変わったものなど無いのではなかろうか(K)
急いで屋上に駆け上がって空を仰ぐ。
「あー…… 変わってる、のかな?」
いまいち魔法陣に起こった(らしい)変化が分からなかった。
この魔法陣は、俺がまだ小さかった頃、何の前触れもなく突然上空を覆った。それ以来、外に出れば嫌でも目についたし、部屋に籠ってじっとしている日以外は毎日見てきたはずだ。だけど、じっくり見たことがなかったせいだろうか。模様も特に変わったような気はしないし、魔法陣自体の色だって黄色のまま変わっていない。
上空の魔法陣は、大中小の三つの魔法陣が組み合わさった、少し特殊なタイプのものだ。今回の騒動ではその内最も小さい円、中心円と呼ばれる円が反時計回りに90度ほど回転したらしい。
そういえば上空の魔法陣は、魔法陣に似ているだけの、一切効力を持たない出鱈目な模様だとかいう話を聞いたことがある。上空の魔法陣を丸々書き写して魔力を流し込んでみても、全く反応は無いらしい。つまり何が言いたいのかというと、そんなに気にかけることではないのかもしれない、ということだ。
そんな悠長なことを考えながら視線を下ろすと、早速教授やら助手やらが魔法陣を見上げながら何か難しそうなことを話している。俺はそれを後目に屋上を去った。
「あー。明日の授業、休みにならねえかなあ」
誰もいない廊下を歩いていく。普通なら誰かしらとすれ違うものだが、今は誰もいない。普段学内をうろついている様な連中は、皆挙って空を眺めに行ったようだ。
部屋の近くまで来て、誰か居るのに気がついた。こんな中、上空の魔法陣のことを一切気に掛けずに俺の部屋に来るような奴を、俺は二人しか知らない。相部屋のワイナードか、幼馴染のエレナのどちらかだ。ワイナードだったら合鍵を持っているから部屋の前で待つ必要はないし、何より女の制服を着ていて茶髪だから、間違いなくエレナだ。
どうせ俺のことが心配で来たとか言い出すんだろう。ここは適当にあしらって帰らせよう。
「お嬢さん、面会がしたかったらマネージャーを通してでお願いしますよ」
おちょくる様に声をかけると、エレナは驚いた顔で、全くもって予想通りの台詞を吐いた。
「大丈夫だった!? すっごく心配したんだから!」
「ああ、そう。こっちは心配してなかったけどな」
「なにそれ! 結構怖かったんだよ?」
「ホントか? お前の図太い神経なら、この程度ダメージゼロだろ」
「あんたねぇ……」
「まあとにかく、どっちも無事だったんだし、部屋に帰んな。オサラバ」
左ポケットから合鍵を取り出して、部屋の鍵を開ける。
「ちょっとぉ…… 久しぶりに会ったのにその態度、ひどくない?」
「あのなぁ…… いったいどこの時空に、今朝ぶりを久しぶりと言い換える奴がいるんだ」
これでは俺が悪者みたいではないか。だけど、部屋の中に入れるつもりはない。ワイナードはうるさい奴が嫌いなので、エレナみたいなのは入れるわけにはいかないのだ。
俺はまた明日とだけ告げて、少し申し訳なく思いながら部屋に入った。