■殺し屋編 その4
20XX年7月15日 某国某資産家邸 20:45
「ドサ!」
人が倒れる音がした。
やれれたのはB、ではなく同業者のほうだった。
胸を的確に射抜いている。
命中した場所からして、間もなくの死は免れない。
ごほごほと血を吐きながら咳ごみつつ、同業者は口を開いた。
「なんで、こっちの部屋に潜んでいるとわかった?」
Bは言う。
「短時間の間に考えたトラップとしては悪くはないが、修羅場の数が違ったようだな。その辺の警戒は怠らないさ」
そう、Bは同業者の鮮血が点々と続いていた左側のドアを開けたが、体はその逆側、右側のドアの方に向いてピストルを構えつつ、同業者が出てくるのを待っていたのだ。
「ごほ、そうか、お前もやはりプロだな」
「Bは仮名だ。裏の世界ではXXXで通っている」
「XXXだと? くく、そうか。最後にお前のような凄腕とやりあえて光栄だったよ」
「こんな世界だ。未来はない。どうせこの任務を遂行した後は……」
そこまでいうと、同業者は絶命した。
「……」
無言のまま、息を引き取った同業者を見つめているB。
間もなくすると、またお嬢様からの内線が入ったので、部屋へと向かった。
「コンコン」
ドアをノックする。
間もなくお嬢様から入ってよいとの許しがでた。
部屋の中に入るB。
「B! 待っていたわよ! いったい今は何がどうなっているの!」
悲しげな声を上げるお嬢様。
「暴漢が侵入してきて大騒ぎになったのです」
嘘をつくB。
「そう、それで怪我人はなくて?」
「それが旦那様が……」
「え! お父様が! どうなったというの?」
「残念ながら……」
言い淀んだが、お嬢様はすべてを察したのか、目からはたはたと涙を流した。
『……プロか』
先ほどの同業者との激戦を思い出すB。
『やつは、こんな世にまでなって任務を遂行しようとした』
『俺はどうなんだ? 俺もプロとして通ってきた男だろう?』
『世の中はめちゃくちゃになってしまった。こんな世に生きていて、一体なにになるというのだ?』
自問したのち、ホルスターからピストルを抜き出して、お嬢様の頭上に狙いを定めた。
引き金を引こうとした、そのとき、
「もう私が頼りにできるのは、あなたしかいないわ。Bこれからもお願いね……」
お嬢様が父親の死を悲しみ、涙を流しながらもBに話しかけた。
胸を打たれた。
裏稼業以外のことで俺の力を必要としている人がいることに。
『母親もなく、父親も死んだ。使用人も残らず出て行ってしまったいま、目の見えないお嬢様を手助けできるのは俺しかいない……』
「……」
するとBはポケットからケータイを取り出し、電話をした。
「……留守番電話につながります。ご用の方は……」
「XXXだ。今回の仕事は悪いがキャンセルとさせてもらう。違約金が必要なら言ってくれ。いくらでも払う」
そういうと電話を切った。
「どうしたの? B?」
「いえ、なんでもございません」
『俺の新しい依頼人は決まったな』
そして、ピストルをホルスターに戻しつつ、言った。
「もちろんでございます。わたしもこの道のプロですから、どんなことがあってもお嬢様を守り抜いて見せますよ」
そんなBのセリフを聞くと、お嬢様は少しだけ笑顔に戻った。
『そうだ、俺はこの顔が見たかったんだ』
お嬢様の表情から見知らぬ母親、いるかどうかわからない姉妹、そして女であることを感じた。
『これが愛というものなのだろうか?』
これまでのBにとって見に覚えのない感覚。
決して悪い気持ちではない。
そんなことを考えているとき、お嬢様はポツリと漏らした。
「B、お父様のところまで案内してもらえるかしら……」
「はい……かしこまりました」
お嬢様の表情は悲しげだ。しかし、そんな顔をさせるのはこれが最後。これからは悲しみのない環境を作って見せるとBは心に誓った。
『奴は言った。この世界にもう未来がないと。確かにそうかもしれないが、俺はきっと築いてみせる』
このおかしな状況が、Bにとっては新しい門出になったのだ。
過去からほんの少し前までのBの忌まわしき生き様をリセットするスイッチとなって。
そしてBはお嬢様の手を引いて、部屋を後にした。