■図書館の少年編 その2~過去~3
「イテテ……」
今は朝10時。
昨日の殴り合いの疲労もあって、目覚めは遅かった。
もう少し寝ていたかったが、空腹がそれを許さなかった。
豚といわれるだけあって、食欲だけは旺盛なのだ。
今日、学校は休み。
イジメッ子たちも悪知恵だけはよくまわり、インターバルを設けることで、殴り合わせた二人に治療の時間を与えたのだ。
大きな怪我をする一歩手前でレフリーストップをかけたのも、そのためだ。
少年は鏡を見た。
いつもどおりの肥満顔に、軽いアザがところどころにできている。
これまでのイジメの経験からも、数日もすれば直るだろうということはわかった。
空腹を満たすべく一階の食堂へ。
そこには妹と母親が食後の談笑を楽しんでいた。
少年は挨拶もなく母親に横柄な態度をとった。
「おい! 飯だ! 僕が降りてきたんだからわかるだろ?」
少年は家の中では、いや中だけでは暴君と化す。
イジメられっ子にありがちなことだが、学校で受けたストレスのはけ口として、それを暖かく受け止めてくれる肉親に思いっきりぶつける。
それは少年も例外ではない。
母親はいつものことなので、はいはいと聞き流しながら台所に戻って用意を始めた。
そしてその牙は妹にも向けられた。
「邪魔だよ! そこは僕の席だろう! 誰に断って座っているんだ!」
「席なんて決まってないでしょ! 勝手なこと言わないでよ!」
妹は少年と違って活気で頭がよく、人気があった。
それだけに、自分が持ってないものをたくさん有する妹のことが余計に気に入らなかった。
「どけっていってるんだ! ぶっ殺すぞ!」
学校では少年がよく言われる言葉だが、ここぞとばかりに使ってみる。
「なによ! ワンツー!」
「なっ!」
小学生の妹が、なんで自分のあだ名を知っているんだ?
一瞬疑問に思ったが、それ以上にバカにされたことに血が上り、妹に襲い掛かった。
「痛い! やめろよ豚!」
髪をつかまれた妹は、兄に反撃する。
しかし、所詮はまだ小学生。
殴られたところで痛くもない。
「これ以上僕に逆らうと、ただではすまさないぞ!」
凄む少年だが、妹はまったく臆することがない。
「豚! 豚! 豚! 豚ワンツー!」
妹のあざけりに、少年の怒りのボルテージはマックスに達した。
「なんだと、この!」
殴ろうとしたその時、母親の声が割って入った。
「いいかげんにしなさい! それ以上ケンカをするならご飯は用意しませんよ!」
少年は妹の髪の毛から手を離し、にらみ付けた。
妹は舌を出して挑発している。
実にかわいくない。
実に面白くない。
家庭内暴力にまで発展させるほどの度胸やパワーがないことは、少年自身が一番知っていることだった。
この辺が矛の納め時だろうと見極めて、手を上げるのやめたのだ。
「ふんっ! 命拾いしたな」
そうはき捨てるなり、妹の斜め向かいに座り、料理が来るのを待った。
料理を持ってきた母親が、少年の顔を見ていった。
「どうしたの? その顔……」
心配そうに尋ねる母親。
イジメがあることは家族には隠している。
イジメっ子たちもその辺は心得ているのか、どちらかというと、精神的な攻撃を主としており、見える場所に傷がつくような攻撃はあまりすることはなく、金銭をたかることもなかった。
「うるせーな! ケンカだよ、ケンカ!」
虚栄心が言わせた言葉だった。
まぁ、確かに嘘ではないが……。
「嘘ばっかり! そんな度胸もないくせに」
妹が挑発する。
「あっ? だったらお前、僕とやってみるか?」
ムキになる少年。
それをうんざりした表情で母親がたしなめた。
「もうおよしなさい! なんで仲良くできないの!」
「ちっ! わかったよ」
僕が我慢してやったんだ! とでもいわんばかりの態度をとって、少年は食事を始めた。
『イテ……』
口の中が切れているので、食べ物が触れると痛んだ。
その痛みを感じたとき、少年は思った。
『あいつは今頃どうしているのだろう?』
と。
あいつとは、いうまでもなく、殴り合いをした転校生のことである。