ったり、もしくは殴り合いのけんかをしている姿もある。
孝は混乱に陥った。
『落ち着け! 落ち着くんだ!』
自らに言いきかせるが、当然落ち着きようがない。
しかし、それもしかたがないだろう。
まったく意味がわからないのだから。
思い立ち、テレビをつけてみる。
そこでも放送そっちのけでパニックに陥っている姿が映し出されていた。
チャンネルを次々変えてみるがどこも同じ状況か、もしくは呑気にアニメが流れているだけだった。
そしてその時、ふと気がついた。
『そういえば、梢は!』
ケータイを取り、さっそくかけてみるが電話はつながらない。
「くそ! こんなときに!」
たぶん、このパニックのせいでみんな電話を使っていて、回線がパンクしているのだろう。
『どうする? 会社に出社? バカな! そもそも今日は休みだし、初出社なんだから、知った顔はいない。なら、どうする!?』
沈黙。まもなく考えがまとまった。
『いま外に出るのは危ない。少し様子を見るとしよう』
いくぶん落ち着きを取り戻した孝は、自分にそう言い聞かせた。
そうしてまたも、窓外を見る。
まだ喧騒と怒号が飛び交っている。
『おれもあの中にいたらパニックが伝染していたのかもしれない』
自分の置かれた状況に感謝しつつ、そっとカーテンを閉めた。