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僕から君へ紫苑の花束を

作者: 紅雅

夏の息苦しさに目が覚めて、目覚ましより早く起きてしまったことに少し嫌気がさして目覚ましを止めて、寝間着を脱いだ。最近、運動もせずに仕事だけになってしまっていたらしく、鏡の前に立って少し腹を摘んでみた。ふにり、と摘める事実に目を背けたくて頭をがしがし掻きながらシャワーを浴びた。

現在AM4時38分。なんて自分でもわけのわからない時間に起きたもんだとパンをトースターに入れた。目玉焼きを焼いてレタスをちぎってのせる。インスタントのコーヒーを少しカップに入れて水道水を注ぐ。レンジでチンして出来上がりだ。テーブルに座ってテレビをつけて、眠気が覚めぬまま髭を触ってみた。少し伸びてきたから剃らないといけないな、と出来上がったトースターに向かってため息を吐いて取り出した。乱雑にバターをつけてレタス、コーヒー、パンの三点セットをローテーションして食べていく。たまにテレビの配色が暗くなる度に映る自分の姿に嫌気がさした。いつの間に、俺はこんなにおっさん、と呼ばれる部類に入ってしまったのかと嫌になった。ああ、なんで俺は朝からこんなにうんざりしまくっているんだろう、とまたため息をついた。仏壇から母さんが、幸せが逃げますよ、と言った気がした。


いつものようにサラリーマンをこなす。馴れ馴れしい部下。うるさい上司。板挟みをくらうのはもう慣れっこだった。文書打ち之度に目が霞む。老眼が始まってきたのだろうか。パソコンのブルーライトが見えにくくなって、そろそろ老眼鏡も買わないと行けないかもしれないな、とため息を吐いた。

「部長、昼飯、食わなくていいんです?」

「あ?あー……、もうそんな時間か。」

「ラーメン食いに行きましょ!いい店、見つけたんっすよ!」

「俺は油っこいもの控えねぇと医者に、ってオイ!」

引きずられるようにして入ったラーメン屋。20以上も歳が下だろうに何故こいつは飽きもせず俺に構うんだと思いつつも仕方なく、けれどほんの少しの嬉しさ。そんな気持ちで醤油ラーメンを頼んだ。

「ていうか、部長ってどこいっても醤油ラーメンですよねぇ。飽きないんです?」

「そんなのどうだっていいだろ」

「もー!ツンデレっすか?」

「訳わかんねぇ事言うな。気色悪ぃ」

部長になった時に、自分用に奮発して買ったライターで煙草に火をつける。体に悪いですよ、と母さんが言った気がした。運ばれてきた醤油ラーメンの汁を啜る。もう一口飲んで、割り箸を割って麺をすする。

「ほんと、スープから行くの変わんないんすねぇ。いただきまーす!!」

「黙って食えうるせえ」

「なんれすか!!」

「ちっ!汁飛んだろうが!!汚ぇな!!口に入れたまま喋んじゃねぇガキか!!」

「すんまへん!!」

「わかってんなら飲み込んでから喋ろ!!!」

部下の世話を焼いているうちに、いつの間にか割り箸は醤油ラーメンの汁の中に沈み、麺は伸びきって、不味くて食べられたもんじゃなかった。


少しの残業を終えて家に帰り、俺はレジ袋を見た。昼間も食べたっていうのに俺はまたどうしてラーメンの材料なんか買って帰ってきたのだろうか。しかも2人分。仏壇にあげたら、ラーメンは伸びてしまう。当たり前のことなのに、無性に悲しくて、悔しくて。俺は2人分のラーメンを作ることにした。即席の汁を水と切った葱と一緒に鍋で煮込み、もう片方のコンロでお湯を沸かす。湧いたところに麺を入れて茹でる。麺をぼんやりとかき混ぜて、気がつけば2分半を知らせるアラームが鳴った。麺をどんぶりに移し替えて、汁を入れる。最後にメンマをトッピングして、テーブルに向かい合わせにどんぶりを並べて、箸を2膳用意した。いただきます、と頭を下げた後。醤油ラーメンの汁の中に涙が零れていく。いつもの事だと無視をして、醤油ラーメンの汁を口に入れる。全くもって、美味しくなんかなかった。不思議だった。今日の晩ご飯を作る事がめんどくさいから手抜きです、と市販のラーメンスープと麺を買ってきて、葱とメンマしか入れてないのに物凄く母さんのラーメンが美味しかったこと。上手いな、と初めて褒めたのが手抜きの市販の醤油ラーメンだったのに、それも関係なしに、有難うございますと繰り返して泣き出してしまった母さんを抱きしめた事も。その時の温もりも。頑固親父なんか演じること無く、優しくしてやればよかったなぁ、と後悔した時母さんは白装束を身にまとっていた。人間はどうして、後悔してから気づく生き物なのだろう、と思った。俺が涙ながらに醤油ラーメンをかき込む姿を見て、仏壇に上がっている母さんの写真が、涙を零して笑った気がした。

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